富川から太神-矢筈-笹間周回


- GPS
- 07:19
- 距離
- 18.4km
- 登り
- 861m
- 下り
- 857m
コースタイム
天候 | 曇り時々雨 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2021年09月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
富川から太神山・不動寺までは、踏み跡が乏しいので、GPSで国土地理院の登山路に忠実に行かないと全然判らないので注意要。 笹間ケ岳から富川に国土地理院地図にある登山道を下降しようとしたが、踏み跡が無い上に藪が濃いので諦めた。 何方か、笹間ケ岳から真南に富川へ通ずる、この道をご存じ方があれば是非ともお教え願い度。 |
写真
感想
太神山周辺のハイクは何時も表参道が中心で、登山口もアルプス登山口から天神川か、新免から堂山、鎧ダムが殆どである。少し趣を変えて大石・富川から登るのもいいのではないか?と考えた。と言うのも、国土地理院地図には富川方面から太神山周辺に登る登山路はかなりの数があるが、本当に登れるのであろうか?と考えた。
そこで、急に思いついて9/11に行く予定を立てたらその朝は雨であったので、9/12に実行した。
富川は旧道が家々の前をクネクネと通過していて、直線に近い今の国道422号とは交差が多いのだ。昔はこの旧道を通ったことが懐かしい程だ。今日はその旧道に入って、神社脇を通過してから、矢筈ケ岳への登山路がある辺りの道際に駐車した。信楽川の河川敷には大きな駐車場が出来ていて、車と天幕が多数張られていた。そうだ今日は日曜なのだ。こんな施設が出来ていたとは、何度も走っている道脇にあるのには驚きだ。
駐車地から旧道を歩き始め、R422と合流する道から支流の加河川沿いの道に進むと、私の知っている富川集落以外の集落7,8戸があった。その集落の水田の稲はもう刈り取りをしてもいい程の稲の実りだ。
その時に木々の間からミーミーゼミの鳴き声が聞こえ、まだ泣いているのか、ヒグラシが私の家では泣いているのにと思ったら、田圃に赤い花があるのに気付いた。曼殊沙華である。ミンミンゼミと曼殊沙華の取り合わせに、山深いからなのか?と思ったが、まだ歩き始めて数十分だ。標高で200mほどだ。私の家は100m弱なので、少しは温度差はあるだろうが、違いが大きすぎるな!と思いながら進んだ。
しばらくすると、脱穀の音が賑わしくなってきた。更に奥の集落で稲の刈り取りに忙しい。今日は日曜だから、親類縁者も応援なのだろう。ザックを担いだ暇そうな人間を恨めしく、鬱陶しく感じているに違いないと思い、足早にそこを離れた。
林道が大きく右にヘアピンカーブをするところから谷に降りて対岸に登った。沢沿いは滝があって、歩きにくそうなので右岸側の少し高みにでると、廃林道状があるのでそれを沢に沿って進む。うまいことに地図の点線にその林道状は作られているように思われた。GPSを確認しつつ登ると廃林道は終了して、そこから薄い踏み跡が上に続いているので、そのまま進んだ。ザラついた斜面や樹林帯を交互に進んで、踏み跡は続く。
複雑な地形の山稜を進み、右の谷から来る登山路と合流するらしい場所に到達すると突然湿地と小さな池が現れた。この湿地の縁を通ってすぐ前の斜面を登ると稜線になって、いつの間にか新しい林道に出た。車が通過した証の無いような出来立てかも知れない。それが彼方此方に向かって分かれていた。何の為のものなのか?私には判るはずもないが、どう考えても価値があるようには思えない気がしてしょうがない。何故か腹だたしい気持ちで、再び踏み跡は緩い尾根を辿るのであった。
いつの間にか高度も上がっていたようで、太神山・不動寺の管理小屋前のトイレ脇に出た。休憩所にはお二人が食事の様だった。山頂までは石の階段をいくつ登ったらいいのだろうかと考えながら、シンドイなと何時も感じながら登るのだが、今日は何時もより少しだけましであった。それは、富川からの登路は時間が短かく、集落の林道から離れて丁度1時間なので、楽であったと言うことのようだ。山頂には女性の3人パーテイーが記念写真を撮っていた。
太神山から表参道を歩き、矢筈分岐から左に入る。途中沢の流れを越えて、472mピークを捲きぎみに進むと再び下って、今度は小さいが池の脇を通ってから矢筈に登るのだ。随分と登った所が山頂への分岐点であった。
此処からが今日一番のシンドサで、上に行くほど急斜面になって岩も出てきた。やっと頂上かと思いきや、道は続いて3つ目のピークが矢筈ケ岳であった。アーシンド!!!であった。やっとここで少し遅いランチとした。
ランチ中に後ろで音がと感じたので、”こんにちわ”と言うが、トレランらしい若者が、”ウ”とかいうくらいで何も言わず、しばらくの後いつの間にかいなくなった。人と喋るのが嫌なのか、オジーとはまっぴらなのか?何か変な感じであった。
今日は矢筈から南に藪を少し漕げば古い登山路があるはずなので、それを初めて下降するのもいいな!とも考えていた。だがしかし、サギソウがまだ咲いているかもしれないという気持ちが強くて、富川道の大谷河原方面に行くことにした。急斜面を降りて来て、へたばりかけなのにこの斜面をよく上ったな!自分に感心していると、太神山にいた3人組の女性が登りかけていて。”もうすぐですか?”と聞くので、"上に行くほど急斜面で岩も出てくる。10分は十分かかるし、嫌になってくる”と、自分のシンドサをそのまま伝えておいた。
此処からサギソウの咲いているだろう湿原までの長い尾根歩きは退屈であった。何も見えない樹林帯の中で花もないし、見るべき何物の無いのだ。もうそろそろ、と思うころ沢に出たら、そこが大谷河原への分岐で、ここをほんの少し登ったら湿原である。俄然元気が出て、斜面を登っていくと湿原は昔の儘あった。でも花はもうほとんどないようだ。あるのはほんとに小さな白と黄色の花で高く伸びた細い葉の上にチョンとあった。北側の一段上の湿原に登って周囲を巡らしていると、あるではないか2輪のサギソウがひっそりと、”もうすぐ枯れそうな私を見て下さい”とでも言うかのように、縁が少しだけ茶色がかっている。これで今回のハイクの目的の二つの内の一つは達成できた。
大谷河原まで進み、南の端の小池のヒツジクサを確認した。此処から林道を降りるのもいいかも?と心の中で一押しがあったが、笹間ケ岳から直接富川へ下降する登山路を探すというもう一つの目的への気持ちに傾いて、流れの奥に進んだ。何時もの嫌な細い尾根歩きと岩場の上下降はズルズルと鬱陶しいが、新たな登山路が目の前にちらついていた。
笹間ケ岳山頂の大岩に登って、大津の南部・瀬田川東側の町並みを見る。大岩には何にで彫ったのかアルファベットや何か記号らしきものがかなりはっきりと彫れてあった。何かの記念なのであろが、それを知らない人間には、何ともいえない腹立ちさを覚えるのだった。丁度登りで山中に縦横にあるどう見ても使いそうもない林道群に感じたものと一緒であった。
笹間すぐ下の林道から、真南に進む旧の登山路を探すべくGPSを確認して、地理院地図の点線分岐から藪状の林道下へ出るが、踏み跡はない上に藪が酷い。左右をウロウロすれど、それらしき踏み跡や木々を切った跡もない。これでは無理して下降しても藪漕ぎの連続で、今からでは行けそうもないことは明白だ。今回の目的の二つの内の一つは残念ながら諦めだ。
昔の登山路探索は諦めて、林道から下山とすべくもとの笹間ケ岳すぐ下の登山道との合流地点に戻った。この林道が富川につながっていることを、地図で確認をしていると、大谷河原からの林道を途中で合流することが判った。先ほど、大谷河原から下山することが心に横切ったが、結果としてはそのようなことになってしまった。笹間から富川に下る登山路はまた次の機会にしようと、長い長い林道を歩き始めた。
"単独”
コメント
この記録に関連する登山ルート
この場所を通る登山ルートは、まだ登録されていません。
ルートを登録する
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する