東海道最大の宿場の宮宿。ここを右に行くと美濃路。左は七里の渡し。追分には道標もあります。
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東海道最大の宿場の宮宿。ここを右に行くと美濃路。左は七里の渡し。追分には道標もあります。
大通りを歩道橋で迂回して熱田神宮の鳥居前へ。
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大通りを歩道橋で迂回して熱田神宮の鳥居前へ。
鳥居前。ここを左折すると大通りにぶつかります。熱田神宮の横を進んでいきます。
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鳥居前。ここを左折すると大通りにぶつかります。熱田神宮の横を進んでいきます。
大通りは道幅が広く車線が何本もあり街道はどの車線を通っていたかは場所によってまちまちです。この付近では道路の右手を通っていたようですが金山駅手前からは道路の左手を通っていたようです。
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大通りは道幅が広く車線が何本もあり街道はどの車線を通っていたかは場所によってまちまちです。この付近では道路の右手を通っていたようですが金山駅手前からは道路の左手を通っていたようです。
この付近に熱田神宮の一の鳥居がありました。他にも二の鳥居があり目印の石碑が立っています。
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この付近に熱田神宮の一の鳥居がありました。他にも二の鳥居があり目印の石碑が立っています。
佐屋街道との追分。美濃路はそのまま直進します。道標は半分で折れてますが修復されてます。
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佐屋街道との追分。美濃路はそのまま直進します。道標は半分で折れてますが修復されてます。
ここを右へ。旧道に入ります。
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ここを右へ。旧道に入ります。
静かな通りです。名古屋ではこの日35℃にもなったそうですが風はあったので意外と涼しい道中でした。
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静かな通りです。名古屋ではこの日35℃にもなったそうですが風はあったので意外と涼しい道中でした。
少し寄り道して東本願寺。名古屋の名所図で必ずといって良いほど登場するお寺。本堂は空襲で焼けてしまったのですが戦後再建されています。
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少し寄り道して東本願寺。名古屋の名所図で必ずといって良いほど登場するお寺。本堂は空襲で焼けてしまったのですが戦後再建されています。
大須商店街。若者も多く活気があります。商店街の手前は仏壇の問屋街があったのですが雰囲気が大須と対称的でした。
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大須商店街。若者も多く活気があります。商店街の手前は仏壇の問屋街があったのですが雰囲気が大須と対称的でした。
白川公園。市民の憩いの場です。江戸時代は寺が連なるように建っていたそうです。
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白川公園。市民の憩いの場です。江戸時代は寺が連なるように建っていたそうです。
伝馬町通本町交差点で左折。周りはビジネス街です。
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伝馬町通本町交差点で左折。周りはビジネス街です。
正面に名古屋駅のタワーが見えてきました。この付近は名古屋宿にあたります。
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正面に名古屋駅のタワーが見えてきました。この付近は名古屋宿にあたります。
伝馬橋。橋を渡ってすぐの道を右へ。清須城から名古屋城に城下を丸ごと引っ越し(清須越)した際に堀川が出来たのですがその時に架けられた代表的な橋です。
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伝馬橋。橋を渡ってすぐの道を右へ。清須城から名古屋城に城下を丸ごと引っ越し(清須越)した際に堀川が出来たのですがその時に架けられた代表的な橋です。
川沿いの道には古い家がよく残っています。
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川沿いの道には古い家がよく残っています。
ここで左折。
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ここで左折。
そしてすぐ右折。
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そしてすぐ右折。
大通りと交差します。先にある斜めの道を進みますが昔は真っ直ぐの道があり碁盤の目のようになっていました。
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大通りと交差します。先にある斜めの道を進みますが昔は真っ直ぐの道があり碁盤の目のようになっていました。
ここを左へ。右に行くと名古屋城です。
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ここを左へ。右に行くと名古屋城です。
枇杷島橋に向けて一直線の道が続きます。
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枇杷島橋に向けて一直線の道が続きます。
この付近からこのような看板が増えてきます。
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この付近からこのような看板が増えてきます。
街道沿いにある清音寺が枇杷島の由来。
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街道沿いにある清音寺が枇杷島の由来。
枇杷島橋はここを真っ直ぐにあったそうです。堤防前にはモニュメントが置かれています。堤防上に登ります。
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枇杷島橋はここを真っ直ぐにあったそうです。堤防前にはモニュメントが置かれています。堤防上に登ります。
庄内川。かつては中州があって枇杷島小橋、枇杷島大橋と連なるように架かっていました。戦後に中州は撤去されてしまいますが2つの橋を総称して枇杷島橋と呼ばれていました。
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庄内川。かつては中州があって枇杷島小橋、枇杷島大橋と連なるように架かっていました。戦後に中州は撤去されてしまいますが2つの橋を総称して枇杷島橋と呼ばれていました。
庄内川を渡り終えて真っ直ぐ進み橋詰神社前まで進みます。写真には左斜めを行く道がありますが大正期以降のものです。
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庄内川を渡り終えて真っ直ぐ進み橋詰神社前まで進みます。写真には左斜めを行く道がありますが大正期以降のものです。
橋詰神社。古くから橋のたもとにあった神社だそうです。
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橋詰神社。古くから橋のたもとにあった神社だそうです。
旧橋の場所から庄内川に沿って美濃路を進みます。近くには道標もあったそうですが見逃してしまいました。
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旧橋の場所から庄内川に沿って美濃路を進みます。近くには道標もあったそうですが見逃してしまいました。
西枇杷島の町なみ。古い家が多く雰囲気いいのですが車が多く注意が必要です。
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西枇杷島の町なみ。古い家が多く雰囲気いいのですが車が多く注意が必要です。
西枇杷島問屋記念館。ビデオ映像では枇杷島周辺の美濃路の紹介があります。
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西枇杷島問屋記念館。ビデオ映像では枇杷島周辺の美濃路の紹介があります。
江戸期のような建物も多いですが濃尾地震で大部分が倒壊してしまっています。
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江戸期のような建物も多いですが濃尾地震で大部分が倒壊してしまっています。
街道は周囲の土地よりも一段高い場所を通っています。
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街道は周囲の土地よりも一段高い場所を通っています。
新川橋。津島道との分岐点です。橋を渡ったところに休憩施設と道標があります。津島はこの地域の名所の一つで美濃路ではいくつも津島へ向かう道と分かれています。
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新川橋。津島道との分岐点です。橋を渡ったところに休憩施設と道標があります。津島はこの地域の名所の一つで美濃路ではいくつも津島へ向かう道と分かれています。
名鉄線を渡ります。踏切横には土地の人が自費で作った休憩所があります。
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名鉄線を渡ります。踏切横には土地の人が自費で作った休憩所があります。
一里塚跡。橋の両側にあったそうです。川は水路改良で水は流れていません。その水路改良の工事中に出てきた道標がこの先の寺の前に保管されています。
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一里塚跡。橋の両側にあったそうです。川は水路改良で水は流れていません。その水路改良の工事中に出てきた道標がこの先の寺の前に保管されています。
その道標がこちら。自然石で造られています。正覚寺前。
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その道標がこちら。自然石で造られています。正覚寺前。
ここを左折しすぐに右折します。
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ここを左折しすぐに右折します。
幅広い道路です。ここには松並木があったそうです。
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幅広い道路です。ここには松並木があったそうです。
ここを左の旧道へ。
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ここを左の旧道へ。
五条橋を渡ります。すぐに川沿いの道を進まず真っ直ぐの旧道の痕跡を進み左折します。
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五条橋を渡ります。すぐに川沿いの道を進まず真っ直ぐの旧道の痕跡を進み左折します。
清須の古城は左の森(公園)にあったようです。
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清須の古城は左の森(公園)にあったようです。
ここを右。札の辻です。左手には清凉寺があり高札場がありました。
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ここを右。札の辻です。左手には清凉寺があり高札場がありました。
清須宿本陣跡。門だけは濃尾地震で耐えてかろうじて残っています。
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清須宿本陣跡。門だけは濃尾地震で耐えてかろうじて残っています。
清洲城の城下町だったのですが清洲越しで町全体が名古屋に移転したので寂れたのですが江戸時代に入って宿場町として再生になったとのことです。
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清洲城の城下町だったのですが清洲越しで町全体が名古屋に移転したので寂れたのですが江戸時代に入って宿場町として再生になったとのことです。
新幹線と東海道本線の高架をくぐった先で左折。
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新幹線と東海道本線の高架をくぐった先で左折。
ここは右へ。
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ここは右へ。
この先で左。
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この先で左。
ここで右折し神社の前で左折します。枡形のような感じになっています。
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ここで右折し神社の前で左折します。枡形のような感じになっています。
美濃路の公園。休憩にちょうど良いです。
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美濃路の公園。休憩にちょうど良いです。
古い道標。江戸期のもので京都の表記は珍しいですね。この先の岐阜道との追分に立っていたものと思われます。
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古い道標。江戸期のもので京都の表記は珍しいですね。この先の岐阜道との追分に立っていたものと思われます。
ここを道なりに左。
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ここを道なりに左。
真っ直ぐ進みます。岐阜道は右へ。追分です。
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真っ直ぐ進みます。岐阜道は右へ。追分です。
このような道がしばらく続きます。
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このような道がしばらく続きます。
ここを右へ。
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ここを右へ。
ここにきて田畑が増えてきました。
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ここにきて田畑が増えてきました。
ここを右へ。
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ここを右へ。
ここを左へ。
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ここを左へ。
ここを右へ。
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ここを右へ。
ここを左へ。道なりです。
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ここを左へ。道なりです。
国府宮の一の鳥居。約1km北側に宮があります。本殿は現在工事中です。
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国府宮の一の鳥居。約1km北側に宮があります。本殿は現在工事中です。
ここを右へ。
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ここを右へ。
一里塚跡。
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一里塚跡。
稲葉宿の入口で1日目を終えました。
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稲葉宿の入口で1日目を終えました。
2日目。稲葉宿の入口よりスタート。
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2日目。稲葉宿の入口よりスタート。
道端にあった道路元標。
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道端にあった道路元標。
早朝なので誰もいない稲葉宿。
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早朝なので誰もいない稲葉宿。
美濃路の案内板。ルートとともに宿場のみどころが紹介されています。
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美濃路の案内板。ルートとともに宿場のみどころが紹介されています。
古い家並みが続きます。
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古い家並みが続きます。
ここで右折。
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ここで右折。
ここで左折。
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ここで左折。
この辺りになると宿場内ではないですが垣根のある家並みが広がっています。
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この辺りになると宿場内ではないですが垣根のある家並みが広がっています。
ここで右折。
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ここで右折。
この先で左。かつては斜めに道があったようですが消滅しています。
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この先で左。かつては斜めに道があったようですが消滅しています。
迂回してここを右へ。浄水場の前にあたります。消滅した道はここから復活します。
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迂回してここを右へ。浄水場の前にあたります。消滅した道はここから復活します。
一宮市に入ります。
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一宮市に入ります。
突き当りを左折。
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突き当りを左折。
だいぶ水田の稲が育ってきました。
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だいぶ水田の稲が育ってきました。
ここにきて山が見えてきました。濃尾平野は広いですね。
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ここにきて山が見えてきました。濃尾平野は広いですね。
この付近の街道光景。
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この付近の街道光景。
ここを左。
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ここを左。
ここを右。
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ここを右。
突き当りを左へ。
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突き当りを左へ。
名鉄の踏切を渡ると萩原宿です。
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名鉄の踏切を渡ると萩原宿です。
ここは舟木一夫の生誕地を案内する板。古い字体なので歴史上の人物かと思えてしまいます。
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ここは舟木一夫の生誕地を案内する板。古い字体なので歴史上の人物かと思えてしまいます。
萩原宿入口。
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萩原宿入口。
宿場内では綺麗な飾りづけがされていました。
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宿場内では綺麗な飾りづけがされていました。
モダンな建物も残るメインストリート。
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モダンな建物も残るメインストリート。
ここを右へ。真っ直ぐの道は昔はありませんでした。高札場があったそうです。
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ここを右へ。真っ直ぐの道は昔はありませんでした。高札場があったそうです。
この角には寺があり門から街道がよく見えます。
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この角には寺があり門から街道がよく見えます。
本陣跡。萩原宿はL字状に広がった町だったようです。
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本陣跡。萩原宿はL字状に広がった町だったようです。
ここを左へ。
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ここを左へ。
ここを右へ。
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ここを右へ。
名神高速をくぐります。
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名神高速をくぐります。
左へ道なりに。
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左へ道なりに。
真っ直ぐ道なりに。
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真っ直ぐ道なりに。
富田の一里塚が見えてきました。両塚残っています。
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富田の一里塚が見えてきました。両塚残っています。
富田の一里塚。京に向かって左側を一般的に左塚といいます。塚周辺は公園になっていて公衆トイレがありました。
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富田の一里塚。京に向かって左側を一般的に左塚といいます。塚周辺は公園になっていて公衆トイレがありました。
美濃路と一里塚。かなりの大きさに育っています。
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美濃路と一里塚。かなりの大きさに育っています。
味わい深い塀。
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味わい深い塀。
起宿。歴史民俗資料館で見学ができます。無料。
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起宿。歴史民俗資料館で見学ができます。無料。
立派な旧家で脇本陣跡に建てられています。元の建物は濃尾地震で倒壊し大正時代に建て替えられました。
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立派な旧家で脇本陣跡に建てられています。元の建物は濃尾地震で倒壊し大正時代に建て替えられました。
古い家が残る起宿。かつて木曽川は起川とも呼ばれていたそうです。
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古い家が残る起宿。かつて木曽川は起川とも呼ばれていたそうです。
道なりに真っ直ぐ進みます。左に行くと木曽川で将軍通行時などに架けられた舟橋跡があります。
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道なりに真っ直ぐ進みます。左に行くと木曽川で将軍通行時などに架けられた舟橋跡があります。
舟橋跡。
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舟橋跡。
渡し場の一つ宮河戸跡。木曽川の渡し場は先ほどの船橋河岸と先にある定渡船場の合計3ヶ所ありました。
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渡し場の一つ宮河戸跡。木曽川の渡し場は先ほどの船橋河岸と先にある定渡船場の合計3ヶ所ありました。
濃尾大橋で木曽川を渡りますが定渡船場はまだ先の場所です。
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濃尾大橋で木曽川を渡りますが定渡船場はまだ先の場所です。
信号を左に曲がったあたりが定渡船場。
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信号を左に曲がったあたりが定渡船場。
右手に金毘羅神社があります。大きい常夜灯もありますが濃尾地震後に建てられたものです。
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右手に金毘羅神社があります。大きい常夜灯もありますが濃尾地震後に建てられたものです。
濃尾大橋を渡ります。向こう岸に着いたら右に曲がります。
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濃尾大橋を渡ります。向こう岸に着いたら右に曲がります。
木曽川。水量がずいぶん多いです。
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木曽川。水量がずいぶん多いです。
この付近の土地改良図。大正期に堤防など道筋が改良されたそうで船橋経由の将軍道(正式名ではない)の面影は期待できません。
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この付近の土地改良図。大正期に堤防など道筋が改良されたそうで船橋経由の将軍道(正式名ではない)の面影は期待できません。
常夜灯。移設されたものです。
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常夜灯。移設されたものです。
堤防上を進みます。
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堤防上を進みます。
ここを左下へ。
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ここを左下へ。
ここを左へ。
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ここを左へ。
ここが定渡船場からの対岸の渡し場跡。金毘羅さんがあります。
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ここが定渡船場からの対岸の渡し場跡。金毘羅さんがあります。
突き当りで右折。左からの舟橋経由の将軍道と合流します。
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突き当りで右折。左からの舟橋経由の将軍道と合流します。
追分には道標があります。民家の軒先にあるのですが移設されたものです。
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追分には道標があります。民家の軒先にあるのですが移設されたものです。
舟橋からの道はこんな感じ。舟橋跡は1kmほど下った場所です。旧堤防沿いに曲がっていたようですが改良によって面影がなくなっているようです。
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舟橋からの道はこんな感じ。舟橋跡は1kmほど下った場所です。旧堤防沿いに曲がっていたようですが改良によって面影がなくなっているようです。
ここは左へ。
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ここは左へ。
一里塚跡。
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一里塚跡。
古い家並みが続きます。
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古い家並みが続きます。
金毘羅さんの常夜灯。旧堤防上にあったものだそうです。
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金毘羅さんの常夜灯。旧堤防上にあったものだそうです。
踏切が見えてきました。須賀駅です。今回はここでゴールとしました。
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踏切が見えてきました。須賀駅です。今回はここでゴールとしました。
暑い中お疲れ様です。
美濃路、身近な場所なので興味津々でした。
12日土曜日の11時〜12時頃は枇杷島駅付近を散策しておりました。
わりかし、身近な所で驚きでした。
なんと、枇杷島で12時ごろというと
だいたい1時間違いということになりますねー。
名古屋の街道は一般に公開してる資料が優れているので
いろんな街道を歩いてみたい気にさせてくれます
美濃路は案内看板が多くてなかなか楽しめました
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