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Yamareco

記録ID: 32175
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ハイキング
栗駒・早池峰

トホレコ(日本縦断徒歩旅行の記録)18・驚愕のリアス式<前編>

2006年08月08日(火) 〜 2006年08月11日(金)
 - 拍手
GPS
80:00
距離
113km
登り
2,365m
下り
2,368m

コースタイム

8/8 宮古〜津軽石〜姉吉
8/9 姉吉〜トドヶ崎〜陸中山田
8/10 陸中山田〜吉里吉里〜大槌〜根浜
8/11 根浜〜釜石〜唐丹〜大石

過去天気図(気象庁) 2006年08月の天気図
アクセス
コース状況/
危険箇所等
8/8
 Ueda氏に車で宮古駅まで送ってもらって、徒歩旅行再開。Ueda氏御一行はこれから久慈方面へと三陸海岸を北上しつつ調査を続けるそうだ。地質学の実習というのも楽しそうである。
 今日からいよいよ本格的にリアス式海岸に突入。取り敢えず、昨日「Miles2」のマスターに教えてもらった、「トドヶ崎」に行ってみることにする。三陸海岸には、「南リアス鉄道」とか「北リアス鉄道」とかという、幾つかのローカル線が通っている。僕はかつて「青春18キップ」を駆使してこの辺りを旅したことがあるが、鉄道からでは海岸の様子をつぶさに眺めることは出来なかった。「リアス式」の何たるかを知るためには、歩いてみるに限るだらう。磯鶏という町を抜けて宮古郊外へと進んでゆくと、道はやがて海沿いに出る。はたしてどんな風景が待ち受けているのか、期待は高まる。
 テーピングが底をついていたので、津軽石という小さな町に立ち寄って、薬局を探す。先日来、靴擦れの処置の為にテーピングの使用量が増えているのだ。こういう買い出しは昨日のやうなヒマな日に済ませておけばよさそうなものだが。どうも忘れっぽくて困る。
 踏切を渡って行くと、住宅街になる。そんなに戸数の少ないところでは無いが、まるっきり人影がない。白昼夢をさ迷っているやうで、頼りない気分になる。「メメクラゲ」に刺されて、医者を探しているやうな時に感じるアレだ。ガリガリ君を噛じる高校生とすれ違ってほっとした。ガリガリ君があるなら大丈夫、ちゃんと現実だ。テーピングだってちゃんと売ってる。
 思わぬところで時間を食ったが、まあ慌てることもあるまい。トドヶ崎は地図で見る限りそう遠くもない。津軽石からR41に入る。静かな海を見やりながら小一時間も歩くと堀内という小さな村に着く。村の入口には大きなゲートが構えている。これは地震の時に津波を防ぐ為のものらしい。かなり大がかりな仕掛けで、初めて見るとちょっとびっくりする。この辺りの海岸には入江ごとに小さな集落がある。どこも沢筋の狭い土地を切り開いたやうな村なので、津波が来ると逃げ場もなく、あっという間に水没してしまうのだらう。こんなデカいゲートがいざって時にちゃんと動くのか、ちょっと信じがたい気もする。
 道はここから山を越えて東海岸へと抜けて行くはずだが、民家の軒下を続いていく道があまりにもか細いので不安になってくる。商店でガリガリ君を買いがてら、店の人に訊いてみる。はんなりとした口調で丁寧に答えてくれたが、いかんせん、その言わんとするところがはっきりしない。「行こうと思えば、行けるが、必ずしも行けるとは限らない。」とかそんな調子である。ここから更に北へ、白浜というところを経由していく道もあるのだが、そちらを行った方がいいのだらうか?「確かにそのやうな方法もあるが、どちらが良いとは言えない。」ということらしい。結局山を越えてみることにしたが、逆に不安になってしまった。民家の間を抜けていくと道はますます細くなる。結構急な山道である。道端のガードレールなど、いい感じで苔むして傾いており、何時道が尽きてもおかしくないやうな雰囲気を醸し出している。まあ、行ってみるより他あるまい。道は植林の森を縫うやうにして続いている。針葉樹の森に特有の、深とした雰囲気が漂っている。
 はたして道は山を越えて、ちゃんと重茂というところに続いていた。ここも至って物静かな集落で、またしても半睡眠の痴想に陥りそうだ。こんな所にもちゃんと民宿などある。こんな辺鄙な所を訪れるのは、大方釣り師であろう。
 ここから再び道は登りになる。今度は沢沿いの道だ。只でさえ薄暗い森の中の道は、日が傾くにしたがって、いよいよ寂しくなっていく。
 
 ”ひぐらしが 夜を呼んでる 峠道。”
 
あまりの心細さに、思わず一句読んでしまった。一体この道は何処に通じているのだらうか・・・。
 峠を越えて左手へ、海へと続く脇道を下っていくとちゃんと姉吉という漁港に着く。何ともいえず風情のある名前だ。初めて聞くのに懐かしいやうな気がしてくる。「ねえちゃん、おら、ぺっこ腹へったじゃ。」なんて言いたくなる。
 海の近くにはキャンプ場があって、家族連れがわぁわぁ言いながらなんかやってる。おおかた、カレーでも作っているのだらう。キャンプ場は素通りして海岸で野営。頑張れば薪も集まる。そういうガッツは惜しまないよ、俺は。夕空を不気味な雲の旅団が横切って行く。そういえば、台風が近付いていることをラジヲが告げていたやうな・・・。姉吉の入江は、嶮しい岩壁で囲まれており、何か物憂げな面持ちを湛えている。
 夜、子供が来て堤防の上で花火を始めた。たぶんキャンプに来た子供だろう。明日、天気が崩れなければいいが。
 
8/9
 姉吉の漁港の脇からトドヶ崎まで踏み跡が続いている。結構訪れる人があるものと見えてちゃんと整備されている。森の中の斜面に続く道を小一時間もたどると忽然と灯台の下に出る。あたりはだだっ広い岩棚である。この灯台は燈台守が管理していた最後の灯台である由を昨日聞いたやうな、聞かないやうな。なんでも映画の舞台になった所である。一組の家族連れがいる他には人影もなく静かだ。聞こえてくるのは、風の歌、波の声って感じ。見晴らしも良く、爽やかな所だ。崖っぷちまで行ってみる。結構な高さである。50M以上はありそうだ。ザイルが無いと下るのはきついかな。ガッツ溢れる釣り師なら、大物を求めてせっせと下っていくのだらう。沖合いにはやたら分厚い雲が群をなしている。あいつらがこっちへ来たら大変な目にあいそうだ。
 一応ここが本州最東端ということだ。まあ、僕は別に端っこ趣味というものは持ち合わせていない。日本最北端も気にせずに、札幌から南下して来てしまった訳だし。(徒歩で日本縦断を目指す人達は稚内からスタートすることが多いようである。)それは置いておいたとしても仲々いい所である。確かに歩いて来るにはちと遠いやうで、他人から薦められでもしない限り訪れることは無かっただろう。Miles2のマスターに感謝である。
 後からやって来たガッツ溢れるカップルと入れ違いに、姉吉へと引返す。結構満足した。これを機会に端っこ道楽を始めてみてもいいかも。
 荷物を回収して姉吉をあとにする。R41を南に辿って、陸中山田を目指す。この道は地図で見るとなんてことなさそうな道だが、行ってみると仲々の悪路である。道が狭い上に、かなり急な斜面を登ったり降りたりしなければならない。車同士のすれ違いなど出来ないんじゃないだろうか?千鶏、石浜、などという名の小さな集落が入江ごとにある。これらの村をつなぐための道なのだろう。急なアップダウンを繰り返していると目眩がしそうだ。疲れてくるにしたがって、「もうこのままこの海岸を抜け出せないんだ。」て気持ちになってくる。
 浜川目というところまで来ると急に景色が開けて、穏やかな海沿いの道になる。陸中山田の町はもうすぐそこだ。とりあえずほっと一息。それにしても疲れた。港の脇の民家の中の道をトボトボと歩いていると、軽トラックに人だかりがしているのに遭遇。どうやら、野菜や果物を満載にして売りに来ているらしい。おばさん方を相手におっちゃんがわぁわぁ言って盛んに売りさばいている。スイカなど試食しているおばさんの姿を横目に通り過ぎようとしたら呼び止められた。
「ちょっ、ちょっ、まてぃ。にいちゃん。」
言われるがままに立ち止まる。
「おまいさん、どっから歩いて来た?」
札幌から歩いて旅行して来て、今朝は姉吉からきた旨を説明する。
「そうか、それはご苦労だった。これでも食え。」
と、試食用のスイカをおすそ分けしてくれる。遠慮無く頂戴する。うまい。疲れていたせいもあって、切々とうまい。思えばスイカなんて口にするのはいつ以来だらう。身も世もなくうまい。スイカって食べ物をすっかり見直してしまった。つらい峠の登り降りも、ほんたうのさひわひにたどり着くためなら、みんな思し召しなんですね。あっという間に平らげてしまって、皮の近くの白い所までガジガジやりはじめる。
「どうだ、うまいか?」
「はい、うまいです。」
「そうか、じゃ、これも食え。」
といって、今度はメロンを切ってくれる。このおっちゃん、多少口は悪いがいい人だ。メロンを頬張りつつ聞いたところによると、おっちゃんは青森からはるばる野菜や果物を積んで売りにくるんだそうである。この辺は平地が少なく、青果の流通が不足しがちなので、おっちゃんのやうな行商人が必要なのだ。納得。
丁重にお礼を言って立ち去ろうとすると、またしても呼び止められた。
「これを持っていけ。」
というんで渡されたのは小さなメロンである。小さいっていってもメロンである。結構重い。うれしいやうな、困ったやうな。

 「そのメロンが重いのは、思い遣りが詰まっているからです。」

などと、みつを風なことを思わず口走ってしまった。
 山田湾は何かの養殖をしていると見えて、色とりどりのブイが沢山並んでいてなんとも愉しげである。海岸の適当なところで止まってしまおうと思ったのだが、イノセントな天場が見当たらない。ぼちぼち日も傾き始めている。困ったな、背中の「親切」が重たいし・・・。「やまだ」の道の駅に目星をつけて歩いてきたが、この道の駅は国道に面したお土産屋さんという感じの所である。すぐ裏手には民家が接しており、あまり落ち着く感じの所ではない。ということでもうひと踏ん張り、浦の浜まで足を伸ばしてみる。温泉もあるみたいだし、丁度好い。
 しかしいってみると、砂浜はキャンプ禁止である。もう日も暮れて人影もないし、一晩位寝ていても文句は言われそうにもなかったが、後でごちゃごちゃ言われるのも嫌なので止めておいた。それに今夜は雨になりそうだから、屋根のある所で寝たいものだ。温泉だけ入って道の駅へ引返す。狭い軒下にテント設営。
 
8/10 
 あまりよく寝つけなかった。道の駅ってところは、仮眠するドライバーが多いので安心感はあるが、夜通し車の出入りがあるので落ち着かなくもある。雨は少し降ったようだが、もう上がっている。朝食を食べてさっさと出発することにする。今朝の朝食はメロンである。昨日貰った親切の塊である。朝っぱらからメロン丸かじりってのも如何なものか?とは思ったが、残していてもしょうがない。ナイフを入れたが最後、食い切るより他ないのだ。メロンも丸ごと食べると結構お腹一杯になることを知った。
 今日はそれほど遠くまで行くつもりはない。吉里吉里辺りまで行って良い所があれば泊まってしまってもいい。昨日結構ハードだったので休養である。考えてみると、弘前を出てからここまで完全な休養日というのは一日もない。毎日多少なり移動している。歩いていないと落ち着かないのだ。悲しい性である。
 時節柄、世は海水浴花盛りである。砂浜が静かな訳がない。吉里吉里辺りの海岸は、まあ、芋洗い状態って訳でもなかったが、わりと人が多い。時間も早いし、もう少し歩いてみることにする。ちょっとした峠越えの山道を選んでみる。バス停が点在している所をみるとバス路線のやうだ。峠を越え、赤浜の町を抜けていくと大槌の漁港に出る。市場には食堂などあり食事も出来そうだったが素通り。大槌の市街に入る。
 道端にジャズ喫茶を発見。「Queen」というお店。三陸はジャズが盛んなのか?ランチをやっているみたいだったので入ってみる。カレーをオーダー。ジャズ喫茶のカレーって何故か気になる。Queenは狭い店である。十人も入れば一杯になってしまいそうだ。あれこれと古ぼけた小物が店を埋めつくしており、老舗の雰囲気をかもしている。世が世ならバーボンのロックでも舐めてみたい感じだ。デカいザックを背負ってのこのこやって来る所じゃないな。さいわい、僕の他にお客さんはいなかったのでまあアリってことで。店のあちこちに写真が貼られている。多分、常連のお客さんが撮ったものだろう。マスターの横顔を撮ったモノクロのポートレートが印象に残っている。ああいうのは、やはり三脚を立てて中版カメラかなんかで撮るものなんだろうか。
 ここでもやはりあれこれ訊かれるので、札幌から歩いてきて、大概野宿して暮らしている事を伝える。
「このあたりの海岸はわりと何処もキャンプ禁止ってなってるみたいですね。」
「いや、待てよ?この近所でキャンプするなら・・・。」
というんでマスターが何やら地図を書いてくれる。天場に関する僕の“イノセント”の感覚は、世間一般の人とはおよそかけ離れていると見えて、こうしたアドバイスが役に立ったためしもないのだが、一応有り難く受け取っておく。こういうことは、実際そこに泊まるかどうかとはまた別の話だらう。しかし、この地図が仲々もって難解な代物。な、何が描いてあるんだろう・・・。ふと、十年程前に、九州をヒッチで旅した時の事を思い出した。何処か、鹿屋辺りの公民館で野宿した時のことである。晩飯の支度をしていると、そこまで乗せて来てくれたおっちゃんがオニギリを差入に来てくれたのだ。その不格好なオニギリはおっちゃんの手作りらしかった。こういう時、見た目よりも大事なことがある。僕は何故かこの時貰ったメモを後生大事に持っている。今見ても、何が描いてあるのか・・・、さっぱり分からん。
 それから紙パックのお茶などを差入れて貰って店を出る。マスターがくれたメモに記されているのは、根浜海岸ってとこじゃないだろうか。多分そうだ。大槌と鵜住居との間には小さな半島が三角形に突き出していて、海沿いを辿る道もついている。必ずしも展望が良い訳ではないが、国道をいくよりはましだ。国道に出ると急に現実に引き戻されるような気がして叶わない。現実など気にしていたら徒歩旅行など出来ないだらう。
 根浜の海岸は面白い形をしている。河口の右岸側が角のやうに伸びた砂浜になっている。鵜住居って地名も面白い。これで「うのすまい」と読む。今朝方通ってきた「吉里吉里」て地名もかなり変わっている。
 根浜の海岸は東のはずれの方がマリーナみたいになっている。トイレやシャワーなどもそちらにあるので海水浴客はみんなそっちに集まっている。しめしめだ。河口よりの人気のない辺りでテントを張る。ひょろりと一本、背の低い松が立っており、至って風流な所である。珍しくまだ日が高い。砂浜に銀マットを敷いて日記などしたためてみる。三陸はおもしれえな、とかって。泳ぎたいのはやまやまだったが、靴擦れが痛くてとても塩水に足を浸そうって気になれない。砂浜をサンダルで歩き回ったら傷口が砂まみれだ。Kinta氏に見せたら「破傷風をなめんなー。」とかってドヤされそうだな。旅行中靴擦れにはあちこちで悩まされたが、この時の靴擦れが一番印象に残っている。いい加減治って欲しいところだ。もうかれこれ十日近く経つ。
 残念ながらロクな薪が集まらなかった。夕方から風が出てきたのであっという間に燃えつきてしまった。
 
8/11
 鵜住居から国道45号に復帰。現実世界では通勤ラッシュの真最中である。田舎にしては侮れない交通量。釜石が近いせいだらうか。釜石の手前にちょっと長いトンネルがある。これが結構曲者で恐い思いをした。なにしろ狭い。普通、長いトンネルってのは整備作業などの為か、立派な歩道が付いているものだが、このトンネルは古いこともあって歩道ってものがない。その上暗い。車のライトが無かったら足元すら見えそうもない。そのくせ、車の量は多い。それもデカいトラックが多い。まったく困ったトンネルだ。こういう所では僕は右側を歩く事にしている。何処かで一度、後ろから来たトラックに荷物を引っかけられそうになって、それ以来ドライバーというものを過信しないようになった。後ろから追突されるより前から来てもらった方がナンボかましだ。それにしたってこんな狭い所では、ドライバー次第である。居眠り運転でもされたら逃げる場所なんてない。もう神さまにお祈りするしかないのである。
 「南無疾翔大力、南無南無疾翔大力・・・。」
と、念仏を唱えながら歩く。ちなみにこの“疾翔大力”という神さまは宮沢賢治の創作である。「二十六夜」というフクロウを主人公にしたお話に出てくる鳥の神さまである。疾翔大力様はかつて一羽の雀であられたが、ある飢饉の年に、日頃米粒などを恵んで貰って恩義のある母子が、飢えて今にも死にそうになった。見兼ねた疾翔大力様は、一生懸命野山を飛び回って木の実を集めて来るのだが、母親はそれをみんな幼い子供に与えてしまう。このままでは母子とも助からない。自分の力ではどうにもならないことを悟った疾翔大力様は、ついに自分の体を母子に差し出す決心をする。屋根の梁から身を投げて、母子に自分の体をお与えになった疾翔大力様は、その功徳が実って万力の鳥の神様に化身されたのである。というようなことが鳥の経典に書かれていて、フクロウの坊さんがフクロウ達を集めて夜な夜な説教している・・・。というやうなお話である。僕はこのお話が大好きなので、疾翔大力様にお祈りしたわけである。スズメなどちゅんちゅんやっているのを見ると、どうしても「疾翔大力様。」と呼びかけてしまふ。どーでもいいけど。このところザックの雨蓋に宮沢賢治の文庫を忍ばせている。せっかくイーハトーボはモーリオ市からセンダードへ向けて旅しているわけだから、気分出したいよね。それにしてもお経を作ってしまうなんて、宮沢賢治の天才ぶりには呆れるばかりだ。
 さて疾翔大力様の功徳のお陰で恐怖のトンネルも無事通過。釜石は鉄鋼の町だけあって、これまでの田舎道の風情とは打って変わってインダストリアな活気に満ちている。何処かでダイス船長が「働いたものにだけ“タバタバ”が与えられる・・・」などと盛んにやっていそうな雰囲気。また判り難いことを言ってるな、俺は。まあ今回のところはあまり用のなさそうな町である。
 取り敢えず駅前に行ってみる。ザックに腰かけて疾翔大力様にビスケットをわけ与えたりして、しばしボーとする。麦藁帽子の女の子が物珍しそうにこちらを見ていた。まあ、珍しかったんだろう。それにしてもこの駅は変な方を向いているなあ。町からは川を隔てた不便そうなところにあって、そっぽを向いて建っている。まるで町も鉄道も、お互いに興味ないみたいだ。ま、実際きょーみねーんだらうな。
 釜石の町を過ぎると、通勤の時間帯を過ぎたこともあって、大分道が静かになる。海辺には「釜石大観音」など屹立していたやうだが、軽くパス。この手の「大観音」は謎に全国に分布していそうで怖い。たぶん“大観音趣味”なんてものを発症されている方も少なくはあるまい。気の毒なことだ。
 唐丹の町は摺鉢状に入江を見下ろして広がっており風変わりな趣を湛えている。ここから国道を離れ、海に突き出した半島を巡って見ることにする。なんていう名の半島なんだらう。いま地図を開いてみても名前が出ていない。そういうちっぽけな半島である。なんでも物見山ってのと死骨崎ってのがある。今朝方の喧騒が嘘のように物静かな道が続いている。まるで人影がない。程って物がないな。
 道はやたらと曲がりくねっていて、地図を見ても何処にいるのかさっぱり分からない。辺りは植林の森である。伐採後を通りかかると、展望が開ける。この先に大石という集落があるハズだが、そんなものがありそうな気配は見えない。たまに車が通る所を見るとちゃんと人は住んでるらしい。
 やがて、日の傾き始めるころ眼下に小さな漁村が現れる。結構急な道を下って行かねばならない。峠を越えて南側へ抜けるには時間が遅すぎるので、この漁村で一夜を明かすことにする。タバコを買うにも苦労するやうな、ささやかな村である。
 大石の港は小さな入江を利用した漁港である。その名が示すとおり、入江の真ん中には岩山がぽっこり浮かんでいる。たぶんこの村の御神体であろう。御神体とつながるやうにして小さな砂浜がある。今日の泊りはここにする。港のど真中でやたら目立つがまあ、ここが一番快適そうだ。
 港をぐるりと一周してみる。漁業関係の施設の前でなにやら工作していたおっちゃんが話しかけてくる。
「あんた、歩いっとったろ?」
「え、そうですけど。」
「そうじゃろ、わしゃ、みとったんじゃ。
 車で通りかかったらの、あんた歩いとった。
 わしゃ、みとったんじゃ。」
こういうことってたまにある。歩いて旅行してます、なんてただ話で聞くよりも、実際歩いてるとこを見ると感慨もひとしおみたいですよ。おっちゃんはひらべったい石を集めて何かやってる。なんでもホタテ漁に使うんだそうだ。三陸では入江に囲まれた静かな海を利して養殖業が盛んなのである。おっちゃんは勉強のために北海道の噴火湾辺りにも行ったことがあるそうだ。やはりホタテと言えば北海道なのだ。僕が北海道からきた事を聞くと懐かしそうにしていた。
「北海道とこっちでは規模が違うよ。
 ここらじゃ、海がせまいでな、あまり採り過ぎると海が痩せる・・・。」
かつては乱獲で海が荒れてしまったそうだ。今では一人当りナンボと収穫量に上限を設けているという。
「うん、うん、そうでしょう、そうでしょう。
 なにしろあっちじゃ随分盛んにやってますからねえ・・・。」
などと僕も知った風な口を利く。長万部の団さんのところで、たった半日手伝いをしたことがあるだけなのだが、ホタテ漁には詳しくなったやうな気になってしまうから不思議なものだ。(団さんって誰?と言うひとは、「日本縦断トコトコ旅行の顛末:8」を参照のこと。と、さりげなく宣伝。僕、知ってるよってひとは、えらい。)
 堤防の上では家族連れが釣りに興じている。肌の色やら、物腰やら、田舎の人とは思われぬ。お盆で里帰りしてる家族だと見たよ。まさかくわんかうではあるまい。旅館なんてなかったと思う。
 御神体に登ってみた。少しステップが切ってあって、登ることが出来る。3級マイナスってとこかな。この上でぼんやりするといい気分である。大石港って所は、実に慎ましやかで風情のある港である。本当は僕のやうな怪しい輩がうろうろしてちゃだめなんだろうね。今回は特別ってことで勘弁してもらうとしよう。
 夕暮れ、ささやかに焚火などして黄昏ているとさっきの漁師のおっちゃんがやってくる。
「ほれ、これでも焼いて食え。」
といって渡してくれたのは、ホタテが3枚。さっき採れたばかりのものだそうで。
「ただし、火の始末だけはくれぐれも頼むよ。」
やはり俺って目障りなんだろうな。それでも差入までしてくれて、ここのひとは懐が深いよ。早速海水で洗って食べる。焼くまでもない。刺身でいける。うまいに決まってるだろ、そんなもん。ヒモはさすがに刺身じゃエグイので、殻の上で焼いてみる。酒の肴にぴったりだ。なんか、すごくしゃーわせになってしまったなぁ。
<お宝>ジャズバー“Queen”のマスター直筆の地図。
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「ひぐらしが 夜を呼んでる 峠道」
あまりの侘びしさに一句読む。
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「ひぐらしが 夜を呼んでる 峠道」
あまりの侘びしさに一句読む。
姉吉の港で。
花火する子供達。
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花火する子供達。
陸前山田へ。
あなどるまぢ、リアス式。
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あなどるまぢ、リアス式。
青果を売りさばくオヤジ。
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青果を売りさばくオヤジ。
大石港にて。
根浜海岸にて。
釜石へ、渋滞の道。
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釜石へ、渋滞の道。
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