志々島☆小さな島山と大きな楠
- GPS
- 01:38
- 距離
- 3.2km
- 登り
- 162m
- 下り
- 158m
コースタイム
- 山行
- 0:58
- 休憩
- 0:35
- 合計
- 1:33
天候 | 曇りのち晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2022年09月の天気図 |
アクセス |
写真
感想
粟島に訪れたついでに、すぐ東隣の志々島に訪れたいと思っていたが、志々島に立ち寄るのは容易ではない。粟島は最寄りのJRの駅から港へのアプローチがいささか不便とはいえ、須田港からは定期船が一日8便、宮ノ下港から3便でているが、志々島は宮ノ下航路の船が途中で立ち寄るのみである。
粟島から定期船で志々島に向かうと11時半に島に到着した後、次の船は17時前の便までない。その後で京都に帰ることを考えると島を訪ねるのは難しいかと思ったが、海上タクシーなる方法があることに思い至る。粟島の海上タクシーを予約してする。粟島から志々島までは3千円で運んでくれる。
早朝に目覚め、宿泊した施設ルポール粟島の外に出てみると、小雨が降ってはいるものの東の空が見事なローズピンクに染まっている。大急ぎで粟島港に向かう。すぐに小雨は止んだようだ。防波堤を上を進むと、海に反射する鮮やかな朝焼けを見ることが出来る。朝焼けのローズピンクは急速に薄くなり、橙色へと変化してゆく。かわりに昨日登った城山の左手に虹が現れた。
朝食の後は粟島の島内を散策する。まずはルポール粟島の西にある梵音寺を訪れる。寺に入ると本堂の前の大きなソテツの樹が目を惹くが、この寺の見どころは境内にある大きなタブノキだ。あたかも触手のように枝を伸ばした樹影はグロテスクなまでの迫力があった。
梵音寺を後にすると、西浜に向かう。浜の近くには集落があるが、人の住んでいる気配が感じられる家がない。まるでゴースト・タウンだ。西浜と粟島との間には漂流郵便局という変わった郵便局がある。届け先のわからない郵便物を預かる郵便局らしい。この郵便局が開局するのは月に二回、第二と第四の土曜日の午後の三時間のみ。昨日は丁度その日にあたっていたのだが、開局の時間に間に合わなかったのが残念だ。
予約していた海上タクシーは粟島港のすぐ前の「いせや」というところだ。かつては民宿も営んでおられたところであり、ロケーションからしても網元の漁師だったのだろう。小さな船に乗り込むと10分ほどで志々島まで運んでくれる。
志々島に上陸して歩き始めるとすぐに目に飛び込んでくるのが無数の小さな祠だ。このあたりの島独特の両墓性の風習によるものだ。すなわち埋葬する墓(埋め墓)とは別に小さな墓(参り墓)を作って墓参りをするのだ。小さな祠を作るのは志々島独特のもので霊屋(たまや)と呼ばれるものらしい。
集落に入るとすぐにも古い家屋の店がある。ここも「いせや」という店だったようだ。店内には誰もいないが、休憩所として使えるようになっているようだ。冷蔵庫があり、ペットボトルが一本150円といくつかのスナック菓子がある。代金を置いていくようになっているらしい。ここに荷物を置いて出発する。
集落の間の細い路地を辿って斜面を登ってゆく。道の両側に立ち並ぶ民家には人が住んでいる気配はない。集落の上部には墓と立派な寺があるが、既に廃寺となっているようだ。寺を過ぎると樹林の中へと入ってゆく。風がなく、どんよりと澱んだ空気はなんとも蒸し暑い。
小さな尾根に登ると四つ辻になっている。尾根から右手には天空のお花畑の案内があるが、この時期は花は咲いていない。道を進むと「大楠」の道標と斜面を降りてゆく小径が現れる。小径を下ると小さなお嬢さんを連れた家族連れとすれ違う。
滑りやすい道に気をつけて降ってゆくと、すぐに左手の斜面に巨大な大樹が現れる。樹齢1200年あると云われるこの巨樹のスケールは圧巻である。樹の大きさを期待していたが、実際の大きさは予想を遥かに上回るものであった。この樹の壮大さは実際に赴かないと体感し得ないものであり、そのためだけにでもこの島に訪れる価値があるといえるだろう。
低いところから枝分かれしているのは斜面が崩れて樹の幹が土砂に埋まっているかららしい。枝振りの広さに比して樹高が低く、幹周が短く思えるのもそのせいだろう。ちなみに幹周による日本の巨樹のベスト10はその多くをクスノキが占めるらしい。この樹は石徹白の杉の大樹と共に29位にランキングされているが、樹の下部が埋もれていなければ、この樹はかなりの上位に含まれて然るべき樹のように思われた。
大樹の下に一面に生える草はいずれもウバユリらしい。この花の季節はさぞかし素晴らしい景観になることだろう。いつまでも大樹を鑑賞していたいところではあるが、問題は立ち止まっているとすぐにもプーんという藪蚊の羽音が近づいてくることだ。
楠の先に続く遊歩道を辿ると突如として開けた場所に出る。小さな小屋が作られている。楠の倉展望台と呼ばれるところだ。高見島を間近に望み、島の北側の展望が大きく広がる。展望台からすぐ先には女性二人が歩いておられた。
先ほどの四つ辻に戻ると尾根道を辿り、山頂の横尾の辻を目指す。横尾と書いて「よこぼ」と読むらしい。尾根の道沿いには多数のヤブランが群生している。大した登りものなく、なだらかに道を歩くうちに開けた山頂に出る。
山頂では男性が芝刈りをされていた。「島には何人の人が住んでおられるんですか」とお伺いすると「19人」と即答される。生活に必要な品々は定期船で宮ノ下に買いに行かれるらしい。以前は週に二回ほど出かけていたのが、コロナが蔓延してからは週に一度になったとのことだった。こんな島にもコロナ禍が影を及ぼしているようだ。
山頂には小さなテーブルがあり、記帳台と記されている。男性が「是非ノートに記帳していって下さい」と仰る。机の中にノートが収納されていた。
島の南に方角では青空が広がり始め、海の色も灰色から青へと変わってゆく。先程までの重苦しい空気はどこへ行ったやら、急速に湿度が下がっていくようだ。しかし、雲の間から差してきた日差しが強く感じられる。
下山は山頂から南の海岸に下る道を辿る。海岸に降り立つと岸壁の上では数人の釣り人が糸を垂れていた。親子連れの釣り人に「何が釣れるのですが?」とお伺いすると、釣ったばかりの小さなアオリイカを見せてくれた。海は対岸とは異なり、驚くほど綺麗だ。
海岸に沿って歩くうちに港に戻ってくる。港の手前では志々島ふれあい館があり、写真家による瀬戸大橋の建設時の写真が展示されていた。先に進むと休憩所のくすくすがある。ビールとアイスクリームにつられて中に入ると先ほどの楠の近くですれ違った家族連れも女性二人組も休憩されておられた。ここはカレーもあり、ランチをとることも出来るようだ。
店を仕切っておられる女主人は数年前に神戸から移住して来られたらしい。「何もないけどいい島ですよね」と仰る。船の時間までごゆっくりしてください・・・と瀬戸内の写真集を持ってきて下さる。再び外に出ると青空はさらに広がり、涼しい海風が吹くようになっていた。
船が島を離れ、四国本土に近づくと急速に海の色が濁っていく。満潮の時間なのだろう、昨日、乗船した時とは異なり岸壁の近くまで水面が上昇していた。この日は大潮の日にあたり、干満の差が3m以上にもなるようだ。
船から上がると道路には多くの車が走り、市街には人の気配が溢れている。島旅から戻るといつも思うことではあるが、短い距離ではあってもまるで遠い別世界から帰ってきたかのような感覚を感じるのだった。
日本の巨樹ランキングtop50
http://www.kyoboku.com/top50/
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