長く生きていると、いろいろな体験が積み重なっていく。人それぞれ同じ経験を経ることは絶対無いのだが、ほぼ同じという経験をしても、幸福な人生と思う人もいれば、失意の人生を送る人もいる。ほぼ同じ境遇に育つ一卵性双生児でも全く違った歩みをしている。人生の岐路は何時も傍にあるように思う。ほとんどは些細なことなのだろうが、私にも人生行路を左右することが幾度かあったように思う。あの時あの場所で、なんで声を掛けなかったのか、どうして辞めてしまったのか、心にもないことをしてしまったんだろうか、なぜ通り過ぎるままにしたのだろうか、告白すればよかった等々。人それぞれ、元にある原因や出来事を表す言葉はいろいろあるが、私の場合は、「引込み思案」だからがぴったりくる。
中学２年の正月３日、丹沢・大山・大山川を単独遡行に出掛けた。二重ノ滝（２段１２ｍ）は左側を登ったが、その先全面が岩壁に囲まれ塞がれたように少年の眼には錯覚して見えた。二重ノ滝滝上で怖気づいていると、下社から見晴台に通ずる登山道を一人の見覚えのある中学校の数学教師KATOUGI先生が歩いてくるではないか。人違いか？否、偶然は突如として現れた。オールバックに眼鏡、渋好みの茶系ジャケットを着た、ややO脚気味の背恰好は確かにＫ先生そのもの。それに以前、Ｋ先生は大学時代に山岳部に所属、山岳写真が趣味とも聞いていて、山で遭遇するのもあり得ないことではなかった。
眼が合い私の存在を認知されたと感じたが、私の思い違いなのか見晴台に向かい通り過ぎて行った。こちらも声を掛けなかったのは、あの頃の中学の校則あるいは世の常識だったのかは分かりかねるが、遠方へ一人出掛けて山歩きなんか、もってのほか、悪く言えば不良行為と見られていていたのではないかと思う。知られては「まずい」と頭にピンときたのだと思う。そうはいっても滝上に少年がいること自体が危険な状態なので、不審に思い声を掛けたり、場合によっては手を貸したりするものではないだろうか。しかし、通り過ぎてしまった。あるいは「危ない真似はするな」とご先祖様が幻視をみせにきたのか？その後、厳しいＫ先生との遭遇で一層恐ろしくなり、二重ノ滝をクライムダウンして中退した。３学期が始ってからも、Ｋ先生はそんなことは無かったかのような日常で、ただの先生と生徒の関係のままだったが、私の方ではその時のことが今でも度々蘇る。あの時、声を掛けたなら、例えお叱りがあったとしても、K先生から山についても山以外についても沢山の有益な話を聞けたのではないか、卒業後も何らかの関係が続いたのではないか思うと、引込み思案を自覚する自分は損な性格だなと思う。
引込み思案とは、実は自分にも甘く厳しくないのかもしれない。人から否定されるのを恐れているのだと思う。自己中は毒気を巻き散らすが、引込み思案も自分や他者を幸せにする機会を逸する。大山川のことは、とても些細なことであるが、取り返しが絶対できないこともある。今までの人生を勝敗を自己評価すれば、１勝９敗くらいかなと。０対３最終回２アウト満塁では、逆転満塁ホームランは無かった。だからこそ、ちょっとしたことに気を使い、大事に考え引込み思案でない日常を送りたいと思う。もし、やり直しができることなら、やり直すべきだろう。たとえ好転しなくてもいいではないか。そうしていけば、全敗の人生でも命を全うできたことにないりはしないだろうかと思う。
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