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頭取室も見学出来るし(笑)レンガの金庫は資料展示室になっています💶観光協会の事務所もこちらに引っ越してきました🔔
銀行さんの施設なので開業支援のための機能や共同オフィスがあったりします。他、若干の物販や飲食店が入っています。川越にしては単価の高いイタ飯屋さんとか…🤣
埼玉りそなの川越支店だった頃は、合唱団の練習会場費の振込とかでお世話になったなー🎵
職場に近いので🏧も良く寄ったな〜 工事中は🏧が使えなくて😰リニューアルしたら🏧無くなっちゃうの⁉?って心配したけど…安心して下さい🎵はい(っ)てますよ🎵
裏通り側にこそっと移ってました😸
そして🏧があった所は地元食材を使ったジェラート屋さんになっていてました😸17時迄です、お早めに〜🍦
私の職場もレンガ建でしたが、40年前に建て替えました。時代の流れで仕方無いです。ジェラートとはお洒落ですね🐸👍
建て替えてしまったのですね…風情はあっても色々と不便な点もあったかと思います、でもちょっと残念かも😿
わが街川越には和洋各種の古い建物が色々あり、観光資源としても役立つように、動態保存のような取り組みがされていまして、ここもその一つと言えるでしょうね😽
重厚な八十五銀行のビルは蔵造りの街並みにも違和感なく溶け込んで、昔も今も小江戸の景観を彩っております🌈ジェラート、おいしかったです(ちょっとお高いですが😅)
私も学生時代まで川越に住んでおり、小学校の時に、この建物は、埼玉銀行でしたが、埼玉で最初の国立銀行と習いました。川越は、仙台などと異なり、古い街並みを大事に、かつこれをうまく観光資源として活かしてますよね。
その近くの「大正浪漫通り」ですが、昔は、「銀座商店街」などといういわゆる昭和の流行らない商店街だったことを覚えてます。
以前と比べて、川越もだいぶ観光地に様変わりしましたね。
この建物を初めて見たのは確か、小学4年か5年のお正月、父と親戚に年始回りに行った折、西武線の本川越駅から一番街を通って叔母の家に歩いて向かっている途中でした。はい、当時は埼玉銀行川越支店でした。今は内外観光客を多数集める一番街の「蔵造りの街並み」も、1970年ころは正面をビニールシートや看板建築で覆ったりして、今の様な景観ではなかったようです。
蔵造りの姿を前面に出したまちづくりを進める市民の会が立ち上げられ、長い年月をかけて今の姿になりました。バス通りで、幹線道路でもあるので、改修は一軒ずつ順番に行っていました。
大正浪漫通りは、かつては銀座通りと呼ばれたアーケードのある商店街、アーケードはS31年に作られ(埼玉県初)、当初は町一番の目抜き通りだったそうですが、その後商業エリアは現在のクレアモールに移って、おっしゃるように流行らない感じになり…老朽化したアーケードを撤去した際、今の名称に変わりました。
GWの頃のこいのぼりの飾りつけが観光客を集めていますが、経営者の高齢化や火災などで閉店してしまったお店もあったりしてちょっと寂しくなってしまいました😿
そして人気観光地のご多分に漏れず、観光エリアの住民にはオーバーツーリズムの問題もあって💧(庭先に買い食いした後のごみを置いて行かれてしまう等)人気が出過ぎるのも市民にとっては複雑…という今日のこの頃です😅
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