城山_石鎚神社から暘谷城
- GPS
- 04:55
- 距離
- 8.9km
- 登り
- 394m
- 下り
- 386m
コースタイム
- 山行
- 4:17
- 休憩
- 0:40
- 合計
- 4:57
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2022年04月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車
|
その他周辺情報 | 暘谷駅のスーパーで弁当・ビール確保、暘谷城桜見物 |
写真
感想
桜の散りぎわの風景を確認しようと日出城山に登り日出の海岸にある暘谷城に降りて桜見物を思い立った。城山までの家々の庭先にはさまざまな花が咲いていた。城山の山桜はこれから、横津神社・暘谷城はちょうど見ごろだった。石鎚神社への道を尋ねた古民家風の作業場は麹や味噌を製造販売している商店だった。機会が有れば訪れ賞味してみたい。
純手造り・阿部三郎商店
https://www.abemiso.com/
石鎚神社の狛犬に掘り込まれている記載は、以下に対応していると思われるが、石橋などが多く石を使った技術が普及していると想像される九州で作られていないことに逆に興味を惹かれた。
…
和泉屋仁右衛門は、安永 6 (1777)年の『難波丸綱目』において、「普請方石問屋但平舩持」 と記され、文政 7 (1824)年の『商人買物独案内』では「石細工所」として掲載されている。大坂案内記では石材流通分野で名前の挙がる和泉屋仁右衛門であるが、上記の石造物の他に、安永4 (1775) 年の住吉大社には仁右衛門作の石灯籠があり、石工として活躍していたことは確かである。文献と石燈籠のデータを重ね合わせると、和泉屋仁右衛門は石問屋でありかつ石工でもあった可能性が高いとみられる。
…
http://www.mus-his.city.osaka.jp/education/publication/kenkyukiyo/pdf/no17/pdf17_04.pdf
近世大坂における石工・石商(杉本 厚典)
よく考えると船を利用した瀬戸内海交易では石を利用した宗教物品の輸送はむしろ想定できる。一方鏝絵などの左官技術は技術を習得した人が移り住む必然性があったような気がする。
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