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明治の新八十八カ所:
隣の長福寺を一番として浄泉寺山門で完結していた。
江戸時代道標:
① 「是より浅間道」:宮路天神社手前右側
赤坂の飯盛女8人の寄進名
② 「宮路山道」:宮路天神社300m奥、登山道分岐左側(自然石2石の内右側)
このゲートを潜る登山道は現在でも使われているが多少荒れているためか新分県ガイドにはなくなってしまった。
こちらが古くからの本道(鎌倉街道)なので道標も知るとより面白い。
大江定基の妻、力寿の墓は長福寺裏山に新八十八カ所とともにある。
関連して小野小町が文屋康秀と共に三河に下り住んだ伝説をもとに俳諧集『三河小町』が作られた。
編者の太田白雪は大江氏の末裔でもあるらしい。
本当に小町の血を引く三河美人はいるのだろうか?
*寒いのでこれが新年最初のランドネになりました(笑)。
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