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朝起きて、読み始めたら止まらなくなり、結局最後まで。
11時過ぎに早い昼食を取り、医王山へ。
30℃を越える予報であったが、往路は雲のお陰で直射日光にあたらず、3週間ぶりの山歩きの身にとっては助かった。
復路の小兀で小休止して下山。
朝読んでいた本は「死にたかった発達障がい児の僕が自己変革できた理由」(著:西川幹之佑)。
知人から最近感動した本として教えてもらった。
18歳(執筆当時の昨年)でこんなに自分自身に向き合って生きてるなて!
日常の些細なことに弱音を吐いてるオジサン、恥ずかしい。
年齢に関係なく、人生を懸命に生きる人からは学ぶことは多いなぁ。
読みながら2つ上の兄のことを思った。
兄は小学校高学年の時に、特殊学級に入っていた。
新設されたばかりで、団体行動に支障のある児童が通常学級から移された。
兄の場合は、1年か2年生の時に友達とケンカした時に嚙みついたことがあった。成績も悪かった。そいうことで問題児にカテゴライズされたようだ。
当時は医者の見立ても診断書もない。学校側と親が話し合いで決めた。
今でいう発達障害の子も、知的障害の子も、素行の悪い子もみんな一緒。
親身に対応していただいた先生方には大変失礼であるが、個人的感想としては、当事者のためというよりは、通常学級の運営に支障がある分子を隔離したシステムという気がしていた。
中学に進学して通常学級に戻ったが、友達は多くはできなかったんじゃないかな。
両親はこの決断をずっと後悔していた。
兄や両親がどんな思いだったか。涙が出た。
研究が進んで検査方法が充実し、エビデンスにもとづいて病名が細分化され、見合った療法や対応が検討されるようなってきた。社会の認知はまだまだ追いついていないが、多様性という言葉を聞く回数が増えてきたことはいいことだ。
でも理想は、多様性なんて当たり前すぎて、多様性を意識しないから多様性という言葉も使われない。
いつかそうなってほしい。