４０数年前のこと、谷川岳・一ノ倉沢・烏帽子沢奥壁・中央カンテの上部の垂壁を登っている時、不覚にも掴んでいた岩が突然崩れました。ややオーバーハングしている処を抜け出ようとしていた時で、足場（スタンス）は登山靴の先が少し乗る程度でした。突然手掛かり（ホールド）を失い『あっ』という間にバランスが崩れて落下しました。落下距離は２０ｍほどで、途中2箇所の中間支点のハーケンが『ピューンピユーン』と鳴きながら抜けていきました。そのハーケンが抜けていく様子を目撃していたセカンドで確保している後輩Ｓ君は『巻き込まれて一緒に転落する』と衝撃が走り目いっぱい恐ろしかったと思います。幸運にもビレイポイントに最後残ったハーケンを支点に、Ｓ君が落下を止めてくれました。もし最後のハーケンも抜けていたら、間違いなく私と一緒にＳ君も数100ｍ落下するところでした。2個のハーケンが抜けるエネルギー、完全な垂直自由落下（空中落下）では無かったこと、ランニングビレイなどを考慮すると、私の落下した時間は４〜５秒と推定されます。
落下の瞬間から一瞬にして目の前が真っ黒になりました。実際に目を閉じていたのか、開いていても見えなかったのかは分かりません。そして頭の中では、もうひとりの自分が落下する自分を客観視しているかのように感じていて、恐怖感はありませんでした。また落下の展開がスローモーションを見るように感じ、時間が非常に長く伸びているようでした。長く伸びた５秒の中に今までの人生が凝縮し、走馬灯のように親や身近な人々が次々と登場し頭の周りで高速回転していました。親しい顔が浮かび『あー僕は死んで逝くのだなー』とぼんやりと思うも、恐怖感は不思議と湧いてきません。
そして、落下が止り我に返ると、何か今までとは全く違う景色がありました。同じような滝からの落下で『九死に一生』で助かった子供（中学２年）の時は茫然としただけでしたが、それから１０年ほど経った中央カンテの落下では茫然ではなく、何かスカッとした感覚でした。見ているのは一ノ倉沢を囲む岩壁と青空は変わらないのに、落下前の景色から幾重にも重なっていた目のフィルターが全て取り払らわれたようなクリアーな景色になっていました。少し前の景色は偽の世界で、今は真実の世界の中に自分がいるような感覚でもありました。このフィルターは目だけでなく心身全てに掛っていたフィルターだったのかもしれません。生きていく間にいろんな染料で染め重ねたフィルターが外れて、クリアーな世界が広がり、幸福感に満たされていました。『助かって良かった』というような自分に向いた思いではなく、大自然いや宇宙と同化しているような、言うに言われぬ幸福感です。Ｓ君に『クライミングを続行しよう』と言うほど、精神的なショックはありませんでした。Ｓ君の方は、大きなショックであったのか、『降りましょう』と冷静な判断をしてくれました。
翌日からは仕事でしたが、過重な仕事も辛いなんて思いもしない、生きているだけで、ただただ幸せでした。しかしながら、そんな幸福感は徐々に薄れていき１週間ほどで、不満や辛さが湧き出てくる元の状態に戻ってしまいました。『ただ生きているだけで幸せ』より幸せはないと思います。その時の幸福感を失ったことは残念で、これに匹敵する幸福感は再び訪れたことはありません。しかし後日こう思うようになりました。『確かに、最高の幸せということを知った、見た、経験した、そして最高の幸せを得るヒント（方向）となる素晴らしい発見だった』と。
自由（空中）落下では自分の意思が全くの無意味になります。死は絶対に避けられないことで、『死にたくない』といくら思っても、その自分の意思は絶対にかなえられることではありません。しかし、私の落下の経験では、間近に迫る死の間際においては苦悩も苦痛も感じませんでした。普通に考えると、死で自分という存在がなくなることを恐れ、『生きたい、逝きたくない』と我執が働くことで、死は益々恐ろしいことになります、我執を無くすことはできないと思いますが、我執というものも幻想で思い込みに過ぎないと考えること（自覚すること）はできます。たぶん、そう自覚することで、死を受け入れ楽になれるように思います。そして、さらに慈悲という他への愛を心がけ実践していくことで、死に臨んでも我執に捕らわれることなく受け入れることができるようになると考えます。フィルターを通さないクリアーな世界は、我執のない世界に通ずるような気がしています。落下という偶然の出来事で味わった最高の幸福感を、偶然を待つのではなく、無理をせずとも努力して、また味わいたいものです。
★改定した場合もありますので、その時はお許しください。
yasuji-さん、こんばんは！
ふと日記を読ませてもらって… すぐに手に汗を握ってしまいました。よくバンジージャンプでも一皮剥ける(?)と聞きますが、所詮ほぼ安全が確保された状態のこと。「自由落下で死ぬかも」の衝撃度にはとても適わないですよね。
ところでこのレベルの幸福感は、無我・悟りや涅槃に近いのでは？なんて想像もしまして。もしその状態がずっと続いていたら、もしかすると「生きる気力」がなくなってしまわないかと、また心配してしまいます。その辺りは如何でしたでしょう？？？
ちなみにうちは、壁でオートビレイに身体を任せるのも上手くできないレベルです（滝汗
toshimizu7566さん こんばんは
お読みいただいて、コメントありがとうございます。
信仰を持っていないので、素人考えを今の思い付きでご返事します。『悟り』という言葉はあまり好きではないので、ここでは悟りの代わりに『至福』と表現して書きます。
あの一週間の幸福感は、私もずっと『至福』という状態だったのではないかと思っていましたし、たぶんそうであると考えています。その『至福』は何もしないと元に戻ってしまうようです。『至福』を維持するための行為が必要なのでしょう。座禅をしたことがありませんが、『座禅をして、悟ったと思ったら悟りではなくなる。不断の座禅を続けることが必要だ』というような趣旨のことを本で読んだことがあります。今は、それと同じようなことかなと考えています。臨死体験は偶発的な５秒間の出来事です。その５秒間が超強烈であったため一週間続いたと考えています。たった一週間で元の木阿弥に戻ったわけですが、気づいた発見（ヒント）が後日に影響を与え今の私があります。
『生きる気力』が失せると『至福』（悟り）は続いていかないと思います。『至福（悟り）』状態でなくなると『生きる力』という雑念（思い込み）も出てくるように思います。卵が先か鶏が先かの議論になってしまいますが、生きる気力を失わず至福を続けるには、『生きる力』を他（他者、動植物、、、すべて）への慈悲として向けることかなと考えています。
★思い付きの返事ですみません。よく考えてピンときたら、またご返事したいと思います。
toshimizu7566さん おはようございます
貴兄のな難問について、私なりの考察をしてみました。
『私の臨死体験』追考（１）をお読みいただければありがたいです。
こんばんは
臨死体験ではありませんが。
学生時代、その頃は絶対助からない
と言われた病気を診断されました。
病院から帰り、仲間と結成した
合唱サークルに顔を出したら
驚きました。
みんなの頭に輪っか、言い換えると
👼天使の輪っかが輝いているんです。
ああ。生が続く人には、輪っかが、あるんだと静かに悟りました。
宣告されて、さて遺影はどれにしようかと悩み。お母さん就職してすぐにあの世に行く親不孝ごめんなさいなどと考えてましたが、いまだ神様に呼ばれません。
yasujiさんの至福体験とは色合いは違いますが、神様に触れた一瞬だと理解しています。
kibako2さん おはようございます
コメントありがとうございます
子供さんや若い方が難病に苦しむことは辛く悲しく思います。kibako2さん(木箱？、牙子？）は無事ご快復なさって山登りができるほど元気なご様子、何よりです。
落下事故や交通事故などで突然亡くなる場合は、何も覚悟のないままに果ててしまいます。それより、私は癌のような少しでも余命がある方が覚悟や遺族に言い残す時間があるのでいいのではないかと考えています。
幸い落下が止まり、助けられたのですが、この貴重な体験は後の考え方に影響しています。たぶん良い方向だと思っています。kibako2さんにも、ある種の良い影響があったのではないですか？
ご友人達の頭に輪っかが乗っかっていたのは、ご自分から見て彼女たちが光り輝いて見えていたのかもしれませんが、神様が現れたと考えたいですね。知り合いのＳ女史から、『死の間際にいる人の病室で、四隅に真っ黒な死神（四体）がやって来た』（お迎え）と聞いたことがあります。kibako2さんの輪っかのご友人が既にお亡くなりになった方々ではなかったのは、『生きなさい』というサインであったと思います。
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