最寄り駅は小田急桜ヶ丘駅(東口)
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最寄り駅は小田急桜ヶ丘駅(東口)
駅前にウォーキングマップ有り
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駅前にウォーキングマップ有り
金比羅神社
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金比羅神社
中原街道と交差
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中原街道と交差
境川の低地に降りて行く
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境川の低地に降りて行く
境川
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境川
さくら小学校北側交差点。ここをログ採取の起点に。
右へ
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さくら小学校北側交差点。ここをログ採取の起点に。
右へ
相沢川を渡った地点から鎌倉街道街道のラインに。
左へ
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相沢川を渡った地点から鎌倉街道街道のラインに。
左へ
最寄りは下瀬谷橋バス停。
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最寄りは下瀬谷橋バス停。
下瀬谷橋を渡らない感じで県道18ごうを横断。
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下瀬谷橋を渡らない感じで県道18ごうを横断。
芳賀氏の書ではこの位置から古道消失となっている。
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芳賀氏の書ではこの位置から古道消失となっている。
平地出現
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平地出現
右折。
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右折。
突き当たりから、左手を見ると、
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突き当たりから、左手を見ると、
家屋裏に道(らしきもの)あり。
芳賀氏の書の林道跡か
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家屋裏に道(らしきもの)あり。
芳賀氏の書の林道跡か
逆側を
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逆側を
両側に家屋が出来て車道になる
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両側に家屋が出来て車道になる
“私有地となって消失“の地点。
迅速測図でも曲がっているが。
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“私有地となって消失“の地点。
迅速測図でも曲がっているが。
右へ上る
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右へ上る
南台こどもの森公園内に入るのが芳賀氏のルートに近いと思われるが工事中で迂回必要。
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南台こどもの森公園内に入るのが芳賀氏のルートに近いと思われるが工事中で迂回必要。
丘上の団地まで上りきる。迅速測図上ではここまで上り、左折する道のみあり、そのまま左折直進する方がその先中原街道と交差する方が地形的にも解りやすい
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丘上の団地まで上りきる。迅速測図上ではここまで上り、左折する道のみあり、そのまま左折直進する方がその先中原街道と交差する方が地形的にも解りやすい
しかし、芳賀氏は公園内を通るルートを示しているので、公園内へ入る。
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しかし、芳賀氏は公園内を通るルートを示しているので、公園内へ入る。
川沿いの道へ降りる石段。これだけの高低差を登っている。
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川沿いの道へ降りる石段。これだけの高低差を登っている。
公園内の歩道
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公園内の歩道
公園出口。芳賀氏はこの先古道消失としている。
とりあえず左折
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公園出口。芳賀氏はこの先古道消失としている。
とりあえず左折
道なりに右に曲がって。下り坂。
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道なりに右に曲がって。下り坂。
位置合わせに右折
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位置合わせに右折
次の丁字路を左折して。
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次の丁字路を左折して。
突き当たり丁字路を左折して。
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突き当たり丁字路を左折して。
中原街道とは高低差あり。
中原街道に降りたが芳賀氏が想定している消失した古道筋は下りていない。
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中原街道とは高低差あり。
中原街道に降りたが芳賀氏が想定している消失した古道筋は下りていない。
南台交番前交差点。
復活古道はBOOK OFF右手に入って行く。
右手は団地前から直進してきた道。そちらを通ったほうが公園内で獲得している高度を消失区間で少し下って失うという不合理が無いように
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4/30 7:27
南台交番前交差点。
復活古道はBOOK OFF右手に入って行く。
右手は団地前から直進してきた道。そちらを通ったほうが公園内で獲得している高度を消失区間で少し下って失うという不合理が無いように
下り始めてます。
1960年代の航空写真では交差点からこの辺りまで相沢川左岸の林の中。すると、さきの消失部分もかつては林の中で地形なりに進んでいたとすれば違和感が薄れる。(その後江戸期位に中原街道との交差の関係で丘上側に移動した、とか)
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4/30 7:30
下り始めてます。
1960年代の航空写真では交差点からこの辺りまで相沢川左岸の林の中。すると、さきの消失部分もかつては林の中で地形なりに進んでいたとすれば違和感が薄れる。(その後江戸期位に中原街道との交差の関係で丘上側に移動した、とか)
厚木街道と交差
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4/30 7:32
厚木街道と交差
厚木街道を越えた先は下りに。正面はさらに下りになっているがこれは相沢川が作った低地。右側へ。
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厚木街道を越えた先は下りに。正面はさらに下りになっているがこれは相沢川が作った低地。右側へ。
大山街道保土ヶ谷通と交差。
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大山街道保土ヶ谷通と交差。
相模鉄道本線くぐる
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4/30 7:40
相模鉄道本線くぐる
神奈川県道401号交差
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神奈川県道401号交差
諏訪社
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諏訪社
諏訪社解説板
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諏訪社解説板
左折
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左折
左折
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左折
相沢川渡る
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相沢川渡る
右へ
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右へ
県道18号と交差。
横断歩道がないので左手に迂回して渡る。
ちなみに、現道はこの先大門川低地にほぼ直進して下りているが、迅速測図上では左手にぶれて、斜面を斜めに下っている
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4/30 8:08
県道18号と交差。
横断歩道がないので左手に迂回して渡る。
ちなみに、現道はこの先大門川低地にほぼ直進して下りているが、迅速測図上では左手にぶれて、斜面を斜めに下っている
の真っ直ぐ下りて行く道
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の真っ直ぐ下りて行く道
〃
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〃
左へ入って行く石段があったので迅速測図上のラインを探しにはいる。
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左へ入って行く石段があったので迅速測図上のラインを探しにはいる。
瀬谷中央公園内となっている模様。
古道筋らしきものはみえず。
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瀬谷中央公園内となっている模様。
古道筋らしきものはみえず。
GoogleEarthの過去のイメージでは、正面に森の中を抜ける道があったが、介護老人保養施設が出来て消失している。
地理院地図ではまだその道があるので想定ルートと異なり混乱。
その道の先には瀬谷西高校があり、明らかに迅速測図上の道が消失しているが、同高校は1978年設立なので芳賀氏の調査時点ではそこも消失していなかったものと推定
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GoogleEarthの過去のイメージでは、正面に森の中を抜ける道があったが、介護老人保養施設が出来て消失している。
地理院地図ではまだその道があるので想定ルートと異なり混乱。
その道の先には瀬谷西高校があり、明らかに迅速測図上の道が消失しているが、同高校は1978年設立なので芳賀氏の調査時点ではそこも消失していなかったものと推定
左へ迂回
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4/30 8:20
左へ迂回
右折
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右折
大門川沿いに進む
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大門川沿いに進む
瀬谷西高脇を消失まで上る。右折
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瀬谷西高脇を消失まで上る。右折
この辺りが古道筋位置
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この辺りが古道筋位置
高度差を見る。
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高度差を見る。
高校北側で再度右折
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高校北側で再度右折
左手森前が古道筋
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左手森前が古道筋
そこへ左折して入る
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そこへ左折して入る
芳賀氏は直進ルートの消失、としている。
左へ
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芳賀氏は直進ルートの消失、としている。
左へ
迅速測図ではこのあたりに右へ進む道がある
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迅速測図ではこのあたりに右へ進む道がある
そちらのルートを探る為に左大門川を渡らず、右に川沿いに入っていく。
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そちらのルートを探る為に左大門川を渡らず、右に川沿いに入っていく。
地図的には左へ川を渡る道があるが、私有地感が強いので撤退。
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地図的には左へ川を渡る道があるが、私有地感が強いので撤退。
川を渡って県道401へ上って行く
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川を渡って県道401へ上って行く
401号で右折してすぐに右へ入る
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401号で右折してすぐに右へ入る
迅速測図の道とはこの辺りで合流だが、先に撤退したラインの先を確認するために右へ入る
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迅速測図の道とはこの辺りで合流だが、先に撤退したラインの先を確認するために右へ入る
右に踏み跡らしき
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右に踏み跡らしき
はっきりした踏み跡なので入って下って行く。
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はっきりした踏み跡なので入って下って行く。
フェンスで進入不可。やはり私有地だった模様。
撤退。
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フェンスで進入不可。やはり私有地だった模様。
撤退。
上り直して左折
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上り直して左折
迅速測図上の道は位置的にはこの中を通っている。
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迅速測図上の道は位置的にはこの中を通っている。
五差路のなっているが迅速測図上もあり。直進
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五差路のなっているが迅速測図上もあり。直進
上瀬谷小学校前交差点
迅速測図のラインなら直進で良さそうにも思えるが、芳賀氏の推定は左の牢場坂下る、なので左折。
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4/30 8:55
上瀬谷小学校前交差点
迅速測図のラインなら直進で良さそうにも思えるが、芳賀氏の推定は左の牢場坂下る、なので左折。
牢場坂
芳賀氏の推定消失ラインはこのあたりで合流してくる
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牢場坂
芳賀氏の推定消失ラインはこのあたりで合流してくる
牢場坂解説板
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牢場坂解説板
境川沿い鎌倉街道と合流。右折。
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境川沿い鎌倉街道と合流。右折。
右に、境川沿い鎌倉街道と分離。
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右に、境川沿い鎌倉街道と分離。
左カーブしているが、迅速測図には直進に近く書かれている
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左カーブしているが、迅速測図には直進に近く書かれている
右折。
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右折。
左へ
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左へ
牢場坂に下りずに直進するラインと合流。
迅速測図ではこの地点より前に左に寄って合流している
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牢場坂に下りずに直進するラインと合流。
迅速測図ではこの地点より前に左に寄って合流している
右手を。
地形的に大門川へ下る訳だが、道が自然な水平ラインで周囲が農地改良で嵩上げされてたものか、道が掘り下げられたものか。
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右手を。
地形的に大門川へ下る訳だが、道が自然な水平ラインで周囲が農地改良で嵩上げされてたものか、道が掘り下げられたものか。
直進
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直進
東名高速にぶつかる
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東名高速にぶつかる
東名高速
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東名高速
右へ
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右へ
左へ高速に消失したライン復活。
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左へ高速に消失したライン復活。
八王子街道と交差の
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八王子街道と交差の
国道246号旧道と交差。
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国道246号旧道と交差。
庚申塔
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庚申塔
現国道246号にぶつかる。
横断歩道がないので左に迂回
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現国道246号にぶつかる。
横断歩道がないので左に迂回
横断歩道
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横断歩道
横断歩道より246
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横断歩道より246
246から左に入って鎌倉街道ラインへ
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246から左に入って鎌倉街道ラインへ
一里塚
芳賀氏は「大塚」と記述している。
宅地化の関係で芳賀氏の掲載している写真の構図では撮影できないのと、当時塚上にあった大きな木は全く残っていない
ところで何道の一里塚?
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4/30 9:41
一里塚
芳賀氏は「大塚」と記述している。
宅地化の関係で芳賀氏の掲載している写真の構図では撮影できないのと、当時塚上にあった大きな木は全く残っていない
ところで何道の一里塚?
塚の上に御嶽神社
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塚の上に御嶽神社
国道16号にぶつかる。左に見える歩道橋を渡り進む。
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4/30 9:44
国道16号にぶつかる。左に見える歩道橋を渡り進む。
東急田園都市線
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東急田園都市線
芳賀氏はここで右折してつくし野に下る道を推定しているが、その推定ルートに合致する道が迅速測図上にないので、迅速測図上連続性がある直進を選択。
ただし、つくし野の宅地化で古道ラインが消失している前提で、芳賀氏が当時の道路で推定したラインでなければ、迅速測図上にもラインはある。
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芳賀氏はここで右折してつくし野に下る道を推定しているが、その推定ルートに合致する道が迅速測図上にないので、迅速測図上連続性がある直進を選択。
ただし、つくし野の宅地化で古道ラインが消失している前提で、芳賀氏が当時の道路で推定したラインでなければ、迅速測図上にもラインはある。
迅速測図上なら直進だが右折。
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迅速測図上なら直進だが右折。
すぐに県道141号に合流。左折
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すぐに県道141号に合流。左折
迅速測図ではこの辺りで右に分岐している。
先にある横断歩道で右折
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4/30 9:58
迅速測図ではこの辺りで右に分岐している。
先にある横断歩道で右折
現道は左へ下っているが、迅速測図では直進方向ですぐには下らないライン
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現道は左へ下っているが、迅速測図では直進方向ですぐには下らないライン
下って、左に曲がる。この辺りで迅速測図のルートと合致する。
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下って、左に曲がる。この辺りで迅速測図のルートと合致する。
右折(芳賀氏は直進)
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右折(芳賀氏は直進)
左へ。ここから先は、迅速測図とラインが微妙に一致しない。
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4/30 10:18
左へ。ここから先は、迅速測図とラインが微妙に一致しない。
地神塔他
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4/30 10:18
地神塔他
杉山神社
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4/30 10:21
杉山神社
杉山神社(2019/6/25撮影)
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6/25 9:53
杉山神社(2019/6/25撮影)
杉山神社の由緒(2019/6/25撮影)
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杉山神社の由緒(2019/6/25撮影)
左折
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4/30 10:22
左折
右折(芳賀氏ラインと合流)
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右折(芳賀氏ラインと合流)
左へ入る
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左へ入る
川渡る
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川渡る
緩やかな上りで、
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緩やかな上りで、
横浜線にぶつかり消失。撤退
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横浜線にぶつかり消失。撤退
戻って左折。正面川にぶつかるので左折
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戻って左折。正面川にぶつかるので左折
すぐに右折で川を渡る。その先で左折
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すぐに右折で川を渡る。その先で左折
横浜線を潜る
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4/30 10:34
横浜線を潜る
左折
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左折
大体の位置合わせで右折。
その先次の角でうせつ
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大体の位置合わせで右折。
その先次の角でうせつ
左折
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左折
南成瀬中西交差点。先で下りになっているを見て進みすぎと判断。折り返してすぐ左折。南成瀬中にぶつかりさらに左折
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南成瀬中西交差点。先で下りになっているを見て進みすぎと判断。折り返してすぐ左折。南成瀬中にぶつかりさらに左折
右折
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右折
左に曲がっているが、曲がった辺りから迅速測図のライン復活か
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4/30 10:50
左に曲がっているが、曲がった辺りから迅速測図のライン復活か
恩田川@都橋
芳賀氏は横浜線からこの地点手前までの間を消失としている
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4/30 10:53
恩田川@都橋
芳賀氏は横浜線からこの地点手前までの間を消失としている
左へ入る
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左へ入る
ルートは直進。(横断歩道がないので、右に迂回して横断歩道を渡った)
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4/30 10:59
ルートは直進。(横断歩道がないので、右に迂回して横断歩道を渡った)
ここで芳賀氏のルート地図を読み誤って左折したが、直進で正解と思われる。
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4/30 11:07
ここで芳賀氏のルート地図を読み誤って左折したが、直進で正解と思われる。
恩田川にぶつかり左折。この辺りは恩田川の改良/直線化などの関係で、古い道筋は残っていない。
芳賀氏は横浜線での消失点から都橋を渡らず、正面中山橋を渡ってくるラインを本道としている。その意味では、都橋を渡る支道から本道に回った事になる。
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恩田川にぶつかり左折。この辺りは恩田川の改良/直線化などの関係で、古い道筋は残っていない。
芳賀氏は横浜線での消失点から都橋を渡らず、正面中山橋を渡ってくるラインを本道としている。その意味では、都橋を渡る支道から本道に回った事になる。
右へ入る
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4/30 11:12
右へ入る
左へ曲がる。
曲がった辺りで古道ラインが残っている模様。
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4/30 11:14
左へ曲がる。
曲がった辺りで古道ラインが残っている模様。
直進
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4/30 11:16
直進
左折
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左折
歩道が広いのは現道が直線化された時に残った旧ラインの痕跡か
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歩道が広いのは現道が直線化された時に残った旧ラインの痕跡か
成瀬交差点。右折
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成瀬交差点。右折
左折
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左折
右折
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右折
左折
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左折
食い違いの交差点になっているが、迅速測図では直進位
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食い違いの交差点になっているが、迅速測図では直進位
右に曲がる
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右に曲がる
上りに
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上りに
左の新しい道と合流。直進
左手は南大谷中
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左の新しい道と合流。直進
左手は南大谷中
左折
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4/30 11:47
左折
大谷原バス停。
左に入る道が古道感があったので入ってみる。
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4/30 11:50
大谷原バス停。
左に入る道が古道感があったので入ってみる。
実際そう見えたのだが、迅速測図上はこのカーブは見えない。
この道は'61-‘64の航空写真にはらしきラインが見える。
今昔マップon the webでの明治39年測図の地図はこのカーブを表現しているようにも見える。。
迅速測図が表現していない古道筋と判断。
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4/30 11:51
実際そう見えたのだが、迅速測図上はこのカーブは見えない。
この道は'61-‘64の航空写真にはらしきラインが見える。
今昔マップon the webでの明治39年測図の地図はこのカーブを表現しているようにも見える。。
迅速測図が表現していない古道筋と判断。
小田急線潜る
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4/30 11:56
小田急線潜る
右手に南大谷天神社(芳賀氏は菅原神社と)
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右手に南大谷天神社(芳賀氏は菅原神社と)
現道の右に直線化前の旧道ライン
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現道の右に直線化前の旧道ライン
旧道ラインのはずが、現道と高低差が出て下りられない
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4/30 12:14
旧道ラインのはずが、現道と高低差が出て下りられない
ちょっと戻ってここから降りる
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ちょっと戻ってここから降りる
右に旧道ライン。
このカーブは迅速測図では見えないが、’61-‘64の航空写真でははっきり見える。(その当時のラインが迅速測図と微妙に合致しない)
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右に旧道ライン。
このカーブは迅速測図では見えないが、’61-‘64の航空写真でははっきり見える。(その当時のラインが迅速測図と微妙に合致しない)
左は新しい道。右へ
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左は新しい道。右へ
鶴川街道と交差。直進。
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鶴川街道と交差。直進。
養運寺
ここをゴールとする
(芳賀氏想定では町田経由上道本道と合流)
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4/30 12:24
養運寺
ここをゴールとする
(芳賀氏想定では町田経由上道本道と合流)
養運寺バス停からバスで町田駅へ戻る
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養運寺バス停からバスで町田駅へ戻る
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