今日も朝からあいにくの雨で,山には行けません😭
仕方なく書棚の整理(断捨離)をしていて,大昔の「岳人」を1冊見つけました。
今から72年前の1951年3月に刊行された第35号で,「後立山特集」です。1951年といえば,勿論私はまだ生まれていません。その頃はまだ立山黒部アルペンルートは無かったのでしょうね。もしかしたら工事は始まっていたのかな?
2枚目の写真の目次を見ると,特集の筆頭記事に跡部昌三さんのお名前があります。
私はかつて跡部さんと一度だけお話させていただいたことがあります。
たしか私が高校1年か2年だった頃かと思います(もしかしたら中学3年だったかも知れません)。その頃,たま〜に購入していた「岳人」の片隅に「跡部昌三の店」の広告が出ていて,「岳人」のバックナンバーもある旨書かれていました。お店の場所はたしか名古屋の伏見だったように記憶していますが,栄だったのかも知れません。とても興味があったので,すぐに電話でアポを取ってお店まで出かけました。ビルの1階片隅,とても小さなお店でした。店内に入ると,優しそうなおじいさんとおばあさんがにこやかに迎えてくれました。色々とお話し,バックナンバーを1冊だけ買って帰りました。そのときは跡部さんがどのような方なのかを全然知らず,ただの山好きのおじいさんだと思っていました。
久々に岳人35号の頁をパラパラとめくって跡部さんのお名前を見つけ,数十年ぶりに跡部さんのお店のことを思い出した次第です😅 私が生まれるよりも前に,「岳人」の特集の筆頭記事を書かれるなんて,どんなに凄い登山家だったのでしょうか❓だって,中日新聞社が刊行していた頃の「岳人」は,「山と渓谷」よりも数段上のレベルの硬派として知られていたのですから・・・。試しにヤフーで「跡部昌三」と検索してみると,膨大な数がヒットしました。老舗山岳会である名古屋山岳会の初代会長だったとは,腰を抜かすほど驚きました。高校生の頃からそのことを知っていたら,もっと色々お話をお聞きするチャンスだったのに・・・。残念なことをしましたが,たった一度だけでもそんな凄い方とお話できたんだと分かっただけでも嬉しいです😋
最後の写真は,この駄文とは関係無いですが私のささやかな登攀記録がちらっと載っている「岳人」です😅
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