転倒、転落、滑落の事故の多くは、下り道で起きている。”老化は脚から”と言われているように、加齢によりまず衰えるのが脚の筋力である。下りの疲労と対策を知ることは、安全登山につながる。
「山と渓谷」(No.744)172-177, 1997年7月には、下りの疲労と対策方法がまとめられている。
以下、「」で引用しながら、まとめていく。
「下りの疲労の原因は、脚の筋肉のうち、特に太ももの前にある大腿四頭筋が踏ん張ることでブレーキをかけ、着地の衝撃を受けとめ、一定の速度で下がることによる。前脚は着地の衝撃を受け止めるため、後脚は体重をゆっくり降ろすためにブレーキをかけるために、徐々に筋肉の疲労と筋力の低下が生じる。」この筋力低下は転倒や転落・滑落につながる。
このとき「筋肉の細胞が壊れたときに増加する血液中のクレアチンリン酸キナーゼを測定すると、登りでは運動前後で変化がないものの、下りでは運動前後で有意に値が上昇する。」自転車のブレーキをかければゴムが擦り減っていくように、筋肉もブレーキをかけるたびに少しずつ壊れていくことがわかる。”ゆっくり歩く”のは、むしろブレーキをかけるための筋力をいたずらに浪費するだけで、下りの疲労は解決しないことがわかる。
また、着地の衝撃について「平地を歩くとき・段差30cmの階段を登るとき(公共施設の階段は一般に段差16cm)は80kgの衝撃力が足に加わるが、平地をジョギングするときは150kgの、段差30cmの階段を下るときは160kgの衝撃力が足に加わる。」つまり登山の下りでは、見かけは歩きでも、段差の大きい場所ではジョギングなみ、平地や登りを歩く時の2倍の衝撃力が足に加わることがわかる。
明治時代、日本アルプスの名案内人と呼ばれた上条嘉門次は、登山家の槇有恒に「山を歩くときはネコのように歩け」と教えた(槇有恒「山岳十話」山岳 No.52, p24, 1962.<< https://jac.or.jp/sangakuhensyuu/1962optimisation.pdf >>)。その意味は、着地衝撃を少なくするように歩け、ということだろう。
「段差を半分(15cm)にする・ストックを使用すると100kgまで衝撃力を小さくすることができる。」このことから、筋肉の疲労を減らすには、30cmの段差を一歩で進むのではなく二歩に分ける、またストックを上手に使う(前足が着地する前に突いておけばよい)ことで衝撃力を小さくする歩き方の工夫が重要となる。また、大きな段差では体全体を段差に対して横向きにすれば、後足の膝関節は前に出ないので脚全体の筋肉(おしりなどの大きい筋肉)に負担が分散する。
スクワット運動や階段を降りるトレーニングも有効ではあるが、正しいフォームや、やりすぎに注意しないと膝関節を痛める危険性もある。山では不整地を歩くので、山に行かなければ十分には身につかない、というのが実際だろう。
下りで脚がガクガクになる確率は、1週間に1回以上登山している者で11%、2週間に一回で17%、1か月に1回で24%、1年に1回で37%というデータがある。(山本正嘉, 山崎利夫「全国規模での中高年登山者の実態調査」, 登山医学 65-73, 2020.)毎週行っている人でもトラブルがあるのであれば、やはり歩き方やトレーニングの見直しが必要と考える。
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