応神山☆モノクロームの朝景
- GPS
- 01:33
- 距離
- 5.2km
- 登り
- 266m
- 下り
- 259m
コースタイム
- 山行
- 1:12
- 休憩
- 0:22
- 合計
- 1:34
天候 | 雨のち曇り |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2020年03月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車
|
写真
感想
前夜、宿泊した福山のホテルを早朝に出発し、山陽本線で笠岡に向かう。暗い笠岡の駅の外に出ると、なんと小雨が降っている。早朝にこの応神山に登るのはご来光を期待してのことであったが、この様子ではご来光は期待できそうもない。もう一つ困ったのはコインロッカーが見当たらないことだ。仕事の服やノートPCなど一切合切の荷物をリュックに入れたまま、傘をさして暗い笠岡の街を歩き出す。再々にして今日は時間は十分にあるので、背中の荷物が少々重くなろうと、行程に支障をきたすことはないだろう。
東に向かうとすぐ左手に笠神社が現れる。応神山へはこの神社の裏手から登山道が続いている。登山道に入るとまもなく小雨は降り止んだ。笠岡十名山というのがあるらしく、この応神山もその一つである。その十名山を選定した地元の有志が登山道を整備されておられるようで、歩きやすい尾根道を緩やかに登ってゆく。
展望地に出たところで振り返ると、福山の工場地帯が煌々と明かりを放っている。工場地帯の夜景は夜が更けても光量が落ちないので、夜景の写真を撮るには都合がいいらしい。夜景の写真を撮るつもりはなかったのだが、三脚を持参してこなかったことを少し後悔する。
展望地からは尾根沿いは低木となり、頭上には空が大きく広がる。徐々に明るくなっていくが、上空ではやはり雲が低く垂れ込めている。
しかし、応神山の山頂にたどり着くと東の一角は雲が切れて、その下には透明な琥珀色の空が色がっている。山頂は展望がきかないので、尾根を少し東に辿ると送電線の鉄塔があり、東に展望が開けるが、樹木のせいで視界が制限される。
もう少し先でも送電線が尾根を越えているので、送電線鉄塔があることを期待して先に進んでみる。案の定、もう一基の送電線鉄塔にたどり着く。こちらの送電線鉄塔からは東の方角には文句なしの眺望が広がっている。しかし、ここで日の出を待つと山頂までの登り返しがそれなりにありそうだったので、先ほどの送電線鉄塔に戻り、ご来光を待つ。
やがて東の空が明るく輝き始めたかと思うと、みるみるうちに茜色の朝焼けが東の空に広がってゆく。その直後、太陽が南東の方角の茶臼山の肩から光を放ったかと思うと、すぐに雲の中に消えていった。茜色の朝焼けは幻影のように瞬くうちに色褪せてゆく。
再び山頂に戻ると下山は大磯コースに入る。嬉しいことにこの尾根は随所に展望が広がる。西の方角にすっかり明かりを消した福山のコンビナートを望む。南の方角には笠岡の小さな港湾の彼方に笠岡諸島が連なって見える。いずれも色彩を失ったかのようなモノクロームの光景なのだが、それはそれで十分に独特の美しさを感じるのは海の色合いのせいなのかもしれない。
下山後は笠岡の駅に向かって旧街道と思われる、幅の狭い道路の両側に立ち並ぶ旧家がなんとも印象的だ。駅が近づくにつれ、かつては繁華街だったのだろう。なまこ壁の立派な家が目立つが、人の住んでいる気配は感じられない。錆びついた街並みと潮騒の香りが独特のノスタルジーを漂わせる街だった。
コメント
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数年前の歩き遍路、地方の旧街道沿いの立派な家が空家
山登りを初めて、登山口へ行く途中の山間の家や登山口近くの集落は大部分の家の雨戸が閉っていて限界集落、たまに人を見かけてお話をすると、下の街で暮らしていて家や畑・山の管理で時々上がってきているとの事。
昔は子供の声も聞こえて人々の穏やかな暮らしがあったのだと思うと、ノスタルジーを感じます。
景色は昔のままの桃源郷の感じです。
なんか寂しいというか勿体ない気もしますが、これが現実、まだまだ拍車をかけるのでしょうね。
京都の廃村にもそのような場所がありますが、四国の遍路道はそういった郷愁の漂う村や集落が多いでしょうね。そもそもそうした光景に郷愁を感じるのは同じく昭和生まれの世代ならではなのかもしれませんが。
笠岡の街はひたすら衰退の一途を辿っているようですが、かつては四国の多度津との連絡線の発着港でもあり、往時は海陸の要衝としてかなりの賑わいを見せた街だったらしいです。
それからこの応神山は笠岡諸島を見渡す山として国の名勝に指定されているようです。
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