上野三碑☆山上碑・多胡碑・金井沢碑〜特別史跡巡り
- GPS
- 00:22
- 距離
- 0.6km
- 登り
- 47m
- 下り
- 32m
コースタイム
- 山行
- 0:02
- 休憩
- 0:00
- 合計
- 0:02
天候 | 真夜中 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2023年12月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
24時間見学自由 無料 Pあり無料 公衆トイレ併設 群馬県高崎市吉井町池1095 ▼多胡碑記念館 9.30-17.00 月休 ¥200 ※2024年3月31日まで無料 027-387-4928 ▼山上碑、山上古墳(飛鳥時代) 24時間見学自由 無料 Pあり無料 公衆トイレ併設 群馬県高崎市山名町山神谷2104 ▼金井沢碑(奈良時代) 24時間見学自由 無料 Pあり無料 公衆トイレ併設 群馬県高崎市金井沢2334 |
コース状況/ 危険箇所等 |
各駐車場から、石碑まで遊歩道が整備されてます。 多胡碑は駐車場からすぐ。 山上碑は、街灯の無い階段を上った先。 金井沢碑は、街灯の無い木製遊歩道の先。 |
写真
感想
さて。このところ、日本百霊山が続きまして。前回が日本百霊山96座目の鹿野山だったから、今回はどこかの日本百霊山97座目かと思いきや。群馬県高崎市南部にある上野三碑(こうずけさんぴ)です。山上碑(やまのうえひ)、多胡碑(たごひ)、金井沢碑(かないざわひ)の3つ。1300年前の東アジアの文化交流を記す日本最古の石碑群です。ユネスコ世界の記憶にも登録されてるそうで。国宝と同様の価値があるということで、全国に63件ある特別史跡のうちの1つに、それぞれの石碑が指定されてます。特別史跡か。すべて訪れてみたいものだな。
上野三碑は、かなり以前から、全て歩いて回ろうかと思っていたのですけど、なかなか意欲が湧かずに、ほったらかし。面倒だから、それぞれの間は、車で移動してしまえとなりました。午後11時過ぎに、まずは多胡碑を訪問。駐車場からすぐでした。なんで、こんな時間帯なのかは、翌日に登る山のついでに行ったから。
多胡碑は、711年、古代上野国に新たに多胡郡という名称の郡をつくったことを記念して建てられた石碑。栃木県の那須国造碑(なすのくにのみやつこのひ)、宮城県の多賀城碑(たがじょうひ)と共に日本三古碑に数えられる。ところが。この多胡碑は、見物はできるのですが、修復中とかで石碑がビニールでぐるぐる巻きでした。スイッチを押しても照明が点かないし。有名な笠の部分しか見えませんでした。当然ながら、この夜中なので、音声ガイダンスも作動せず。
山上碑は、681年に長利(ちょうり)という名の僧が母親の供養のために建てた石碑。日本最古の石碑というわけではありませんが、現存する完全な形を有する石碑としては日本最古となります。また、日本語の語順で漢字が並んでいるので、日本語の成立過程を知るうえでも重要な資料だそうで。隣にある山上古墳は、長利の母・黒売刀自(くろめとじ)が埋葬されたと考えられています。刀自は、婦人の尊称。場所は石段を少しばかり上がった先にあります。駐車場からは、ちょい歩く。付近は真っ暗。小さいけども山なので、猪が出るらしい。山上碑は明かりが点灯したので、じっくり見物できました。で。直ぐ隣に山上古墳という小さい古墳がありまして。入口がぽっかりと口を開けていて、24時間、自由に出入りできます。身をかがめるようにして古墳内の石室に入ってから思ったのですけど、午前0時前後に、誰もいない山の上にある古墳の中にヘッドランプを頼りに1人で入り込んで。ここって、古代人のお墓だよな。ここに亡骸が埋葬されていたんだよな。うーむ。直ぐ出るかな。なんだか、埃っぽいし。後ろから、肩口の辺りに手を掛けられて、ぐぃぃと引っ張られても困るし。ま、実体のないモノより、実体のある猪の方が怖いけどね。真夜中に1人で来るところではないかもしれません。楽しかったけど。
金井沢碑は、726年に三家(みやけ)氏という一族が先祖供養と子孫繁栄を願って建てた石碑。地名として「羣馬(群馬)」という文字が群馬県内で初めて使われた最古の資料だそうです。駐車場からは遊歩道が整備されてます。近いですけど。
いずれも真夜中に訪れたので音声案内を聞くことができませんでした。こんなに興奮するスポットなら、日中に歩いて全て廻ればよかった。車で各石碑間を移動したけど、やたらに狭い道もあったし。特に、山上碑から金井沢碑までの区間で。というわけで。翌日、2023年大晦日の登山に備えて、どこかで車中泊しました。早朝は、雨予報なのが気がかりだが。
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