御嶽山剣ヶ峰



- GPS
- 05:27
- 距離
- 6.5km
- 登り
- 874m
- 下り
- 884m
コースタイム
- 山行
- 4:40
- 休憩
- 0:50
- 合計
- 5:30
天候 | ガスガス、晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2025年07月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
整備されて歩きやすい |
その他周辺情報 | 二本木温泉♨ |
写真
感想
AM2時、田ノ原の駐車場に着くと、闇が静かに地面を抱いていた。エンジンの音が止まると、世界は一気に沈黙する。車中泊の登山者たちも息をひそめているようだった。音のない世界に、ただ星がひとつ、またひとつと光を灯す。ガスの切れ間から見えるその光は、あまりに澄み切っていて、まるで祈りのようだった。
山の空気は湿り気を帯びながらも、どこか厳かだった。あの道を再び歩く——噴火の一週間前に辿った11年前の記憶が、足元に染み込むように甦る。
予定より30分遅れて鳥居をくぐる。霧を裂くようにヘッドライトが闇を照らし、山が静かに目を開く。歩き出すとすぐ、汗が滲み、身体が山の呼吸に追いついてゆく。息を潜めて登り続けるその道は、まるで山に試されているかのようだった。
八合目に差し掛かる頃、樹林帯を抜けた。雲が静かにほどけ、空がゆっくりと目を覚ます。雲の海の上で、太陽が音もなく昇り始める。あの黄金の光は、ただ明るいのではなかった。心の奥まで浸透してくるような、赦しのようなものだった。
風の音も、鳥の声もなく、ただ太陽と自分だけがそこにいるような感覚。御嶽の山肌は徐々に赤みを帯びて、その姿があまりにも堂々としていた。荘厳という言葉では足りない——それは、人の小ささと、自然の深さを思い知らされるような時間だった。
この瞬間を見たくて登ってきたのかもしれない。心がそう呟いていた。
頂での風は冷たく、でもどこか優しかった。静かに身体を包み、剣ヶ峰から見渡す景色に意味を与えてくれるようだった。北アルプスがガスの合間から姿を現し、槍と穂高が、まるで神話の登場人物のようにそこにいた。
山は語らない。ただ、風と、空と、岩とで静かに物語っている。自分も、その物語の一部になれた気がした。
やがて、山頂が少しずつ騒がしくなる。団体の足音。笑い声。活気ある気配。それは悪くない。けれど、自分が求めていたのはもっと静かな場所だった。荷物を整え、誰にも告げずにそっと歩き出す。
下山の道は、登りとは違って見える。ガスが晴れ、岩肌に朝の光があたる。景色が柔らかくなると、心もまた少し穏やかになる。山は、別れ際こそ美しいのかもしれない。
標高が下がるにつれ、気温が上がる。虫の音が賑やかになり、空気も夏に戻っていく。山頂の静寂が嘘のように、日常の匂いが少しずつ近づいてくる。
黙って歩いた。言葉を交わすことなく、ただ自分の呼吸と向き合う。すれ違う登山者の挨拶に、少しだけ微笑んだ気がした。
駐車場に戻る。田ノ原は朝の光に満ちていた。社務所脇の自販機で手にしたコーラ。そのひと口が、なぜか涙ぐむほど沁みた。炭酸が喉を突き抜け、身体に命が戻ってくる感じ。こんなにも生きていると感じたのは、久しぶりかもしれない。
時計は9時。信じられないくらい早い時間。ありがたい。それでも、心は遠くまで旅をしてきたような気がした。
最後に目を向けた“ぐるぐる”のオブジェ。その先端は折れていた。それがなぜか、胸に引っかかる。時間の流れ。風化。残されたもの。それでも、確かに“在った”という証。
車に乗り込み、エンジンをかける。あの静かな山と、たった数時間で別れてしまうことが不思議で仕方ない。
山は語らなかった。でも、自分の心は、たしかに何かを語っていた。
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