(はじめに)
第3部「アルプス造山運動」の項で説明したように、新生代における「アルプス造山運動」の過程では、「ヨーロッパ大陸ブロック」と「アドリア大陸ブロック」という、2つの「大陸ブロック」同士の衝突の結果、複雑な地殻変動が起き、地表での隆起、山地形成だけでなく、地下でも色々な変動が生じました。その結果として、現世における「アルプス地域」の地下構造は非常に複雑になっていることが推測されます。
先の4−1章では、平面地質図に基づき、現世の「アルプス地域」の地質学的な状態を説明しましたが、地表のように直接的に地質の観察、調査を行うことが不可能な、地下の構造がどうなっているかを調べるのは、簡単ではありません。
地下構造を調べる手段は限られていますが、この「アルプス地域」の地下構造については、1980年代以降、人工地震波を用いる、「サイスミック法」(seismic method)(注1)(文献2) による多数の国際的なプロジェクトによって、調査、開析されています。(文献1)では、いくつかのプロジェクト(注2)に基づいて推定された、多数の「推定地質断面図」が示されています。
この4−2章では、(文献1)の「推定地質断面図」に基づき、「中部アルプス」、「西部アルプス」、「東部アルプス」、それぞれの地域に分け、現世における地下構造について説明します。
なお(文献1)には、深さ約70kmまでの、地表から下部地殻までを対象とした断面図について主に説明がありますが、他に、深さ約250kmまでの、地下深部(上部マントル部分)を主な対象とした断面図もあります。この章では、それら2種類の地質断面図を参照資料として、説明します。
ところで、「サイスミック法」での調査で得られる直接的なデータは、地震波の速度(Vp,Vs)の空間分布と、地質構造の境界とみなされる、反射面、屈折面程度であり、かつ空間分解能も高くはありません。従って、色々な仮定をおいたり、地表の地質構造情報を参照データとして、地下構造が推定されます。従って、地下構造の解釈は研究者によっても異なります。
この章での説明は、(文献1)の解釈を元にしていることを、ご承知おきください。
先の4−1章では、平面地質図に基づき、現世の「アルプス地域」の地質学的な状態を説明しましたが、地表のように直接的に地質の観察、調査を行うことが不可能な、地下の構造がどうなっているかを調べるのは、簡単ではありません。
地下構造を調べる手段は限られていますが、この「アルプス地域」の地下構造については、1980年代以降、人工地震波を用いる、「サイスミック法」(seismic method)(注1)(文献2) による多数の国際的なプロジェクトによって、調査、開析されています。(文献1)では、いくつかのプロジェクト(注2)に基づいて推定された、多数の「推定地質断面図」が示されています。
この4−2章では、(文献1)の「推定地質断面図」に基づき、「中部アルプス」、「西部アルプス」、「東部アルプス」、それぞれの地域に分け、現世における地下構造について説明します。
なお(文献1)には、深さ約70kmまでの、地表から下部地殻までを対象とした断面図について主に説明がありますが、他に、深さ約250kmまでの、地下深部(上部マントル部分)を主な対象とした断面図もあります。この章では、それら2種類の地質断面図を参照資料として、説明します。
ところで、「サイスミック法」での調査で得られる直接的なデータは、地震波の速度(Vp,Vs)の空間分布と、地質構造の境界とみなされる、反射面、屈折面程度であり、かつ空間分解能も高くはありません。従って、色々な仮定をおいたり、地表の地質構造情報を参照データとして、地下構造が推定されます。従って、地下構造の解釈は研究者によっても異なります。
この章での説明は、(文献1)の解釈を元にしていることを、ご承知おきください。
4−2章―(1)節 「中部アルプス」における推定地質断面図
「中部アルプス」の地下構造については、スイスを中心としたサイスミック法・地下構造探査プロジェクトである、「NFP20」プロジェクト(注2)によって、調査、解析されており、(文献1)でもその結果が多数、引用されています。
この第(1)節では、そのプロジェクトの結果から作成された「中部アルプス」の「推定地質断面図」(図1)をメインに説明します(図1は、(文献1−1)の図5-2-2を引用)。なお図1の元となっている主な測線は、スイス東部、クール(Chur)の町を通るほぼ南北方向の側線です。
また、上部マントルを含む地下深部の構造探査、解析も行われており、その結果は図5(図5は、(文献1−4)の図5-4-2(b)を引用)に示します。この図に基づく、地下深部の構造についても説明します。
以下、(文献1−1)の記載内容と図1を元に、「中部アルプス」の地下構造の説明をします。
(1) 「ペニン系」地質グループ;
図1の中央部、地表から地下20km付近まで、ラベンダー色、ミントグリーン色、グレー色、ピンク色に色分けされた、10個あまりの「ブロック状の地質体」(注3)が分布しているのが解ります。これらは、「ペニン系」地質グループに属する地質体です。
第3−3章で説明しましたが、「白亜紀」に海洋プレート沈み込み帯に沿って地下深部に沈み込んでいった「ペニン系」地質グループは、「新生代」になると、「アルプス造山運動」の影響で逆に上昇傾向に転じ、その最上部は地表まで戻ってきています。その際に各地質体は強い応力を受け、複雑な褶曲、スラスト断層による断片化などの変形作用を受けています。また変成作用も受けており、実際に分布しているのは各種変成岩です。
この「ペニン系」地質グループは、構成という点でも非常に複雑です。図1では、「ピエモンテ海系」(上部ペニン系;緑色系統)、「ブリアンソン・ライズ系」(中部ペニン系;紫色系統)、「ヴァリストラフ系」(下部ペニン系;グレー系統)の3グループで色分けされているため、各地質体がどのような種類の地質体なのかが解りにくいですが、具体的には、(変成した)中生代の堆積物、(変成した)古生代の堆積物、オフィオライト岩体(海洋プレートの断片)、(変成した)結晶質基盤岩体などからなっています。
図1を見ると、地表にでているのは一部の地質体だけで、地下20kmあたりまで埋もれている地質体もあります。なお地表の山々でいうと、このあたりは、「ヴァリスアルプス」に対応します。この断面図でははっきりしませんが、マッターホルンなどがある「ヴァリスアルプス」中央部には、オフィオライト岩体である「ツエルマット・ザースフェー」地質体(Zermatt ・ Saas Fee zone)が地表付近に分布しています。
(2) 「ヘルベチカ系」地質グループ;
図1の左側(北側)の、地表付近や地下10km付近までにある、黄緑色で表示された地質体群は、「ヘルベチカ系」地質グループの地質体です。4−1章で示した、「中部アルプス」の平面地質図で見ると「ヘルベチカ系」地質グループは、「ペニン系」地質グループの北西側に、帯状に分布していますが、地下構造を見ると、数か所に分離して分布していることが解ります。
まず、北側の地表付近にあるグループは、ナップ群として元の位置から北側(図の左側)へと50km以上も移動したもの(「ヘルベチカ系ナップ群」;(the Helvetic nappes))で、平面地質図では帯状に分布している部分に相当します。
また、前記の「ペニン系」と「ヘルベチカ系ナップ群」との間には、茶色で表示された「アール地塊」がありますが、その北側や南側の地下にも、黄緑色で表示された「ヘルベチカ系」の地質体が、薄いシート状に分布していることが解ります。このうち「アール地塊」北側の地質体は、その構造的上位に、「北ヘルベチカ系フリッシュ」(North-helvetic flysch)と呼ばれる破砕性堆積物群(図では濃い黄色)があって、大部分がその下敷きになって地中に閉じ込められています。「アール地塊」の南側のものは、「ペニン系」地質グループと「アール地塊」に挟まれて、薄いシート状となりつつ、地中に閉じ込められていることが読み取れます。
(文献1―1)によると、「アール地塊」周辺にある「ヘルベチカ系」地質体は、「インフラ・ヘルベチカ系」(the Infra-Helvetic complex)と呼ばれ、北方向へと数十kmも移動していったナップ群(the Helvetic nappes)とは別行動をとり、元々の出身地付近に留まった、現地性の(autochthonous)地質体と考えられています。
(3) 「モラッセ盆地」堆積物;
図1の左側(北側)のうち、黄色部分は、「モラッセ盆地」(the Molasse Basin)を形成している、破砕性堆積物(モラッセ性、フリッシュ性)です。「モラッセ盆地」堆積物は、新生代における「アルプス造山運動」に伴って、隆起したアルプスの山地部から供給された破砕性堆積物であり、「モラッセ盆地」地域では地表にでていますが、一部は黄緑色の「ヘルベチカ系」地質グループのナップ群に上からのしかかられて、地下に伏在している様子がわかります。
また「モラッセ盆地」での破砕性堆積物は、地下5〜7kmまでもの深さまで堆積していることも解ります。これは、「モラッセ盆地」が「アルプス造山運動」のうち長期間、沈降域であったことを示しています。
(4) 「外側地塊」(external massif);
図1の左側(北側)の「ヘルベチカ系」地質グループや「モラッセ盆地」堆積物と、図1の中央部の、「ペニン系」地質グループとの間には、茶色で描かれた地質体が、地下深くから盛り上がって地表へ現れている様子が描かれています。この地質体は、結晶質基盤岩体(crystalline basement)のひとつ、「アール地塊」(Aar massif)を表しています。地表の山々でいうと「ベルナーオーバーラント山群」あたりに対応します。
また この図1では、「アール地塊」の南側に「ゴッタルト地塊」(Gotthard massif)も記載されています。平面地質図で見ると、「アール地塊」の南側の地表に、ちょっとだけ顔を出している地塊ですが、図1で見ると、地下深くに大きな根をもっていることが解ります。
「アール地塊」などの「外側地塊」(external massif)は、元々は「ヨーロッパ大陸ブロック」の「上部地殻」だったものですが、図1で示されているように、「上部地殻」から分離して、独立した地塊となったもの、と考えられています。そして「アルプス造山運動」の最中に激しく隆起し、本来は地下深くにあった部分が地表に顔を出しました。かつ浸食を受けつつも、現世でも標高 4000m台の山々を形成しています。「アール地塊」の隆起量は10km以上と見積もられています。
(5) 「貫入岩体」;
図1の中央部にある「ペニン系」地質グループの右側(南側)には、朱色のかたまりが描かれていますが、これは「ペリ・アドリアティック断層系」に沿って、30Ma頃に地下深くで形成され、その後、この断層に沿って地表へと上昇してきた貫入岩体です。この図で表されているのは、「ブレーガリア」貫入岩体(Bregaglia pluton)です。
(6) 「ペリ・アドリアティック断層系」;
図1の右側(南側)には、「ペリ・アドリアティック断層系」(peri-Adriatic fault system)の一部である「インスブルック断層」(the Insubric Fault)(図では赤い線で示した「IF」印の部分)があります。これは、地表から下部地殻まで続く大規模構造線と言えるもので、「ヨーロッパ大陸ブロック」と、「アドリア大陸ブロック」との力学的なプレート境界ともみなせます。
(7) 「サウスアルパイン系」地質グループ;
「インスブルック断層」の右側(南側)を見ると、地表付近から地下 約10kmにかけて、黄色の部分があります。これは「サウスアルパイン系」地質グループに属する中生代の堆積物です。
前の4−1章でも触れましたが、「サウスアルパイン系」地質グループは、「アルプス造山運動」の間でも、「ペリ・アドリアティック断層系」によってデカップリングされて、北側部分の「ナップパイル構造」(注5)の形成に参加せず、元々の形成域にとどまりました。
「サウスアルパイン系」地質グループは、図1でも示されていますが、南上がりセンスの多数のスラスト断層によって細かく切り刻まれています。
なお、「ペリ・アドリアティック断層系」に近い部分では、スラスト断層の活動と隆起により「サウスアルパイン系」の中生代の堆積物層は浸食、剥離されてしまい、濃いベージュ色で示された、「アドリア側」の「上部地殻」(Adriatic upper crust)が、地表にまで現れています。この「上部地殻」も、南上がりのスラスト断層によって、いくつかのブロックになっています。
(8) 地下深部構造;
「中部アルプス」の地下深部構造に関しては、(文献1)では、地殻部分を中心とした図1((文献1−1)の図5-2-2より引用)のほか、上部マントル部分まで含めた図5((文献1−4)の図5-4-2(b)より引用)による説明もあります。
まずは、地殻部分を中心とした、図1で説明します。左側(北側)地下の濃い茶色は「ヨーロッパ大陸ブロック」(以下「ヨーロッパ側」と略す)の「上部地殻」(「上部地殻(Eu)」と表記)、その下位の薄茶色は「下部地殻」(「下部地殻(Eu)」と表記)で、右側(南側)地下の、濃いベージュ色は「アドリア大陸ブロック」(以下「アドリア側」と略す)の「上部地殻」(「上部地殻(Ad)」と表記)、その下位の、薄いベージュ色は「下部地殻」(「下部地殻(Ad)」と表記)です。
両大陸ブロックは、地殻部分でも激しく衝突しており、特に「アドリア側」が複雑な様相を示しています。
「中部アルプス」地下での大まかな傾向としては、右側(南側)の「アドリア側」の「下部地殻」がクサビ状になりながら押しこんでいる感じ(wedged into)で、左側(北側)の「ヨーロッパ側」の地殻部分は押し負けている感じです。その分、「アール地塊」や「ペニン系」地質グループなどがブロック化しつつ隆起しており、また「ヨーロッパ側」の「下部地殻」の一部は「アドリア側」のマントル部分(ミントグリーン色の部分)へと、沈み込んでいるような感じ(plunge under)となっています。(この状況は、後に図2を元に説明する、リソスフェアマントルの状況とも関連しています)。「ヨーロッパ側」は、「上部地殻」やその上の各地質グループは上向きに、「下部地殻」は斜め下向きへ、と引き裂かれるように分離しつつある(peeled off)、とも見えます。また地表付近から地殻部分までの全体を見ると、「ヨーロッパ側」と「アドリア側」との境界(図では赤い線で示した)は直線的ではなく、複雑な様相を示している、と言えます。
次に地殻の厚さについて説明します。地殻部分(茶色系、ベージュ色系)と、マントル部分(ミントグリーン)との境界線は、「モホ面」(Mohorovicic’s discontinuity)(図では黒い線)と呼びますが、通常の大陸地下での「モホ面」の位置は、地下30〜40kmと言われています。この図では、「ヨーロッパ側」で「モホ面」が地下30〜50km、「アドリア側」で「モホ面」が地下35〜45kmの位置にあり、通常よりモホ面の位置は深くなっています。
さらに衝突帯の直下では、両側の地殻が重なり合って、50km以上の深さになっています。
これは「アルプス造山運動」に伴う地殻の水平方向での短縮化(tectonic shortening)の影響が、鉛直軸でみると、地表側での隆起に加え、地下方向での地殻の厚みの増加という結果となったことを示しています。また、「アイソスタシー」(isostasy)効果が現れている、とも解釈できるでしょう。
続いて、「上部地殻」と「下部地殻」との境界について説明します(注4)。地殻はこの図では、濃い茶色の「上部地殻」と、薄め茶色の「下部地殻」に分けて図示されています。「上部地殻」と「下部地殻」との境界面は、「コンラッド(不連続)面」(Conrad discontinuity)(文献7)と呼びますが(図では紫色の線で表示)、特に「アドリア側」(図の右側)で、「コンラッド面」が上下に激しく波打っている様子が解ります。これも、両大陸ブロックの衝突の影響が、地殻内部の構造にも大きな変動をもたらしていることを表しています。
最後に、「中部アルプス」地下深部、「上部マントル」領域の状態を示した、図5にて、地下深部の構造について説明します。((文献1−4)の図5-4-2より引用)。この図5も、「NFP20」プロジェクトからのアウトプットですが、深度250kmまでの上部マントル部分の様子が図示されています。
図5でみると、「中部アルプス」での「ヨーロッパ側」と「アドリア側」との衝突は、「地殻」部分では正面衝突のような状態ですが、図5ではミントグリーン色で示される「リソスフェアマントル」部分では様相が異なり、「ヨーロッパ側」の「リソスフェアマントル」が、南下がりで地下250km付近まで沈み込んでいる様子が描かれています。
プレートの沈み込み(subduction)は、例えば、「太平洋プレート」や「フィリピン海プレート」が日本列島の地下へと沈み込んでいるように、密度が相対的に大きい(重い)「海洋性プレート」が、その相対的な密度の違いによって沈み込むことが一般的で、密度が相対的に小さい(軽い)「大陸性プレート」が沈み込む、とは一般には想定されていません(文献8)。
従って、このような大陸性プレートどうしの衝突帯において、「大陸性プレート」の一部が沈み込む、という現象は、従来のプレートテクトニクス理論から見ると例外的なものであり、逆に言えば非常に興味深い現象が見えている、といえます。
なお、この図5をよく見ると、「ヨーロッパ側」のプレート全体が沈み込んでいるのではなく、大陸性プレートのうち、密度の大きい「リソスフェアマントル」だけが、地下深部まで沈み込んでいるようにも描かれています。「地殻」部分(茶色系)と「リソスフェアマントル」部分(ミントグリーン色)とが分離するプロセス(delamination)を伴っているのかも知れません。
この第(1)節では、そのプロジェクトの結果から作成された「中部アルプス」の「推定地質断面図」(図1)をメインに説明します(図1は、(文献1−1)の図5-2-2を引用)。なお図1の元となっている主な測線は、スイス東部、クール(Chur)の町を通るほぼ南北方向の側線です。
また、上部マントルを含む地下深部の構造探査、解析も行われており、その結果は図5(図5は、(文献1−4)の図5-4-2(b)を引用)に示します。この図に基づく、地下深部の構造についても説明します。
以下、(文献1−1)の記載内容と図1を元に、「中部アルプス」の地下構造の説明をします。
(1) 「ペニン系」地質グループ;
図1の中央部、地表から地下20km付近まで、ラベンダー色、ミントグリーン色、グレー色、ピンク色に色分けされた、10個あまりの「ブロック状の地質体」(注3)が分布しているのが解ります。これらは、「ペニン系」地質グループに属する地質体です。
第3−3章で説明しましたが、「白亜紀」に海洋プレート沈み込み帯に沿って地下深部に沈み込んでいった「ペニン系」地質グループは、「新生代」になると、「アルプス造山運動」の影響で逆に上昇傾向に転じ、その最上部は地表まで戻ってきています。その際に各地質体は強い応力を受け、複雑な褶曲、スラスト断層による断片化などの変形作用を受けています。また変成作用も受けており、実際に分布しているのは各種変成岩です。
この「ペニン系」地質グループは、構成という点でも非常に複雑です。図1では、「ピエモンテ海系」(上部ペニン系;緑色系統)、「ブリアンソン・ライズ系」(中部ペニン系;紫色系統)、「ヴァリストラフ系」(下部ペニン系;グレー系統)の3グループで色分けされているため、各地質体がどのような種類の地質体なのかが解りにくいですが、具体的には、(変成した)中生代の堆積物、(変成した)古生代の堆積物、オフィオライト岩体(海洋プレートの断片)、(変成した)結晶質基盤岩体などからなっています。
図1を見ると、地表にでているのは一部の地質体だけで、地下20kmあたりまで埋もれている地質体もあります。なお地表の山々でいうと、このあたりは、「ヴァリスアルプス」に対応します。この断面図でははっきりしませんが、マッターホルンなどがある「ヴァリスアルプス」中央部には、オフィオライト岩体である「ツエルマット・ザースフェー」地質体(Zermatt ・ Saas Fee zone)が地表付近に分布しています。
(2) 「ヘルベチカ系」地質グループ;
図1の左側(北側)の、地表付近や地下10km付近までにある、黄緑色で表示された地質体群は、「ヘルベチカ系」地質グループの地質体です。4−1章で示した、「中部アルプス」の平面地質図で見ると「ヘルベチカ系」地質グループは、「ペニン系」地質グループの北西側に、帯状に分布していますが、地下構造を見ると、数か所に分離して分布していることが解ります。
まず、北側の地表付近にあるグループは、ナップ群として元の位置から北側(図の左側)へと50km以上も移動したもの(「ヘルベチカ系ナップ群」;(the Helvetic nappes))で、平面地質図では帯状に分布している部分に相当します。
また、前記の「ペニン系」と「ヘルベチカ系ナップ群」との間には、茶色で表示された「アール地塊」がありますが、その北側や南側の地下にも、黄緑色で表示された「ヘルベチカ系」の地質体が、薄いシート状に分布していることが解ります。このうち「アール地塊」北側の地質体は、その構造的上位に、「北ヘルベチカ系フリッシュ」(North-helvetic flysch)と呼ばれる破砕性堆積物群(図では濃い黄色)があって、大部分がその下敷きになって地中に閉じ込められています。「アール地塊」の南側のものは、「ペニン系」地質グループと「アール地塊」に挟まれて、薄いシート状となりつつ、地中に閉じ込められていることが読み取れます。
(文献1―1)によると、「アール地塊」周辺にある「ヘルベチカ系」地質体は、「インフラ・ヘルベチカ系」(the Infra-Helvetic complex)と呼ばれ、北方向へと数十kmも移動していったナップ群(the Helvetic nappes)とは別行動をとり、元々の出身地付近に留まった、現地性の(autochthonous)地質体と考えられています。
(3) 「モラッセ盆地」堆積物;
図1の左側(北側)のうち、黄色部分は、「モラッセ盆地」(the Molasse Basin)を形成している、破砕性堆積物(モラッセ性、フリッシュ性)です。「モラッセ盆地」堆積物は、新生代における「アルプス造山運動」に伴って、隆起したアルプスの山地部から供給された破砕性堆積物であり、「モラッセ盆地」地域では地表にでていますが、一部は黄緑色の「ヘルベチカ系」地質グループのナップ群に上からのしかかられて、地下に伏在している様子がわかります。
また「モラッセ盆地」での破砕性堆積物は、地下5〜7kmまでもの深さまで堆積していることも解ります。これは、「モラッセ盆地」が「アルプス造山運動」のうち長期間、沈降域であったことを示しています。
(4) 「外側地塊」(external massif);
図1の左側(北側)の「ヘルベチカ系」地質グループや「モラッセ盆地」堆積物と、図1の中央部の、「ペニン系」地質グループとの間には、茶色で描かれた地質体が、地下深くから盛り上がって地表へ現れている様子が描かれています。この地質体は、結晶質基盤岩体(crystalline basement)のひとつ、「アール地塊」(Aar massif)を表しています。地表の山々でいうと「ベルナーオーバーラント山群」あたりに対応します。
また この図1では、「アール地塊」の南側に「ゴッタルト地塊」(Gotthard massif)も記載されています。平面地質図で見ると、「アール地塊」の南側の地表に、ちょっとだけ顔を出している地塊ですが、図1で見ると、地下深くに大きな根をもっていることが解ります。
「アール地塊」などの「外側地塊」(external massif)は、元々は「ヨーロッパ大陸ブロック」の「上部地殻」だったものですが、図1で示されているように、「上部地殻」から分離して、独立した地塊となったもの、と考えられています。そして「アルプス造山運動」の最中に激しく隆起し、本来は地下深くにあった部分が地表に顔を出しました。かつ浸食を受けつつも、現世でも標高 4000m台の山々を形成しています。「アール地塊」の隆起量は10km以上と見積もられています。
(5) 「貫入岩体」;
図1の中央部にある「ペニン系」地質グループの右側(南側)には、朱色のかたまりが描かれていますが、これは「ペリ・アドリアティック断層系」に沿って、30Ma頃に地下深くで形成され、その後、この断層に沿って地表へと上昇してきた貫入岩体です。この図で表されているのは、「ブレーガリア」貫入岩体(Bregaglia pluton)です。
(6) 「ペリ・アドリアティック断層系」;
図1の右側(南側)には、「ペリ・アドリアティック断層系」(peri-Adriatic fault system)の一部である「インスブルック断層」(the Insubric Fault)(図では赤い線で示した「IF」印の部分)があります。これは、地表から下部地殻まで続く大規模構造線と言えるもので、「ヨーロッパ大陸ブロック」と、「アドリア大陸ブロック」との力学的なプレート境界ともみなせます。
(7) 「サウスアルパイン系」地質グループ;
「インスブルック断層」の右側(南側)を見ると、地表付近から地下 約10kmにかけて、黄色の部分があります。これは「サウスアルパイン系」地質グループに属する中生代の堆積物です。
前の4−1章でも触れましたが、「サウスアルパイン系」地質グループは、「アルプス造山運動」の間でも、「ペリ・アドリアティック断層系」によってデカップリングされて、北側部分の「ナップパイル構造」(注5)の形成に参加せず、元々の形成域にとどまりました。
「サウスアルパイン系」地質グループは、図1でも示されていますが、南上がりセンスの多数のスラスト断層によって細かく切り刻まれています。
なお、「ペリ・アドリアティック断層系」に近い部分では、スラスト断層の活動と隆起により「サウスアルパイン系」の中生代の堆積物層は浸食、剥離されてしまい、濃いベージュ色で示された、「アドリア側」の「上部地殻」(Adriatic upper crust)が、地表にまで現れています。この「上部地殻」も、南上がりのスラスト断層によって、いくつかのブロックになっています。
(8) 地下深部構造;
「中部アルプス」の地下深部構造に関しては、(文献1)では、地殻部分を中心とした図1((文献1−1)の図5-2-2より引用)のほか、上部マントル部分まで含めた図5((文献1−4)の図5-4-2(b)より引用)による説明もあります。
まずは、地殻部分を中心とした、図1で説明します。左側(北側)地下の濃い茶色は「ヨーロッパ大陸ブロック」(以下「ヨーロッパ側」と略す)の「上部地殻」(「上部地殻(Eu)」と表記)、その下位の薄茶色は「下部地殻」(「下部地殻(Eu)」と表記)で、右側(南側)地下の、濃いベージュ色は「アドリア大陸ブロック」(以下「アドリア側」と略す)の「上部地殻」(「上部地殻(Ad)」と表記)、その下位の、薄いベージュ色は「下部地殻」(「下部地殻(Ad)」と表記)です。
両大陸ブロックは、地殻部分でも激しく衝突しており、特に「アドリア側」が複雑な様相を示しています。
「中部アルプス」地下での大まかな傾向としては、右側(南側)の「アドリア側」の「下部地殻」がクサビ状になりながら押しこんでいる感じ(wedged into)で、左側(北側)の「ヨーロッパ側」の地殻部分は押し負けている感じです。その分、「アール地塊」や「ペニン系」地質グループなどがブロック化しつつ隆起しており、また「ヨーロッパ側」の「下部地殻」の一部は「アドリア側」のマントル部分(ミントグリーン色の部分)へと、沈み込んでいるような感じ(plunge under)となっています。(この状況は、後に図2を元に説明する、リソスフェアマントルの状況とも関連しています)。「ヨーロッパ側」は、「上部地殻」やその上の各地質グループは上向きに、「下部地殻」は斜め下向きへ、と引き裂かれるように分離しつつある(peeled off)、とも見えます。また地表付近から地殻部分までの全体を見ると、「ヨーロッパ側」と「アドリア側」との境界(図では赤い線で示した)は直線的ではなく、複雑な様相を示している、と言えます。
次に地殻の厚さについて説明します。地殻部分(茶色系、ベージュ色系)と、マントル部分(ミントグリーン)との境界線は、「モホ面」(Mohorovicic’s discontinuity)(図では黒い線)と呼びますが、通常の大陸地下での「モホ面」の位置は、地下30〜40kmと言われています。この図では、「ヨーロッパ側」で「モホ面」が地下30〜50km、「アドリア側」で「モホ面」が地下35〜45kmの位置にあり、通常よりモホ面の位置は深くなっています。
さらに衝突帯の直下では、両側の地殻が重なり合って、50km以上の深さになっています。
これは「アルプス造山運動」に伴う地殻の水平方向での短縮化(tectonic shortening)の影響が、鉛直軸でみると、地表側での隆起に加え、地下方向での地殻の厚みの増加という結果となったことを示しています。また、「アイソスタシー」(isostasy)効果が現れている、とも解釈できるでしょう。
続いて、「上部地殻」と「下部地殻」との境界について説明します(注4)。地殻はこの図では、濃い茶色の「上部地殻」と、薄め茶色の「下部地殻」に分けて図示されています。「上部地殻」と「下部地殻」との境界面は、「コンラッド(不連続)面」(Conrad discontinuity)(文献7)と呼びますが(図では紫色の線で表示)、特に「アドリア側」(図の右側)で、「コンラッド面」が上下に激しく波打っている様子が解ります。これも、両大陸ブロックの衝突の影響が、地殻内部の構造にも大きな変動をもたらしていることを表しています。
最後に、「中部アルプス」地下深部、「上部マントル」領域の状態を示した、図5にて、地下深部の構造について説明します。((文献1−4)の図5-4-2より引用)。この図5も、「NFP20」プロジェクトからのアウトプットですが、深度250kmまでの上部マントル部分の様子が図示されています。
図5でみると、「中部アルプス」での「ヨーロッパ側」と「アドリア側」との衝突は、「地殻」部分では正面衝突のような状態ですが、図5ではミントグリーン色で示される「リソスフェアマントル」部分では様相が異なり、「ヨーロッパ側」の「リソスフェアマントル」が、南下がりで地下250km付近まで沈み込んでいる様子が描かれています。
プレートの沈み込み(subduction)は、例えば、「太平洋プレート」や「フィリピン海プレート」が日本列島の地下へと沈み込んでいるように、密度が相対的に大きい(重い)「海洋性プレート」が、その相対的な密度の違いによって沈み込むことが一般的で、密度が相対的に小さい(軽い)「大陸性プレート」が沈み込む、とは一般には想定されていません(文献8)。
従って、このような大陸性プレートどうしの衝突帯において、「大陸性プレート」の一部が沈み込む、という現象は、従来のプレートテクトニクス理論から見ると例外的なものであり、逆に言えば非常に興味深い現象が見えている、といえます。
なお、この図5をよく見ると、「ヨーロッパ側」のプレート全体が沈み込んでいるのではなく、大陸性プレートのうち、密度の大きい「リソスフェアマントル」だけが、地下深部まで沈み込んでいるようにも描かれています。「地殻」部分(茶色系)と「リソスフェアマントル」部分(ミントグリーン色)とが分離するプロセス(delamination)を伴っているのかも知れません。
4−2章―(2)節 「西部アルプス」における推定地質断面図
「西部アルプス」の地下構造については、フランス、イタリア共同の、サイスミック法・地下構造探査プロジェクトである、「ECROS―CROP」プロジェクト(注2)によって、調査、解析されています。
この第(2)節では、そのプロジェクトの結果から作成された「推定地質断面図」(図3)をメインに説明します(図3は、(文献1−2)の図5-1-2の引用)。なお図3の元となっている「ECROS―CROP」の主な側線は、「グランパラディ―ソ山塊」(Massif of the Gran Paradiso)を通る、北西―南東走向のラインです。
また、「上部マントル」を含む地下深部の断面図を、図6として示します((文献1−4の図5-4-2(a))を引用)。この図6に基づく、上部マントル内における地下深部構造についても説明します。
以下、(文献1−2)の記載内容をベースに、図3に基づき、「西部アルプス」の地下構造を説明します。
(1) 「ペニン系」地質グループ;
図3の中央部に、カリフラワー状に盛り上がったように描かれている、ラベンダー色、ミントグリーン色の地質体群が、「ペニン系」地質グループです。ここは「グランパラディ―ソ地塊」(Gran Paradiso)にあたり、地表での山群としての「グランパラディ―ソ山群」に対応する部分です。
「中部アルプス」の地質断面図(図1)と比較すると、基本的には類似した構造となっており、いったんは地下深くまで沈み込んだ「ペニン系」地質グループが、「アルプス造山運動」の過程で上昇に転じて、大きく隆起している様子が見て取れます。
なお、この図3における「ペニン系」地質グループの色分けですが、ラベンダー色の部分は、「ブリアンソン・ライズ」系(中部ペニン系)に属する基盤岩類由来の「ブロック状の地質体」で、ミントグリーン色部分は、「ピエモンテ海」系、「ヴァリストラフ」系の、海洋プレートに由来する「オフィオライト」(ophiolite)、変成玄武岩(meta-basalt)、及び中生代の堆積物です。
この図3では、空中に点線のラインが描かれていますが、これは、浸食作用が無かった、という仮定を置くと、「グランパラディ―ソ地塊」は、標高 約10kmまでの高さまで隆起した可能性があることを示しています。実際には浸食によってそこまでの高さはありませんが、約4km(約4000m)の標高をもつ山塊を形成しています。
(2) 「ドーフィネ系」地質グループ;
図3の左手(北西側)の地表付近に描かれている、黄緑色、水色、オレンジ色で描かれた地質体群が、「ドーフィネ系」地質グループに属する地質体群です。地理的には、「ヨーロッパアルプス」北西部にあたる「サブアルパイン山脈」(sub-Alpine chains (英)、Chaines sub-alpine(仏))と呼ばれる、標高が2000m程度の山脈に対応します。
この「ドーフィネ系」地質グループは、成り立ちとしては「中部アルプス」の「ヘルベチカ系」地質グループとは兄弟関係にあり、「ヨーロッパ側」のマージンで形成された中生代の堆積物からなります。また、新生代における「アルプス造山運動」の間の挙動も、「ヘルベチカ系」と類似しており、ナップ群として、元の位置から数十km 北西方向へと移動しています。また図3でも示されているように、多数のスラスト断層によって切り刻まれています。
(3) 「外側地塊」(external massif);
4−1章でも述べたように、「ドーフィネ系」、「ヘルベチカ系」地質グループ分布ゾーンには、「外側地塊」(external massif)とよばれる、隆起した基盤岩類からなる地塊が点在しています。図3ではそのうち、「ベルドンヌ地塊」(Belledonne massif)が、「ペニン系」の「グランパラディ―ソ地塊」と「ドーフィネ系」の「サブアルパイン山脈」との間に、茶色で着色されたドーム状の地塊として描かれています。「中部アルプス」の断面図(図1)では、「アール地塊」(Aar massif)が描かれていましたが、それと同じようなものです。
なお図3では、「ベルドンヌ地塊」の構造的上位には、かつては「ペニン系」地質グループが、ナップとして覆いかぶさっており、その後の浸食により現世では失われていることが、点線のラインで示されています。
(4) 「サウスアルパイン系」地質グループ
「中部アルプス」や「東部アルプス」では、「ペニン系」地質グループの南側は、「ペリ・アドリアティック断層系」を境界線として、「サウスアルパイン系」地質グループの分布域となっており、「ドロミティ山群」などの山地となっています。
しかし、この「西部アルプス」では、前の4−1章で説明した平面地質図で見ると、「サウスアルパイン系」地質グループ分布域が見当たりませんでした。
一方、図2の地質断面図を見ると、この図の最も右手(南東側)、地理的には「ポー盆地」にあたる場所の地中に、「サウスアルパイン系」地質グループに属する中生代の堆積物(図では黄色、黄土色)が描かれており、地下に伏在していることが解ります。その上には、新生代の破砕性堆積物(図3では薄い黄色)が覆っています。
(5) 「西部アルプス」の特徴的な地質体
図3で、「ペニン系」の「グランパラディ―ソ地塊」と、「サウスアルパイン系」地質グループが伏在している「ポー盆地」との間は、いくつかの地質体が描かれています。これらは「イブレア・ゾーン」、「セーシア・ゾーン」のなどの「西部アルプス」に存在する特徴的な地質体で興味深いものですが、ちょっとマニアックな話になるので、「補足説明1」のほうにまとめました。ご興味のある方はご覧ください。
(6) 地下深部構造
「西部アルプス」の地下深部構造について、まず図4により、「上部地殻」、「下部地殻」の状況を見て見ます。「グランパラディ―ソ地塊」から地下深部へと斜めに下る線が、「ヨーロッパ側」と「アドリア側」との力学的境界線です(図では赤い線で表示)。
まずそのラインの左手(北西側)の「ヨーロッパ側」の地殻部分を見ると、茶色で描かれた「上部地殻」(「上部地殻(Eu)」と表示)と、その下のベージュ色の「下部地殻」(「下部地殻(Eu)」と表示)があり、その境界線(コンラッド面)はかなり波打っています。地殻内部においても、両大陸ブロックの衝突の影響が及んでいる様子が描かれています。
一方、そのラインより右手(南東側)は、「アドリア側」の地殻ですが、濃いベージュ色で描かれた「上部地殻」がかなり薄く、その下位の、薄いベージュ色で描かれた「下部地殻」(「下部地殻(Ad)」と表示)が、一部では地下で「ヨーロッパ」側とぶつかっていますが、別の一部が上向きに移動して「イブレア・ゾーン」のところで、地表付近まで上がっていることが見て取れます。
「中部アルプス」では、「アドリア側」がクサビ状に「ヨーロッパ側」へと貫入して押し勝っている感じでしたが、この「西部アルプス」では、返り討ちにでもあっているように、「アドリア側」は、上部と下部へと分断されているように見えます。このあたりも「中部アルプス」とは異なる点です。
次に、「西部アルプス」の地下深部、上部マントル付近のようすを表した図6について説明します(図6は、(文献1−4)の図5-4-2(b)より引用)。この図6は、深度250kmまでの上部マントル部分の様子が図示されています。なお、側線は地殻部分を表した図3と同様、「グランパラディ―ソ地塊」を通る、北西―南東走向の側線です。
図6をみると、「ヨーロッパ側」と「アドリア側」との衝突は、地殻部分だけではなく、図6ではミントグリーン色で示される「リソスフェアマントル」部分でも激しく衝突しており、それより深部の、黄色で示される「アセノスフェアマントル」領域では、両側から衝突ゾーンへ向かう流れ(上昇流)がある、と推定されています。
特に注目すべき点は、図6の下のほうには、「ヨーロッパ大陸ブロック」のうち、「リソスフェアマントル」が、地殻部分とは分離した「スラブ」(slab)として、地下深部へ向かって沈み込み、かつ、途中で断裂している様子が描かれています。
このような「ヨーロッパアルプス」地下深部で生じた(と推定される)、「スラブの断裂」(slab break-off)は、「ヨーロッパアルプス」の隆起や、30Ma頃の一時的なマグマ形成/深成岩体形成とも関連している、とも言われており、最近の論文でも色々な考察がなされています。
この第(2)節では、そのプロジェクトの結果から作成された「推定地質断面図」(図3)をメインに説明します(図3は、(文献1−2)の図5-1-2の引用)。なお図3の元となっている「ECROS―CROP」の主な側線は、「グランパラディ―ソ山塊」(Massif of the Gran Paradiso)を通る、北西―南東走向のラインです。
また、「上部マントル」を含む地下深部の断面図を、図6として示します((文献1−4の図5-4-2(a))を引用)。この図6に基づく、上部マントル内における地下深部構造についても説明します。
以下、(文献1−2)の記載内容をベースに、図3に基づき、「西部アルプス」の地下構造を説明します。
(1) 「ペニン系」地質グループ;
図3の中央部に、カリフラワー状に盛り上がったように描かれている、ラベンダー色、ミントグリーン色の地質体群が、「ペニン系」地質グループです。ここは「グランパラディ―ソ地塊」(Gran Paradiso)にあたり、地表での山群としての「グランパラディ―ソ山群」に対応する部分です。
「中部アルプス」の地質断面図(図1)と比較すると、基本的には類似した構造となっており、いったんは地下深くまで沈み込んだ「ペニン系」地質グループが、「アルプス造山運動」の過程で上昇に転じて、大きく隆起している様子が見て取れます。
なお、この図3における「ペニン系」地質グループの色分けですが、ラベンダー色の部分は、「ブリアンソン・ライズ」系(中部ペニン系)に属する基盤岩類由来の「ブロック状の地質体」で、ミントグリーン色部分は、「ピエモンテ海」系、「ヴァリストラフ」系の、海洋プレートに由来する「オフィオライト」(ophiolite)、変成玄武岩(meta-basalt)、及び中生代の堆積物です。
この図3では、空中に点線のラインが描かれていますが、これは、浸食作用が無かった、という仮定を置くと、「グランパラディ―ソ地塊」は、標高 約10kmまでの高さまで隆起した可能性があることを示しています。実際には浸食によってそこまでの高さはありませんが、約4km(約4000m)の標高をもつ山塊を形成しています。
(2) 「ドーフィネ系」地質グループ;
図3の左手(北西側)の地表付近に描かれている、黄緑色、水色、オレンジ色で描かれた地質体群が、「ドーフィネ系」地質グループに属する地質体群です。地理的には、「ヨーロッパアルプス」北西部にあたる「サブアルパイン山脈」(sub-Alpine chains (英)、Chaines sub-alpine(仏))と呼ばれる、標高が2000m程度の山脈に対応します。
この「ドーフィネ系」地質グループは、成り立ちとしては「中部アルプス」の「ヘルベチカ系」地質グループとは兄弟関係にあり、「ヨーロッパ側」のマージンで形成された中生代の堆積物からなります。また、新生代における「アルプス造山運動」の間の挙動も、「ヘルベチカ系」と類似しており、ナップ群として、元の位置から数十km 北西方向へと移動しています。また図3でも示されているように、多数のスラスト断層によって切り刻まれています。
(3) 「外側地塊」(external massif);
4−1章でも述べたように、「ドーフィネ系」、「ヘルベチカ系」地質グループ分布ゾーンには、「外側地塊」(external massif)とよばれる、隆起した基盤岩類からなる地塊が点在しています。図3ではそのうち、「ベルドンヌ地塊」(Belledonne massif)が、「ペニン系」の「グランパラディ―ソ地塊」と「ドーフィネ系」の「サブアルパイン山脈」との間に、茶色で着色されたドーム状の地塊として描かれています。「中部アルプス」の断面図(図1)では、「アール地塊」(Aar massif)が描かれていましたが、それと同じようなものです。
なお図3では、「ベルドンヌ地塊」の構造的上位には、かつては「ペニン系」地質グループが、ナップとして覆いかぶさっており、その後の浸食により現世では失われていることが、点線のラインで示されています。
(4) 「サウスアルパイン系」地質グループ
「中部アルプス」や「東部アルプス」では、「ペニン系」地質グループの南側は、「ペリ・アドリアティック断層系」を境界線として、「サウスアルパイン系」地質グループの分布域となっており、「ドロミティ山群」などの山地となっています。
しかし、この「西部アルプス」では、前の4−1章で説明した平面地質図で見ると、「サウスアルパイン系」地質グループ分布域が見当たりませんでした。
一方、図2の地質断面図を見ると、この図の最も右手(南東側)、地理的には「ポー盆地」にあたる場所の地中に、「サウスアルパイン系」地質グループに属する中生代の堆積物(図では黄色、黄土色)が描かれており、地下に伏在していることが解ります。その上には、新生代の破砕性堆積物(図3では薄い黄色)が覆っています。
(5) 「西部アルプス」の特徴的な地質体
図3で、「ペニン系」の「グランパラディ―ソ地塊」と、「サウスアルパイン系」地質グループが伏在している「ポー盆地」との間は、いくつかの地質体が描かれています。これらは「イブレア・ゾーン」、「セーシア・ゾーン」のなどの「西部アルプス」に存在する特徴的な地質体で興味深いものですが、ちょっとマニアックな話になるので、「補足説明1」のほうにまとめました。ご興味のある方はご覧ください。
(6) 地下深部構造
「西部アルプス」の地下深部構造について、まず図4により、「上部地殻」、「下部地殻」の状況を見て見ます。「グランパラディ―ソ地塊」から地下深部へと斜めに下る線が、「ヨーロッパ側」と「アドリア側」との力学的境界線です(図では赤い線で表示)。
まずそのラインの左手(北西側)の「ヨーロッパ側」の地殻部分を見ると、茶色で描かれた「上部地殻」(「上部地殻(Eu)」と表示)と、その下のベージュ色の「下部地殻」(「下部地殻(Eu)」と表示)があり、その境界線(コンラッド面)はかなり波打っています。地殻内部においても、両大陸ブロックの衝突の影響が及んでいる様子が描かれています。
一方、そのラインより右手(南東側)は、「アドリア側」の地殻ですが、濃いベージュ色で描かれた「上部地殻」がかなり薄く、その下位の、薄いベージュ色で描かれた「下部地殻」(「下部地殻(Ad)」と表示)が、一部では地下で「ヨーロッパ」側とぶつかっていますが、別の一部が上向きに移動して「イブレア・ゾーン」のところで、地表付近まで上がっていることが見て取れます。
「中部アルプス」では、「アドリア側」がクサビ状に「ヨーロッパ側」へと貫入して押し勝っている感じでしたが、この「西部アルプス」では、返り討ちにでもあっているように、「アドリア側」は、上部と下部へと分断されているように見えます。このあたりも「中部アルプス」とは異なる点です。
次に、「西部アルプス」の地下深部、上部マントル付近のようすを表した図6について説明します(図6は、(文献1−4)の図5-4-2(b)より引用)。この図6は、深度250kmまでの上部マントル部分の様子が図示されています。なお、側線は地殻部分を表した図3と同様、「グランパラディ―ソ地塊」を通る、北西―南東走向の側線です。
図6をみると、「ヨーロッパ側」と「アドリア側」との衝突は、地殻部分だけではなく、図6ではミントグリーン色で示される「リソスフェアマントル」部分でも激しく衝突しており、それより深部の、黄色で示される「アセノスフェアマントル」領域では、両側から衝突ゾーンへ向かう流れ(上昇流)がある、と推定されています。
特に注目すべき点は、図6の下のほうには、「ヨーロッパ大陸ブロック」のうち、「リソスフェアマントル」が、地殻部分とは分離した「スラブ」(slab)として、地下深部へ向かって沈み込み、かつ、途中で断裂している様子が描かれています。
このような「ヨーロッパアルプス」地下深部で生じた(と推定される)、「スラブの断裂」(slab break-off)は、「ヨーロッパアルプス」の隆起や、30Ma頃の一時的なマグマ形成/深成岩体形成とも関連している、とも言われており、最近の論文でも色々な考察がなされています。
4−2章―(3)節 「東部アルプス」における推定地質断面図
「東部アルプス」の地下構造については、ドイツ、オーストリア、イタリア共同の、サイスミック法・地下構造探査プロジェクトである、「TRANSALP」(注2)によって、調査、解析されています。
この第(3)節では、そのプロジェクトの結果から作成された「東部アルプス」の「推定地質断面図」(図3)をメインに説明します(図3は、(文献1−3)の図5-3-2を引用)。なお図4の側線は、「タウエルン地域」(Tauern zone)西部を通る南北走向の側線です。
また、「東部アルプス」のうち、「ナップパイル構造」(注5)が明瞭な「北カルカレウス山脈」 (the northern Calcareous Alps)付近を拡大した断面図を、図4として示します(図3の一部を拡大したもの)、合わせてご参照ください。。
また、上部マントルを含む、深さ250kmまでの大深度地下の推定地下構造断面図を、図7、図8として示します(図7、図8は、(文献1−4の図5-4-3(a)(b))を引用)。これらの図に基づく、上部マントル内における地下深部構造についても説明します。なお図7の側線は、「東部アルプス」のうち「タウエルン地域・東部」、図8の側線は、図3と同じく「タウエルン地域・西部」です。
(1) 「オーストロアルパイン」地質グループ;
図3では、中央部に描かれている「タウエルン地域」の左側(北側)ゾーンに、「ナップパイル構造」(注5)があり、そこに「オーストロアルパイン系」地質グループが分布しています。ここは地理的には、「北カルカレウス山脈」にあたります。拡大図の図4で見るほうが、「ナップパイル構造」が解りやすいと思います。この側線での断面図では、深さ 約8kmまでもの厚さで分布しています(別の場所では約4km)。
4−1章でも説明しましたが、「東部アルプス」における「ナップパイル構造」の、最上位層(第4層)にあたります。
図3、図4では、「オーストロアルパイン系」は、スラスト断層によって切られた、いつくかのブロックとなっており、色分けされています。グレー色は古生代の堆積物である「グレーワッケ」(Grey wacke)と「クオーツ・フィライト」(Quartz phyllite) 、オレンジ色はトリアス紀の堆積物(石灰岩類で、主に「ハウプト・ドロミティ層群」)、青緑色は、時代不明確な中生代の堆積物、水色はジュラ紀の堆積物層です。中生代の堆積物全体でみると、理由は不明ですが、特に「トリアス系」が多く、「ジュラ系」、「白亜系」はごくわずかです。
これら、由来や形成時代の異なる地質体は、多数のスラスト断層(図3では細い赤い線)によって分断され、重なり合っている(「インブリケート構造」/ imbricate structure;(覆瓦構造)という)ことが解ります。
図3では、その左手(南側)に「タウエルン地域」があります。茶色で表示された「タウエルン地塊」(Tauern massif)がドーム状に隆起しており、「オーストロアルパイン系」地質グループは描かれていません。が、これは隆起に伴う浸食によって失われてしまったもので、かつては「タウエルン地域」にも、「ナップパイル構造」の最上位層(第4層)として、「オーストロアルパイン系」が分布していた、と推定されています。
「タウエルン地域」の南側は、オレンジ色で描かれた地質体がありますが、図3の説明によると、これは「オーストロアルパイン系」の基盤岩体である、「アドリア側」の「上部地殻」(Adriatic upper crust)です。
第3部(アルプスの地史)でも説明しましたが、「オーストロアルパイン系」は元々、「アドリア側」のマージン部において、古生代〜中生代にかけ、形成、成長した堆積物層です。
それが新生代の「アルプス造山運動」の最中に、ナップ群として北の「ヨーロッパ側」へと大移動し、現世ではこの図3、図4で示されるように、「東部アルプス」の表層部分、特に「北カルカレウス山脈」を分厚く覆っています。(文献1−4)によると、ナップ群の積み重なりによる短縮化作用により、「北カルカレウス山脈」での「オーストロアルパイン系」は、南北方向に、約100kmから約60kmへと、約半分に短縮したと推定されています。その分、厚み方向に5〜8kmと分厚くなっています。また、この断面図では解りませんが、東西方向には伸長したと推定されています。
(2) 「ペニン系」地質グループ
「ペニン系」地質グループは、図3、図4では、まとめてラベンダー色で表示されていますが、実際には、「上部ペニン系」、「中部ペニン系」、「下部ペニン系」が入り混じっています。
図4で示す「北カルカレウス山脈」の「ナップパイル構造」では、前述の「オーストロアルパイン系」の下敷きになっていて地下深くに伏在しています。一方で後述の「ヘルベチカ系」よりは上位にあります。つまり、ここの「ナップパイル構造」のうち、第3層に相当することが、この断面図で良く解ります。
「東部アルプス」の北端部では、北上がりのスラスト断層に沿って地表方向へと向かい、一部が地表に現れていることが解ります。これは4−1章で説明した「東部アルプス」の平面地質図でも、「東部アルプス」の北端部に「ペニン系」が細長く分布していることと対応しています。
「タウエルン地域」での「ペニン系」は、図3では、茶色で示された大きく隆起した「タウエルン地塊」(Tauern massif)の、更に上を覆うように描かれています。4−1章の「タウエルン地域」の平面地質図で説明しましたが、実際にはそのかなりの部分は浸食によって失われており、「タウエルン・フェンスター」の内側にのみ残存しています。この図では、元々は「タウエルン地塊」の上を覆っていたことを示しています。
(3) 「ヘルベチカ系」地質グループ
図3、図4では、「ヘルベチカ系」地質グループは黄緑色で表示されています。図4の「北カルカレウス山脈」付近では、前述の「ペニン系」の下位にあり、厚みは薄く、地下深くに伏在していますが、「東部アルプス」の北端部と、「タウエルン・フェンスター」ゾーン(図3)の一部で、地表に現れている様子が描かれています。
図4で示す「北カルカレウス山脈」での「ナップパイル構造」でいうと、第3層にあたる「ペニン系」の下であり、第2層に相当しています。
この「東部アルプス」における「ヘルベチカ系」も、「中部アルプス」でのそれと同じく、元々は全体が南側にあったものが、ナップ群として薄く引き伸ばされながら、「東部アルプス」北麓部まで移動したことも、図3,図4で解ります。
(4) 「タウエルン地塊」(「タウエルン・フェンスター」)
図3では、中央部に、茶色で表示され、ドーム状に大きく隆起した地質体が目立ちます。
これは、平面地質図で「タウエルン地域」の中央部にて地表に現れている、「ヨーロッパ側」の「上部地殻」由来の基盤岩体(European upper crust / crystalline basement)で、「中部アルプス」、「西部アルプス」における「外側地塊」(external massifs)に相当するものです
なお、(external massif)という用語は、「中部アルプス」、「西部アルプス」の「ヘルベチカ系」、「ドーフィネ系」分布域だけで使われており、「東部アルプス」の「タウエルン地塊」は、(external massif)とは呼ばれてはいませんが、本質的には同じようなものです。
この図3を全体的に見ると、赤い線で示した「アドリア側」と「ヨーロッパ側」との衝突の最前線に、この「タウエルン地塊」は位置しており、衝突による圧縮力により、大きく隆起したことが推定されます。(文献1−4)によると、この地塊の上部は元々、水面下7kmの深さにあり、現世では、標高約3000m(約3km)まで隆起しているので、トータル隆起量は、10km以上と見積もられています。またその際に延性的な変形により水平方向(南北方向)には半分の幅になったとも推定されています。「タウエルン地塊」と「ヨーロッパ側」の地殻本体部分(図の左手地下の茶色系部分)との関係でみると、水色の線で示された断層によって分離して、ブロック化していることが推定されています。
(5) 「サウスアルパイン系」地質グループ
図3では、右手(南側)の地表に近い部分が、「サウスアルパイン系」地質グループの分布域で、だいたい「ドロミティ山地」にあたります。厚みは2〜5km程度で、いくつかの、南上がりのスラスト断層によって切り刻まれていることが解ります。この大部分が「トリアス紀」の堆積物(ドロマイトなど)です。
4−1章でも説明したように、「サウスアルパイン系」地質グループは、「ペリ・アドリアティック断層系」によって、他の地質グループとはデカップリングされていて、前述の「ナップパイル構造」には参加しておらず、この直下には「アドリア側」の「上部地殻」(図では濃いベージュ色)が存在していることが解ります。
またこのゾーンでも南上がりのスラスト断層によって、ナップ群が重なり合っており(インブリケート構造)、その結果、「ドロミティ地域」では南北方向に約50kmの短縮が起こったと推定されています。
(6) 地下深部構造
「東部アルプス」の地下深部構造について、まず図3により、「上部地殻」、「下部地殻」の状況を見ます。赤い線が「ヨーロッパ側」と「アドリア側」との力学的境界線とみなされるものです。
まず「ヨーロッパ側」ですが、前述の「タウエルン地塊」が、「上部地殻」だけでなく、「下部地殻」も含めた深い根を持つ地塊となっており、「アドリア側」からの圧力によって大きく隆起しています。それよりも左手(北側)では、「上部地殻」(濃い茶色)、「下部地殻」(薄茶色)とも、あまり極端な変形はないようです。「モホ面」の深さは、「ヨーロッパ側」の北側では35km程度で、衝突ゾーンに近いほど深くなっており、「タウエルン地塊」の直下では、約50kmと、地殻の厚化が見られます。
一方、「アドリア側」の地殻は、「上部地殻」(濃いベージュ色)、「下部地殻」(薄いベージュ色)とも全体に「ヨーロッパ側」へと、やや北下がりの傾斜で、「タウエルン地塊」の下へと突っ込んでいるように見えます。「モホ面」の深さは点線で描かれており、やや不明確のようですが、約40〜60kmと、かなりの深さになっていることが解ります。
次に、「東部アルプス」の地下深部、上部マントル付近のようすを表した図7、図8について説明します(図7、図8は、それぞれ、(文献1−4)の、図5-4-3(a)、図5-4-3(b)より引用)。この図7、図8は、深度250kmまでの上部マントル部分の様子が図示されています。
なお、図7の側線は、図3の側線と同じく、「タウエルン地域・西部」で、図8の側線は、図3、図7の側線より100kmほど東の、「タウエルン地域・東部」を通る南北走向の側線です。
まず先に、「東部アルプス」東部の地下深部構造を示す、図8を見ると、ミントグリーン色で示される「リソスフェアマントル」部分での「ヨーロッパ側」と「アドリア側」との衝突は、「アドリア側」が北下がりで沈み込むように描かれていますことが特徴的です(plunges steeply below the European plate)。「中部アルプス」、「西部アルプス」の地下深部では、「ヨーロッパ側」の「リソスフェアマントル」からなる「スラブ」が南下がりで沈み込む様相であったのと正反対(沈み込みの極性が逆)となっており、非常に興味深い現象です。
なお「アドリア」側の「下部地殻」の先端部は、「アセノスフェアマントル」に沿って沈み込む部分と、斜め上に突っ込んでいく部分とに分かれているように描かれています。(文献1−4)によると、このうち、斜め上に隆起しているような部分の存在は、かつて「アドリア側」の「下部地殻」も沈み込みを行っていた証拠とみなされる、としています。
次に「東部アルプス」西部の地下深部構造を示す、図7を見ると、東部(図8)とは異なり、「アドリア側」が沈み込んではおらず、「ヨーロッパ側」、「アドリア側」が正面衝突して拮抗しているような感じです。衝突帯では、両者の地殻(特に「下部地殻」)が厚みを増していますが、「リソスフェアマントル」は正面衝突状態です。
このように「東部アルプス」だけでみても、地下深部での状況は、場所によって違いがあり、かつ隣接する「中部アルプス」地下深部とも状況が異なり、何とも複雑な状態であることが解ってきました。
この第(3)節では、そのプロジェクトの結果から作成された「東部アルプス」の「推定地質断面図」(図3)をメインに説明します(図3は、(文献1−3)の図5-3-2を引用)。なお図4の側線は、「タウエルン地域」(Tauern zone)西部を通る南北走向の側線です。
また、「東部アルプス」のうち、「ナップパイル構造」(注5)が明瞭な「北カルカレウス山脈」 (the northern Calcareous Alps)付近を拡大した断面図を、図4として示します(図3の一部を拡大したもの)、合わせてご参照ください。。
また、上部マントルを含む、深さ250kmまでの大深度地下の推定地下構造断面図を、図7、図8として示します(図7、図8は、(文献1−4の図5-4-3(a)(b))を引用)。これらの図に基づく、上部マントル内における地下深部構造についても説明します。なお図7の側線は、「東部アルプス」のうち「タウエルン地域・東部」、図8の側線は、図3と同じく「タウエルン地域・西部」です。
(1) 「オーストロアルパイン」地質グループ;
図3では、中央部に描かれている「タウエルン地域」の左側(北側)ゾーンに、「ナップパイル構造」(注5)があり、そこに「オーストロアルパイン系」地質グループが分布しています。ここは地理的には、「北カルカレウス山脈」にあたります。拡大図の図4で見るほうが、「ナップパイル構造」が解りやすいと思います。この側線での断面図では、深さ 約8kmまでもの厚さで分布しています(別の場所では約4km)。
4−1章でも説明しましたが、「東部アルプス」における「ナップパイル構造」の、最上位層(第4層)にあたります。
図3、図4では、「オーストロアルパイン系」は、スラスト断層によって切られた、いつくかのブロックとなっており、色分けされています。グレー色は古生代の堆積物である「グレーワッケ」(Grey wacke)と「クオーツ・フィライト」(Quartz phyllite) 、オレンジ色はトリアス紀の堆積物(石灰岩類で、主に「ハウプト・ドロミティ層群」)、青緑色は、時代不明確な中生代の堆積物、水色はジュラ紀の堆積物層です。中生代の堆積物全体でみると、理由は不明ですが、特に「トリアス系」が多く、「ジュラ系」、「白亜系」はごくわずかです。
これら、由来や形成時代の異なる地質体は、多数のスラスト断層(図3では細い赤い線)によって分断され、重なり合っている(「インブリケート構造」/ imbricate structure;(覆瓦構造)という)ことが解ります。
図3では、その左手(南側)に「タウエルン地域」があります。茶色で表示された「タウエルン地塊」(Tauern massif)がドーム状に隆起しており、「オーストロアルパイン系」地質グループは描かれていません。が、これは隆起に伴う浸食によって失われてしまったもので、かつては「タウエルン地域」にも、「ナップパイル構造」の最上位層(第4層)として、「オーストロアルパイン系」が分布していた、と推定されています。
「タウエルン地域」の南側は、オレンジ色で描かれた地質体がありますが、図3の説明によると、これは「オーストロアルパイン系」の基盤岩体である、「アドリア側」の「上部地殻」(Adriatic upper crust)です。
第3部(アルプスの地史)でも説明しましたが、「オーストロアルパイン系」は元々、「アドリア側」のマージン部において、古生代〜中生代にかけ、形成、成長した堆積物層です。
それが新生代の「アルプス造山運動」の最中に、ナップ群として北の「ヨーロッパ側」へと大移動し、現世ではこの図3、図4で示されるように、「東部アルプス」の表層部分、特に「北カルカレウス山脈」を分厚く覆っています。(文献1−4)によると、ナップ群の積み重なりによる短縮化作用により、「北カルカレウス山脈」での「オーストロアルパイン系」は、南北方向に、約100kmから約60kmへと、約半分に短縮したと推定されています。その分、厚み方向に5〜8kmと分厚くなっています。また、この断面図では解りませんが、東西方向には伸長したと推定されています。
(2) 「ペニン系」地質グループ
「ペニン系」地質グループは、図3、図4では、まとめてラベンダー色で表示されていますが、実際には、「上部ペニン系」、「中部ペニン系」、「下部ペニン系」が入り混じっています。
図4で示す「北カルカレウス山脈」の「ナップパイル構造」では、前述の「オーストロアルパイン系」の下敷きになっていて地下深くに伏在しています。一方で後述の「ヘルベチカ系」よりは上位にあります。つまり、ここの「ナップパイル構造」のうち、第3層に相当することが、この断面図で良く解ります。
「東部アルプス」の北端部では、北上がりのスラスト断層に沿って地表方向へと向かい、一部が地表に現れていることが解ります。これは4−1章で説明した「東部アルプス」の平面地質図でも、「東部アルプス」の北端部に「ペニン系」が細長く分布していることと対応しています。
「タウエルン地域」での「ペニン系」は、図3では、茶色で示された大きく隆起した「タウエルン地塊」(Tauern massif)の、更に上を覆うように描かれています。4−1章の「タウエルン地域」の平面地質図で説明しましたが、実際にはそのかなりの部分は浸食によって失われており、「タウエルン・フェンスター」の内側にのみ残存しています。この図では、元々は「タウエルン地塊」の上を覆っていたことを示しています。
(3) 「ヘルベチカ系」地質グループ
図3、図4では、「ヘルベチカ系」地質グループは黄緑色で表示されています。図4の「北カルカレウス山脈」付近では、前述の「ペニン系」の下位にあり、厚みは薄く、地下深くに伏在していますが、「東部アルプス」の北端部と、「タウエルン・フェンスター」ゾーン(図3)の一部で、地表に現れている様子が描かれています。
図4で示す「北カルカレウス山脈」での「ナップパイル構造」でいうと、第3層にあたる「ペニン系」の下であり、第2層に相当しています。
この「東部アルプス」における「ヘルベチカ系」も、「中部アルプス」でのそれと同じく、元々は全体が南側にあったものが、ナップ群として薄く引き伸ばされながら、「東部アルプス」北麓部まで移動したことも、図3,図4で解ります。
(4) 「タウエルン地塊」(「タウエルン・フェンスター」)
図3では、中央部に、茶色で表示され、ドーム状に大きく隆起した地質体が目立ちます。
これは、平面地質図で「タウエルン地域」の中央部にて地表に現れている、「ヨーロッパ側」の「上部地殻」由来の基盤岩体(European upper crust / crystalline basement)で、「中部アルプス」、「西部アルプス」における「外側地塊」(external massifs)に相当するものです
なお、(external massif)という用語は、「中部アルプス」、「西部アルプス」の「ヘルベチカ系」、「ドーフィネ系」分布域だけで使われており、「東部アルプス」の「タウエルン地塊」は、(external massif)とは呼ばれてはいませんが、本質的には同じようなものです。
この図3を全体的に見ると、赤い線で示した「アドリア側」と「ヨーロッパ側」との衝突の最前線に、この「タウエルン地塊」は位置しており、衝突による圧縮力により、大きく隆起したことが推定されます。(文献1−4)によると、この地塊の上部は元々、水面下7kmの深さにあり、現世では、標高約3000m(約3km)まで隆起しているので、トータル隆起量は、10km以上と見積もられています。またその際に延性的な変形により水平方向(南北方向)には半分の幅になったとも推定されています。「タウエルン地塊」と「ヨーロッパ側」の地殻本体部分(図の左手地下の茶色系部分)との関係でみると、水色の線で示された断層によって分離して、ブロック化していることが推定されています。
(5) 「サウスアルパイン系」地質グループ
図3では、右手(南側)の地表に近い部分が、「サウスアルパイン系」地質グループの分布域で、だいたい「ドロミティ山地」にあたります。厚みは2〜5km程度で、いくつかの、南上がりのスラスト断層によって切り刻まれていることが解ります。この大部分が「トリアス紀」の堆積物(ドロマイトなど)です。
4−1章でも説明したように、「サウスアルパイン系」地質グループは、「ペリ・アドリアティック断層系」によって、他の地質グループとはデカップリングされていて、前述の「ナップパイル構造」には参加しておらず、この直下には「アドリア側」の「上部地殻」(図では濃いベージュ色)が存在していることが解ります。
またこのゾーンでも南上がりのスラスト断層によって、ナップ群が重なり合っており(インブリケート構造)、その結果、「ドロミティ地域」では南北方向に約50kmの短縮が起こったと推定されています。
(6) 地下深部構造
「東部アルプス」の地下深部構造について、まず図3により、「上部地殻」、「下部地殻」の状況を見ます。赤い線が「ヨーロッパ側」と「アドリア側」との力学的境界線とみなされるものです。
まず「ヨーロッパ側」ですが、前述の「タウエルン地塊」が、「上部地殻」だけでなく、「下部地殻」も含めた深い根を持つ地塊となっており、「アドリア側」からの圧力によって大きく隆起しています。それよりも左手(北側)では、「上部地殻」(濃い茶色)、「下部地殻」(薄茶色)とも、あまり極端な変形はないようです。「モホ面」の深さは、「ヨーロッパ側」の北側では35km程度で、衝突ゾーンに近いほど深くなっており、「タウエルン地塊」の直下では、約50kmと、地殻の厚化が見られます。
一方、「アドリア側」の地殻は、「上部地殻」(濃いベージュ色)、「下部地殻」(薄いベージュ色)とも全体に「ヨーロッパ側」へと、やや北下がりの傾斜で、「タウエルン地塊」の下へと突っ込んでいるように見えます。「モホ面」の深さは点線で描かれており、やや不明確のようですが、約40〜60kmと、かなりの深さになっていることが解ります。
次に、「東部アルプス」の地下深部、上部マントル付近のようすを表した図7、図8について説明します(図7、図8は、それぞれ、(文献1−4)の、図5-4-3(a)、図5-4-3(b)より引用)。この図7、図8は、深度250kmまでの上部マントル部分の様子が図示されています。
なお、図7の側線は、図3の側線と同じく、「タウエルン地域・西部」で、図8の側線は、図3、図7の側線より100kmほど東の、「タウエルン地域・東部」を通る南北走向の側線です。
まず先に、「東部アルプス」東部の地下深部構造を示す、図8を見ると、ミントグリーン色で示される「リソスフェアマントル」部分での「ヨーロッパ側」と「アドリア側」との衝突は、「アドリア側」が北下がりで沈み込むように描かれていますことが特徴的です(plunges steeply below the European plate)。「中部アルプス」、「西部アルプス」の地下深部では、「ヨーロッパ側」の「リソスフェアマントル」からなる「スラブ」が南下がりで沈み込む様相であったのと正反対(沈み込みの極性が逆)となっており、非常に興味深い現象です。
なお「アドリア」側の「下部地殻」の先端部は、「アセノスフェアマントル」に沿って沈み込む部分と、斜め上に突っ込んでいく部分とに分かれているように描かれています。(文献1−4)によると、このうち、斜め上に隆起しているような部分の存在は、かつて「アドリア側」の「下部地殻」も沈み込みを行っていた証拠とみなされる、としています。
次に「東部アルプス」西部の地下深部構造を示す、図7を見ると、東部(図8)とは異なり、「アドリア側」が沈み込んではおらず、「ヨーロッパ側」、「アドリア側」が正面衝突して拮抗しているような感じです。衝突帯では、両者の地殻(特に「下部地殻」)が厚みを増していますが、「リソスフェアマントル」は正面衝突状態です。
このように「東部アルプス」だけでみても、地下深部での状況は、場所によって違いがあり、かつ隣接する「中部アルプス」地下深部とも状況が異なり、何とも複雑な状態であることが解ってきました。
4−2章―(4)節;「ヨーロッパアルプス」の大深度地下構造の「まとめ」
ここまで、「中部アルプス」、「西部アルプス」、「東部アルプス」に分けて地下構造を説明してきました。地殻やその上層部の堆積物層(地質グループ)だけでも、地域ごとに様相が異なっていましたが、上部マントルまでの地下深部の構造も、地域ごとに様相が異なっていました。いずれにしろ内容が複雑なので、この節では、上部マントルを含む地下深部の地下構造について、まとめてみます。
ただし、「ヨーロッパアルプス」やその周辺における、上部マントルまで含む地下深部の構造解析は、非常にホットな研究分野らしく、2010年代以降も色々な研究結果(論文)が出されている状況です。
従って、以下の「まとめ」はあくまで、(文献1)の執筆時点(出版は2014年)における情報によります。今後、研究の進展によって、解釈も変わってくるのではないかと思います。
(文献1−4)では、「ヨーロッパアルプス」の地下深部の構造に関連した未解明の課題として、「「東部アルプス」(東部)において、「リソスフェアマントル」が沈み込みをしているのは「アドリア側」だけなのか?「ヨーロッパ側」はどうなのか?(以前はどうだったのか?)」 などが挙げられています。
また(文献1−4)では、地下深部構造の説明のページ数は少なく、良く解っていないことが多いことが、間接的にうかがえます。
なお、「プレート」とは「地殻+リソスフェアマントル」です。また「スラブ」(slab)とは、通常の意味では、地下深部へ沈み込んでいる「プレート」を意味しますが、「プレート」のうち「リソスフェアマントル」部分のみが分離して沈み込んでいる場合も、ここでは「スラブ」と呼ぶことにします。
・「西部アルプス」; 「ヨーロッパ側」、「アドリア側」の両「プレート」が、複雑な様相で衝突している。「アドリア側」は、上方向と下方向の2つに引き裂かれつつある、とも、2つの方向へ向けて押し込んでいる、とも解釈できる。「ヨーロッパ側」は、「下部地殻」、「リソスフェアマントル」ともに「アドリア側」の下へと沈み込むような傾向にある。また衝突帯のかなり深い場所(約150〜300km深度)には、かつて「ヨーロッパ側」の「スラブ」が沈み込んでいた痕跡として、断裂した「スラブ」(「リソスフェアマントル」からなる)がある。
・「中部アルプス」; 「アドリア側」の「プレート」が押し勝っており、「ヨーロッパ側」の「プレート」は、「上部地殻」と「リソスフェアマントル」(+「下部地殻」)とが分離しつつ(?)、「リソスフェアマントル」が「アドリア側」の下へと沈み込みつつある(「東部アルプス・東部」とは、沈み込みの極性が逆)。
・「東部アルプス」西部; 「ヨーロッパ側」と「アドリア側」の「プレート」は正面衝突しており、拮抗している。スラブの沈み込みや、断裂したスラブはない。
・「東部アルプス」東部; 「ヨーロッパ側」の「プレート」が押し勝っており、「アドリア側」の「プレート」は、「地殻」と「リソスフェアマントル」とが分離しつつ、「リソスフェアマントル」が、「ヨーロッパ側」の下へと沈み込みつつある。(「中部アルプス」とは、沈み込みの極性が逆)
ただし、「ヨーロッパアルプス」やその周辺における、上部マントルまで含む地下深部の構造解析は、非常にホットな研究分野らしく、2010年代以降も色々な研究結果(論文)が出されている状況です。
従って、以下の「まとめ」はあくまで、(文献1)の執筆時点(出版は2014年)における情報によります。今後、研究の進展によって、解釈も変わってくるのではないかと思います。
(文献1−4)では、「ヨーロッパアルプス」の地下深部の構造に関連した未解明の課題として、「「東部アルプス」(東部)において、「リソスフェアマントル」が沈み込みをしているのは「アドリア側」だけなのか?「ヨーロッパ側」はどうなのか?(以前はどうだったのか?)」 などが挙げられています。
また(文献1−4)では、地下深部構造の説明のページ数は少なく、良く解っていないことが多いことが、間接的にうかがえます。
なお、「プレート」とは「地殻+リソスフェアマントル」です。また「スラブ」(slab)とは、通常の意味では、地下深部へ沈み込んでいる「プレート」を意味しますが、「プレート」のうち「リソスフェアマントル」部分のみが分離して沈み込んでいる場合も、ここでは「スラブ」と呼ぶことにします。
・「西部アルプス」; 「ヨーロッパ側」、「アドリア側」の両「プレート」が、複雑な様相で衝突している。「アドリア側」は、上方向と下方向の2つに引き裂かれつつある、とも、2つの方向へ向けて押し込んでいる、とも解釈できる。「ヨーロッパ側」は、「下部地殻」、「リソスフェアマントル」ともに「アドリア側」の下へと沈み込むような傾向にある。また衝突帯のかなり深い場所(約150〜300km深度)には、かつて「ヨーロッパ側」の「スラブ」が沈み込んでいた痕跡として、断裂した「スラブ」(「リソスフェアマントル」からなる)がある。
・「中部アルプス」; 「アドリア側」の「プレート」が押し勝っており、「ヨーロッパ側」の「プレート」は、「上部地殻」と「リソスフェアマントル」(+「下部地殻」)とが分離しつつ(?)、「リソスフェアマントル」が「アドリア側」の下へと沈み込みつつある(「東部アルプス・東部」とは、沈み込みの極性が逆)。
・「東部アルプス」西部; 「ヨーロッパ側」と「アドリア側」の「プレート」は正面衝突しており、拮抗している。スラブの沈み込みや、断裂したスラブはない。
・「東部アルプス」東部; 「ヨーロッパ側」の「プレート」が押し勝っており、「アドリア側」の「プレート」は、「地殻」と「リソスフェアマントル」とが分離しつつ、「リソスフェアマントル」が、「ヨーロッパ側」の下へと沈み込みつつある。(「中部アルプス」とは、沈み込みの極性が逆)
【補足説明1】; 「西部アルプス」の特徴的な地質体
第(2)節の「西部アルプス」の項で少し触れましたが、「西部アルプス」のイタリア側には、特徴的な地質体がいくつか存在しており、図2(西部アルプスの地質断面図)に描かれています。
ここではそのうち以下2つの地質体について説明します。但し、ちょっと細かい話ですし、自分用のメモ的なものでもあります。
(A) 「セーシア・ゾーン」(Sesia zone) (文献1−2)、(文献10)などより
「グランパラディ―ソ地塊」のすぐ南東側の場所は「セーシア・ゾーン」(Sesia zone)と呼ばれています(図2では、(セーシアゾーン)と小さく表記)。前の4−1章に載せた「西部アルプス」の平面地質図で見ると、長軸は「アルプス山脈」の軸に沿っており、長軸方向での長さは約80km、幅が最大で30kmの、紡錘形の地質ゾーンとなっています。地質断面図である図2の元の図でみると、根っこの深さが約10km程度までの、孤立した地質体です。
「セーシア・ゾーン」を構成している岩石は、高度な変成岩である、エクロジャイト的な雲母片岩(eclogitic mica-schists)や片麻岩類からなっています。
周辺の地質体とは異なる、孤立した地質体なので、謎めいていますが、(文献1−2)によると「セーシア・ゾーン」の地質体は、「アドリア側」マージン部の地質体の一部が、沈み込み帯に沿って地中深くに沈み込んで、高度な変成作用を受けた地質体であり、「オーストロアルパイン系」地質グループに含めています。
また、(文献10)によると、「セーシア・ゾーン」の地質体は、元々は「オーストロアルパイン系」地質グループの一部であり、沈み込み帯で地中深くに沈み込んで高度な変成作用(「緑色片岩相」、「青色片岩相」、「エクロジャイト相」相当)を受けたものであり、「中部アルプス」の「ダンブランシュ・ナップ」とも関連がある地質体とされています。
「中部アルプス」や「東部アルプス」では、この章の第(2)節、第(3)節の説明のとおり、「オーストロアルパイン系」地質グループは、「ナップパイル構造」の最上位に位置していますが、この「西部アルプス」では、「ナップパイル構造」の形成に関係しておらず、分離した小さな地質体として、新生代の「アルプス造山運動」の最中には、沈み込み帯へと巻き込まれて変成作用を受けていた、ということになります。この点は、「中部アルプス」、「東部アルプス」との大きな違いです。
(B) 「イブレア・ゾーン」(Ivrea zone) (文献1―2)、(文献9)などによる
「セーシア・ゾーン」の更に南東側には、「イブレア・ゾーン」(Ivrea zone)と呼ばれる地域があります(図2では、(イブレア・ゾーン)と小さく表記した)。
前の4−1章に載せた平面地質図を見ると、ここも「セーシア・ゾーン」と似て、長軸方向での長さは約80km、幅が最大で20kmの、細長い地質ゾーンとなっています。
「イブレア・ゾーン」の地質体は、図2の断面図で見ると、「セーシア・ゾーン」の地質体のように根が途切れた孤立した地質体ではなく、その下にある「アドリア大陸ブロック」の「上部地殻」、「下部地殻」(いずれもベージュ色)とつながっています。
(文献1−2)や(文献9)によると、「イブレア・ゾーン」の地質体は、本来は地下深くにあるはずの下部地殻部分が、大きな隆起量によって、地表付近まで押し上げられ、本来はその構造的上位にあったはずの被覆性堆積物や上部地殻が浸食によって失われたため、地表に現れたもの、と推定されています。
なお、「イブレア・ゾーン」の地中に伏在している高密度の岩体のことを「イブレア・ボディ」(Ivrea body)と呼び、「リソスフェアマントル」の断片と推定されています。「イブレア・ボディ」岩体も、地上方向へと上昇するセンスにあり、地表の一部にも既に現れているようです。
「西部アルプス」では、「セーシア・ゾーン」や「イブレア・ゾーン」の地質体のように、特徴的な地質体が存在する点は、「中部アルプス」、「東部アルプス」とは違う一面です。
ここではそのうち以下2つの地質体について説明します。但し、ちょっと細かい話ですし、自分用のメモ的なものでもあります。
(A) 「セーシア・ゾーン」(Sesia zone) (文献1−2)、(文献10)などより
「グランパラディ―ソ地塊」のすぐ南東側の場所は「セーシア・ゾーン」(Sesia zone)と呼ばれています(図2では、(セーシアゾーン)と小さく表記)。前の4−1章に載せた「西部アルプス」の平面地質図で見ると、長軸は「アルプス山脈」の軸に沿っており、長軸方向での長さは約80km、幅が最大で30kmの、紡錘形の地質ゾーンとなっています。地質断面図である図2の元の図でみると、根っこの深さが約10km程度までの、孤立した地質体です。
「セーシア・ゾーン」を構成している岩石は、高度な変成岩である、エクロジャイト的な雲母片岩(eclogitic mica-schists)や片麻岩類からなっています。
周辺の地質体とは異なる、孤立した地質体なので、謎めいていますが、(文献1−2)によると「セーシア・ゾーン」の地質体は、「アドリア側」マージン部の地質体の一部が、沈み込み帯に沿って地中深くに沈み込んで、高度な変成作用を受けた地質体であり、「オーストロアルパイン系」地質グループに含めています。
また、(文献10)によると、「セーシア・ゾーン」の地質体は、元々は「オーストロアルパイン系」地質グループの一部であり、沈み込み帯で地中深くに沈み込んで高度な変成作用(「緑色片岩相」、「青色片岩相」、「エクロジャイト相」相当)を受けたものであり、「中部アルプス」の「ダンブランシュ・ナップ」とも関連がある地質体とされています。
「中部アルプス」や「東部アルプス」では、この章の第(2)節、第(3)節の説明のとおり、「オーストロアルパイン系」地質グループは、「ナップパイル構造」の最上位に位置していますが、この「西部アルプス」では、「ナップパイル構造」の形成に関係しておらず、分離した小さな地質体として、新生代の「アルプス造山運動」の最中には、沈み込み帯へと巻き込まれて変成作用を受けていた、ということになります。この点は、「中部アルプス」、「東部アルプス」との大きな違いです。
(B) 「イブレア・ゾーン」(Ivrea zone) (文献1―2)、(文献9)などによる
「セーシア・ゾーン」の更に南東側には、「イブレア・ゾーン」(Ivrea zone)と呼ばれる地域があります(図2では、(イブレア・ゾーン)と小さく表記した)。
前の4−1章に載せた平面地質図を見ると、ここも「セーシア・ゾーン」と似て、長軸方向での長さは約80km、幅が最大で20kmの、細長い地質ゾーンとなっています。
「イブレア・ゾーン」の地質体は、図2の断面図で見ると、「セーシア・ゾーン」の地質体のように根が途切れた孤立した地質体ではなく、その下にある「アドリア大陸ブロック」の「上部地殻」、「下部地殻」(いずれもベージュ色)とつながっています。
(文献1−2)や(文献9)によると、「イブレア・ゾーン」の地質体は、本来は地下深くにあるはずの下部地殻部分が、大きな隆起量によって、地表付近まで押し上げられ、本来はその構造的上位にあったはずの被覆性堆積物や上部地殻が浸食によって失われたため、地表に現れたもの、と推定されています。
なお、「イブレア・ゾーン」の地中に伏在している高密度の岩体のことを「イブレア・ボディ」(Ivrea body)と呼び、「リソスフェアマントル」の断片と推定されています。「イブレア・ボディ」岩体も、地上方向へと上昇するセンスにあり、地表の一部にも既に現れているようです。
「西部アルプス」では、「セーシア・ゾーン」や「イブレア・ゾーン」の地質体のように、特徴的な地質体が存在する点は、「中部アルプス」、「東部アルプス」とは違う一面です。
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【注釈の項】
注1) 「サイスミック法」(seismic method/ seismology investigation )とは
人工地震波による反射波、屈折波を観測、解析することにより、地下構造を調べる方法。自然の(微小)地震の地震波を利用する方法も古くから使われている。
日本語では、「地震(波)探査法」、「地震波トモグラフィー法」、「サイスミック・トモグラフィー法」、「サイスミック探査法」、「サイスモテクトニクス」などとも呼ぶ。この章では、「サイスミック法」と呼ぶことにする。
この4−2章で引用した、(文献1)の推定地質断面図のうち、深さ70kmまでのものは、主に地震波の反射面を元に開析されたものとのこと。また深さ250kmまでの大深度地下構造の図は、長距離サイスミック法(tele-seismic tomography)という、反射した地震波の到達時間を解析することによって得られたもの。
なお、「サイスミック法」は地球科学、特に地球物理学の分野で近年、良く使われている手法で、論文にも測定結果が載っているものも多いが、残念ながら日本の地質学、地球科学関係の教科書では触れられておらず、日本語の良いテキストがない。(文献2)は、USAのサイト(英文)で、かつ地中の汚染物質の研究に関するものではあるが、割と解りやすい。
注2)「アルプス地域」の、サイスミック法による地下構造解析プロジェクト;
(文献1)によると、20世紀後半に、以下(1)(2)(3)のプロジェクトが実施され、(文献1)の記載内容のベースとなっている。
更に2010年代から、以下の(4)のプロジェクトがスタートし、多数の新しい知見が得られている。ただし(文献1)執筆、出版の時点より後のプロジェクトなので、(文献1)にその情報は反映されてはいない。この連載でも、(4)のプロジェクト成果は反映していない。
・プロジェクト(1);「NFP20」
スイス主体で行われ、「中部アルプス」を南北に貫く複数の側線による、サイスミック法による地下構造探索プロジェクト、1980年代に実施。結果は、(文献3)にまとめられている(英文)。
・プロジェクト(2);「ECORS−CROP」
フランス、イタリア共同で行われ、「西部アルプス」を貫く複数の側線による、サイスミック法による地下構造探索プロジェクト、1980年代に実施。結果は、(文献4)にまとめられている(英文)。
・プロジェクト(3);「TRANSALP」(Trans European Alpine Crustal Profile)
オーストリア、ドイツ、イタリア共同で行われ、「東部アルプス」を南北に貫く複数の側による、サイスミック法による地下構造探査プロジェクト(1990年代後半から2000年代前半に実施)。結果の一部は、(文献5)にまとめられている(英文)
・プロジェクト(4);「ALP-Array project」(アルプアレイ)
2010年代からスタートした国際プロジェクトで、「ヨーロッパアルプス」の他、「カルパチア山脈」、「アペニン山脈」なども含めた、ヨーロッパの主な山脈について、地質学的、総合的な調査プロジェクト。
サイスミック法による地下構造調査の他にも重力異常探査なども含み、成果は多数の論文としてアウトプットされている。
(文献6)は、この「ALP-Array project」のホームページで、そこから、このプロジェクトの成果としての多数の論文(但し無料では要約のみ)にアクセスできる。
注3) 「ブロック状の地質体」という用語について
(文献1)では、特に「ペニン系」、「ヘルベチカ系」地質グループ分布域において、地表や地下に存在する複数の「地質体」について、すべて(nappe)という用語が使われている(例; “Adula nappe“、 ”Tambo nappe”)。しかし、「ナップ」(nappe)の本来の(狭義の)意味あいは、「スラスト断層(thrust)によって、水平方向に移動した異地性の地質体」なので、この章では、それら地下にある地質体は、ナップ(nappe)とは呼ばず、単に「地質体」と呼ぶか、あるいは「ブロック状の地質体」と呼ぶこととした。
注4) 「大陸(性)地殻」の構造について
「大陸(性)地殻」(continental crust)の構造は、厚さが30km以上あることや、場所によって違いがあることから、「海洋(性)地殻」(ocean crust);玄武岩からなる「上部地殻」と、ハンレイ岩からなる「下部地殻」の2層構造で、場所による違いはほとんど無い)のように単純な構造ではなく、詳しくは解っていない(文献11)。
教科書的には、花崗岩質(felsic)の「上部地殻」(upper crust)と、ハンレイ岩質(mafic)の「下部地殻」(lower crust)の2つに分け、その境界線(面)を、「コンラッド不連続面」(Conrad discontinuity)、あるいは単に「コンラッド面」と呼ぶ(文献7)。
しかし「コンラッド面」は、地殻とマントルとの境界線(面)である「モホ面」(Mohorovicic’s discontinuity)ほど明確に検出はできないようで、大陸性地殻の内部は、複雑な構造となっているらしい。なお、「上部地殻」と「下部地殻」の間に、安山岩質の「中部地殻」を想定するモデルもある(文献7)、(文献11)、(文献12)。
(文献1)では、割り切って、「上部地殻」、「下部地殻」が「コンラッド面」で分かれている、というモデルで表示されており、この章では、それに従って説明した。
注5) 「ナップパイル構造」という用語について
この連載での「ナップパイル構造」とは、ナップ群となっている各「地質グループ」が、さらに座布団を重ねたように重なり合っている構造を意味するものとして使う。例えば、「東部アルプス」での「ナップパイル構造」は、「基盤岩体」(第1層=最下位層)、「ヘルベチカ系」(第2層)、「ペニン系」(第3層)、「オーストロアルパイン系」(第4層=最上位層)となっている、といったように。
なお、スラスト断層によって切られた小さな地質体としての「ナップ」が折り重なっている構造も、(nappe pile)と呼べなくはなく、(文献1)ではその意味でしばしば使用されているが、一般的には、「インブリケート構造」(imbricate structure)(英)/「覆瓦構造」(ふくがこうぞう)(和)、あるいは「ナップ構造」と呼ばれる(文献13)。本連載では、単に「ナップ群」と記載することが多いが、必要に応じて「インブリケート構造」とも書く。
この連載、この章では、上記のように、「ナップパイル構造」と「インブリケート構造」(「ナップ群」)という用語は、別々の構造として、区別して使用する。
注6) 「北カルカレウス山脈」について
「北カルカレウス山脈」(the northern Calcareous Alps)とは、オーストリアのチロル地方の北部、ドイツとの国境付近にある、東西に長く伸びた、標高3000m級の山脈。
英語では、(the Northern Limestone Alps)とも呼ぶ。なおこの連載では、「北部石灰岩アルプス」とも表記している部分がある。
地質的にはこの章でも説明しているように、「オーストロアルパイン系」地質グループに属する、中生代の石灰岩類(ドロマイトも)が多い。詳しくは(文献15)も参照のこと。
注7) ”Ma”は、百万年前を意味する単位
人工地震波による反射波、屈折波を観測、解析することにより、地下構造を調べる方法。自然の(微小)地震の地震波を利用する方法も古くから使われている。
日本語では、「地震(波)探査法」、「地震波トモグラフィー法」、「サイスミック・トモグラフィー法」、「サイスミック探査法」、「サイスモテクトニクス」などとも呼ぶ。この章では、「サイスミック法」と呼ぶことにする。
この4−2章で引用した、(文献1)の推定地質断面図のうち、深さ70kmまでのものは、主に地震波の反射面を元に開析されたものとのこと。また深さ250kmまでの大深度地下構造の図は、長距離サイスミック法(tele-seismic tomography)という、反射した地震波の到達時間を解析することによって得られたもの。
なお、「サイスミック法」は地球科学、特に地球物理学の分野で近年、良く使われている手法で、論文にも測定結果が載っているものも多いが、残念ながら日本の地質学、地球科学関係の教科書では触れられておらず、日本語の良いテキストがない。(文献2)は、USAのサイト(英文)で、かつ地中の汚染物質の研究に関するものではあるが、割と解りやすい。
注2)「アルプス地域」の、サイスミック法による地下構造解析プロジェクト;
(文献1)によると、20世紀後半に、以下(1)(2)(3)のプロジェクトが実施され、(文献1)の記載内容のベースとなっている。
更に2010年代から、以下の(4)のプロジェクトがスタートし、多数の新しい知見が得られている。ただし(文献1)執筆、出版の時点より後のプロジェクトなので、(文献1)にその情報は反映されてはいない。この連載でも、(4)のプロジェクト成果は反映していない。
・プロジェクト(1);「NFP20」
スイス主体で行われ、「中部アルプス」を南北に貫く複数の側線による、サイスミック法による地下構造探索プロジェクト、1980年代に実施。結果は、(文献3)にまとめられている(英文)。
・プロジェクト(2);「ECORS−CROP」
フランス、イタリア共同で行われ、「西部アルプス」を貫く複数の側線による、サイスミック法による地下構造探索プロジェクト、1980年代に実施。結果は、(文献4)にまとめられている(英文)。
・プロジェクト(3);「TRANSALP」(Trans European Alpine Crustal Profile)
オーストリア、ドイツ、イタリア共同で行われ、「東部アルプス」を南北に貫く複数の側による、サイスミック法による地下構造探査プロジェクト(1990年代後半から2000年代前半に実施)。結果の一部は、(文献5)にまとめられている(英文)
・プロジェクト(4);「ALP-Array project」(アルプアレイ)
2010年代からスタートした国際プロジェクトで、「ヨーロッパアルプス」の他、「カルパチア山脈」、「アペニン山脈」なども含めた、ヨーロッパの主な山脈について、地質学的、総合的な調査プロジェクト。
サイスミック法による地下構造調査の他にも重力異常探査なども含み、成果は多数の論文としてアウトプットされている。
(文献6)は、この「ALP-Array project」のホームページで、そこから、このプロジェクトの成果としての多数の論文(但し無料では要約のみ)にアクセスできる。
注3) 「ブロック状の地質体」という用語について
(文献1)では、特に「ペニン系」、「ヘルベチカ系」地質グループ分布域において、地表や地下に存在する複数の「地質体」について、すべて(nappe)という用語が使われている(例; “Adula nappe“、 ”Tambo nappe”)。しかし、「ナップ」(nappe)の本来の(狭義の)意味あいは、「スラスト断層(thrust)によって、水平方向に移動した異地性の地質体」なので、この章では、それら地下にある地質体は、ナップ(nappe)とは呼ばず、単に「地質体」と呼ぶか、あるいは「ブロック状の地質体」と呼ぶこととした。
注4) 「大陸(性)地殻」の構造について
「大陸(性)地殻」(continental crust)の構造は、厚さが30km以上あることや、場所によって違いがあることから、「海洋(性)地殻」(ocean crust);玄武岩からなる「上部地殻」と、ハンレイ岩からなる「下部地殻」の2層構造で、場所による違いはほとんど無い)のように単純な構造ではなく、詳しくは解っていない(文献11)。
教科書的には、花崗岩質(felsic)の「上部地殻」(upper crust)と、ハンレイ岩質(mafic)の「下部地殻」(lower crust)の2つに分け、その境界線(面)を、「コンラッド不連続面」(Conrad discontinuity)、あるいは単に「コンラッド面」と呼ぶ(文献7)。
しかし「コンラッド面」は、地殻とマントルとの境界線(面)である「モホ面」(Mohorovicic’s discontinuity)ほど明確に検出はできないようで、大陸性地殻の内部は、複雑な構造となっているらしい。なお、「上部地殻」と「下部地殻」の間に、安山岩質の「中部地殻」を想定するモデルもある(文献7)、(文献11)、(文献12)。
(文献1)では、割り切って、「上部地殻」、「下部地殻」が「コンラッド面」で分かれている、というモデルで表示されており、この章では、それに従って説明した。
注5) 「ナップパイル構造」という用語について
この連載での「ナップパイル構造」とは、ナップ群となっている各「地質グループ」が、さらに座布団を重ねたように重なり合っている構造を意味するものとして使う。例えば、「東部アルプス」での「ナップパイル構造」は、「基盤岩体」(第1層=最下位層)、「ヘルベチカ系」(第2層)、「ペニン系」(第3層)、「オーストロアルパイン系」(第4層=最上位層)となっている、といったように。
なお、スラスト断層によって切られた小さな地質体としての「ナップ」が折り重なっている構造も、(nappe pile)と呼べなくはなく、(文献1)ではその意味でしばしば使用されているが、一般的には、「インブリケート構造」(imbricate structure)(英)/「覆瓦構造」(ふくがこうぞう)(和)、あるいは「ナップ構造」と呼ばれる(文献13)。本連載では、単に「ナップ群」と記載することが多いが、必要に応じて「インブリケート構造」とも書く。
この連載、この章では、上記のように、「ナップパイル構造」と「インブリケート構造」(「ナップ群」)という用語は、別々の構造として、区別して使用する。
注6) 「北カルカレウス山脈」について
「北カルカレウス山脈」(the northern Calcareous Alps)とは、オーストリアのチロル地方の北部、ドイツとの国境付近にある、東西に長く伸びた、標高3000m級の山脈。
英語では、(the Northern Limestone Alps)とも呼ぶ。なおこの連載では、「北部石灰岩アルプス」とも表記している部分がある。
地質的にはこの章でも説明しているように、「オーストロアルパイン系」地質グループに属する、中生代の石灰岩類(ドロマイトも)が多い。詳しくは(文献15)も参照のこと。
注7) ”Ma”は、百万年前を意味する単位
【参考文献】
(文献1) O. A. Pfiffer 著 “Geology of the Alps”, 2nd edition ,Wiley Blackball社刊,
(2014); (原著はドイツ語版で、2014年にドイツの出版社刊)
(文献1−1) (文献1)のうち、5−2章「中部アルプスのテクトニック構造」の項
及び 図5-2-2 「中部アルプスの推定地質断面図」
(文献1−2) (文献1)のうち、5−1章「西部アルプスのテクトニック構造」の項
及び 図5-1-2 「西部アルプスの推定地質断面図」
(文献1−3) (文献1)のうち、5−3章「東部アルプスのテクトニック構造」の項
及び 図5-3-2 「東部アルプスの推定地質断面図」
(文献1−4) (文献1)のうち、5−4章「アルプス地域の深部構造」の項
及び、図5-4-2(a),(b) 「西部、中部アルプスの地下深部構造」
図5-4-3(a),(b) 「東部アルプスの地下深部構造」
(文献2) サイスミック法に関する説明のサイト(英文)
(“Clean Up Information”(CLU-IN))という、USA政府が関連している、土壌汚染処理に関する組織が運営しているサイトで、その中に、「サイスミック法」(“Seismic Reflection and Refraction”)に関する説明がある。パソコンなどの翻訳機能を使うと解りやすい。
https://www.cluin.org/characterization/technologies/default2.focus/sec/Geophysical_Methods/cat/Seismic_Reflection_and_Refraction/
(文献3) 「NFP20」プロジェクトの報告書(1991年)
(Results of NFP 20 seismic reflection profiling along the Alpine section of
the European Geotraverse (EGT))
https://academic.oup.com/gji/article/105/1/85/672945
※ このサイトでは、無料で報告書のPDF版が閲覧できる
(文献4) 「ECORS−CROP」プロジェクトの報告書(1990年)
(ECORS-CROP traverse and deep structure of the western Alps: A synthesis)
https://www.researchgate.net/publication/254559224_ECORS-CROP_traverse_and_deep_structure_of_the_western_Alps_A_synthesis
※ このサイトでは、無料で報告書のPDF版が閲覧、ダウンロードできる
(文献5) 「TRANSALP」プロジェクトの報告書(2006年)
(TRANSALP?A transect through a young collisional orogen: Introduction)
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0040195105004555
※ このサイトのレポートは有料版で、無料では要約しか見れない
(文献6) 「ALP―Array project」のホームページ
https://alparray.ethz.ch/en/home/
※ このサイトのうち、 > outreach > publication の項に、プロジェクトを元にした
多数の論文がリンクされている。
(文献7) ウイキペディア英語版の、「コンラッド不連続面」(Conrad_discontinuity)の項
https://en.wikipedia.org/wiki/Conrad_discontinuity
(2025年8月 閲覧)
(文献8) 上田 「プレート・テクトニクス」 岩波書店 刊 (1989)
とくに、第6章「プレート境界と造山帯」の項
(文献9) ウイキペディア英語版の、「イブレア・ゾーン」(Ivrea zone)の項
https://en.wikipedia.org/wiki/Ivrea_zone
(2025年8月 閲覧)
(文献10) ウイキペディア英語版の、「セーシア・ゾーン」(Sesia zone)の項
https://en.wikipedia.org/wiki/Sesia_zone
(2025年8月 閲覧)
(文献11) 佐野 「海に沈んだ大陸の謎」 講談社刊(ブルーバックス) (2017)
のうち、第3章「そもそも大陸とはなにか」の項など、
(文献12) 吉田 「地球はどうしてできたのか」 講談社刊(ブルーバックス)(2014)
のうち、第5章「大陸はどのように作られるか」の項など、
(文献13) 地質団体研究会 編 「新編・地学事典」 平凡社 刊 (1996)のうち、
「サイスモテクトニクス」、「コンラッド不連続面」、「地殻」、
「モホロビチッチ不連続面」、「ナップ」、「覆瓦構造」などの項
(文献14) ウイキペディア英語版の、ナップ(nappe)の項
https://en.wikipedia.org/wiki/Nappe
(2025年8月 閲覧)
(文献15) ウイキペディア英語版の、北カルカレウス山脈
(Northern Limestone Alps)の項
https://en.wikipedia.org/wiki/Northern_Limestone_Alps
(2025年8月 閲覧)
(2014); (原著はドイツ語版で、2014年にドイツの出版社刊)
(文献1−1) (文献1)のうち、5−2章「中部アルプスのテクトニック構造」の項
及び 図5-2-2 「中部アルプスの推定地質断面図」
(文献1−2) (文献1)のうち、5−1章「西部アルプスのテクトニック構造」の項
及び 図5-1-2 「西部アルプスの推定地質断面図」
(文献1−3) (文献1)のうち、5−3章「東部アルプスのテクトニック構造」の項
及び 図5-3-2 「東部アルプスの推定地質断面図」
(文献1−4) (文献1)のうち、5−4章「アルプス地域の深部構造」の項
及び、図5-4-2(a),(b) 「西部、中部アルプスの地下深部構造」
図5-4-3(a),(b) 「東部アルプスの地下深部構造」
(文献2) サイスミック法に関する説明のサイト(英文)
(“Clean Up Information”(CLU-IN))という、USA政府が関連している、土壌汚染処理に関する組織が運営しているサイトで、その中に、「サイスミック法」(“Seismic Reflection and Refraction”)に関する説明がある。パソコンなどの翻訳機能を使うと解りやすい。
https://www.cluin.org/characterization/technologies/default2.focus/sec/Geophysical_Methods/cat/Seismic_Reflection_and_Refraction/
(文献3) 「NFP20」プロジェクトの報告書(1991年)
(Results of NFP 20 seismic reflection profiling along the Alpine section of
the European Geotraverse (EGT))
https://academic.oup.com/gji/article/105/1/85/672945
※ このサイトでは、無料で報告書のPDF版が閲覧できる
(文献4) 「ECORS−CROP」プロジェクトの報告書(1990年)
(ECORS-CROP traverse and deep structure of the western Alps: A synthesis)
https://www.researchgate.net/publication/254559224_ECORS-CROP_traverse_and_deep_structure_of_the_western_Alps_A_synthesis
※ このサイトでは、無料で報告書のPDF版が閲覧、ダウンロードできる
(文献5) 「TRANSALP」プロジェクトの報告書(2006年)
(TRANSALP?A transect through a young collisional orogen: Introduction)
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0040195105004555
※ このサイトのレポートは有料版で、無料では要約しか見れない
(文献6) 「ALP―Array project」のホームページ
https://alparray.ethz.ch/en/home/
※ このサイトのうち、 > outreach > publication の項に、プロジェクトを元にした
多数の論文がリンクされている。
(文献7) ウイキペディア英語版の、「コンラッド不連続面」(Conrad_discontinuity)の項
https://en.wikipedia.org/wiki/Conrad_discontinuity
(2025年8月 閲覧)
(文献8) 上田 「プレート・テクトニクス」 岩波書店 刊 (1989)
とくに、第6章「プレート境界と造山帯」の項
(文献9) ウイキペディア英語版の、「イブレア・ゾーン」(Ivrea zone)の項
https://en.wikipedia.org/wiki/Ivrea_zone
(2025年8月 閲覧)
(文献10) ウイキペディア英語版の、「セーシア・ゾーン」(Sesia zone)の項
https://en.wikipedia.org/wiki/Sesia_zone
(2025年8月 閲覧)
(文献11) 佐野 「海に沈んだ大陸の謎」 講談社刊(ブルーバックス) (2017)
のうち、第3章「そもそも大陸とはなにか」の項など、
(文献12) 吉田 「地球はどうしてできたのか」 講談社刊(ブルーバックス)(2014)
のうち、第5章「大陸はどのように作られるか」の項など、
(文献13) 地質団体研究会 編 「新編・地学事典」 平凡社 刊 (1996)のうち、
「サイスモテクトニクス」、「コンラッド不連続面」、「地殻」、
「モホロビチッチ不連続面」、「ナップ」、「覆瓦構造」などの項
(文献14) ウイキペディア英語版の、ナップ(nappe)の項
https://en.wikipedia.org/wiki/Nappe
(2025年8月 閲覧)
(文献15) ウイキペディア英語版の、北カルカレウス山脈
(Northern Limestone Alps)の項
https://en.wikipedia.org/wiki/Northern_Limestone_Alps
(2025年8月 閲覧)
【書記事項】
初版リリース;2025年8月17日
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