海沢探勝路〜大岳山
- GPS
- 07:48
- 距離
- 16.2km
- 登り
- 1,261m
- 下り
- 1,261m
コースタイム
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2012年08月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車
復路:奥多摩駅 |
コース状況/ 危険箇所等 |
【迷い注意!】大滝の先で海沢を詰めていく際、右岸にワサビ田が見えた所で沢を渡る木橋が崩壊しています。沢に残骸の丸太が転がっているので、左岸を直登する踏み跡は無視して丸太と岩伝いにワサビ田側へ渡ること。一瞬、支沢の中みたいになりますが、すぐ踏み跡が出てきます。 ■ねじれ滝、大滝へは、それぞれ登りルートをそれて見に行きます。ねじれ滝はすぐですが、大滝は標高差50mほど下ることになります。 ■海沢を詰めると支尾根に出て、もうひと登りすると鋸尾根からの道に合流します(標柱は立っているのに海沢ルート分岐の矢印は無い)。その先、頂上は標高差50mもありません。 |
写真
感想
電車を下りたとたんに暑い。小さな白丸駅を出て、民家の裏口にでも通じていそうな細い階段を下りて車道に出る。歩道も無い道を少し西へ歩くと、数馬峡橋に出た。橋の上には望遠レンズの列。鉄道ファンの皆さんと見受けたが、“鉄分”を隠してやり過ごそうとすると、同行のjpn氏が1人に「何か珍しい電車が通るのですか」と尋ねてしまった。ファン氏がカメラの液晶に今撮った写真を出してくれる。「ああ、国鉄特急色の183系ね…」。つい呟いてしまう自分が悲しい。
他にも湘南色の電車が来るようだったが、雑念を振り払って前進する。橋を渡ると一軒家があり、川沿いの森に道が続いていた。向こうからサンダル履きで軽装の一団がやってくる。川原でキャンプでもしているのだろうか。道沿いにはイワタバコがあちこちで咲いている。
今日は東北へ引っ越すjpn氏の多摩お別れ山行。山形や仙台で暮らしたzaoluckとしては、先輩風を吹かせてあちらの山や酒や食べ物を紹介する流れとなる。なんだかんだ話しているうちに分岐を見逃し、お約束通り袋小路に入りこんでしまった。少し戻ると、ちゃんと指導標も立っていて、ご丁寧に「行き止まり」という矢印もある。「こんなの付けるから間違えるんだ。行き止まりの方向に矢印なんか出すなよ」と八つ当たりしたが、もちろん、これは当方が悪い。1人より2人の方が道に迷いにくいというのは真っ赤な嘘で、話に夢中になるとアブナいという見本のようになってしまった。山の中ではなかったのが幸いだったが。
分岐から少し下って川(海沢)を渡り、坂を上ると車道に出た。しばらく道なりに行くと、橋の手前にアメリカ村キャンプ場の大きな看板があった。ここは橋を渡らず、右の細い道に入るのが正解だと車で下見したjpn氏が教えてくれる。アメリカ村の送迎バスをやり過ごし、ポップな感じの施設を横目に歩くと海沢隧道。まだ坂は本格化しないのに汗が吹き出ていたので、わずかだが涼しいトンネルは心地よい。
渓谷の道が高度を増し、ずっと下の沢を沢登りの人が歩いているのが見える。そろそろ嫌になってきたころ、やっと林道終点の登山口に着いた。トイレに寄り、汗を拭って沢沿いの山道に入る。ほどなく小さめの滝が三つ連なる所に着いた。三ツ釜ノ滝に相違ない。
角度を増す道を足元に注意しながら進むと、右が大滝、左がねじれ滝という分岐に出た。ねじれ滝を選ぶと、道は沢床を忠実に辿りだした。行き止まりだと面倒だと思ったが、やがて再び分かれ道があり、一方は上の方に通じていてホッとした。
ねじれ滝は岩にセメントを盛ったような足場を頼りに沢の左岸を少し入った所にある。薄暗い滝壺間近まで行かないと、音はすれども水流は見えずという面白い滝だった。流路も、なるほど真ん中でねじれている。
引き返して、いよいよ直登じみてきた山道に挑む。わずかな涼を感じさせた沢筋から離れて高巻く形になり、風がなくてとにかく暑い。途中で横断した枯れ沢を吹き降ろす風が、地獄で仏のように感じた。やっと小広い所に出ると、大滝を示す道標が下りを示していた。
「せっかく登ったのに…」とブツクサ言いながら坂を下りていくと、木の葉越しに大きな水流が見え、黄色い歓声が響き渡ってきた。標高で40〜50mほど下って大滝着。そろいのウエットと救命胴衣を着けた若い女性たちが、インストラクターに促されて滝壺に飛び込んでいた。水は涼しいというより冷たいのだろうが、やはり羨ましい。
沢伝いに下って行く女性たちを見送って、今日何度目かとなるタオルの汗を絞り、滝そのものから水を補給して、さあ、出発だ。分岐まで登り返し、「この先悪路」の指導標の意味は極力考えないようにして歩く。実際のところ、坂は険しいものの格別悪路というわけでもない。
時折りワサビ田が見え、農作業用のモノレールもある。よくもこんな所までという斜面にもモノレールが伸びていて、jpn氏が「乗せてほしいなあ」と呟いている。とこうするうち、対岸の右岸にフェンスで囲われたワサビ田が見え、そしてプツリと道が途絶えた。「えっ…」
少し前に抜いた男性が追いついて来たので尋ねるが、彼も初めてで道は知らないとのこと。歩いてきた左岸には、無理やり急斜面を直登した形跡もあるが、どう見ても登山道ではない。山と高原地図では破線ルートだが、ヤマレコの踏破者のレポートにはこういう道なき道があるとは書いていない。
ここでjpn氏が取り出したるは1.5万分の1の「奥多摩東部登山詳細図」。なぜか岡山の吉備人出版が出している地形図で、情報が実に詳しい。それによると、このワサビ田で右岸に木橋で渡るのが正しいルートとのこと。よく見ると、残骸らしい丸木がいくつも転がっている。その先が水路のようになっているのが不安だったが、ほどなく登山道らしい踏み跡になった。橋が流れるのは仕方ない点もあるが、どうせなら近くの安全な場所に渡渉地点を知らせる指導標の一つも立ててほしいものだ。
しばらく沢沿いに歩き、小さな支沢を越えてから、まさに難行苦行の胸突き八丁にかかった。40分以上の苦闘の後、やっと指導標の立つ支尾根に到着。吹き渡る風を期待したのだが、たまにそよ風が吹く程度でしかない。思ったより急なその尾根を登って、時計が正午をだいぶ回ったころ、鋸山からのルートに合流した。
記憶では大岳山は頂上直下に標高差100〜200mほど急な所があるはず。そう思って身構えたのに、申し訳程度の岩場一つを越えると、さしたるアルバイトもなく頂上に着いてしまった。jpn氏のGPSを基準に登山口で腕時計の高度計を合わせたのだが、GPSが150mほど低いデータを示していたらしい。まあ、おかげで頂上がワープして飛んできたみたいで、何だか得をした気分だ。
山頂は、富士山は無理だが丹沢、大山あたりまではよく見えるまずまずの視界だった。ゆっくり昼食休憩を取っていると、13時過ぎにどやどやと大勢の年配ハイカーが到着した。座る場所にも困っているようだし、おばあちゃんパワーにも圧倒されて、そそくさと出発した。
往路に通った海沢ルート合流点には標柱が立っているものの、分岐を示す案内は何も書かれていない。ここを過ぎると記憶にあった急な岩場などが現れた。合流点は思ったより頂上に近かったらしい。
気持ち良い尾根道を快調に歩き、少しだけ喘ぎ登れば1時間で鋸山。展望も何もないピークだが、10人以上が休憩中だった。そのうちの一人が辺りに散らばる丸石を指して、これは消防が訓練のためリュックに入れて担ぎ上げ、帰りは捨てて行ったものだと解説していた。
25分ほどで三角点のピーク。三ツドッケらしき山を遠望して急坂を下り始める。鎖の男坂はパスし、梯子を下ってわずか登り返せば祠のピーク。登りに比べればはるかに発汗は少ないのだが、ここで2.5L持ってきて途中1Lは補給した水が底をついてしまった。
とはいえ、ここまで来れば下界は近い。まあ、大丈夫だろうと思ったが、下がるにつれて気温がぐんぐん上がり、危うく脱水症状になるところだった。道が林道に合流し、愛宕神社を過ぎれば、jpn氏が下りは初体験という直線急階段。幸い2人とも転げ落ちたりせず、午後4時過ぎに無事登山口に降り立った。
駅では折よくホリデー快速、“鉄用語”で「ホリカイ」が止まっている。青梅で乗り換え、おなじみの河辺駅前の温泉でjpn氏と反省会に臨んだ。駅前から見上げると、晩照の雲に大岳山が影のように浮かび上がっていた。
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