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(写真1枚目 源頼家の墓碑)
(写真2枚目 修禅寺)
(写真3枚目 修禅寺宝物館入口・館内写真不可)
先週末に有給を取り、4/14-16(金・土・日)の3日間で伊豆半島へ旅行。
今回は天城山登山を目的としており、普段関西の低山を登る私にとっては、初めての深田百名山となる。百名山を以後の人生の目標にするかどうかはさて置いて、せめて一座くらいは語れるようになりたいと前々から思っていた。その中でも天城山を選定した理由は、①百名山の中では比較的低山であること、②近郊に、昨年度の大河ドラマでお馴染みとなった鎌倉北条氏ゆかりの史跡が多いこと(史跡巡りが趣味)。両方組み合わせて旅行するにはうってつけの山だと思いました。
木曜の仕事をさっさと終えて帰宅、支度を整え登山装に着替えて夜行バスで出発。金曜朝に三島に到着し、その日は三島・韮山(伊豆の国市)を観光。夕方に修善寺に着、旅館に一泊。修善寺は初めて。元々岡本綺堂に親しみ、また昨年の大河ドラマも影響もあって、兼ねてから行きたかった場所でした。温泉と飯を堪能、日も暮れてから浴衣に着替えて散歩(この際ヘッドランプは役立つ)。涼風の中、竹林を散策しているのは心地よかった。
次の日は土曜日、天城山登山の予定。6時台、修善寺駅からのバスで天城峠へ…。カーボローディングもウェアも万全。
ほんで登山予定日、当日。5時起床。
伊豆半島は雨量6mm/h越えの大雨でした。
いやまぁ、天気予報で雨なのは知ってたけれど。なんとかなるかな~という淡い期待は見事に砕かれた。窓から顔を出すと頬をピタピタと軽く叩いてくる。これはいけない。めんどくさい事になった。わざわざ伊豆まで来たからには、縦走は難しくとも、なんとか別ルートから時短で山行出来ないだろうか… 。いやそれでも悪天候なのは変わらないしなぁ…。
一時間ほど悩んだ末、今回の天城山登山を諦めました。この雨中では風邪を引くし、縦走路ではエスケープもできない。
予定していたバスの出発時刻を過ぎてからは、もうどうしようもなく、その後開き直ってグダグダと浴衣をはだけたまま二度寝、朝風呂に癒されました。レインウェアに着替えてから、昨日夕刻に訪れた頼家の墓や修禅寺附近をもう一度プラプラと散歩。
さて二代目鎌倉殿、源頼家の墓ですが、昨日は読みにくかった楕円形の墓碑銘も、雨に洗われた今朝は何故か読み易くなっていた。周囲の苔や落ち葉が雨に打たれ、色鮮やかに映えている。
「征夷大将軍左源頼家尊霊」
哀しき21歳の人生が詰まった11文字でした。今の自分よりも若くして非業の死を遂げた彼に、思いを馳せる。彼は彼なりに頑張っていたが、頑張りを認められる前に死んでしまった。未熟のままに評価される羽目に陥ったお方。
因みに、修禅寺宝物館には「頼家の仮面」と呼ばれる、夜叉のような顔つきの不思議な仮面を所蔵しています。仮面は頗る大きく、枕ほどはある。一体誰が被ることを想定しているのだか分からない。まるで多聞天に踏まれた小鬼の様な表情でした。頼家の死相を写したというのは俗説だとしても、そう連想するのも無理はない。高校生の頃に岡本綺堂にハマった身としては、彼の『修禅寺物語』創作のきっかけとなった仮面の実物を遂に見ることが出来、大変嬉しかった。その他にも公暁自筆のお経、左金吾頼家及び蒲殿範頼所用の馬具など珍品が有る、地味にスゴイお宝ありの宝物館。今回の旅で強く記憶に残ったものの一つです。
残念ながら、 天城山越えは叶わなかったが、優雅な雨の朝を楽しめたから良かったとするか。またリベンジします。そしてその登山帰りに修善寺へ訪れましょう。今度行くならば秋がいい、楓が赤く染まっている頃だ。
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