★撮影時間は、カメラが1時間進んで記録されています。写真の記録時間から1時間引くと実時間となります。
JR水戸線、福原駅を出発。
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5/3 8:28
★撮影時間は、カメラが1時間進んで記録されています。写真の記録時間から1時間引くと実時間となります。
JR水戸線、福原駅を出発。
農道をくねくねと、わかりやすいハイキング標識どおりゆるやかに上っていくと、吾国山を拝する鳥居。目指す山頂は、はるかかなたです。
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5/3 8:56
農道をくねくねと、わかりやすいハイキング標識どおりゆるやかに上っていくと、吾国山を拝する鳥居。目指す山頂は、はるかかなたです。
ながらかに上る高原の五月の緑に癒されます。保養所の施設らしきものがありました。周囲には農家も散在しているようです。別荘地としても最適かも。
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5/3 9:06
ながらかに上る高原の五月の緑に癒されます。保養所の施設らしきものがありました。周囲には農家も散在しているようです。別荘地としても最適かも。
山の緑と畑の緑のさわやかな風景を抜けていくと、美しく空を写す水面が。田圃? 何かを養殖しているのかも?
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5/3 9:15
山の緑と畑の緑のさわやかな風景を抜けていくと、美しく空を写す水面が。田圃? 何かを養殖しているのかも?
吾国山登山道入口です。いよいよ。ここまではさわやかな高原の道。ここから山間のすこし急な勾配の道になりました。道は整備されていてきれいでした。
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5/3 9:16
吾国山登山道入口です。いよいよ。ここまではさわやかな高原の道。ここから山間のすこし急な勾配の道になりました。道は整備されていてきれいでした。
少し上ると車道に出ました。車道をよぎり、再び山間の勾配のある登山道。順調ですが、登っているのは私一人。正直、ちょっと怖いので、最後に訪れる愛宕山の天狗さんに御加護を頼みました。「南無天狗大明神・・・」
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5/3 9:33
少し上ると車道に出ました。車道をよぎり、再び山間の勾配のある登山道。順調ですが、登っているのは私一人。正直、ちょっと怖いので、最後に訪れる愛宕山の天狗さんに御加護を頼みました。「南無天狗大明神・・・」
山のつつじがあちこちに美しい山道です。ほっとします。途中で初めて下山する人とすれ違いました。ラントレスタイルで駆け下りていきました。体力のある若者です。ジジイの私にはうらやましい。
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5/3 9:51
山のつつじがあちこちに美しい山道です。ほっとします。途中で初めて下山する人とすれ違いました。ラントレスタイルで駆け下りていきました。体力のある若者です。ジジイの私にはうらやましい。
そろそろ頂上? その手前に「カタクリ群生地」という標識。「カタクリって何?」調べたら「片栗、ユリ科カタクリ属に属する多年草……」だそうで、小さな花がなる貴重な植物でした。柵で守られていました。
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5/3 10:07
そろそろ頂上? その手前に「カタクリ群生地」という標識。「カタクリって何?」調べたら「片栗、ユリ科カタクリ属に属する多年草……」だそうで、小さな花がなる貴重な植物でした。柵で守られていました。
やっと頂上です。山頂を守る石垣に囲まれた小さな敷地に石造りの神社が。「吾国山神社」は、「伊勢皇大神宮を祀り、山麓の地名をとって田上神社とも呼んだ」とあるブログにありました。
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5/3 10:31
やっと頂上です。山頂を守る石垣に囲まれた小さな敷地に石造りの神社が。「吾国山神社」は、「伊勢皇大神宮を祀り、山麓の地名をとって田上神社とも呼んだ」とあるブログにありました。
吾国山山頂から北方向。つづじの花の向うに、遠く笠間の街が伺えます。
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5/3 10:31
吾国山山頂から北方向。つづじの花の向うに、遠く笠間の街が伺えます。
吾国山の山頂、石垣の上からたぶん加波山の方向(西)だと思います。筑波山の連なり。
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5/3 10:36
吾国山の山頂、石垣の上からたぶん加波山の方向(西)だと思います。筑波山の連なり。
吾国さんの標高は、518m。周囲には、低山であるのにブナの巨木があるのは、すごいことだというどなたかの記事を見ました。
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5/3 10:37
吾国さんの標高は、518m。周囲には、低山であるのにブナの巨木があるのは、すごいことだというどなたかの記事を見ました。
吾国山からの下山で、ハイクコースではない、だれも通った跡がないきこりさん用の道に迷い込んでしまいました。が、おそらく眼前に難台山が聳える、勇壮な風景を楽しむことができました。
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5/3 10:50
吾国山からの下山で、ハイクコースではない、だれも通った跡がないきこりさん用の道に迷い込んでしまいました。が、おそらく眼前に難台山が聳える、勇壮な風景を楽しむことができました。
きこりさん用の道を降りきって、車道に出て助かりました。標識がないので、右往左往しましたが、降りて右、車道上りの方向に歩いて、ハイクコースに戻れました。
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5/3 11:01
きこりさん用の道を降りきって、車道に出て助かりました。標識がないので、右往左往しましたが、降りて右、車道上りの方向に歩いて、ハイクコースに戻れました。
やっと正規のコースに戻れました。案内の標識があって嬉しかった。やはりコースアウトは不安です。高山だったら、遭難して命がやばいです。よい教訓になりました。
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5/3 11:17
やっと正規のコースに戻れました。案内の標識があって嬉しかった。やはりコースアウトは不安です。高山だったら、遭難して命がやばいです。よい教訓になりました。
洗心館の芝生のなかを、我が物顔でしゃかしゃかと踏み込んで行くと、施設の犬に吠え立てられました。道祖神峠には数台の車。この近辺には人がちらほらといて、ほっとします。吾国山への上りでは、ほとんど人に会わなかったので。
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5/3 11:31
洗心館の芝生のなかを、我が物顔でしゃかしゃかと踏み込んで行くと、施設の犬に吠え立てられました。道祖神峠には数台の車。この近辺には人がちらほらといて、ほっとします。吾国山への上りでは、ほとんど人に会わなかったので。
峠から少し踏み込むと、いよいよ難台山に至る急勾配の道(右)になります。左は「長沢」とあります。
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5/3 11:35
峠から少し踏み込むと、いよいよ難台山に至る急勾配の道(右)になります。左は「長沢」とあります。
すずらん群生地入口です。ここに行くには一度下らなければなりません。難台山の山頂とは別な方角。行ってみたい気持ちより、戻りの上りの辛さが勝って断念。なお、群生地までは1キロ、20分とありました。
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5/3 12:09
すずらん群生地入口です。ここに行くには一度下らなければなりません。難台山の山頂とは別な方角。行ってみたい気持ちより、戻りの上りの辛さが勝って断念。なお、群生地までは1キロ、20分とありました。
やってきました。難台山山頂553m。なだらかな丘陵状態のひろびろとしたところです。10人以上のハイカーが休憩をしていました。私も、コンビニで買い込んだおにぎりをほおばりました。ものすごい汗。20分くらい休憩したでしょうか。気持ちいいです。
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5/3 12:35
やってきました。難台山山頂553m。なだらかな丘陵状態のひろびろとしたところです。10人以上のハイカーが休憩をしていました。私も、コンビニで買い込んだおにぎりをほおばりました。ものすごい汗。20分くらい休憩したでしょうか。気持ちいいです。
難台山頂上からの眺望はそんなによくはありませんが、遠く山並みがのぞきほんわかと美しいです。
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5/3 12:52
難台山頂上からの眺望はそんなによくはありませんが、遠く山並みがのぞきほんわかと美しいです。
難台山から愛宕山方向に下山すると、巨岩・巨石が現れ、段差がきついところがたくさんあって、ちょっと危険です。それにしても巨岩・巨石は荒々しく、天狗の修行場としての伝承が頷けます。
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5/3 13:01
難台山から愛宕山方向に下山すると、巨岩・巨石が現れ、段差がきついところがたくさんあって、ちょっと危険です。それにしても巨岩・巨石は荒々しく、天狗の修行場としての伝承が頷けます。
この巨岩が散在するあたりは、かつての難台山城の跡。こんな歴史があるようです。引用します。
【歴史】難台山城は南北朝争乱における常総南朝の決定的壊滅をもたらした合戦の故城である。
元中四年(1387年)南朝方の小山義政の三男若犬丸が、小田孝朝の子・五郎藤綱と共に難台山に拠り兵を挙げた。真壁顕幹から兵糧等の支援を受けて戦った。
一方北朝方の上杉朝宗は常陸国太田の城主佐竹義宣、山尾(十王町友部)の城主小野崎通郷、江戸郷(那珂市)の城主江戸通高らの応援を受け、難台山城北東の館岸城に拠った。
上杉方は度々攻めたが、容易に落ちず、元中五年(1388年)小田方の糧道を遮断した。このため、同年五月小田五郎は手兵と共に打って出、戦死したと伝えられている。
小山若犬丸は囲みを破って逃れ、後、応永四年(1397年)奥州で旗揚げしたが、玉造の城主烟田重幹(かまたしげみき)の追討を受け、敗れて自害した。『茨城県教育委員会説明板』より。
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5/3 13:05
この巨岩が散在するあたりは、かつての難台山城の跡。こんな歴史があるようです。引用します。
【歴史】難台山城は南北朝争乱における常総南朝の決定的壊滅をもたらした合戦の故城である。
元中四年(1387年)南朝方の小山義政の三男若犬丸が、小田孝朝の子・五郎藤綱と共に難台山に拠り兵を挙げた。真壁顕幹から兵糧等の支援を受けて戦った。
一方北朝方の上杉朝宗は常陸国太田の城主佐竹義宣、山尾(十王町友部)の城主小野崎通郷、江戸郷(那珂市)の城主江戸通高らの応援を受け、難台山城北東の館岸城に拠った。
上杉方は度々攻めたが、容易に落ちず、元中五年(1388年)小田方の糧道を遮断した。このため、同年五月小田五郎は手兵と共に打って出、戦死したと伝えられている。
小山若犬丸は囲みを破って逃れ、後、応永四年(1397年)奥州で旗揚げしたが、玉造の城主烟田重幹(かまたしげみき)の追討を受け、敗れて自害した。『茨城県教育委員会説明板』より。
最大の巨岩、屏風岩。高さは10m超えか。とにかく圧倒的な迫力です。屏風岩の前はひろびろとした敷地があり、兵どもの夢、あるいは、天狗の修行姿が、幻影のように漂っているのかも。位山の巨石が有名ですが、難台山の巨石は、それ以上の迫力だと思います。
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5/3 13:08
最大の巨岩、屏風岩。高さは10m超えか。とにかく圧倒的な迫力です。屏風岩の前はひろびろとした敷地があり、兵どもの夢、あるいは、天狗の修行姿が、幻影のように漂っているのかも。位山の巨石が有名ですが、難台山の巨石は、それ以上の迫力だと思います。
獅子ヶ鼻という巨石です。大型トラックの荷台よりも大きい岩が、谷底に向かって突き出ていて迫力があります。
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5/3 13:18
獅子ヶ鼻という巨石です。大型トラックの荷台よりも大きい岩が、谷底に向かって突き出ていて迫力があります。
団子石。ウーンよく分からないけど、すごい。
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5/3 13:38
団子石。ウーンよく分からないけど、すごい。
団子石峠に出ました。ここまで下りでしたが、またここから、南山を越えて、愛宕山を目指します。ああ、また上りかぁ。と、かなり疲れたので、嘆きの声が体から。
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5/3 13:44
団子石峠に出ました。ここまで下りでしたが、またここから、南山を越えて、愛宕山を目指します。ああ、また上りかぁ。と、かなり疲れたので、嘆きの声が体から。
南山展望台に着きました。これは、展望台に登って撮影した愛宕山です。
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5/3 14:08
南山展望台に着きました。これは、展望台に登って撮影した愛宕山です。
途中、見晴らしの丘にも寄り道してみましたが、草木が繁っていて何も見えず。見晴らしが悪かった。冬ならいいみたいですが。そしてここが乗越峠。ここからあたごてんぐの森駐車場までは平坦な道、もう少し。
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5/3 14:38
途中、見晴らしの丘にも寄り道してみましたが、草木が繁っていて何も見えず。見晴らしが悪かった。冬ならいいみたいですが。そしてここが乗越峠。ここからあたごてんぐの森駐車場までは平坦な道、もう少し。
あたごてんぐの森駐車場を抜け、最後の山、愛宕山に登ります。頂上に、愛宕神社、その上に飯綱神社、そして天狗様の祠。これは神様と天狗様の特殊な聖山です。長い階段は300段くらい。愛宕神社の裏手に短い階段があり、そこが本当の頂上で、飯綱神社の裏手に、ひっそりと神秘の神域が鎮座しています。
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5/3 14:54
あたごてんぐの森駐車場を抜け、最後の山、愛宕山に登ります。頂上に、愛宕神社、その上に飯綱神社、そして天狗様の祠。これは神様と天狗様の特殊な聖山です。長い階段は300段くらい。愛宕神社の裏手に短い階段があり、そこが本当の頂上で、飯綱神社の裏手に、ひっそりと神秘の神域が鎮座しています。
愛宕山頂上の磐座に座す六角殿。天手力男神(タジカラオノカミ:アマテラスを岩戸隠れから引き戻した神)を祭っていると聞きました。六角形状の不思議な造り、形状エネルギーで岩盤からのエネルギーを整え増幅する装置ではないでしょうか。飯綱神社の裏手に回らないと見えません。強烈なパワースポットです。
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5/3 15:11
愛宕山頂上の磐座に座す六角殿。天手力男神(タジカラオノカミ:アマテラスを岩戸隠れから引き戻した神)を祭っていると聞きました。六角形状の不思議な造り、形状エネルギーで岩盤からのエネルギーを整え増幅する装置ではないでしょうか。飯綱神社の裏手に回らないと見えません。強烈なパワースポットです。
愛宕山頂上の磐座に座す六角殿を取り囲むように配置された、これが有名な十三天狗の祠です。平田篤胤の書『仙境異聞』に登場する天狗世界伝承を裏付ける、まさにそのエビデンスです。この日、なぜか、この聖域を仕切る扉の施錠が解かれていました。少しだけ、遠慮しつつ、中にはいらせていただき、お祈りをしました。ありがとうございます。十三天狗のみなさま。
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5/3 15:11
愛宕山頂上の磐座に座す六角殿を取り囲むように配置された、これが有名な十三天狗の祠です。平田篤胤の書『仙境異聞』に登場する天狗世界伝承を裏付ける、まさにそのエビデンスです。この日、なぜか、この聖域を仕切る扉の施錠が解かれていました。少しだけ、遠慮しつつ、中にはいらせていただき、お祈りをしました。ありがとうございます。十三天狗のみなさま。
愛宕山への古い階段の登り口には、女人禁制の文字が。
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5/3 15:27
愛宕山への古い階段の登り口には、女人禁制の文字が。
愛宕山から下山している道の途中に、「睨み不動」という小さな石の像がありました。あくたい祭という変わった祭に関係深い像のようでした。
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5/3 15:51
愛宕山から下山している道の途中に、「睨み不動」という小さな石の像がありました。あくたい祭という変わった祭に関係深い像のようでした。
岩間の町なかには、伝統和風の均整のとれた美しい建物が何棟かみかけました。しずかな町です。
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5/3 16:13
岩間の町なかには、伝統和風の均整のとれた美しい建物が何棟かみかけました。しずかな町です。
JR常磐線の岩間駅につきました。ここから15時37分に乗車、友部で水戸線に乗り換え、16時8分に福原駅に戻りました。
★注)写真の撮影時間は1時間進んでいます。
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5/3 16:17
JR常磐線の岩間駅につきました。ここから15時37分に乗車、友部で水戸線に乗り換え、16時8分に福原駅に戻りました。
★注)写真の撮影時間は1時間進んでいます。
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