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備前国児島郡(岡山県倉敷市藤戸町)。
当時は海峡となっており、藤戸の渡と称した。(語釈より)
📖〔(寿永三年)九月十二日、参河守(みかわのかみ)範頼(のりより)、平家追討のために西国へ発向す。〕
以下名前が列挙され、[北条小四郎義時]の名も。
〔都合其勢三万余騎、都をた(ッ)て播磨の室にぞつきにける。〕
*[室]=播磨国揖保郡室津(兵庫県たつの市御津町室津)。
瀬戸内海の良港として交通の要所であった。(語釈より)
〔平家の方では、大将軍に小松新三位中将資盛(すけもり)・・・五百艘の兵船に乗って、備前の児島に着くという情報が伝わったので、源氏は室をたって、これも備前国西河尻の藤戸に陣を布(し)いたのであった。〕
海を隔てていたが、土地の者に歩いて渡れる場所を聞き出し、平家を攻めたてます。
(間を置いて、再びおこる合戦譚。海上平家、馬にて源氏)居彷人
【写真】イメージです。
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