大キレット
コースタイム
- 山行
- 10:45
- 休憩
- 0:00
- 合計
- 10:45
- 山行
- 10:50
- 休憩
- 0:00
- 合計
- 10:50
- 山行
- 10:20
- 休憩
- 0:00
- 合計
- 10:20
天候 | 晴れー二日目晴れ、後ガス、雨ー三日目 雨、曇り |
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過去天気図(気象庁) | 2014年08月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
バス タクシー 自家用車
|
感想
8月1日 23時 息子と伴に名古屋を出発。途中、眠気に襲われSA二カ所で仮眠をとり沢渡大橋駐車場には3時着。
4時起床。4時半には準備を終え、息子と伴にタクシーに乗り込む。
4時45分には中ノ湯、釜トンネル前にて待機。4時50分には入園。
大正池は、もやにかむっていてとてもPhotogenicであった。
さらに進んで、上高地バスターミナルへ。
水を汲んで、5時15分歩き始めた。
最初の内は元気であった息子。明神まではなんとういうこともなく。
徳沢までは、鼻歌などを歌っていた。横尾に向かうときは眠気が襲ってきたようで眠い眠いと文句をいいながら歩いてくる。このあたりで去年はもう歩き疲れていたことを考えると去年よりは頼もしい。寝ながら歩くので、ペースは落ちるが、体力は持ちそうである。
地図を見せながら、これからどうやって歩いて行くのかイメージを再度つかませる。
一ノ俣を過ぎ、二股にて休憩。槍沢への登りに入ってからは、息子を先導させる。
今回のテーマは、いかに息子を登らせるか。であった。
二日目以降の行程はそれほど心配していなかった。
クライミングジムにも通っていたし、剱岳もこなしている。鎖場、ハシゴそういうものは特に心配していなかった。
唯一、登山のための基礎体力の不足が心配であった。
私がとれる対策は二つ。ペースを落とすことと、補給をきちんと行う事。
ペースは息子を先に歩かせることにより息子のペースで登らせることにした。休憩も登りがきつくなったら20分に一回もありと思っていた。
補給として、まずハイドレーションバックを息子に渡すことであった。これは、息子の方から、申し込んできた。よほど、前回ハイドレーションバックで補給できたのが良い思い出だったのだろう。
あとは、エネルギージェリーと飴、塩飴の類を切らさずなめさせ続けることとした。
槍沢の小屋で、ハイドレーションバックにスポーツドリンクの粉を入れて2lの補給用の水を作る。
槍沢の小屋をすぎてから始まった本格的な登り。息子は、小まめに水分補給をしながら歩いて行く。途中で、何回も帰る、止めると言っているが、前に進んでくれた。
去年倒れた大曲では二人で感動と喜びを表し、さあ、今年はこれからだと威武する。雪渓で滑るのに文句をいいながら、少しずつ高度を上げた。本当にもう帰ろうと何度も言いやがる。鬱陶しいくらいである。それでも、地図を確かめ、後どれくらいと確認し、登っていく。
槍の肩の小屋がみえるようになるとさすがにもう下りるとは言わないが、疲れからか手前の殺生ヒュッテに泊まれるのがうれしそうである。あとで確認するとハイドレーションバックの2lの水を飲みきっていた。トイレに行かなかったことをみてもかなり汗をかいたようである。
16時 殺生ヒュッテに着くと、割と空いていた。一人一枚の布団があてがわれた。
17時から夕食。息子は今回、食欲も落ちず、しっかり食べられている。一安心。前回の槍穂高挑戦時と、前々回の奥穂高挑戦時には体調を崩しており全く食欲がなかったことを考えるととてもありがたい。翌日からの行動のエネルギー源は前日の食事だ。
20時に消灯であるが、明日以降が心配で、眠れず私はレンドルミンを飲んだ。
4時起床。
4時半には準備を整え、4時40分行動開始。
朝一の登りがこの日は一番きついと伝えた。かなりきつかったようで、朝一からこれはつらいといいながら登る。7時前には槍の肩につく。私はコーヒーを一杯入れてもらう。一杯500円はやっぱり高いなーと思いながら、とても山小屋と思えないキッチンの様子をみながらコーヒーを待つ。ここで朝ご飯のおにぎりをいただく。
コーヒーをのみながら、息子と槍の穂先に上がるかどうか話す。槍の穂先へのルートは少し渋滞も発生しているが見えた。わたしは、午後から天気が崩れることを天気予報で確認しており、すこしでも早く動きたかった。息子はここまでの登りで疲れ切っており、槍の穂先へは興味がなさそうである。前回、双六から来たときに6回も上り下りしているので、じゃあ今回はパスということになった。
大喰岳(おおばみだけ)、中岳、南岳と縦走を進んでいく。下りは快調に、登りはそれなりにで、予定通り3時間で南岳山荘に着く。
南岳山荘につく頃にはガスが尾根を覆っている。キレットも全体が見えないが、視程は10mは確保できている。まだ、雨は降ってこない。再度、山荘で水分を購入し、10時前でご飯を作ってをもらえなかったので、カップ麺にお湯を入れていただき、昼食代わりとした。レインジャケットを着込んで、9時40分に再スタート。失敗だったのは、息子用のザックカバーのきちんとしたのを持ってこなかったこと。私のサブザックのものをつかったので、どうしてもサイズが小さくて、稜線の強い風で飛んでいきそうになる。
下りは私が先行して下りる。鎖場などがなくなったら、息子を先行させた。
息子を見ていると足場がわるいところでは全くスピードが出ない。かなり足場を確認しながら歩を進めていく。これほど、慎重なやつとは知らなかった。このため最低のコルまでの時間が予定よりかかってしまう。一度休憩を入れ、長谷川ピークへの登りにかかる。だんだんトレイルの両脇が急峻になっていく。長谷川ピークまでは私は元気であった。しかしそこからの、鎖場、足場で震え上がってしまった。なんでこんなとこ来たんだろうと思い始めたのはここからである。
長谷川ピークあたりからは私が先導しようかともおもっていたが、わりと息子のあゆみが安心してみれたので、息子を先行させた。スッスッとそれほど恐がりもせず歩いて行く。あとで聞いてみると楽しかったとのことである。クライミングジムに通った成果かもしれない。
A沢のコルあたりから雨が降ってきた。岩が濡れて徐々に滑りやすくなってきている。
「滑るな」と声をかけながら登っていく。途中で飴、エネルギージェリーを補給しながら。
飛騨泣きのあたりの急峻な岩場をみながら、ロッククライミングではあの岩をのぼるんだよねと興味をもって聞いてくる。わたしは、そうだよ、こんなところを歩くよりよっぽどキチガイだよと、答えた。
飛騨泣きでは、岩場は完全に濡れている。いつも死にたいとおもっているくせにここでは、生きるための努力をしている自分に笑えた。
小屋に近づくにつれ、両脇の岩場は切り落とし状ではなく、急峻な斜面を登るようになっていく。あと200mのマークがあったが、そこからが長い。標高差が200mあるんじゃないかと思うくらいの時間が過ぎる。それくらい、私たちのほうがつかれていたんだろう。
後ろから何人ものひとに抜かれた。あと少しというところで、「さあ、南岳小屋にもどろうか?」と息子がいうので、「なにをバカなことを」と答えると「緊張をほぐそうとしただけじゃん」という。なかなか余裕の発言で有った。
15時30分 北穂高小屋についた。私は、「ついた」と叫んでしまった。息子は淡々としていた。荷物を降ろして、欲しいジュースを買って良いよというと、ペプシコーラを彼は買い、私は、コーヒーをお願いした。400円、下界と較べてもそれほど高くない。宿帳を書くために待っていると一杯一杯淹れているらしく、ある程度の時間を待っていたら、持ってきてくれた。
予約を入れておいたおかげか、ここでも布団一枚に一人で寝れた。予約してない人は布団二枚に3人寝ているひともいた。
夕食前には雨もあがり、太陽も顔を覗かせたので明日の天気に期待をしていた。
夕食は、並んで早い人からで、お腹がすいていたので16時45分から並んで食事にありついた。息子も食欲はあるみたいで、お代わりをしてくれる。周りのひととの会話をしながら、楽しい食事の時間であった。隣に座っている親子は、北海道からきているとのことであった。
ラジオもテレビもなく明日の天気の確認は掲示板のみ。ドコモの携帯はつながるようであったが、ソフバンは繫がらず。そして、夕食後からは雨が降り出す。天気予報は無情にも雨。明日の朝、雨がふったら奥穂高への縦走をせず下山しようと話す。
21時に消灯。また、寝付けずレンドルミンの世話になった。
朝4時起床。朝から雨である。
再度、地図をみながらうちあわせ、下山を決定した。
5時10分行動開始。5時16分 北穂高頂上にて父を弔う。
今回の目的の二つ目である。
三つ目の目的の、奥穂高リベンジは残念ならが下山のためかなわなくなった。
一つ目は、大キレット制覇なので達成している。
したがって、今回の登山の目的の二つは達成できたので結構満足している。
下山開始する。すぐに雪渓があるがそれも難なくこなし、下りていく。
ここでもやはり気付いたのが、息子の慎重さである。疲れているのか?とおもうと道を確かめている様子。下山のスピードがやたら遅い。ペースとしては登りとほぼ同じくらいの時間がかかる。浮き石などを気にしている様子であった。
涸沢までの下りの2/3を過ぎた頃には鎖場、ハシゴが出現するもそちらは難なく通過。あとは涸沢カールの風景をみながら、涸沢ヒュッテが次第に近づくのを確認しつつ下りていった。
8時25分 涸沢小屋にて、休憩。私はコーヒー、400円なり。息子はなにを頼んだのか?覚えてません。雨はずっと降っている。ここは奥穂高からエスケープした時にも利用しており、いつも雨の印象。
更に下る。涸沢からの下りはかなり道が整備されており、息子のペースが速い。私は、前回ここで膝を痛めたので、ストックに頼りながら膝への衝撃を抑えていく。
途中で雪渓というより残雪があり、かなり踏みしめられていてつるつるのところでこけそうになりながら通過。そのころには 雨もあがったので、合羽を上だけ脱いで軽装にする。
10時25分 途中の吊り橋のところで一回休憩して、さらに下る。息子は全く私を省みない。どんどん下りていくので、横尾まで会うことはなかった。それでも、結構なスピードで下りたと思っていたが、結局はコースタイムと変わらなかった。自分の膝の悪さが嘆かれる結果であった。
11時30分 横尾の吊り橋着。横尾でお昼に私はカレー、彼は豚丼を食べて再出発。あとは3時間のんびりと林道を歩くだけとなる。徳沢、明神と過ぎる。だんだん疲れがでてペースは落ちる。上高地のキャンプ地に来る頃には無言。
15時30分 河童橋で記念写真を撮ろうと息子に言うも嫌だと言われる始末。最後は、予算計画が甘くて、息子に残金を心配されながらのお土産購入。上高地は、クレジットカードが使えないから困る。これほどの観光地なんだからそろそろ導入して欲しいものだ。
バスにのり、沢渡大橋の駐車場で車にのり、すぐ先にある日帰り露天風呂にゆっくりとつかって体を綺麗にする。さすがに三日間風呂にも入らず、汗かきまくっているのでお互い凄い臭いのはず。
サッパリした後は、車に乗って夕食について話す。大キレット制覇の記念ということで、回転寿司となった。松本ICちかくのかっぱ寿司にはいり、たらふく食った。
おかげで眠くなって、帰りもSAで仮眠をとって帰宅。23時着であった。
今回の行程で得たことは、体力が不足していても、
ペースを落とし、補給を十分に、行えばなんとかなる事が分かった。
もちろん、事前の準備としての体力確認を行っておく必要はある。
行動時間
一日目 5時15分ー16時 9時間
二日目 4時40分ー15時30分 11時間
三日目 5時10分ー15時30分 10時間
二日目の行動時間が予定よりかなりかかっている。
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