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更新日:2013年09月16日 訪問者数:23084
ジャンル共通 技術・知識
トムラウシ山遭難事故。低体温症と、ツアー登山。2つの問題
2009年夏のトムラウシ山での低体温症遭難について、07月17日 12:37 ヤマレコ日記に投稿したものです。 事態の進展に即して、問題が明らかになっていった過程があるため、当時のものをそのまま、再録します。 ノートの続編あり。
tanigawa
 16日、北海道のトムラウシで18人パーティー(内ガイド、付き添い役3人)が遭難し、17日午前9時現在で8人死亡、1人行方不明。同じく美瑛岳で6人パーティー(うちガイド3人)のうち1人が死亡しました。
 山で亡くなられた方々に深く哀悼の意を表します。

 遭難のことでは、私はこのトムラウシで、残雪のため道に迷って、沢を滑落してなくなられた父子のパーティーと行き違ったこともありました。この時期のトムラウシは雪とガレ場でルートを見失う場合も多く、小屋から先はふもとまで人工の退避場所はありませんから、みなさんかなりの苦労をされたように思います。

 7月の道内の山はこれまでも同じ性格の遭難が続き、犠牲者を生んできました。今回のとくにトムラウシ山遭難事故は、道内の山岳遭難としては、かつての北大山岳部の日高山脈での雪崩遭難(6人死亡)の規模を超える、道内登山史上最大の遭難事故になりつつあります。それが夏山の一般コースで起こり、繰り返されていることが、近年の特徴です。

 最近は報道関係者に山の経験がない記者が多いため、どの山域の遭難事故でも、状況や原因が最後まで的確に伝えられない場合があります。今度の問題も気象条件にポイントが当てられた報道になっていますが、私は、とくにトムラウシの大量遭難は、2002年の多重遭難と同様に、ツアー登山がもつ独自の危険性と、低体温症への無警戒が生んだ事故と思います。

 山の遭難では、しばしば気象が原因にされます。今回もその無謀さはあった様子です。そして「気象」と対になって「疲労凍死」という不明確な死因が伝えられることもあります。
 実際には、少し前まで元気で行動してきた登山者が、急に動く意志をなくしたり、状況判断ができなくなったり、その場に倒れこんでしまう。介抱にあたった同行者も、同じ事態に陥る。低体温症特有のこうした事態で不幸を招いてしまう場合が多いのです。
 疲労との違いは、事態が突然、始まること。そして、疲労は徐々にくるし、自覚もできる。また休めば回復するものですが、低体温症は、休憩のあいだも危険ライン(直腸温で30度)へと事態はすすみます。行動できるなら、ゆっくりでも歩いて体温を維持する。動けないなら、風をよけ、濡れた衣服を替えるか、カイロを使うなど、その人の体温を保全し、上げる手立てがすぐとられないと、ほぼ確実に死に至ってしまうことです。
 付近で風を避けビバークし発症者を介護するか、歩行できるならより安全地帯に動けるなら休まず行動するか、的確な判断がいります。吹きさらしで行動も判断も停止するのは最悪です。

 (09年12月18日補足――今度のように強風・雨・低温下で行動中に発症者が出た場合は、発熱量よりも、失う熱の方が上回っている状況です。個人差あり。そのまま行動を続けること自身が危険という段階にあります。北沼で相当数の発症が始まっていたことについては下記を参照。北沼の渡渉は、最後の一線をこえてしまうことになり、ビバークの用意がないままガイドらも低体温症、判断不能に追い込まれた。)
 トムラウシ山遭難。山岳ガイド協の中間報告にみる「低体温症」の実際
http://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-5521



 「疲労凍死」という呼称は、低体温症という真の原因から見ると、次の問題があります。
 1)こうした危機を感じたら、(歩行できるのならば)休むのではなく安全地帯へ向けてゆっくり行動し体温を保持することが、一番の予防策となるし、安全地帯を得てビバークへも移れます。悪条件下で休むというのは、「疲労」という「偽りの原因」のために、もっとも危険な道へすすんでしまうものです。

 2)休んでいる最中にもどんどん体温が下がる現実、体を早く的確に温める措置の必要性を認識しない点でも、「疲労凍死」という概念は、登山者にとって非常に有害と思います。

 そして3)疲労一般ではなく、低体温症の危険への認識があれば、天候判断やパーティーの行動力の見極めにこれが入ってくるし、体を濡らさず、保温するという装備と服装のうえでの対応、とくに下着対策、ビバークの用意が、出発前に視野に入ることになります。

 新田次郎の「八甲田山」で吹雪のビバークのなか最初に気がふれて、暴れ、衣服を脱いで裸になり、気を失う若い兵士がいました。あれが、低体温症の典型的すぎる始まりです。
 判断力、行動の意欲そのものが急激に失われるのが、もっとも怖い。リーダーが同じ装備、条件にあるパーティーに一気に事態が広がるという認識がなく、暴風をよける地形への退避、テントへの退避と保温の措置、他のメンバーにあらゆる服装を身につけさせる、温かい飲み物をとるなどの可能な限りの機敏な処置をとらないと、低体温症は急速に全体に広がりだします。
 何よりも、その日の出発時に濡れと保温を考慮した服装・装備を身につける指示が決定的です。備えがなければ、そういう天候での行動はやめることです。

 この遭難の特徴は、同じ山で同じ気象条件のもとで行動・入山した他のパーティーがいたのに、そのなかで風雨よけの対策の不備やパーティ全体の行動力の低さなどから、特定のパーティーに犠牲者が出ること。発症はしばしば、突然の判断停止、行動不能として現われ、全体の行動をその場で制約すること、そして、1人の行動不能者が出ると悪条件で救護するメンバーに次々と犠牲者が広がること、そのためある地点でパーティーの相当な割合の人が倒れること、などだと思います。犠牲者の拡大は、リーダーが低体温症の脅威を認識しているか、無防備かという問題が、大きく効いてきていると思います。
 10数年前の立山・真砂岳での、新雪のもとでの8人の遭難もそうでした。
 参考になる良いサイトがあります。
 http://www5.ocn.ne.jp/~yoshi515/teitaion.html

 その場に至れば対応が困難ですから、リーダーは、まず何よりも悪天候下の遭難は低体温症から引きこされることがあること、それは突然に行動不能になる危険をもつことを認識する。そのうえで、行動の判断をすることが求められると思います。全員が退避できるツェルトの用意なども必須になります。

 5年前の同じ時期に、十勝岳で同じ条件、同じツアー登山で犠牲者が出ています。このときは、犠牲になった人の雨具が不備で、症状が出てからも体温保全の処置が尽されないなど、低体温症の認識の点で問題がありました。犠牲者は、濡れた服を着替えることもされず、避難小屋に置かれたまま、パーティーは山頂をめざしました。

 もう一つの問題は、ツアー登山という形式です。
 もしかしたら、今回も、下山後の宿の予約や航空便の予約などで、予備日のない、ぎりぎりの日程だったのではないでしょうか。下山口でツアー客を待っていたマイクロバスが象徴的でした。
 ガイドには、形の上では現地での判断の権限を任される場合もあります。しかし、めざす百名山に登れてなんぼのお客さんと、ツアー会社です。ツアー会社からの評価をふくめ、実際にどこまで中止の判断の権限や条件があったのかと思います。
 天候は16日に悪化していますから、せめてヒサゴ沼から天人峡へ向かえば、トムラウシに着く時刻には森林限界以下に入ることができたと思います。旭岳とトムラウシ。百名山の2つの縦走が売りだったのですね。困難なトムラを後にもってきていますが、週の予想天気の不安定さからいえば、逆ルートを個人の山行なら選択したでしょう。旭岳は、いったん下山してからでも、簡単に登れます。

 行動中の対応もツアー登山は至難です。初対面の同行者の体調判断をしなければならないし、行動できない人が出たあとの指揮系統やチームワークの維持の問題もあります。今回、現地を知るガイドがほんとに1人?だったら、これは会社側にも責任が出てきます。

 NHKニュースでは会社は「すべてはガイドにまかせている」と言っています。
 ではそのガイドの方がどういう地位と権限に、実際におかれていたのかが。気になります。日本の山岳ガイドの全体の地位向上ともかかわる問題と思ってきました。
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