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ハイキング
房総・三浦
能見堂跡〜朝夷奈切通(帷子町起点で鎌倉街道下ノ道)
2022年05月10日(火) [日帰り]


体力度
3
日帰りが可能
- GPS
- 07:53
- 距離
- 27.9km
- 登り
- 283m
- 下り
- 268m
コースタイム
天候 | はれ https://tenki.jp/past/2022/05/10/satellite/japan-near/ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2022年05月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
●保土ヶ谷駅〜金沢八景 基本、ネット情報で「鎌倉街道下ノ道」と言われてる模様の公道を辿りましたが、性格上、すぐに道を踏み外すwので、序盤から、興味の向くままに、Y校〜「天国と地獄」ロケ地に寄ったり、大通りを避けてスクールゾーンに回避したりしてます もとより、800年前の古道の痕跡を期待するのは間違ってるかも、と覚悟して敢行しましたが、にしても、Y校〜「天国と地獄」ロケ地立ち寄り(写真2、3を参照)をはやばやと終えた後、蒔田橋〜上大岡BT(wcに寄ります)〜新川橋の大通り歩きは、チョーゼツ退屈です。「新川橋」過ぎると、漸く、散策らしくなるかも(写真4、5を参照。)なお、その道中、このくねくね道が古の鎌倉街道であると地図付で案内する行政設置の掲示板が二つ佇んでて、ネット情報の根拠は、これなのかしら、と思ったり 5月15日追記:写真4は、道から右に見えた橋に何となく心惹かれて、橋上から上流を撮影したのですが、「横浜市港南区さんぽ」の「現在、古道としての面影を深く留めている所は、日下小学校から金沢方面へ100m程先の新川橋信号先から左へ向かう川沿いの小道です。ここにある元笹下橋は、戦国時代に笹下城の大門のあったと推定される由緒の地です。城の外壕として使用された笹下川岸の竹やクヌギ林の静けさは、秀吉の小田原攻撃軍を迎え撃ち、先祖伝来の恩顧に報いるため死地に赴いた「間宮武士団」の夢の跡を偲ぶことができます。 」という記述に今になって気付きました。(きっと、この護岸は、近年、工事したんでしょうが、)そう言われて写真4を見ると、城の外濠めいて見えるかも^^ 金沢区に入ると、別天地の趣(笑)です(写真6〜8を参照。大通り歩きでmental消耗して、横浜高校に寄る気力はなかったですw)能見堂緑地は、都市公園ってより、山です(写真9、11を参照。)殊に、能見堂跡からの下りは、泥濘多く、それでなくても滑る土の路面で、山行モードに切り替えて、神妙に歩きます https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/midori-koen/midori_up/1mori/kenkounomori-map.files/0003_20180822.pdf 京急踏切に降り立つと、再び大通り歩きに戻りますが、1kmがんばれば、琵琶島、瀬戸神社(写真12、13を参照)といった旬の観光地wも現れますので、ちと辛抱して歩きます ●金沢八景〜鎌倉駅 武相国境尾根への興味でmental繋いで、環状4号を西へ向かいます(写真15を参照。)上総介の碑(涙)を右に見遣ってゆるゆる登ると、間もなく、朝夷奈切通の入口となります。 朝夷奈切通は、完全な山道です。斑猫が案内してくれる(すごぉくわらわらいますが、敏捷で撮影不能)東側の上りはいいとして、高みから西へ下り始めると、崖からしみ出した水で半ば沢になりかけた道(要は、ここって、大刀洗川の源頭ってこと?)を下るので、TX-5履いてきて、ホントよかった。大刀洗で上総介の冥福を祈って(再び、涙、写真18を参照)、川蜻蛉の舞う(写真17を参照)なかを神妙に下って、十二所で県道204号に出て、しばし滑川とつかず離れずで八幡宮に向かいます。門前を素通りするわけにもいかず、浄妙寺に墓参しましたが、そこから西は、完全に鎌倉観光地(写真19を参照)です。狭い歩道を神妙に歩いて、八幡宮からは段蔓を鎌倉駅に下ります |
写真
感想
かみさんがご学友(笑)と「今度鎌倉行くよー」と言うので、下見に行ってきました
とはいえ、鎌倉駅起点ってのも、アレなのでw、保土ヶ谷駅起点にしましたが、道半ばでmental尽きかけました。。
でも、後半に能見堂緑地、朝夷奈切通というハレの場を残してたおかげで、元気に「鎌倉入り」できて、よかったです^^
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