昭和54年12月、4回目の七面山登山で大ガレ（ナナイタガレ）を登りました。あれこれ思案し前月に中途退却した表参道の下降ポイントを再度訪れ、前回躊躇した泥壁はザイルを使って降り、さらにガレの凸状部を通って巨大な擂鉢（大ガレ）の底部に降り立ちました。
登行する斜面は岩石と砂が固まって凍土となっていたためにアイスバイルやピッケルでも足場は殆ど切れません。出歯アイゼンの先は強く蹴り込むと崩れてしまう、そっとけり込めば全く食い込みません。それで凍結している岩や石の上に静かに乗り登っていくしかありませんでした。アイゼンの爪とバイルとピッケルの先というピンポイントに頼る登行は不安定で、爪先立ちした斜面が崩れる前に次の足場に前進するという慎重かつ機敏な動きが必要でした。『崩れる』と幾ら思っても意外と崩れませんが、突然崩れます。正に蟻地獄を登るようで、平静を保ち根気強く続けるしかありません。まだ積雪のある箇所は安定していますが、まだ厳冬ではないので雪は締まっていません。そうした静かな体重移動は両脚の負担が大きいようです。このまま斜度を増していく斜面の登行を避け大ガレの中央（左沢と右沢の中間）の痩せ尾根にルートを取りました。両脚の筋肉が限界に近づいてきた時に、なんとか尾根に立てました。そこには積雪に獣の通った跡もあり、この尾根が一番安全なルートのように思いました。ガレの凹部では雪が滑り積雪が薄いが、凸部は積雪も厚く安定していて登行が捗り、崩壊地の縁の泥壁も小さく、難なく登ることができました。
登り切った時、以外にも達成感は一瞬にして消え失せ、充実感など感動もあまり感じませんでした。強いて言えば、試みが終わった安堵感、そして自分を縛っていた妄想から解放され安楽であったと思います。『大ガレを登る』という試みが熱に浮かされた妄想・妄動でしかなく、完了したら急速に冷め、『俺は何をやっていたのだ』、『どうかしていたのか』などと思えたのでしょう。それは、百八つの煩悩のうちの一つが消えたということかもしれません。
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