朝日山〜喜撰山
- GPS
- 07:10
- 距離
- 18.5km
- 登り
- 868m
- 下り
- 864m
コースタイム
- 山行
- 5:56
- 休憩
- 1:15
- 合計
- 7:11
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2022年11月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車
●帰り= 京阪宇治 15:54 |
写真
感想
喜撰山という山は知らなかったが、ヤマレコのらくルート機能でたまたま見つけた。百人一首にとられた「わが庵は…」の喜撰法師にちなんで名づけられたことであろうことに興味をそそられた。
同じ宇治には有名な鷲峰山があるがいまだに行ったことがない。喜撰山は鷲峰山とは違ってバスを使わなくていいのと、標高は高くないものの ダム湖を見下ろせそうなのがいい。
結局 キャンプに行けなかったかずーとの久しぶりの山はここにすることにした。
晴れて風なく暖かい。紅葉の季節なので平等院目当ての観光客が多いことを覚悟していたが、まだ朝早いせいか ほとんどいなかった。
仏徳山を経て朝日山へ。
朝日山山頂にはいろいろと建造物があるが、菟道稚郎子 (うじのわきいらつこ) の埋葬地の候補地のひとつで 墓がある。
郎子は第15代 応神天皇皇子 (皇太子とも) で 第16代 仁徳天皇の異母弟。宇治の地は古代「菟道」とも表記されていたため、郎子が「宇治」の語源なのかとも思ったが、どうやらこの地に菟道宮 (うじのみや) を営んだことから郎子が名のったものだろうとされているらしい。なお墓は享保18年 (1733) に建立されたものとのこと。
観音堂に手を合わせる。
このあたりまではウォーキングのかたが多いが、ここを過ぎれば人は少なくなった。
喜撰山へはいったん山を抜けて志津川集落に下り、神女 (かんじょ) 神社から登り直す。
道は不明瞭で 神社から尾根道への道もはっきりしないが、尾根筋に辿り着けばそれに従うのだから難しくはない。
それに加えて白と黄色の紐、あるいは「らくなんトレイル」と書かれた黄色いテープ、そして食品用の宣伝文句などが書かれた黄色いテープ、主にこの3種類が木に巻かれていて迷うことがない。しかし正直言うと取り付けすぎと感じるし、食品用の宣伝文句などが書かれたテープはふざけていて不快だ。
採石場の騒がしい音を過ぎ、関電道を行く。やがて浅瀬に下り着き、キャンプにハマっている私はちょっとした興奮。試しに水を舐めてみたが、少し鉄っぽい味がした。このあたりにキャンプしても別のロングコースを楽しめるわけでもないかな。
しばらく車道を歩いて喜撰山ダム湖。ここが喜撰山の取り付き。山に入る。木々の間から喜撰山ダムのダム湖が覗く。
山頂直下に「喜撰法師→」というテープが木に貼られていて、巻道ルートあり。何があるのかわからずに行ってみたが、なかなか着かないので引き返した。
帰って調べてみると、喜撰法師の像が置かれた「喜撰洞」があったようだ。山頂には「喜撰洞」と書かれた私製道標があった。山頂と喜撰洞を結ぶ周回ルートがあるようだ。
山頂で腹ごしらえして下山にかかる。
20分ほど下ると仙郷山2号線という林道起点に下り着く。左手の道は喜撰山発電所の敷地。また右手には採石場があるようでこのあたりも騒音あり。
林道は植生豊かでそれほど退屈ではない。紅葉はないながらトウカエデなどの黄葉が見られる。
25分ほどで分岐に辿り着き、木製の大きな看板。天ケ瀬森林公園だ。看板は公園の道案内だが、高雄山 (369mピーク) への道は書かれていない。
北西への道をとり、高雄山へはルートを外れて山道に入る。戻って西へ。案内板ではわからなかったが、歩いている道は「ツバキの道」のようだ。
舗装道に下りて憩いの広場前。広場でトイレを借りた。
ここからは車道。ウォーキングや紅葉を楽しむ人たちがチラホラと。
志津川集落の南に合流し、白虹橋 (はっこうばし) を渡って宇治川左岸へ。
平等院が近くとなると観光客が多く見られるようになった。
どこか店に入って甘いものでも食べたいところだが、計画より40分遅れていたのでどこにも立ち寄らずにそのまま帰ることにした。
***
喜撰 (きせん) は平安時代初期の真言宗の僧・歌人。生没年など不詳。
伝記も不詳だが、桓武天皇の末裔とも。出家後に醍醐山に入り、後に宇治山に隠棲して仙人に変じたともされる。「古今和歌集 仮名序」で取り上げられるくらいなので (いわゆる「六歌仙」)、生前 歌の名手として名高かったようだが、現在知られているのは小倉百人一首にとられた「わが庵は」ともう1首のみ。紀貫之の変名という説もあるとのこと。
「わが庵は都の辰巳しかぞすむ世を宇治山と人はいふなり」は好きな歌のひとつ。
「私の草庵は都の南東、宇治山と言われるところ。このように暮らしている」という意味とともに「宇治」が「憂し」の掛詞になっていて「平穏に暮らしているのに、世の中を疎ましく感じて隠棲していると世間は言っている」という意味に読めるようになっている。
和歌は私の山登り趣味の原点。というのももう四半世紀以上前になるが、1年かけて百人一首を詳しく覚えたことがあった。それをきっかけとして和歌を鑑賞するようになったが、和歌は恋歌が多く、加えて多分に観念的であることに違和感を感じ、俳句に移った。ところが俳句を鑑賞するには自然に詳しくないと訳が分からないということで、花と鳥の図鑑を買ってお勉強。そして花と鳥を実際に見るために田舎へ行くように。最初は適当に歩いていたが、ハイキングの本を買って計画的に行くようになり、いつの間にか歩くことがメインとなったというわけ。
今回はそういう原点に思いを馳せるハイキングとなった。
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