記録ID: 8574097
全員に公開
ハイキング
近畿
いまだ越えず丹波越2 そうだ丹波行こう
2015年05月28日(木) 〜
2015年05月29日(金)


- GPS
- --:--
- 距離
- 22.7km
- 登り
- 1,151m
- 下り
- 1,107m
コースタイム
1日目
- 山行
- 5:50
- 休憩
- 0:00
- 合計
- 5:50
9:20
350分
スタート地点桑原橋
15:10
クラ谷出合
2日目
- 山行
- 6:05
- 休憩
- 2:41
- 合計
- 8:46
7:04
19分
スタート地点クラ谷出合
7:23
7:24
1分
クラ谷・谷分岐炭焼窯跡
7:25
7:45
25分
奥の炭焼窯跡
8:10
9:05
5分
テント場:休憩・撤収
9:10
8分
クラ谷出合発
9:18
21分
滝谷林道との出合
9:39
20分
三軒屋
9:59
21分
久多上の町
10:20
10:35
5分
上の宮近辺杉樹林中で■休憩
10:40
5分
久多中の町
10:45
10:50
8分
久多の大杉・大川神社
10:58
11:25
34分
志古淵神社参拝■休憩
11:59
12:00
15分
久多下の町
12:15
11:25
68分
久多宮の町
12:33
12分
宮の町最奥
12:45
13:00
33分
最初のヘアピンカーブ■休憩
13:33
13:55
12分
能見峠■休憩
14:07
28分
能見川出合
14:35
25分
能見
15:00
0:00
0分
下のテントマーク消えないけど
15:00
ゴール地点能見口
「鯖だけではなかった鯖の道」の続編である。
クラ谷を遡行して谷分岐の炭焼き窯から少し上流にある滝前から右岸の急斜面にジグザグの道があったとされている。その少し下流の第2の炭焼き窯跡付近からもなにかずり落とした跡があって、そこを下った人もいた。両者の急斜面を登っていくと、有名な?700m付近の水平道に到達することになっている。
現在その登路がどうなっているか。登れそうなのか確認するために行ってみた。
■重要文献
http://www.stsuhara.sakura.ne.jp/waksagoe-index.html
山城五十山:http://kyoto.on.coocan.jp/10yamashiro50/kuta.html
■対応旧記事
【5】クラ谷探索
https://stellabyhydra.blog.fc2.com/blog-entry-189.html
【6】久多谷を下る
https://stellabyhydra.blog.fc2.com/blog-entry-191.html
【7】能見越(次号報告)
http://dokodemo-sanpo.cocolog-nifty.com/walkin/2015/06/post-681a.html
クラ谷を遡行して谷分岐の炭焼き窯から少し上流にある滝前から右岸の急斜面にジグザグの道があったとされている。その少し下流の第2の炭焼き窯跡付近からもなにかずり落とした跡があって、そこを下った人もいた。両者の急斜面を登っていくと、有名な?700m付近の水平道に到達することになっている。
現在その登路がどうなっているか。登れそうなのか確認するために行ってみた。
■重要文献
http://www.stsuhara.sakura.ne.jp/waksagoe-index.html
山城五十山:http://kyoto.on.coocan.jp/10yamashiro50/kuta.html
■対応旧記事
【5】クラ谷探索
https://stellabyhydra.blog.fc2.com/blog-entry-189.html
【6】久多谷を下る
https://stellabyhydra.blog.fc2.com/blog-entry-191.html
【7】能見越(次号報告)
http://dokodemo-sanpo.cocolog-nifty.com/walkin/2015/06/post-681a.html
過去天気図(気象庁) | 2015年05月の天気図 |
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アクセス |
写真
■5■クラ谷からの丹波越探索
結構ぐっすり寝て起床は6時頃だった。
昨晩の事件は、多分山ヒルにやられたこと。あごに何かひっついていたので無理やり引っ剥がした。真っ暗でよく分からなかったが、多分山ヒルだろう。テントといってもツエルトなので床も何もなく、外から入ろうと思えばイケイケになっている。しかも、狭い銀マットを敷いただけでうつうつしていたので、その時にくっついたのだろう。これについては続きがあるが、それはまた後で。
結構ぐっすり寝て起床は6時頃だった。
昨晩の事件は、多分山ヒルにやられたこと。あごに何かひっついていたので無理やり引っ剥がした。真っ暗でよく分からなかったが、多分山ヒルだろう。テントといってもツエルトなので床も何もなく、外から入ろうと思えばイケイケになっている。しかも、狭い銀マットを敷いただけでうつうつしていたので、その時にくっついたのだろう。これについては続きがあるが、それはまた後で。
▼その木の根元に登って行く「道」。石段のようになっている。
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※以下、帰りに撮影した写真が多くあります。タイムスタンプが遅くなっていますのでご注意。
キャプションに▼マークをつけました。
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※以下、帰りに撮影した写真が多くあります。タイムスタンプが遅くなっていますのでご注意。
キャプションに▼マークをつけました。
▼この奥にも炭焼き窯跡があるというし、「山城五十山」によると、久良谷には木馬道があったと書いてあったので、道を付けるだけのスペースはあってよさそうなものだけど、出水で流れてしまったのか?
山城五十山:http://kyoto.on.coocan.jp/10yamashiro50/kuta.html
旧サイト(廃止)http://www.geocities.jp/uenishi02/kuta.html
山城五十山:http://kyoto.on.coocan.jp/10yamashiro50/kuta.html
旧サイト(廃止)http://www.geocities.jp/uenishi02/kuta.html
【▼休憩後に撮影】
その左手の山腹を見上げると・・・・・ははん、700m付近にあるという水平道の末端から無理やり降りてくると、ここに出るらしい。どう見ても道とは思えないが、登るのはちょっと大変そうだ。自然の水みちかどうかは分からないが、伐採した樹木、炭焼き原木などを、ここを使ってバンバン落としたのではないか?こういう地形は結構見かける。
10炭窯背後R0012093.JPG
その左手の山腹を見上げると・・・・・ははん、700m付近にあるという水平道の末端から無理やり降りてくると、ここに出るらしい。どう見ても道とは思えないが、登るのはちょっと大変そうだ。自然の水みちかどうかは分からないが、伐採した樹木、炭焼き原木などを、ここを使ってバンバン落としたのではないか?こういう地形は結構見かける。
10炭窯背後R0012093.JPG
ここから上流、約50mくらいの二又になった場所までは沢伝いに行けるそうだが、それから先は大きな滝があるらしい。地図をみても普通には遡れそうもない別世界になる。その場所から無理やり斜面を登ると、水平道に達するらしい。むりやり登るならば、ここでも一緒かと思う。いずれにせよ、腰を据えてかからないと無理なので本日はここで退散とする。
■■6■■久多川源流を下る
テントを撤収して、朝のコーヒーを飲む。他に何をするでもなくここでも小一時間、ボォ−っとしていた。ゆったりした時間。
下見を早く切り上げたので、さてどうする。オグロ坂を越えても今日中に帰れそうだが、遅くなるだろう。八丁平をバタバタと通り過ぎるようになる。久多の先の川合まで出て、高島のバスに拾ってもらうのは楽だが、また安曇川までもどるのもなあ。もう一つは久多越(能見越)で能見口−バスで出町柳という手もある。ま、道々考えることにしよう。
テントを撤収して、朝のコーヒーを飲む。他に何をするでもなくここでも小一時間、ボォ−っとしていた。ゆったりした時間。
下見を早く切り上げたので、さてどうする。オグロ坂を越えても今日中に帰れそうだが、遅くなるだろう。八丁平をバタバタと通り過ぎるようになる。久多の先の川合まで出て、高島のバスに拾ってもらうのは楽だが、また安曇川までもどるのもなあ。もう一つは久多越(能見越)で能見口−バスで出町柳という手もある。ま、道々考えることにしよう。
久多谷を下る
林道脇には「漁道」との標識があり、これからの道々でよく見かけることになる。久多漁協で釣り師用に設置したものだろう。
久多谷もずっと昔に通っているはずなのだが、今はどうなっているか?近江の針畑谷と国境尾根を隔てて良く似た環境にあると思うが、針畑谷は谷は長いがバスが通る。こちらの久多谷は谷は針畑谷より短いがバスがない。小入谷や生杉あたりは新しい住人も入っているようで希望が持てたが、空き家も目立った。こちらはどうなのか、関心がある。
林道脇には「漁道」との標識があり、これからの道々でよく見かけることになる。久多漁協で釣り師用に設置したものだろう。
久多谷もずっと昔に通っているはずなのだが、今はどうなっているか?近江の針畑谷と国境尾根を隔てて良く似た環境にあると思うが、針畑谷は谷は長いがバスが通る。こちらの久多谷は谷は針畑谷より短いがバスがない。小入谷や生杉あたりは新しい住人も入っているようで希望が持てたが、空き家も目立った。こちらはどうなのか、関心がある。
長瀬谷出合い(9:32)
各谷の出合いにはほとんどの場合、谷名の表示板がある。久多というところは、来訪者のためにかなり力を入れているようだ。そういえば、三国岳の降り口にも「久多」の道標がしっかりと建ててあった。
各谷の出合いにはほとんどの場合、谷名の表示板がある。久多というところは、来訪者のためにかなり力を入れているようだ。そういえば、三国岳の降り口にも「久多」の道標がしっかりと建ててあった。
久多谷もずっと昔に通っているはずなのだが、今はどうなっているか?近江の針畑谷と国境尾根を隔てて良く似た環境にあると思うが、針畑谷は谷は長いがバスが通る。こちらの久多谷は谷は針畑谷より短いがバスがない。小入谷や生杉あたりは新しい住人も入っているようで希望が持てたが、空き家も目立った。こちらはどうなのか、関心がある。
えらく新しい建物があり、何かと思ったら、簡易水道設備。(9:36)
えらく新しい建物があり、何かと思ったら、簡易水道設備。(9:36)
三軒家(9:39)
この右手後方に家がある。ただし、空き家のようだ。元畑地(田んぼ)も草茫々だ。牧地によいのではと思ってしまう。このような空き地はたくさんあるのだが、その活用は経済が許さず、人々の生活も成り立たない。
この右手後方に家がある。ただし、空き家のようだ。元畑地(田んぼ)も草茫々だ。牧地によいのではと思ってしまう。このような空き地はたくさんあるのだが、その活用は経済が許さず、人々の生活も成り立たない。
三軒あるうちの一軒は現役だった。ちょうどおじさんが庭に出ていたので軽く挨拶。家の写真は撮れなかった。谷を振り返って撮っておく。この右手が現役のお家だ。夏場だけかも知れないが、まだ生活が残っているのが分かって、少し元気がでてきた。
きれいに田植えがしてある。荒れ果てた田んぼは見当たらない。わずかに草の生えた空き地はあるが・・・
どの家もトタン被せでしかも美しい。家だけでなく田畑のあぜ道も美しく手入れしてある。立派に現役の村だ。
どの家もトタン被せでしかも美しい。家だけでなく田畑のあぜ道も美しく手入れしてある。立派に現役の村だ。
「奈まごみ」
生ゴミの集積舎だろう。(10:04)野菜くずなどは田畑の肥料として再利用しているだろうが、汚れたビニール袋などはここに集めるのだろう。よくある鉄製のオリにゴミ袋を無造作に放り込むスタイルでなく、ちゃんと扉がある。建屋から判断すると、かなり」昔からこのような扱いが定着しているのだろう。なにより、大きな板製の看板がよい。きちんとした山村の生活がある。
生ゴミの集積舎だろう。(10:04)野菜くずなどは田畑の肥料として再利用しているだろうが、汚れたビニール袋などはここに集めるのだろう。よくある鉄製のオリにゴミ袋を無造作に放り込むスタイルでなく、ちゃんと扉がある。建屋から判断すると、かなり」昔からこのような扱いが定着しているのだろう。なにより、大きな板製の看板がよい。きちんとした山村の生活がある。
上の町の看板があった(10:06)。高齢者生き生き創造事業、とあってお年寄りが作ったものだろう。
戸数を数えてみると、23戸あった。今の時代に全戸が現役というわけにはいかないだろうが、この村の美しさをみると、かなりの家で生活が成り立っていると思える。
23戸というのはボクの田舎村と一緒だ。ボクの田舎は当然ながら離村が相次ぎ(ボクもその一人)、流入も2軒あったが、プラスマイナスで15軒以下になっているはずだ。しかもちゃんと農業できているのは、もう2、3軒。あとは半農にもならない、通勤主体か年寄りが余生を送る片手間農業だ。それでも農道の草刈りくらいはあって、最低限の手入れはしているが、昔の美しさは失われている。しかし、この村をみると、かなりの所まで手入れがされているようだ。これはすごいぞ。ちょっと久多の村が気に入った。
戸数を数えてみると、23戸あった。今の時代に全戸が現役というわけにはいかないだろうが、この村の美しさをみると、かなりの家で生活が成り立っていると思える。
23戸というのはボクの田舎村と一緒だ。ボクの田舎は当然ながら離村が相次ぎ(ボクもその一人)、流入も2軒あったが、プラスマイナスで15軒以下になっているはずだ。しかもちゃんと農業できているのは、もう2、3軒。あとは半農にもならない、通勤主体か年寄りが余生を送る片手間農業だ。それでも農道の草刈りくらいはあって、最低限の手入れはしているが、昔の美しさは失われている。しかし、この村をみると、かなりの所まで手入れがされているようだ。これはすごいぞ。ちょっと久多の村が気に入った。
民宿もあるようだ。ここで犬に吠えられた。(10:10)後で地図をみると、本来の村道は折れ曲がって、写真の前方の道に行き、橋を渡るようだが、ボクはまっすぐ山側の道を行った。この道は山林伐採か何かで作った新しい道のようだ。昭和43年の古い5万図「北小松」には、このあたりはまだ破線路しかなく、橋を渡ったところから実線路になる。新道はまだ記載されていない。
少し長く歩いたので、新道の杉樹林の中で休憩(10:20−35)川向こうに神社が見えるが、先程の分岐までもどらないといけないのでパス。
写真は、樹林を過ぎた頃に撮った神社(10:39)。中の町の看板では「上の宮」となっていた。
写真は、樹林を過ぎた頃に撮った神社(10:39)。中の町の看板では「上の宮」となっていた。
久多谷を振り返る(10:40)
ちょうどここからは三国岳が見えるはずなのだが、正面がそうなのか?その左手前は城丹国境尾根上にあるP936か?
久多川に杉。谷に広がる田んぼ。山際の村道。この風景はお気に入りだ。
ちょうどここからは三国岳が見えるはずなのだが、正面がそうなのか?その左手前は城丹国境尾根上にあるP936か?
久多川に杉。谷に広がる田んぼ。山際の村道。この風景はお気に入りだ。
実は大川神社という神社だった。ご祭神、由緒等が分からないが、志古淵神社の花笠踊りの奉納が、上の宮、大川社、志古淵神社の順に行われるそうなので、志古淵神社に関係する社かも知れない。
■久多中の町の案内板が現れた(10:58)
ここのは「高齢者いき活き創造事業」。個性があっていいじゃないか。大杉の川向こうにある観音様がちょっと気になる。
花笠踊り、ほか観音様については・・・
大谷大学のレポート:
http://www.otani.ac.jp/news/nab3mq000001vso7.html
ここのは「高齢者いき活き創造事業」。個性があっていいじゃないか。大杉の川向こうにある観音様がちょっと気になる。
花笠踊り、ほか観音様については・・・
大谷大学のレポート:
http://www.otani.ac.jp/news/nab3mq000001vso7.html
。安曇川水系にはシコブチ神を祀る神社が多数あって、主要な七つの神社を「七シコブチ」というそうだ。淵の字はともかく、標記が微妙に違っている。
久多・志古淵神社
小川・思子淵神社
坂下・思子渕大明神
坊村・信興淵大明神
梅の木・志子渕神社
岩瀬・志子淵神社
中野・思子淵神社
志古淵神社について、いろんなサイトで詳しく紹介されているので・・・・・
http://gejideji.exblog.jp/15521943/
http://blogs.yahoo.co.jp/keeekn/65239245.html
http://www.kyotofukoh.jp/report600.html
久多・志古淵神社
小川・思子淵神社
坂下・思子渕大明神
坊村・信興淵大明神
梅の木・志子渕神社
岩瀬・志子淵神社
中野・思子淵神社
志古淵神社について、いろんなサイトで詳しく紹介されているので・・・・・
http://gejideji.exblog.jp/15521943/
http://blogs.yahoo.co.jp/keeekn/65239245.html
http://www.kyotofukoh.jp/report600.html
久多・志古淵神社では花笠踊が有名だが、もちろんまだ見たことはない。花笠踊は、室町末期、京で流行した風流踊りが伝わったものといわれ、志古淵神社念仏踊を奉納する。精霊供養と五穀豊穣を祈る。筏流しがあったころは、その安全も祈願していたのだろう。人口減少や高齢化は間違いなく進んでいるだろうが、それでも毎年続けられているところがすごい。
花笠踊について、詳しくは・・・・
http://gejideji.exblog.jp/18379147/
http://11.pro.tok2.com/~kazuo/m20-399.html
http://www.otani.ac.jp/news/nab3mq000001vso7.html
神社の前の堤防の上で昼飯。ちなみに、ここではauが繋がった(au4GLTE)。
花笠踊について、詳しくは・・・・
http://gejideji.exblog.jp/18379147/
http://11.pro.tok2.com/~kazuo/m20-399.html
http://www.otani.ac.jp/news/nab3mq000001vso7.html
神社の前の堤防の上で昼飯。ちなみに、ここではauが繋がった(au4GLTE)。
付近に掲示されていた地図によると、郵便局、役所、橋を渡れば農協。西へ通じる街道をいけば久多越(能見越)で能見経由、広河原へいくことができる。一方、橋を渡って東へ行けば、久多下の町、川合経由で梅の木に出られる。久多の中心地といえば中心地である。ただし、バス便はなく、自前のクルマがないと生活はできないだろう。これはイタイ。
「久多での暮らし」
久多里山協会:http://kutanosato.net/index.php?%A5%C8%A5%C3%A5%D7%A5%DA%A1%BC%A5%
京都新聞:http://www.kyoto-np.co.jp/info/syakai/kuta/070911.html
大谷大学フィールドワーク:http://www.otani.ac.jp/news/nab3mq000001vso7.html
京都府保険医協会:http://www.healthnet.jp/?p=2033
これらを読んでいると、風光明媚、美しい山村、華麗な花笠踊りだけではすまないのだ。農協の建物はあるが、モノを売っていない。かなり昔に撤退したようだ。自動販売機があるだけだった。農協が農村から撤退してどうする、という気もするが、それはどのイナカでも同じだ。クルマで何キロも先まで買いに行かなければならない。ボクのイナカは、昔は2キロ歩いて農協、4キロ少し大きい農協、小学校、郵便局、医者、散髪屋、豆腐屋、2、3軒の商店がなどがあって、とりあえずは事足りた。しかし今は農協はなく、1軒の酒屋と小学校、郵便局しかない。10キロぐらい先にスーパーやコンビニがある。ここはどこまで買い物にいくんだろうか?
都会人からみれば壮絶な生活としか思えないが、実際に住んでいる人は意に介せず(いや、意には介していると思うが)、そんなことはものともせず、きちんと生活されているように思えた。今まで歩いてきた村々の田んぼの様子を見て、力強さを感じたのも事実だ。久多の人々には敬意を表します。
さてどうやって帰るか。一番楽なのは、川合まで行って、高島市バスに拾ってもらうこと。しかし、安曇川まで引き返すのもなあ。オグロ坂越えもよいが、ちょっと遅くなるだろう。大見尾根はあまり歩きたくないし、そうなればヒノコ、百井経由か。考えたあげく、冬場は交通遮断になるという、久多越(能見越)で帰ることにした。能見越えで能見口まで歩くことで、久多の苦労も少しは分かるかも知れない。それに、元々、「丹波越」をテーマにしているので、峠を越えて丹波(広河原は今は京都市だが、元来丹波だった)まで足を運ぶのも意味があるではないか。単にこだわりだけだが。
現在11:25、今すぐ出発すれば、能見口でバスに間に合うかもしれないが、その前に下の町のオグロ坂入口まで行って、繋いでおくことにした。
「久多での暮らし」
久多里山協会:http://kutanosato.net/index.php?%A5%C8%A5%C3%A5%D7%A5%DA%A1%BC%A5%
京都新聞:http://www.kyoto-np.co.jp/info/syakai/kuta/070911.html
大谷大学フィールドワーク:http://www.otani.ac.jp/news/nab3mq000001vso7.html
京都府保険医協会:http://www.healthnet.jp/?p=2033
これらを読んでいると、風光明媚、美しい山村、華麗な花笠踊りだけではすまないのだ。農協の建物はあるが、モノを売っていない。かなり昔に撤退したようだ。自動販売機があるだけだった。農協が農村から撤退してどうする、という気もするが、それはどのイナカでも同じだ。クルマで何キロも先まで買いに行かなければならない。ボクのイナカは、昔は2キロ歩いて農協、4キロ少し大きい農協、小学校、郵便局、医者、散髪屋、豆腐屋、2、3軒の商店がなどがあって、とりあえずは事足りた。しかし今は農協はなく、1軒の酒屋と小学校、郵便局しかない。10キロぐらい先にスーパーやコンビニがある。ここはどこまで買い物にいくんだろうか?
都会人からみれば壮絶な生活としか思えないが、実際に住んでいる人は意に介せず(いや、意には介していると思うが)、そんなことはものともせず、きちんと生活されているように思えた。今まで歩いてきた村々の田んぼの様子を見て、力強さを感じたのも事実だ。久多の人々には敬意を表します。
さてどうやって帰るか。一番楽なのは、川合まで行って、高島市バスに拾ってもらうこと。しかし、安曇川まで引き返すのもなあ。オグロ坂越えもよいが、ちょっと遅くなるだろう。大見尾根はあまり歩きたくないし、そうなればヒノコ、百井経由か。考えたあげく、冬場は交通遮断になるという、久多越(能見越)で帰ることにした。能見越えで能見口まで歩くことで、久多の苦労も少しは分かるかも知れない。それに、元々、「丹波越」をテーマにしているので、峠を越えて丹波(広河原は今は京都市だが、元来丹波だった)まで足を運ぶのも意味があるではないか。単にこだわりだけだが。
現在11:25、今すぐ出発すれば、能見口でバスに間に合うかもしれないが、その前に下の町のオグロ坂入口まで行って、繋いでおくことにした。
オグロ坂、オグロ林道への入口まできた。これで前回のルートと接続した。
橋を渡ると漁協の建物があり、久多土産も売っているらしい。うどんなどの簡単な食事も可能だ。もちろんトイレもある。定期開店かどうかは知らないが、今日は開いていた。土曜日だからね。おそらく釣り客を当てにして、土日祝は開店するのだろう。
橋を渡ると漁協の建物があり、久多土産も売っているらしい。うどんなどの簡単な食事も可能だ。もちろんトイレもある。定期開店かどうかは知らないが、今日は開いていた。土曜日だからね。おそらく釣り客を当てにして、土日祝は開店するのだろう。
感想
クラ谷の滝手前の急斜面にジグザグの道があったとされているが、ただの急斜面だった。また、その少し下流の第2の炭焼き窯跡付近からのルートも同様だったが、たしかになにかずり落とした跡はあった。
季節を選んで(見通しのできる季節)登ってみるしかないかな。
この地点の観察メモからルート概念図を作成中。
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