|
|
|
・6時起床。6時半からのホテル朝食は最上階か。ふつうは1階なのに、珍しいな。6:25ごろに行ったら、すでに先客が15人くらい並んでいた。まったく、爺さん婆さんは早すぎるんだよw こっちは時間押してるっていうのに。
・さっと朝食済ませてチェックアウト。
・燕三条7:05発東三条行に乗車。さらに新津で新発田行に乗り換えて、新発田からは村上行に乗り換え。それなりに乗車時間あったのでウトウト。
・村上駅8:56下車。駅前のポストに昨晩書いた絵ハガキを投函。そういえば日本郵便って、トラック運送業許可の取り消しを食らっていたんじゃなかったっけ。この4枚の絵ハガキはちゃんと届くのだろうかw
・駅から東側に伸びる通り(南線、とグーグルマップには書いてあった)の正面に、これから登る臥牛山(村上城)が見える。駅から街のシンボルが見えることの素晴らしさよ。これぞ正しい街のレイアウト。9時ちょうどにヤマレコのログ開始。
・その南線を東に進む。城下町って聞いてたけど、こっちの通りはあまりそういう雰囲気を感じないな。まあそれは帰り道のお楽しみということで。
・午前中の早い時間に山城に向かって歩いているときのワクワク感はたまらないものがある。車も少なく、朝の空気は澄んでいる。攻め上る山はあすこぞ!とばかりに歩く。急ぐあまりつい早歩きになり、そして心拍が上がる(爆)。ったく、不自由な体になったもんだ。
・途中、やま信という精肉店?があり、店頭で牛メンチとコロッケを揚げていた。客もいないこの時間から揚げてるってことは、結構な人気店なんだろうな。コロッケを買って歩きながら食す。食べ歩きはハイカーの嗜みよ。すでにテンション上がってるから、そりゃあ何食べても美味しい。ちょっと後悔があるとしたら、やっぱりメンチにすべきだったか、と。
・通りのどんつきの手前の信号を左折して北へ。9:20頃に、おしゃぎり会館(村上市郷土資料館)に到着。
・何はさておき、まずは続百名城のスタンプを押印。で、例によって城のパンフとか縄張図漁り。
・資料を探すときに受付や案内の方とは必ず話すようにしていて、今日も例によって話していたところ、「これからお城山(村上城)の方に向かわれますか? ちょっとお待ちください! 実は今朝、熊🐻が出まして。」 えっ、熊?
・曰く、今朝の5時半ごろに、お城山の近くで熊が目撃され、その熊がお城山の方に逃げて行った。なので、お城山は立ち入り禁止⛔、とのこと。なにいいいいいいいいいいいいいい。
・一瞬、どうしようかと悩んだが、悩む余地なんてない。こればかりはもうどうしようもない。例えば、山域が広くて、そこで数日前に出没した、というならまだしも、お城山(村上城がある臥牛山)は比較的小振りな単独丘で、周囲は住宅や道路になっている。その狭いエリアに、僅か数時間前に熊が逃げ込んだとなると、これはガチでヤバイ状況である。繰り返すが、悩む余地なんてない。撤収ですよ、撤収。
・このときは本当に3分くらい絶句してしまった。本当に言葉が出なかったし、思考も体も停止してしまった。
・実は、この下越旅行は先週予定していて、雨だったので中止にしたのである。たまたま別のホテルを予約できたので、急遽、来ることになった。昨日と今日と天気は最高で、絶好のハイキング日和だった。やったぜ、今週来て大正解だったと思っていた。ついさっきまで絶好調ハイテンションだったのに。
・受付の人がこっちを見ている。声を振り絞って「熊が出ては仕方ないです。諦めるしかないでしょう」と伝えて、そっとログを停止した。オワタ、オワタヨ...
・聞くと、お城山に熊が出ることは滅多にないらしい。よりにもよってそんな日に当たってしまうとは。熊が私の都合に合わせてくれるわけもないし。はあ(深い溜息)。
・とりあえず、気持ちを落ち着かせるために会館内を見学。1Fはおしゃぎり(祭りの山車)の展示で、2Fは歴史フロア。別の場所で聞いたところ、ここのおしゃぎりは現役らしい。つまり倉庫を兼ねてるってことか。やっぱりモックアップじゃ迫力は伝わらんし、現物展示がベストだよな。
・2Fで一番目を引いたのは本庄繁長の兜。もちろん本庄繁長は知っている。本当にこれホンモノ? だとしたらなかなかの逸品だぞ(ちょっと元気になったw)。
・こちとら熊のせいで時間が余りに余ってるから、どうせなら全部見てやらう、ということで、隣接する若林家住宅を見学。他に客もいなかったので、案内役の方が丁寧に解説してくださった。
・中世のこういう建物って、火災やら自然災害やらにはトコトン弱いので、ちゃんとした姿で残っているのは貴重なんだよな。国の重文指定にも納得。城下町の街並みやこういう武家屋敷なども、城郭を構成する重要な要素だと思っている。見なきゃもったいない。
・客間と厠の間に、隠し扉?で塞がれた30cmほどの細い空間があり、そこを開けて見せてくれた。武器を保管した場所なのか、あるいは隠れる場所なのか。また、寄棟造りの下の一番広い空間が2階みたいな感じになっていて、そこに登る階段が収納式になっていた。これはもう隠し部屋確定でしょう。こういった実用的な小細工があるのは興味深い。
・庭も結構立派だったなあ。中の上くらいの藩士になると庭もこんな感じになるのか。
・熊、とはいえ、やはり城の麓までは行っておきたい。麓には石標もあるし、藩主屋敷跡もある。ということで、とりあえず登山口まで行ってみることにした。
・おしゃぎり会館を出てお城山の方に向かうと、建物がなくて全景が俯瞰できる場所があった。駐車場になっている。これは意図的にこうしてるのかな。だとしたら超ファインプレー。山頂付近には天守石垣がチラッと見える。熊めえええ、許すまじ。
・10時すぎに登城口到着。あー、入口に黒黄のポールで規制線が張られている。役所の職員の方が早朝に設置したんだろう。"ひょっとしておしゃぎり会館でこの話を聞かなかったら、ワンチャン登れたんではないか"とも思ったが、その可能性は事前に絶たれていたわけだ。逆に言うと、ガチでヤバイので絶対入るな、ってことか。
・登城口の前で、なにやら電話で問い合わせをしている同年くらいの二人組がいらしたので、「今朝、熊が出て、ここに逃げ込んだらしいですよ」とお伝えした。お二人とも「ああ、そういうことでしたか」と納得した様子。
・いや、正確に言えば、そのお二人も私も納得は全然していない。彼らは神奈川から車で来たみたいで、私も東京から鈍行電車乗り継いで来たんである。熊如きのために登れないなんて、あってたまるか、と。
・でも、我々は分別のある大人である。万が一登って熊と遭遇してケガなんかした日には、ネットで特大の業火で炎上すること間違いない。それに、実際に熊に腹を裂かれるよりも、断腸の思いで止めておいたほうが傷は浅い。
・そのお二人は車でここを後にし、私は手前にある城主居館跡をブラブラと散策。
・後ろ髪を引かれつつも退去しようとしたとき、別口のカップルさんが登城口で固まっていた。「実はね、今朝ね、熊がね」と、私も慣れた口調で伝えた。彼らに「諦めるしかないですね」と言ったのは、あるいは自分自身への最後通牒だったのかもしれない。うん、諦めるしかない。また来ればいい。城は逃げない。(くそそおおおおおおおおおおおおおおおおおお)
・が、タダで帰るわけにもいかんので、近くにある村上城下渡門跡を見学。絵図があるんだが、実際の遺構と絵図の位置関係がようわからん。こういうときは、とりあえずいろんな方向からありったけ撮影しておき、後でゆっくり調べればよろし。
・帰宅後に調べてみると「城下に残る総構えの門遺構の中で、最も保存状態が良好な遺構である」とのこと。来て見て正解だった。
・さて、まだ時間はある。次は、まいずる公園に行き、移築された武家屋敷を見学することにした。さっき、若林家住宅に行ったときに、「小和田雅子様に所縁のある住宅が残っている」旨の話を聞いたので、それは謹んで拝見せねば、と。
・それが旧嵩岡家住宅。皇后陛下雅子様の祖母・静さんの父・又四郎(つまり雅子様の曽祖父)が、この住宅で生活されていた。小和田家の先祖も、旧村上藩主内藤氏の藩士だったので、「村上は小和田家ゆかりの地」という説明にも納得である。
・ここでも案内役の方からマンツーマンでご対応していただけた。
・屋根の茅葺が相当痛んでいて、雨漏りしているらしい。ここは市の文化財なので、修理修繕の費用は市が出すのだが、やはり時間がかかるらしい。請求して、予算案に計上されて、議会で可決されて、執行される。こういうときは、いっそのこと宮内庁に請求してみてはどうかと思う。
・案内役の方は生まれも育ちも村上で、城下町や塩引き鮭のこと、熊のことなどなど、いろいろ教えてくれた。
・熊事情については、城下町の北側に三面川があって、その先にある下渡山には熊が常駐しているのこと。だが、ときどき川を越えてこっち側に来るらしい。地図を見ると、城の東側も山じゃんw。まあどこから来たにせよ、来ちゃったもんはしょうがない。
・11時に辞去して、駅の方へブラブラと街歩き。
・大町の信号の通りは縦も横も城下町っぽいな。当時の住宅がズラッと並んでいる風ではないが、城下町の残り香がかすかに漂ってくるような、そんな感じの街並み。軒先には塩引き鮭が吊るしてあったり。
・途中、村上市町屋造観光案内所で休憩。ここも移築した建物か。せっかくなので案内していただきながら見学させてもらった。
・やけに間口が広いなと思っていると、移築物だからちょっと特別らしい。道を挟んだ対面に民家が並んでいるが、どれも間口が狭く、壁と壁が接しており、奥に長細い敷地になっている。なるほど、これが往時の名残ってわけね。
・ここの案内役の方に限らず、おしゃぎり会館でも、旧若林家住宅でも、旧嵩岡家住宅でも、担当の方が懇切丁寧にいろんなことを教えてくれた。しっかりと勉強されているし、説明も上手で、なによりも郷土愛を感じた。プロの話にハズレなし。熊だけは許せんが、村上市への私的評価は爆上がりですよ。
・あと、村上では、会って話した人すべてに「いや、熊がね」と恨み辛みを話してしまった。なんか、本当に申し訳なかった。辛抱強く愚痴にお付き合いしてくださり、本当に感謝である。
・どこかでランチでも、と思っていたが、結局駅前まで歩いてきてしまった。最後に駅前の観光案内所に立ち寄って、友人へのお土産(鮭とか茶とか)を購入。レジのお兄さんから、次回来た時のために、手軽に入れる鮭料理の店を教えてもらった。参考にします。
・羽越本線12:23新潟行に乗車。また来てみたいけど、他にも行かなきゃいけないお城もあるんだよなあ。とりあえず、さらば。
・新潟で信越本線14:08発長岡行に乗り換え。新潟駅でのアナウンスが沢城みゆきっぽい素敵な声だったので、ちょっと萌えてしまった。
・長岡駅で待ち時間があったので、改札から出て通りをブラブラ。シャッター閉まってる店はほとんどないなあ。さすが長岡。弁当を買って、長岡城址の石碑のところでランチ。
・13:34水上、19:48高崎、21:27大宮。高崎に来ると、ようやく関東戻ってきたな、という感じになり、大宮に着くと、自分のテリトリーに戻ってきたな、という感じになる。
・22時すぎに最寄り駅で下車。週末きっぷは記念として持ち帰った。