ヤマレコなら、もっと自由に冒険できる

Yamareco

記録ID: 597959
全員に公開
ハイキング
近畿

大阪再発見!梅田街道(難波橋北詰→尼崎大物)

2015年03月08日(日) [日帰り]
情報量の目安: S
都道府県 大阪府 兵庫県
 - 拍手
体力度
2
日帰りが可能
GPS
05:51
距離
17.8km
登り
9m
下り
17m
歩くペース
ゆっくり
1.41.5
ヤマレコの計画機能「らくルート」の標準コースタイムを「1.0」としたときの倍率です。

コースタイム

日帰り
山行
5:37
休憩
0:15
合計
5:52
距離 17.8km 登り 8m 下り 5m
9:57
38
難波橋北詰(スタート地点)
10:35
10:40
55
出入橋
11:35
115
新淀川堤防
13:30
60
歌島公園
14:30
14:40
45
佃・田蓑神社(休憩)
15:25
24
大物・辰巳橋東詰
15:49
尼崎(ゴール地点)
天候 曇り
過去天気図(気象庁) 2015年03月の天気図
アクセス
利用交通機関:
電車
 
★スタート地点
地下鉄堺筋線、京阪本線 北浜駅徒歩5分
京阪中之島線 なにわ橋駅徒歩5分

★ゴール地点
阪神本線 尼崎駅徒歩5分
 
コース状況/
危険箇所等
 
大阪の難波橋北詰から出入橋を通り、
大きな港があった尼崎は大物の辰巳橋を結んでいます。

全体的に平坦で危険個所はありません。
佃と柏里付近では橋が架かっていないので
大きく迂回する箇所があります。

★歴史

中世までの大阪と尼崎を結ぶ街道は
遠く山陽道と接続する中国街道がメインでした。
その頃の梅田街道は湿地帯の中に細道として存在するだけで
たとえ近道であっても通る人は少なかったようです。

中国街道のレコ
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-163845.html

戦国時代に入ると軍勢を移動するために道が整備されていきますが
梅田街道の原型はこの頃に出来上がってきたと思われます。
江戸時代になっても尼崎へのメイン扱いにはなっておらず
あくまでメインは中国街道で梅田街道は脇道扱いでした。

整備されてもなお遠回りの中国街道がメインだった理由として
古くからの賑わいがあり街道筋に人々が多く住んでいた上に、
一段高い場所なので地盤が安定していたということなのでしょう。

それでも近道ということで結構利用者は多かったようです
「摂津名所図会大成」よると「中津川の下流 野里村にあり この街道は
大坂より尼がさきにいたる近道なるがゆへに西国往返の旅人兵庫西の宮
尼が崎等の諸商人ことごとくこの渡しを越ゆるにより常に行人間断なく
別けて尼がさきの魚商人飛脚をはじめ西宮兵庫の飛脚諸商人日毎に通行して
頗る賑わしき道条なり」と賑わいぶりを今に伝えます。

明治時代になると街道名が付けられ、
梅田街道は難波橋北詰から辰巳橋と定義されています。

★飲食、トイレなど

公園やコンビニなど多数あり特に問題はありません。
トイレは淀川の河川敷にもいくつか存在します。
 
難波橋の南詰のライオン。今の橋は明治45年のもの。それ以前は25mほど下流に架かっていました。
2015年03月08日 09:53撮影 by  Canon EOS M, Canon
2
3/8 9:53
難波橋の南詰のライオン。今の橋は明治45年のもの。それ以前は25mほど下流に架かっていました。
中之島。かつての淀川です。
2015年03月08日 09:56撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 9:56
中之島。かつての淀川です。
ここが元の難波橋の北詰。街道はここよりスタートです。
2015年03月08日 09:58撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 9:58
ここが元の難波橋の北詰。街道はここよりスタートです。
街道は旧淀川(堂島川)沿いに進みます。この付近は蔵屋敷が立ち並んでいました。
2015年03月08日 10:01撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 10:01
街道は旧淀川(堂島川)沿いに進みます。この付近は蔵屋敷が立ち並んでいました。
天満宮の立派な鳥居。天神祭りの時は鉾流橋から神事が行なわれます。
2015年03月08日 10:03撮影 by  Canon EOS M, Canon
3
3/8 10:03
天満宮の立派な鳥居。天神祭りの時は鉾流橋から神事が行なわれます。
台座の乾物商の文字。商売の組合が建立したものでしょう。
2015年03月08日 10:03撮影 by  Canon EOS M, Canon
2
3/8 10:03
台座の乾物商の文字。商売の組合が建立したものでしょう。
川沿いには案内看板がたくさんあります。
2015年03月08日 10:07撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 10:07
川沿いには案内看板がたくさんあります。
ビジネス街の中を進みます。休日はとても静かな雰囲気です。
2015年03月08日 10:11撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 10:11
ビジネス街の中を進みます。休日はとても静かな雰囲気です。
堂島掘割(梅田入堀)という大阪駅付近まで掘られた堀がありました。かつて大阪にはこのような運河が多くありましたが現在は埋め立てられているものが多いです。
2015年03月08日 10:26撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 10:26
堂島掘割(梅田入堀)という大阪駅付近まで掘られた堀がありました。かつて大阪にはこのような運河が多くありましたが現在は埋め立てられているものが多いです。
明治天皇聖蹟。
2015年03月08日 10:28撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 10:28
明治天皇聖蹟。
古くからある田蓑橋で右に曲がります。
2015年03月08日 10:29撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 10:29
古くからある田蓑橋で右に曲がります。
ここで右に曲がると出入橋。出入橋を通らず真っ直ぐ進む道もあったと思いますが川があった影響で曲がっていたと思われます。
2015年03月08日 10:33撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 10:33
ここで右に曲がると出入橋。出入橋を通らず真っ直ぐ進む道もあったと思いますが川があった影響で曲がっていたと思われます。
正面に出入橋。街道は左に入ります。道路の右手(ちょうど歩道付近)に川がありました。
2015年03月08日 10:36撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 10:36
正面に出入橋。街道は左に入ります。道路の右手(ちょうど歩道付近)に川がありました。
出入橋は舗装されず石造りのまま残っているので貴重です。現在の橋は堂島掘割(梅田入堀)が出来た時に作られています。
2015年03月08日 10:41撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 10:41
出入橋は舗装されず石造りのまま残っているので貴重です。現在の橋は堂島掘割(梅田入堀)が出来た時に作られています。
斜め真っ直ぐ方向に進みますが左側の横断歩道を利用します。
2015年03月08日 10:41撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 10:41
斜め真っ直ぐ方向に進みますが左側の横断歩道を利用します。
この辺りの地名も梅田。梅田は元々湿地帯だったのを埋めて埋田となり後年に梅田となっています。右手は梅田入堀があった場所で船溜まりになっていました。
2015年03月08日 10:45撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 10:45
この辺りの地名も梅田。梅田は元々湿地帯だったのを埋めて埋田となり後年に梅田となっています。右手は梅田入堀があった場所で船溜まりになっていました。
梅田貨物線沿いに進み踏切を渡ります。
2015年03月08日 10:57撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 10:57
梅田貨物線沿いに進み踏切を渡ります。
斜め方向にある白いビルの中を通っていたようですが迂回するしかありません。
2015年03月08日 11:01撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 11:01
斜め方向にある白いビルの中を通っていたようですが迂回するしかありません。
その先にある公園の中を斜めに横切っていきます。ここにはトイレがあります。
2015年03月08日 11:03撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 11:03
その先にある公園の中を斜めに横切っていきます。ここにはトイレがあります。
振り返って。このビルが道の境目であったと思われます。
2015年03月08日 11:06撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 11:06
振り返って。このビルが道の境目であったと思われます。
公園の奥に旧道の痕跡。ビルとビルの間の道を進みます。
2015年03月08日 11:07撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 11:07
公園の奥に旧道の痕跡。ビルとビルの間の道を進みます。
つき当たりを右へ。目の前の広い土地は今は公園と高校になっており中ほどに古くからの神社があります。ここは昔からT字路だったようです。
2015年03月08日 11:08撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 11:08
つき当たりを右へ。目の前の広い土地は今は公園と高校になっており中ほどに古くからの神社があります。ここは昔からT字路だったようです。
ここを斜め左へ弧を描くように公園内を進みます。
2015年03月08日 11:15撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 11:15
ここを斜め左へ弧を描くように公園内を進みます。
寺が多い通りに入ります。つき当たりを右へ。
2015年03月08日 11:20撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 11:20
寺が多い通りに入ります。つき当たりを右へ。
工場横の旧道を進みます。ここの右手に旧道の痕跡のようなものがありますが明治の地図では載っておらず後年のものなのでしょう。昔のこの辺りは広大な田畑だったようです。
2015年03月08日 11:24撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 11:24
工場横の旧道を進みます。ここの右手に旧道の痕跡のようなものがありますが明治の地図では載っておらず後年のものなのでしょう。昔のこの辺りは広大な田畑だったようです。
旧道を進みます。右手に明治からあった広大な工場があります。
2015年03月08日 11:28撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 11:28
旧道を進みます。右手に明治からあった広大な工場があります。
今も煉瓦の壁が残っています。
2015年03月08日 11:30撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 11:30
今も煉瓦の壁が残っています。
新淀川とぶつかります。川は明治になって開削されたので江戸時代はそのまま真っ直ぐ進んでいました。
2015年03月08日 11:31撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 11:31
新淀川とぶつかります。川は明治になって開削されたので江戸時代はそのまま真っ直ぐ進んでいました。
橋を渡ります。
2015年03月08日 11:33撮影 by  Canon EOS M, Canon
2
3/8 11:33
橋を渡ります。
ここには水路がありました。
2015年03月08日 11:33撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 11:33
ここには水路がありました。
ちょうど鉄橋の横までほぼ真っ直ぐ道がありました。新淀川が出来てからしばらくは渡し船があったようです。
2015年03月08日 11:35撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 11:35
ちょうど鉄橋の横までほぼ真っ直ぐ道がありました。新淀川が出来てからしばらくは渡し船があったようです。
開削当時の新淀川は現在よりさらに川幅が狭いもので随分奥まで歩いていけたようです。
2015年03月08日 11:37撮影 by  Canon EOS M, Canon
2
3/8 11:37
開削当時の新淀川は現在よりさらに川幅が狭いもので随分奥まで歩いていけたようです。
国道2号線の淀川大橋で迂回します。
2015年03月08日 11:51撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 11:51
国道2号線の淀川大橋で迂回します。
奥に見える鉄橋あたりに梅田街道が通っています。
2015年03月08日 11:57撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 11:57
奥に見える鉄橋あたりに梅田街道が通っています。
橋を渡り終えたら右に曲がります。新淀川開削時に現在の橋の左手に西成大橋が架けられています。
2015年03月08日 12:01撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 12:01
橋を渡り終えたら右に曲がります。新淀川開削時に現在の橋の左手に西成大橋が架けられています。
その欄柱が鼻川神社に保存されています。本来の鼻川神社の場所は新淀川の河川敷にありました。またこの付近で中津川(旧淀川の一つ)と新淀川が合流しています。
2015年03月08日 12:06撮影 by  Canon EOS M, Canon
2
3/8 12:06
その欄柱が鼻川神社に保存されています。本来の鼻川神社の場所は新淀川の河川敷にありました。またこの付近で中津川(旧淀川の一つ)と新淀川が合流しています。
鼻川神社の拝殿。
2015年03月08日 12:06撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 12:06
鼻川神社の拝殿。
ここから旧道が復活します。ここを左へ。
2015年03月08日 12:13撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 12:13
ここから旧道が復活します。ここを左へ。
このような感じの道が続います。
2015年03月08日 12:14撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 12:14
このような感じの道が続います。
この地点が新淀川開削後の渡し跡。
2015年03月08日 12:19撮影 by  Canon EOS M, Canon
2
3/8 12:19
この地点が新淀川開削後の渡し跡。
街道に戻って静かな町中を進んでいきます。
2015年03月08日 12:25撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 12:25
街道に戻って静かな町中を進んでいきます。
柏里付近。大阪市編入後も田畑が広がっていたそうです。
2015年03月08日 12:27撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 12:27
柏里付近。大阪市編入後も田畑が広がっていたそうです。
ここを左へ。サンリバーの看板が中津川を意識しているものと思われます。ちょうどこの辺りが堤防になっていました。
2015年03月08日 12:36撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 12:36
ここを左へ。サンリバーの看板が中津川を意識しているものと思われます。ちょうどこの辺りが堤防になっていました。
この付近が河川敷。野里の渡しがありました。
2015年03月08日 12:37撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 12:37
この付近が河川敷。野里の渡しがありました。
右に曲がります。この付近が対岸の堤防でした。曲がると旧堤防沿いに進んでいきます。
2015年03月08日 12:44撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 12:44
右に曲がります。この付近が対岸の堤防でした。曲がると旧堤防沿いに進んでいきます。
野里の渡しのモニュメント。明治9年に「槲(かしわ)の橋」が架けれられています。
2015年03月08日 12:44撮影 by  Canon EOS M, Canon
3
3/8 12:44
野里の渡しのモニュメント。明治9年に「槲(かしわ)の橋」が架けれられています。
かつての川の流れに沿う道筋。
2015年03月08日 12:46撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 12:46
かつての川の流れに沿う道筋。
阪神高速の高架下をくぐって左へ。
2015年03月08日 12:56撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 12:56
阪神高速の高架下をくぐって左へ。
阪神高速沿いに進みます。明治に右手に大きな紡績工場がありました。
2015年03月08日 12:57撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 12:57
阪神高速沿いに進みます。明治に右手に大きな紡績工場がありました。
八丁橋。この付近の住民は梅田街道を八丁街道と呼ぶ人が多かったそうです。橋は延宝6年(1678)に出来た中島大水道に架けられていました。
2015年03月08日 13:00撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 13:00
八丁橋。この付近の住民は梅田街道を八丁街道と呼ぶ人が多かったそうです。橋は延宝6年(1678)に出来た中島大水道に架けられていました。
八丁温泉の前の道を進みます。
2015年03月08日 13:03撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 13:03
八丁温泉の前の道を進みます。
中島大水道の跡は緑道になっています。この地域の悪水を海に流すために作られていました。新淀川開削後に埋められています。
2015年03月08日 13:03撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 13:03
中島大水道の跡は緑道になっています。この地域の悪水を海に流すために作られていました。新淀川開削後に埋められています。
ここを左へ。
2015年03月08日 13:10撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 13:10
ここを左へ。
歌島公園付近。この辺りは街道が消滅しています。右斜め方向に弧を描いて進んでいたようです。
2015年03月08日 13:18撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 13:18
歌島公園付近。この辺りは街道が消滅しています。右斜め方向に弧を描いて進んでいたようです。
この付近より街道が復活。
2015年03月08日 13:51撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 13:51
この付近より街道が復活。
小学校前の道路が旧道。つき当たりまで進みます。
2015年03月08日 13:54撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 13:54
小学校前の道路が旧道。つき当たりまで進みます。
つき当たりが佃の渡し跡になりますが名残りがありません。
2015年03月08日 13:56撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 13:56
つき当たりが佃の渡し跡になりますが名残りがありません。
神崎川の堤防上に登ろうとも登れないようになっています。下流の神崎大橋まで迂回します。
2015年03月08日 13:59撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 13:59
神崎川の堤防上に登ろうとも登れないようになっています。下流の神崎大橋まで迂回します。
この道筋がかつての神崎川の堤防に沿っていると思われます。
2015年03月08日 14:01撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 14:01
この道筋がかつての神崎川の堤防に沿っていると思われます。
右へ。クランク状になっています。
2015年03月08日 14:09撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 14:09
右へ。クランク状になっています。
国道2号線の交差点。右に曲がって神崎大橋を渡ります。
2015年03月08日 14:10撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 14:10
国道2号線の交差点。右に曲がって神崎大橋を渡ります。
左が佃島。右が御幣島。佃島の左手には左門殿川が流れていて佃島は中州のような土地になっています。
2015年03月08日 14:12撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 14:12
左が佃島。右が御幣島。佃島の左手には左門殿川が流れていて佃島は中州のような土地になっています。
橋を渡った後は堤防沿いに進んでここで左に曲がります。この辺りが佃島側の渡し場跡と思われます。
2015年03月08日 14:24撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 14:24
橋を渡った後は堤防沿いに進んでここで左に曲がります。この辺りが佃島側の渡し場跡と思われます。
弧を描いたような道筋。地盤が安定せず砂地でもあったので右側に長屋があったそうですが阪神大震災で崩壊しています。
2015年03月08日 14:24撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 14:24
弧を描いたような道筋。地盤が安定せず砂地でもあったので右側に長屋があったそうですが阪神大震災で崩壊しています。
田蓑神社。街道沿いにおいて住吉神社が村ごと存在していましたが現在は合祀されたりと少なくなってしまっています。
2015年03月08日 14:32撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 14:32
田蓑神社。街道沿いにおいて住吉神社が村ごと存在していましたが現在は合祀されたりと少なくなってしまっています。
田蓑神社。拝殿の上には改名前の住吉神社の文字が残っています。
2015年03月08日 14:34撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 14:34
田蓑神社。拝殿の上には改名前の住吉神社の文字が残っています。
街道に戻って左へ。ちなみに佃煮は江戸の佃が発祥ですが元々は大阪の佃の漁民が江戸の佃に移ってのものとなります。現在も学校では交換授業ということで東京の佃と交流があるそうです。
2015年03月08日 14:52撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 14:52
街道に戻って左へ。ちなみに佃煮は江戸の佃が発祥ですが元々は大阪の佃の漁民が江戸の佃に移ってのものとなります。現在も学校では交換授業ということで東京の佃と交流があるそうです。
左は旧道っぽい雰囲気ですが川沿いの道を進みます。明治の地図では左の道はどうも存在していないようです。
2015年03月08日 14:56撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 14:56
左は旧道っぽい雰囲気ですが川沿いの道を進みます。明治の地図では左の道はどうも存在していないようです。
ここで左へ下ります。
2015年03月08日 14:58撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 14:58
ここで左へ下ります。
国道2号線との交差点。右斜め奥への道を川沿いに進みます。
2015年03月08日 15:00撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 15:00
国道2号線との交差点。右斜め奥への道を川沿いに進みます。
右手の川が左門殿川。
2015年03月08日 15:04撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 15:04
右手の川が左門殿川。
左下へ進みます。
2015年03月08日 15:05撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 15:05
左下へ進みます。
現在の堤防から離れましたが昔はこの道沿いに堤防がありました。
2015年03月08日 15:08撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 15:08
現在の堤防から離れましたが昔はこの道沿いに堤防がありました。
少しクランクになっています。
2015年03月08日 15:13撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 15:13
少しクランクになっています。
かつての堤防からの眺めはよかったことでしょう。
2015年03月08日 15:14撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 15:14
かつての堤防からの眺めはよかったことでしょう。
マンションの建物の形がちょうど街道の痕跡になってると思われます。
2015年03月08日 15:17撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 15:17
マンションの建物の形がちょうど街道の痕跡になってると思われます。
阪神なんば線の高架をくぐり再び現在の堤防へ。
2015年03月08日 15:20撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 15:20
阪神なんば線の高架をくぐり再び現在の堤防へ。
古地図ではこの辺りが膨らんでいるので左は旧道の痕跡だと思われます。
2015年03月08日 15:22撮影 by  Canon EOS M, Canon
3/8 15:22
古地図ではこの辺りが膨らんでいるので左は旧道の痕跡だと思われます。
辰巳橋を渡ると尼崎の大物です。かつては大きな港がありました。梅田街道は辰巳橋が終点ですが中国街道とつなげるため尼崎中心部まで歩いています。
2015年03月08日 15:25撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 15:25
辰巳橋を渡ると尼崎の大物です。かつては大きな港がありました。梅田街道は辰巳橋が終点ですが中国街道とつなげるため尼崎中心部まで歩いています。
国道43号横にある旧道。色が変わっています。
2015年03月08日 15:27撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 15:27
国道43号横にある旧道。色が変わっています。
レンガ造りの工場跡。
2015年03月08日 15:32撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 15:32
レンガ造りの工場跡。
この辺りは尼崎城の堀の跡。
2015年03月08日 15:44撮影 by  Canon EOS M, Canon
1
3/8 15:44
この辺りは尼崎城の堀の跡。
橋を渡ってゴールとしました。
2015年03月08日 15:50撮影 by  Canon EOS M, Canon
2
3/8 15:50
橋を渡ってゴールとしました。
撮影機器:

装備

個人装備
ザック(1) 手ぬぐい(3) 日焼け止め(1) 帽子(1) サングラス(1) 行動食(2) ペットボトル(500ml)(1) カメラ(1) iPhone(充電器含む)(1) 折り畳み傘(1) ザックカバー(1)

感想

  
金曜に歴史博物館で梅田街道の講演会があり
忘れないうちに現地調査をしてみました。

講演会では戦国時代の文献や古地図を交えて解説があった他、
現在の道筋の写真や地形など多角的視野で語られていました。
実に興味深かったのは神社と寺の成り立ちと街道筋。
街道筋の神社は住吉神社が古くから多く存在していて
寺は創立年を見ると似たような感じなのには驚きました。

それにしても、
マイナーな梅田街道をよく取り上げてくれたものだと思います。
資料の少ない街道の道筋の調べ方なども実に参考になりました。

今回の歩きの感想としては
昔ながらの街道が少ない湾岸地域において、
歴史の古い内陸とは違う歴史を感じることができました。
全体的に平坦で藪がないので物足りない部分がありましたが
歴史を前もって調べておいたことで楽しいものとなりました。
 
なお、
今回の街道歩きの記録は
以下のブログでもまとめてみました。
http://borabora.seesaa.net/article/416605808.html
 

お気に入りした人
拍手で応援
拍手した人
拍手
訪問者数:3378人

コメント

北区に10年住んでたので
自転車でウロウロしたところだらけなのですが、全く目にしていないのだらけです
2015/3/10 20:09
Re: 北区に10年住んでたので
 
講演会がなかったら歩いてない街道だったのですが
意外と遺構が結構残っているもので楽しいものでした。
橋がなく大きく迂回するのはちとつらいですけど
 
2015/3/11 15:18
プロフィール画像
ニッ にっこり シュン エッ!? ん? フフッ げらげら むぅ べー はー しくしく カーッ ふんふん ウィンク これだっ! 車 カメラ 鉛筆 消しゴム ビール 若葉マーク 音符 ハートマーク 電球/アイデア 星 パソコン メール 電話 晴れ 曇り時々晴れ 曇り 雨 雪 温泉 木 花 山 おにぎり 汗 電車 お酒 急ぐ 富士山 ピース/チョキ パンチ happy01 angry despair sad wobbly think confident coldsweats01 coldsweats02 pout gawk lovely bleah wink happy02 bearing catface crying weep delicious smile shock up down shine flair annoy sleepy sign01 sweat01 sweat02 dash note notes spa kissmark heart01 heart02 heart03 heart04 bomb punch good rock scissors paper ear eye sun cloud rain snow thunder typhoon sprinkle wave night dog cat chick penguin fish horse pig aries taurus gemini cancer leo virgo libra scorpius sagittarius capricornus aquarius pisces heart spade diamond club pc mobilephone mail phoneto mailto faxto telephone loveletter memo xmas clover tulip apple bud maple cherryblossom id key sharp one two three four five six seven eight nine zero copyright tm r-mark dollar yen free search new ok secret danger upwardright downwardleft downwardright upwardleft signaler toilet restaurant wheelchair house building postoffice hospital bank atm hotel school fuji 24hours gasstation parking empty full smoking nosmoking run baseball golf tennis soccer ski basketball motorsports cafe bar beer fastfood boutique hairsalon karaoke movie music art drama ticket camera bag book ribbon present birthday cake wine bread riceball japanesetea bottle noodle tv cd foot shoe t-shirt rouge ring crown bell slate clock newmoon moon1 moon2 moon3 train subway bullettrain car rvcar bus ship airplane bicycle yacht

コメントを書く

ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。
ヤマレコにユーザ登録する

この記録に関連する登山ルート

この場所を通る登山ルートは、まだ登録されていません。

ルートを登録する

この記録で登った山/行った場所

関連する山の用語

この記録は登山者向けのシステム ヤマレコ の記録です。
どなたでも、記録を簡単に残して整理できます。ぜひご利用ください!
詳しくはこちら