倉敷市 瑜伽山(由加神社&蓮台寺)〜北参道〜見池 神社&野鳥


- GPS
- 04:15
- 距離
- 10.6km
- 登り
- 339m
- 下り
- 319m
コースタイム
- 山行
- 3:39
- 休憩
- 0:35
- 合計
- 4:14
歩行距離10.5km、歩行時間3時間40分、歩行数16,600歩、消費カロリー1,660Kcal
連れの足が完治していないので土道はゆっくりです。
天候 | 晴れ時々曇り |
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過去天気図(気象庁) | 2020年01月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
由加山北参道の一部と佐渡稲荷神社の参道以外は舗装道路です。土道は一部、落ち葉が積もっていますが、緩やかなので滑りません。由加山北参道鳥居<写真39>から次第に倒木が増えますが、すぐによけられます。最後にヤブ気味を抜けると県道62号に合流します。 |
その他周辺情報 | 蓮台寺の北側に桜園地があり、花見の穴場スポットです。多宝塔<写真20>周辺もきれいです。 |
写真
駐車場の向かいに祀られていました。左から寿老人(長寿の神)、福禄寿(福徳の神)、布袋尊(円満の神)、弁財天(知恵の神)、毘沙門天(勇気の神)、大黒天(金運の神)、 恵比寿天(招福の神)です。
仏教の発祥の国インドからの車の贈り物=「釈CAR(シャカー)」だそうです。インド人もびっくり(´・ω・`)岡山県新見市出身の僧侶で現在、インドでカースト制度廃絶運動を続ける佐々井秀嶺師より、支援のお礼として贈られました。
客殿(左)は寛政年間(1700年頃)に完成した備前藩主池田侯の宿泊・休憩用の建物です。木造では県下最大の建物で、県指定重要文化財です。正面に見えている石段を上っていくと権現堂奥の院<写真07>があります。
&由加天満宮
鳥居を抜けた右側にタコ神様が祀られていました。児島・下津井・鷲羽山は特にタコが有名なので、地元の方々が海の神をタコになぞらえて、海上安全や豊漁祈願、また魚供養を執り行うために奉納しました。その奥には由加天満宮があります。
学業・合格の神様(天神)菅原道真公が、901年九州太宰府に配流される途中、倉敷市児島唐琴の浦に数日滞在されたのが所縁となっています。合格祈願でこの右にある小さな赤い鳥居から奥へ通り抜けながら動画を撮りました。
桓武天皇の代以来、朝廷の祈願所として繁栄し、江戸時代中期には備前藩主池田侯の祈願所となりました。「有求必應」の神(求めが有れば必ず應じて下さる神様)として信仰され、今でもこの賑わいです。
(霊堂&観音位牌堂)
手前の霊堂と奥の観音位牌堂が渡り廊下でつながっています。享保年間(1716〜1736年)に造営された倉敷市に残る数少ない五間の規模をもつ本格的な本堂建築です。「十一面観世音菩薩」を祀り、今では永代位牌堂として日々供養されています。
(観音位牌堂)クジャク絵
備中都宇(つう)郡茶屋町(現倉敷市茶屋町)の左官藤原丈三郎作「孔雀」こて絵(=漆喰を用いて作られるレリーフ)です。観音位牌堂の壁に取り付けられていました。
&由加山西国三十三所15番
お清大師(右)は女人厄除け大師です。左から2番目の石仏は、山村33ヶ所霊場、古瑜伽三十三観音霊場などと呼ばれていたミニ西国三十三所の15番マフートです。名称は外国の首都名になっているそうなのですが、マフートはオマーンの島の名前?
多宝塔の中には五智如来や木造の大仁王像がお祀りされています。県の重要文化財で、江戸時代までに建てられたものでは最大級(日本で二番目に大きい)です。そのすぐ傍らに竜神が祀られていました。岡山あるあるです。
蓮台寺七福神<写真01>に負けじと、由加神社にも七福神が祀られていました。中央の大きな弁財天は銭洗弁財天といい、左に見える霊水「銭洗水」で金銭を洗うと、何倍にもなって返ってくるそうです。
荼枳尼天(だきにてん)はヒンドゥー教の女神カーリーの侍女で、人の肉を食べる夜叉です。狐に乗っているところから、日本のお稲荷様と結び付けられ、商売繁盛、五穀豊穣にご利益があるとされています。
名称がどこにも記載されていませんでしたが、由加山北参道に設けられていました。ここから次第に倒木が増えました。すぐによけられるレベルでしたが、落ち葉道がトラウマになっている連れはかなり恐々歩いていました。最後にヤブ気味を抜けると県道62号に合流しました。
&キンクロハジロ♂
左上の茶色いのがハシビロガモのメスです。名前の通り、クチバシが基部から広く、更に先端に行くほど幅広くなっています。キンクロハジロの名前は光彩が黄色い(キン)、上面の羽が黒い(クロ)、また翼を開いた時に白い翼帯が入ることから羽白=ハジロで、全て色から来ています。動画も撮りました。
&ホシハジロ♂
手前の胴体が灰色なのがホシハジロのオス、茶色いのがマガモのメスです。マガモはその場から一発で飛び立つことができますが、ホシハジロは助走が必要になります。この少し北から池畔を歩くセグロセキレイのオスを動画に撮りました。
&ホシハジロ♂
〇〇ハジロの名を持つカモはみんな潜水が得意なようです。キンクロハジロのオスは、横から見るとアニメチックで可愛いのですが、正面顔はものすごい仏頂面でツッパリ兄ちゃんにしか見えません。もちろん、2羽がかりでホシハジロに絡んでいるわけではありません。
池畔にクサシギを発見しました。左端に写っています。イソシギに似ていますが、腹部の白い部分が背中側に向かって食い込んでおらず、冬羽では尾羽が黒っぽく見えます。あまり群れにならず、1羽でいることが多いようです。動画も撮りました。
三余塾は1856年に犬飼松窓が開いた私塾です。知識だけではなく、自分の生活や公益に活かせる実践的な教育を行いました。当時、山田方谷が開いた有終館、阪谷朗廬が開いた興譲館と並び、備中の三塾の一つに数えられました。
11番ソフィア
佐渡稲荷神社<写真61>の参道沿いです。ブルガリアの首都ソフィアは西ヨーロッパと中近東、アドリア海と地中海を結ぶ交通の要所にあり、古くから数々の民族が混じり合い独自の文化を築き上げてきました。
装備
個人装備 |
長袖シャツ
ズボン
靴下(厚手)
防寒具
手袋(防水加工)
軍手
雨具
日よけ帽子とフード
雨用帽子
登山靴(防水加工)
靴ひも予備
サブザック
ザックカバー
地形図
コンパス
マップケース
筆記用具
携帯
時計(防水)
タオル
カメラ
飲料水(スポドリ&茶)
水筒(保温)
非常食(栄養補助食品)
スマホ(山使用可能)
eTrex30(GPSナビゲーター)
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感想
瑜伽山(=由加山 ゆがさん)は 倉敷市児島北部にあり、古来より磐座(いわくら)信仰・山岳信仰の対象とされていた山です。正式名称は昔の表記である瑜伽山(ゆがさん)であり、地図等にも基本的にこの名称で載っています。ただし、一般的には由加の表記を用いる場合が多いので、山名(山号)以外の表記は全て“由加”で統一して使いました。
この由加山はもともと神仏習合の施設で、明治の神仏分離の際に、現在のように神社(由加神社)とお寺(蓮台寺)に分かれてしまいました。どちらも日本一の“厄除け”を標榜しており、由加神社は“厄除け総本山”、蓮台寺は“厄除け瑜伽大権現”と称しています。今回、由加神社も蓮台寺も経由するので、自分の中では神仏習合感覚でしたが、蓮台寺駐車場の「瑜伽神社への参拝お札をお受けの方の駐車はお断りします」といった立て看板等、神仏分離を感じさせる文言を垣間見ることができます。ちなみに由加神社に属しているものは、由加神社本宮、由加山会館成就殿、由加天満宮、稲荷社など中央部にあり、蓮台寺に属しているものは総本殿、客殿、権現堂・奥の院、観音堂、多宝塔など周辺部にあります。
また、江戸時代から『ゆがさん・こんぴらさん(香川県)両参り』といわれ、両社をお参りすればご利益が沢山頂けるという『両参り』の風習が広がり、今も全国津々浦々から参拝されているようです。由加神社の表参道に設置されている両神鳥居をくぐる際に、香川県側(南)へ降りていくと『金刀比羅宮<写真26>』、逆に香川県側から登ってくると、『瑜伽大権現<写真27>』が目に入ります。ちなみに、金毘羅大権現の四国側の玄関港が丸亀港、そして、岡山県側の玄関港は下津井港で、瀬戸内海最短ルートです。
1月は連日厄除け祈願が行われており、かつ日曜日ということで午前9時頃には蓮台寺第一駐車場はすでに大混雑でした。辛うじて、本堂から最も離れた隅っこの1台分が空いていたので、そこに車を停め、蓮台寺からスタートしました。ちなみに、13時半頃に戻ってくると、駐車場に入る渋滞ができていました。もっと下の方の駐車場に停めるべきでした。参拝の皆様、すみません。
蓮台寺総本殿や由加神社本宮は大勢の人で賑わっていたのですが、厄除けとはあまり関係のない由加天満宮&稲荷社、蓮台寺多宝塔、観音堂等はほとんど人がいませんでした。お堂ごとの参拝者のギャップがすごかったです(*_*;我々は人込みは苦手なので、蓮台寺権現堂奥の院で祈願しました。
由加神社の由加天満宮には学業・合格の神様(天神)菅原道真公が祀られていました。この日は大学入試センター試験最終年度の第2日目、熱心な参拝者もたまにおられました。
菅原道真公は、901年九州太宰府に配流される途中、倉敷市児島唐琴の浦に数日滞在されました。その名家には美しい姫がいるので名残惜しくはありましたが、思い出のこの地に帰ることを誓い太宰府へ赴きました。道真の死の直後、この地に光明が差し瑞雲が現れ、道真の魂魄が帰ったといわれてこの地に祀られたのがはじまりと言われています。
我々は特に受験の予定はありませんが、由加天満宮の「必勝合格祈願」の幟(のぼり)が立てられた側の「難関突破」と書かれた鳥居をくぐり、由加神社本宮の下を通り抜けました。その様子は動画でも紹介しています。
蓮台寺多宝塔<写真20>まで来ると、たくさんいた人が急に途絶えました。この塔は、江戸時代後期の1843年に16年の歳月を要し再建された岡山県内最大(国内第二位)の多宝塔です。
この多宝塔の側に「真田幸村公頌徳碑<写真21>」がありました。実は、かつて由加山の参道では真田紐(さなだひも)がお土産として販売されていました。ここ倉敷市児島には、寛政10年頃、真田幸村が武具に用いたことが名前の由来とされている真田紐の技術が伝えられ、繊維・織物業が発達、今では国産ジーンズ発祥の地として有名になり、全国の男子学生服の約70%が生産されている繊維産業のメッカといわれています。繊維の町・児島の礎を築いたのは真田幸村というわけです。
由加山を出て北参道の一部を通って北西方向に進み、神社や石仏を経由し、見池に着きました。ここは予想以上の野鳥(冬鳥)の宝庫でした。
数の割に種類が多く、マガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、ハシビロガモなどが遊泳しており、池畔や池周囲にはセキレイ三種やクサシギなども見られました。セキレイの仲間は棲み分けしているといわれており、同じ場所に3種類もいるのは珍しいと思います。詳細は写真や動画で紹介しています。
当初は由加山北参道の鳥居がある森池で引き返す予定でしたが、リハビリ中の連れが短く緩やかな落ち葉道で大ブレーキ(本人曰く、足ではなく心の問題)、見池周辺を周回してほどよい時間で引き返しました。
最後に佐渡稲荷神社の参道でカイガラタケを発見、よく見ようとした連れは、自分がちゃんとしゃがめていることに気づき、「瑜伽大権現様の祟りや!」と叫んでしまい、慌ててご利益と訂正していました。
もちろん、祟られることもバチが当たることもなく、無事に山行を終えられました(*^^*)
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