鶴見線東部の専用線群廃線跡を歩きました(青線枠内)。
※本図はウィキペディアより拝借
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鶴見線東部の専用線群廃線跡を歩きました(青線枠内)。
※本図はウィキペディアより拝借
川崎駅に向かう車中にて、北海道新千歳空港駅の「かに飯」を堪能。朝からうまうま。
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12/13 5:54
川崎駅に向かう車中にて、北海道新千歳空港駅の「かに飯」を堪能。朝からうまうま。
鶴見駅に到着。鶴見線のホームへは、同じJR東日本なのに改札を通らなければならない。
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12/13 6:56
鶴見駅に到着。鶴見線のホームへは、同じJR東日本なのに改札を通らなければならない。
鶴見線(鶴見駅)は頭端式ホームである。発着は主に写真左側の3番線が使用されている。
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12/13 7:03
鶴見線(鶴見駅)は頭端式ホームである。発着は主に写真左側の3番線が使用されている。
列車発着の無い4番線ホームでは、鶴見線開業90周年を記念して写真が展覧されていた。
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12/13 7:07
列車発着の無い4番線ホームでは、鶴見線開業90周年を記念して写真が展覧されていた。
大川行の205系1100番台電車が入線してきました。これに乗って大川支線の大川駅に向かいます。
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12/13 7:07
大川行の205系1100番台電車が入線してきました。これに乗って大川支線の大川駅に向かいます。
大川駅に到着。写真は京浜運河方面に伸びる引き込み線。かつてはこの先の日清製粉鶴見工場内まで線路が伸びていた。なお、平成9年に貨物輸送を終了した。
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12/13 7:26
大川駅に到着。写真は京浜運河方面に伸びる引き込み線。かつてはこの先の日清製粉鶴見工場内まで線路が伸びていた。なお、平成9年に貨物輸送を終了した。
朝日に染まる大川駅。
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12/13 7:27
朝日に染まる大川駅。
首都圏の旧国電とは思えない大川駅の時刻表。朝夕の通勤時間帯のみの運行だ。
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12/13 7:27
首都圏の旧国電とは思えない大川駅の時刻表。朝夕の通勤時間帯のみの運行だ。
駅前には第4種踏切の廃線跡。萌え〜。
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12/13 7:30
駅前には第4種踏切の廃線跡。萌え〜。
手前に転轍器標識、大川駅から京浜運河方面への引き込み線からスイッチバックする形の専用線跡。
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12/13 7:31
手前に転轍器標識、大川駅から京浜運河方面への引き込み線からスイッチバックする形の専用線跡。
専用線跡は昭和電工大川工場へ吸い込まれていた。
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12/13 7:31
専用線跡は昭和電工大川工場へ吸い込まれていた。
大川駅には鶴見線開業90周年のヘッドマークを付けた205系1100番台が鶴見駅に向けて出発待機中。
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12/13 7:31
大川駅には鶴見線開業90周年のヘッドマークを付けた205系1100番台が鶴見駅に向けて出発待機中。
日本ガラス踏切から武蔵白石駅方面。複線となっているが、左側が鶴見線大川支線(単線)、右側が貨物線(単線:休止線)だす。
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12/13 7:33
日本ガラス踏切から武蔵白石駅方面。複線となっているが、左側が鶴見線大川支線(単線)、右側が貨物線(単線:休止線)だす。
貨物線用の信号機にはバッテン。
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12/13 7:34
貨物線用の信号機にはバッテン。
第5号橋梁から武蔵白石方面。架線柱の上に高圧電線用の鉄柱が伸びているが、高圧電線(東京電力塩浜南線)は既に廃止されている。
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12/13 7:35
第5号橋梁から武蔵白石方面。架線柱の上に高圧電線用の鉄柱が伸びているが、高圧電線(東京電力塩浜南線)は既に廃止されている。
武蔵白石駅。大川支線の始点・分岐駅だが、現在、大川支線のホームは無く通過扱いとなっている。
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12/13 7:47
武蔵白石駅。大川支線の始点・分岐駅だが、現在、大川支線のホームは無く通過扱いとなっている。
かつては、写真左側のホーム裏に大川支線のホームがあったものの、カーブ上に設置されていたために20m車輌は車輌限界を超えてしまい走行できなかった。平成8年3月まで17m級の旧型国電(クモハ12系)が使用されていたが、大川支線のホームを撤去し通過扱いとすることで、現在では近代的な20m車輌が使用されている。
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12/13 7:44
かつては、写真左側のホーム裏に大川支線のホームがあったものの、カーブ上に設置されていたために20m車輌は車輌限界を超えてしまい走行できなかった。平成8年3月まで17m級の旧型国電(クモハ12系)が使用されていたが、大川支線のホームを撤去し通過扱いとすることで、現在では近代的な20m車輌が使用されている。
武蔵白石踏切から浜川崎方面。左2本(複線)が鶴見線、手前は引き込み線。
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12/13 7:48
武蔵白石踏切から浜川崎方面。左2本(複線)が鶴見線、手前は引き込み線。
ここから東海道貨物線(川崎貨物駅)への連絡線(渡り線:写真手前の線路)が分岐していたが、既に廃線となっている。
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12/13 7:51
ここから東海道貨物線(川崎貨物駅)への連絡線(渡り線:写真手前の線路)が分岐していたが、既に廃線となっている。
廃線跡は徐々に高度を上げて行く。
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12/13 7:53
廃線跡は徐々に高度を上げて行く。
廃線跡が通る富士電機可動橋。大型機械の搬出がある時には、今でも可動橋を上げるのだそうだ。
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12/13 7:53
廃線跡が通る富士電機可動橋。大型機械の搬出がある時には、今でも可動橋を上げるのだそうだ。
富士電機可動橋を横から撮影。この橋の向こうには鶴見線(複線)の踏切がある模様。
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12/13 7:53
富士電機可動橋を横から撮影。この橋の向こうには鶴見線(複線)の踏切がある模様。
通常の搬出は、写真の廃線跡を跨ぐ高架橋を使って行われています。
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12/13 7:54
通常の搬出は、写真の廃線跡を跨ぐ高架橋を使って行われています。
竹の下踏切の少し東側で廃線跡の高架橋と地べたを走る鶴見線がオーバークロスする。
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12/13 7:58
竹の下踏切の少し東側で廃線跡の高架橋と地べたを走る鶴見線がオーバークロスする。
廃線跡の立派な高架橋は、浜川崎駅の先で東海道貨物線と合流する。
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12/13 8:03
廃線跡の立派な高架橋は、浜川崎駅の先で東海道貨物線と合流する。
浜川崎駅(鶴見線側)。
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12/13 8:05
浜川崎駅(鶴見線側)。
浜川崎駅構内。手前2本は貨物線。
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12/13 8:04
浜川崎駅構内。手前2本は貨物線。
南武線側の浜川崎駅。鶴見線と同じ浜川崎駅なのだが、道路を挟んで別々に駅舎があり、乗り換えの際はICの出入場記録をタッチしてはいけないらしい。
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12/13 8:06
南武線側の浜川崎駅。鶴見線と同じ浜川崎駅なのだが、道路を挟んで別々に駅舎があり、乗り換えの際はICの出入場記録をタッチしてはいけないらしい。
田島踏切からJR貨物浜川崎駅構内を望む。
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12/13 8:07
田島踏切からJR貨物浜川崎駅構内を望む。
田島踏切から南武線小田栄駅方面。奥の屋根が浜川崎駅(南武線)で、中央2本が東海道貨物支線、手前が引き込み線。引き込み線の奥には、保守用モーターカー(TMC-200A)。
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12/13 8:07
田島踏切から南武線小田栄駅方面。奥の屋根が浜川崎駅(南武線)で、中央2本が東海道貨物支線、手前が引き込み線。引き込み線の奥には、保守用モーターカー(TMC-200A)。
高架の廃線跡はこの辺りで東海道貨物線と合流。ひとまず鶴見線と東海道貨物線との連絡線(廃線)跡の見学は、ここで終了。
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12/13 8:10
高架の廃線跡はこの辺りで東海道貨物線と合流。ひとまず鶴見線と東海道貨物線との連絡線(廃線)跡の見学は、ここで終了。
扇橋で鶴見線と出合う。写真は扇橋から昭和電工のプラント。
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12/13 8:26
扇橋で鶴見線と出合う。写真は扇橋から昭和電工のプラント。
昭和駅。左が鶴見線。右が貨物線。
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12/13 8:30
昭和駅。左が鶴見線。右が貨物線。
昭和駅前の踏切を渡ると昭和電工。
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12/13 8:30
昭和駅前の踏切を渡ると昭和電工。
鶴見線の終点、扇町駅に到着。
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12/13 8:38
鶴見線の終点、扇町駅に到着。
駅前には猫。
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12/13 8:38
駅前には猫。
扇町駅の単式ホーム。
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12/13 8:38
扇町駅の単式ホーム。
扇町駅構内のゲートから昭和電工工場内に線路は続いている。
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12/13 10:03
扇町駅構内のゲートから昭和電工工場内に線路は続いている。
扇町駅前踏切から三井埠頭方面を望む。
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12/13 8:39
扇町駅前踏切から三井埠頭方面を望む。
ゲートの先は三井埠頭。今年の3月で終了した日本で唯一の石炭輸送(秩父鉄道三ヶ尻駅:太平洋セメント)は、ここが発着地点だった。
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12/13 8:40
ゲートの先は三井埠頭。今年の3月で終了した日本で唯一の石炭輸送(秩父鉄道三ヶ尻駅:太平洋セメント)は、ここが発着地点だった。
三井埠頭の正門。ここから中の線路の様子は見えなかった。
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12/13 8:44
三井埠頭の正門。ここから中の線路の様子は見えなかった。
川崎天然ガス発電所の煙突。これぞ京浜工業地帯の風景。
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12/13 8:46
川崎天然ガス発電所の煙突。これぞ京浜工業地帯の風景。
昭和駅前踏切跡の警報器。もう鳴ることは無いのだろう。
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12/13 8:54
昭和駅前踏切跡の警報器。もう鳴ることは無いのだろう。
昭和駅前踏切跡全景。東亜石油扇町工場専用線の踏切でした。
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12/13 8:29
昭和駅前踏切跡全景。東亜石油扇町工場専用線の踏切でした。
東亜石油扇町工場専用線跡、工場前から踏み切り方面を撮影。
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12/13 8:59
東亜石油扇町工場専用線跡、工場前から踏み切り方面を撮影。
東亜石油工場内の線路は跡形も無い。
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12/13 8:59
東亜石油工場内の線路は跡形も無い。
町工場の後ろを東亜石油扇町工場専用線が通っていた。こんな風景を見ると、私の青春時代(平成6年)のドラマ「若者のすべて」を思い出す。主演はキムタクと萩原聖人、主題歌は Mr.Childrenの「Tomorrow never knows」だった。
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12/13 9:01
町工場の後ろを東亜石油扇町工場専用線が通っていた。こんな風景を見ると、私の青春時代(平成6年)のドラマ「若者のすべて」を思い出す。主演はキムタクと萩原聖人、主題歌は Mr.Childrenの「Tomorrow never knows」だった。
廃線跡を歩くと、結構な頻度で猫に睨まれる。
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12/13 9:01
廃線跡を歩くと、結構な頻度で猫に睨まれる。
南渡田運河から水江運河方面。何となくエモい。
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12/13 9:05
南渡田運河から水江運河方面。何となくエモい。
扇橋からJR貨物浜川崎駅構内を望む。手前に車止めが見えるが、従前は浅野セメント(現・太平洋セメント)へ専用線が伸びており、奥多摩駅から石灰を運んでいた。
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12/13 8:22
扇橋からJR貨物浜川崎駅構内を望む。手前に車止めが見えるが、従前は浅野セメント(現・太平洋セメント)へ専用線が伸びており、奥多摩駅から石灰を運んでいた。
扇橋から専用線跡を望む。奥に見える煙突のあるプラントは、太平洋セメントのグループ企業であるディーシイの工場。従前の専用線は、工場内で何本にも分岐し、JFEスチール製鉄所にまで伸びていた。
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12/13 9:07
扇橋から専用線跡を望む。奥に見える煙突のあるプラントは、太平洋セメントのグループ企業であるディーシイの工場。従前の専用線は、工場内で何本にも分岐し、JFEスチール製鉄所にまで伸びていた。
ディシイの巨大プラント。もはや芸術である。
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12/13 9:15
ディシイの巨大プラント。もはや芸術である。
運河の向こうの白いガードレールの辺りに専用線の橋が架かっていた。
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12/13 9:22
運河の向こうの白いガードレールの辺りに専用線の橋が架かっていた。
この駐車場が廃線跡で、ここから運河を渡り製鉄所まで専用線が伸びていた。
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12/13 9:22
この駐車場が廃線跡で、ここから運河を渡り製鉄所まで専用線が伸びていた。
工業団地のこの道路が廃線跡だと思われるが、面影は全く感じられない。
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12/13 9:24
工業団地のこの道路が廃線跡だと思われるが、面影は全く感じられない。
鶴見線と東海道貨物線を結ぶ連絡線跡の高架を見上げながら、浜川崎駅まで戻ります。
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12/13 9:29
鶴見線と東海道貨物線を結ぶ連絡線跡の高架を見上げながら、浜川崎駅まで戻ります。
浜川崎駅にて本日の廃線探訪は終了。なお、鶴見線側の浜川崎駅の南口はJFE関係者専用である。
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12/13 9:54
浜川崎駅にて本日の廃線探訪は終了。なお、鶴見線側の浜川崎駅の南口はJFE関係者専用である。
ベンチに座ってのんびりと電車を待ちます。昼飯は崎陽軒のシウマイ弁当にしよう。
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12/13 9:44
ベンチに座ってのんびりと電車を待ちます。昼飯は崎陽軒のシウマイ弁当にしよう。
鶴見線車内から安善駅構内を撮影。本日も充実の廃線探訪でした。
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12/13 10:15
鶴見線車内から安善駅構内を撮影。本日も充実の廃線探訪でした。
こんばんは♪
「若者のすべて」ときましたか…懐かしいですね。カズ様がシルビアでブイブイといわせていた頃のお話でしょうか?
廃線の何なるかはわかりませんが、とどまる事を知らない時間の流れを感じ、移り行く街並みを眺めてきたのですね。お疲れ様でした。
おはようございます🎵
人は悲しいくらい忘れていく生き物ですが、京浜工業地帯の寂れた風景がドラマ「若者のすべて」と重なりました (*^^*)
青春時代には、優しさだけじゃ生きられないなどと思い尖っていましたが、現在持ち得ている包容力や経験値を携えてあの頃に戻れたなら、まぁモテること間違いないだろうなぁ。。。と妄想しながらの廃線探訪でした (´▽`)ノ
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