龍王山☆稲荷山線廃線跡から鷺草の花咲く山上の湿原へ


- GPS
- 02:31
- 距離
- 10.9km
- 登り
- 328m
- 下り
- 326m
コースタイム
過去天気図(気象庁) | 2021年08月の天気図 |
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アクセス |
写真
感想
ついに京都も前日から緊急事態宣言の対象地域となったが、この日は岡山でキャンセル出来ない仕事の予定がある。仕事の前に岡山の北東に位置する本宮高宮山を登ることを目論む。しかし、新幹線が岡山に近づくとどうも雲行きが怪しい。本宮高宮山もすぐ西隣、岡山市最高峰の金山も山頂のあたりは雲の中だ。雲の高さはおよそ400mほどだろう。
眺望が魅力の山が雲の覆われているのであれば、致し方ない。行き先を吉備の龍王山に変更するのは躊躇はなかった。正確には竜王山の山頂の近くにある龍泉寺の湿地を訪ねるのが目的だ。岡山駅からの接続を調べてみると、丁度良い時間に吉備線の列車が出発することがわかった。岡山と総社を結ぶ線は吉備線から桃太郎線にしばらく前に名前を変えたのだった。
桃太郎線と津山線は同じホームから出発する。どちらも同じ色の列車なので、間違えないように注意が必要だ。以前、那岐山登るために津山に向かうつもりが出発時間がほぼ同じの桃太郎線に乗ってしまい、山行のスケジュールが大幅に狂ってしまった苦い経験がある。列車はなんとも形容しがたい朱色に近い色合いをしている。タラコ列車と呼ばれるらしいが、その色合いはタラコよりもむしろ明太子の方が近いように思われる。
備中高松の駅で降りる。地図をみると自転車専用道として駅から北に直線的に伸びる道路がある。自転車専用道としてわざわざこのような道路が作られる訳がない。この道はかつて今の桃太郎線の前身、中国鉄道の備中高松から最上稲荷まで通じていた稲荷山線の廃線跡である。稲荷山線は昭和44年に廃線となるのだが、その理由は武器を製造するための金属の供出のためであったのは想像に難くない。
JRの踏切を越えたらすぐにもこの廃線跡に入れば良かったのだが、踏切を渡ると道路の先に最上稲荷の巨大な大鳥居が目に入る。鳥居の下をくぐってしまったので、そこから廃線跡へ向かうことにする。早速にも小雨が降り始めたので傘をさす。
廃線跡に入るとしばらくは趣のある並木道が続く。写真を撮ろうと一眼レフを取り出すと、なんとメモリー・カードが破損しているらしく、写真を撮ることが出来ない。近くにコンビニでもあればカードを買うことも出来るのだろう、そのようなものはこの界隈では見当たらない。この日はスマホの写真に頼るしかない。
自転車専用道路ということになっているが、車が数台入っており、路傍の低木の刈り込みを行っていた。
廃線跡というのは普通の一般道と雰囲気が異なるのは、線路に面する住宅がほとんどないことだが、この稲荷山線の廃線跡もやはり特徴が見られる。最上稲荷が近づくと道は大きくカーブして、最上稲荷への参道の入り口に向かう。おそらくこのあたりが終点だったのだろう。
参道に入ると薄暗いアーケードとなっており、両側に立ち並ぶ食堂や土産物屋はほとんどが閉まっている。前回、龍王山に登った後で最上稲荷へと降りてきたのは正月の時期だったのだが、参道はあまりにも多くの人で混雑していたので、ここを歩くのを諦めたのだった。参道の両側に立ち並ぶ店が開くのはもっぱら正月の時期に限られるのであろう。
参道を進むとわずかに開いている店もあるが、この時期に訪れる客は滅多にいないだろう。所狭しと商品を並べた薄暗い店はなんとも異様な雰囲気だ。
アーケードを抜けると立派な山門が現れ、いよいよ最上稲荷の境内に入る。立派な社殿を素通りして登山道に入る。奥の院の案内標は頻繁に現れるが、龍王山と記された案内は一つも見られない。そもそもこの山が龍王山であること自体が知る人はこの山に登ることを目的として訪れるハイカー以外は知られていないのではないだろうか。
ところで岡山の瀬戸内には龍王山という山が数多くあるが、実に単純明快な理由がある。晴れの国とも呼ばれる岡山は降水量が少ないところであり、近隣の山に雨乞いの対象として龍王が祀られたのは自然のなり行きともいえるだろう。
奥の院へは古い石段が続いており、登山道というより参拝道といった雰囲気だ。樹林の中に入ると風もなく、蒸し暑い空気のせいで早速にも汗が噴き出してくる。石段を登って行くと左手に八畳岩への案内が現れる。八畳岩に立ち寄るといつしか雨も上がったようで、眼下に吉備路の展望が広がる。南側には倉敷北部山地が連なるが、最高峰の福山のあたりにも雲がかかっている。
八畳岩を後に先に進むと小さな広地が現れる。かつて中国地方唯一のケーブルカーであった稲荷山索道の終点があったところらしい。ここも稲荷山線と同じく、昭和44年に廃線となった歴史が案内板に記されている。
奥の院にたどり着く。境内には間断なく声明が聞こえるが、録音されたものをスピーカーから流されているだけだ。社務所を東側に進むと低く垂れ込めた雲の下に岡山方面の広い展望が広がる。晴れていれば児島湾の彼方に瀬戸内の島々を望むことも出来るのだろうが、生憎、遠景は白く霞んでいる。百合の花が咲く参道を下ると、奥の院を後に龍泉寺に向かう。
降りが平坦になると忽然と右手に小さな湿原が現れる。鯉岩湿地と呼ばれるところだ。湿原に近づくとその中には小さな白い花が数多く咲いているのが見てとれる。サギソウだ。あたりにはオモダカと思われる三弁の白い花やサワギキョウも咲いている。日差しがないせいかトンボの姿は見られなかったが、花が咲き乱れる静寂な湿地は独特の幻想的な光景だ。
龍王池の南を周回するとすぐにも別の小さな湿地が現れる。ここにも数多くのサギソウが咲いている。白昼夢のような束の間の別世界を堪能したあとは龍王池の堰堤を通って龍泉寺を訪れる。竜泉寺の境内はイロハカエデが多く、中には先端がうっすらと色づいているものがある。紅葉の季節は綺麗そうだ。
ここで桃太郎線の時刻を調べると、思った以上に列車が少なく、次の11時31分の列車を逃すと次は1時間後となるらしい。仕事の用事に間に合うためには何がなんでも11時31分の列車に間に合う必要がある。
三上山に向かうとトンボ池と呼ばれる池があり、池には数多くの睡蓮の花が咲いている。一眼レフには望遠レンズをつけているのだが、それが使えないことがなんとも悔やまれる。
三上山の登山道は良好に整備されており、大崎八十八箇所と呼ばれる石仏があり、三上山を中心として霊場めぐりが出来る場所のようだ。石仏は必ず二体がセットになっているのだが、一体は弘法大師らしい。残念ながら石仏を鑑賞している時間的な余裕はない。急ぎ足で登山道を下降して行く。
驚いたことに立派な石室の中に安置された石仏が次々と現れる。まさか石仏のためにこんなに立派な石室を築いたわけはあるまいと思ったが、帰宅後に調べてみると稜線上にいくつもの古墳があり、古墳の石室を利用しているらしい。
道は良好なのだが、問題はあまりにも蜘蛛の巣が多いことだ。払い損ねた蜘蛛の巣が頻繁に顔や体にまとわりつく。登山口の小さな駐車場に出ると蜘蛛の巣から解放される安堵の息をつく。あとは列車に間に合うべく、急ぎ足で備中高松の駅に向かう。
駅に到着するとすぐにも桃太郎線の明太子色の2両編成の気動車が入線してくるところだった。車内に乗り込んでふとズボンをみると蜘蛛の巣が張り付いていた。
コメント
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タラコ列車 言い得て妙
サギソウ いいネーミングですね
以前 名鉄で乗り違えたことがありました
同じホームに行き先の違う列車が並んで止まっていました
つい手前の列車に乗ってしまいました
津山線と桃太郎線は同じホームで、車両もタラコ列車なので、私もつい手前の列車に乗ってしまいました。
会津磐梯山に登りにいった時は福島の郡山駅で完全に出発時間が同じ列車で東北本線の列車に乗ってしまったのです。出発の直前に車内放送で間違いに気がついて降りたのですが、目当ての列車には間に合わず・・・
次の列車で山に向かったのですが、山頂が近づいたところでそれまで晴れていた山にガスがかかってしまったのでした。
「タラコ列車」 よくご存じなんですね。車両塗装が退色すると「焼きタラコ」って言うらしい。
電化前の嵯峨野線にも同系のキハ40形だったかな? 走ってました。桔梗の花もあり、なんだかうちのエリアみたい。サギソウは無いですけど。
「サワギキョウ」ってあるんですね。初めて知りました。同じ桔梗でも花の形が全く違うんですね。
桔梗の花を見ながら、昨年、半国山の下山後に桔梗寺を訪ねたことを思い出しておりました。
確かにサワギキョウの花、桔梗に似ているのは花の色くらいですね。
嵯峨野線が電化されたのは相当に昔なのでは・・・と思って調べてみると、なんと1990年。これを古いと思うかは人それぞれでしょうが、私には電化がかなり遅かったように思われます。そう考えると、キハ40系の歴史は長いですね。
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