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更新日:2019年07月07日 訪問者数:223
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登山道の歴史・妻坂峠から武甲山へのショートカット
teoimperial
歳はくってますが登山を始めたのはヤマノススメの放送を見てからなので登山歴は短く、同じ年配の人なら知っていそうな過去の登山道の話を何一つ知らないので、逆に過去の登山道の情報が気になって時折調べています。

今回は非常に興味深い地図を古本市で手に入れ、その中で私には衝撃的なコースがあったので紹介します。
古本市で購入したのは交通協同出版社が発行した「山の地図 登山とハイキング1 奥武蔵高原」です。500円でした。

発行年が書いていませんが、国立国会図書館のデータを調べたら同じシリーズの「奥多摩の山山・大菩薩」の発行年も不明でした。印刷の具合、元の値段が100円と言う事からどう見ても戦後の物です。漢字仮名遣いが現代と同じです。

一方で西武線が未だ吾野までしか到達していないので50年以上前の物です。
これを利用して登山された方がいらっしゃるとしたら現在は70歳以上と言う感じでしょうか。
妻坂峠・寺跡コースを経て武甲山へ
コース紹介は名郷を出発して大場戸を経て妻坂峠に登りそこから武甲山へ向かいます。現在なら当然大持山に出て小持山を経てシラジクボ、そして武甲山と歩くコースですが、この地図では妻坂峠を出て間もなく右に折れて大持山・小持山をまいて金玉寺跡に出て、そこからシラジクボへ登る道と合流するとあります。

金玉寺跡は今は持山寺跡と言われている場所の様です。

「奥武蔵高原」のコースガイドでは、
<引用開始>
(妻坂)峠から防火線を左へ数分登り、小さな指導標にしたがい岐路を右に折れれば平坦な径がつづく。しばらく急斜面を等高線に沿い上下を繰り返して行く。展望は武甲山・小持山あたりが樹間にチラリとのぞく程度で余りきかない。径は比較的はっきりしているが、林道を出ると荒れている箇所もある。やがて水音がきこえ少し下れば大持沢本流である。渡河は踏跡を見失わぬよう注意する。水は豊富だから清流にのどをうるおし、水筒の補給を忘れてはならない。

径は大持沢、小持沢の間の尾根上へと続き、越えてからなお幾つかの小尾根を乗り越える。

ときどき武甲表参道の生川部落の屋根が見える。やがて小持沢を渡る。この沢はときとして水の涸れることもあるから、水補給はぜひ大持沢でしておくことだ。沢を登ると径は尾根沿いにしばらく下りになり生川から登ってくる径と合する。

山腹につき出たような断崖の上の平地に、雑草におおわれて宝塔、石碑が建っている。金玉寺跡である。むかし松平長七郎が持山上人と称して世をしのんだ場所といわれている。
<引用終了>
驚いたのは妻坂峠から今の持山寺跡までのコースがあった事。しかも指導標付きで明示されて居た事です。

持山寺跡と金玉寺をキーワードに検索してみたらこちらのブログが見つかりました。
どうやらこのコースを金玉寺跡から妻坂峠へ向かって歩いた記録の様です(平成18年)。

またこちらも見つかりました。
まさに妻坂峠から金玉寺跡へ歩いた記録です(平成28年)。

どちらも詳細な踏破記録で、今から僅か3年程前でかなり危ないながらも歩けたと言うのが分かります。奥武蔵にこう言うコースがあったのだなあと言う発見がありました。
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