【奥美濃】不動山・千回沢山に高層湿原は存在するのか


コースタイム
・タンド谷出合〜問題の湿原ポイント(登り4時間、下り3時間)
全部で15時間ほどの山行でした。日の長いこの時期なので、何とかヘッデンのお世話にならずに帰ってこられた。
天候 | 曇り時々晴れ(ときどき小雨) |
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過去天気図(気象庁) | 2025年08月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
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コース状況/ 危険箇所等 |
・ 今回見つけた湿原ではそれなりに希少と思われる植物を確認したため、詳細なルートは非公開にしています。湿原の位置は、不動山・千回沢山のどこか、とだけさせていただきます。 ・ 登路は赤谷本流→タンド谷(帰路はピストン)。どちらの谷も穏やかな平流が基本で容易だが、赤谷で唯一の難所である銚子ヶ滝の手前の淵は左壁をヘツり(帰路は泳いだ)、銚子ヶ滝は左岸を巻いて通過。また、タンド谷は源頭部が非常に急斜面となり、小滝が連続して谷通しが難しくなるため、左右の斜面をからむようなルート取りになる。 ・ 赤谷流域は非常にヌメリが強い(これまで遡行したことのある谷の中でも最強レベル)ため、足元はフェルトソールを強く推奨。ロープは使わなかったが、タンド谷の源頭部が急峻なので、一応持っていたほうが安心ではある。 ・ この時期なのでオロロ(イヨシロオビアブ)の大量発生を当然警戒していたが、2〜3匹見かけた程度だった。もしかして赤谷ってそんなにアブいないの? …いや、そんなことはないだろうな。お盆前後は防虫ネットなど完全防備したほうがベター。 |
写真
感想
なぜ私はあの日、眼下に忽然と現れたあの謎の草原に降り立ち、その正体を確かめようとしなかったのか…。
ここ最近、山中の隠れた池や湿原を訪れる機会が多くなったが(別に「池ハンター」に転向したわけではありません)、その中で、今まで忘れかけていた、ある一つの記憶がにわかに新たな意味を帯び、急速に気になりはじめた。
それは、2020年12月、まだ雪が来る前に、奥美濃の藪の難峰である不動山と千回沢山に入谷の不動谷から登った時のことだった。一面の笹藪の海をひたすらかき分けていると、ある場所で、眼下に小広い草原があるのが藪越しに目に入った。冬枯れの時期で茶色い枯れ草ばかりが目立つものの、この藪尾根に場違いといっていいほど明るく開けた空間に、思わず目を奪われたが、そこまで行くには背丈を越える笹藪を漕いで斜面を一段降りる必要があり、既に数時間に及んでいる(そしてその後も数時間続く)藪漕ぎに疲れていた私は、「単なる干上がった古い池の跡だろう」と考え、そのまま通り過ぎてしまった。
あれはもしかして、実は高層湿原だったのではないか…?
最近の山行で、マイナーな藪山の思わぬ場所で湿原に行き当たるのを繰り返すうちに、そのような疑問が頭をもたげ始めた。そして、あの時、すぐ目の前にあったあの空間の正体を、面倒くさがって確かめに行こうとしなかったことを悔いた。当時はそもそも、山上の「池」には興味があってよく探索もしていたが、「湿原」にはあまり関心がなかった。しかし今は違っていて、むしろ池よりも湿原のほうが断然面白いと思う。動植物相の豊かさが段違いなのだ。
さらに、徳山ダム周辺の旧徳山村エリアでは、これまで高層湿原があるという話を聞いたことがない(思いつくのは五蛇池山の五蛇池くらいだが、こちらは単なる沼地のようになっていると聞いている。また、夜叉ヶ池の古池は、福井県側の斜面にある)。もしあの日見たものの正体が湿原だとしたら、この地域ではなかなか貴重な存在ということになるのではないだろうか。
これは確かめに行かなければならないだろう。今の時期、赤谷流域はオロロ(イヨシロオビアブ)の来襲がすごそうだし、連日の猛暑と少雨のさなかで湿原も干上がってしまっているのではないかという危惧もあったが、とにかく一刻も早く現地に行ってみたい気持ちが勝った。それに、涼しくなって藪が落ち着くのを待っていると、植物の彩りが最も豊かな時期を逃してしまう恐れがある(というか、今の時点でも既に逃しつつある)。
赤谷を歩くのは何度目だろうか。延々と続く緑の回廊、猛暑の最中でも幽邃さを失わない群青の淵々。いつ歩いても素晴らしい谷だ。一方で、その支流のタンド谷に入るのは初めてで、目的の湿原(かどうかはまだ分からないが)を別にすれば、今回の山行の楽しみの一つだった。タンド谷はこじんまりした谷だったが、奥に行けば行くほど原生的な素晴らしい森に包まれていく。途中で出会った大トチは、今季一番、いや歴代でも上位に食い込むと言っていいほどの巨木だった。
急峻なタンド谷源頭部の斜面を慎重な読図でじりじり登り詰め、あの日謎の草原を目撃した問題のポイントにほぼダイレクトに到着。ドキドキしながら藪をかき分けていく。と、目の前に、青々とした草原がいっぱいに広がった。ライトグリーンのミズゴケのじゅうたん、濃緑の針のようなミヤマホタルイの群生、空中を群れなして飛び交う色とりどりのトンボたち…間違いない、高層湿原だ。あの日見た謎の空間は、やはり湿原だったのだ。
ここ最近の猛暑と少雨で湿原も干上がってしまっているのではないか、という危惧は完全に杞憂だった。うっかり踏み込もうものなら途端に膝まで泥炭に潜ってしまい、ひと慌てさせられるほど水分たっぷりだ(そもそも、植生保護の観点から湿原内に入っちゃダメですが)。大きな平坦地があるわけでもないこの小さな藪尾根に、これほどしっかりした湿原があるということ自体驚きだが、おそらく冬の間にこの山域を覆い尽くす豊富な積雪が供給する雪解け水と、侵入者に対してバリケードのように立ちはだかる深い藪が、この山上に孤立した小空間を守り続けてきたのだろう。もしかしたら旧徳山村内唯一の高層湿原と言ってもいいのかもしれない(全域を見て回ったわけではないので、もちろんあまり勝手なことは言えないが)。
そして、嬉しい出会いがあった。白い真綿のようなかわいい実の房飾りが印象的な、サギスゲが自生しているのを見つけたのである。サギスゲは尾瀬で有名なワタスゲの近縁種で、岐阜県では「データ不足」とのことでレッドリストに掲載はされていないが、近隣自治体(福井県、滋賀県、三重県、愛知県)では軒並み絶滅危惧1類として指定されており、特に分布南限である近畿地方では、氷河期の遺存種として数少ない自生地に隔離分布しているのみである。今回出会った湿原はそれらの地域に隣接した山域にあるので、このサギスゲもかなり希少なのではないだろうか。人を寄せ付けぬ不動千回沢の深い藪の中で、おそらく遠い昔からひっそりと生き続けてきたのだろうと思うと、何か愛おしささえ感じられる。
しかし一方で、意外だったのは、モウセンゴケの自生を確認できなかったことだ。こうした山上の湿原ではこれまでも必ずと言っていいほどモウセンゴケに出会ったし、この湿原もその環境が十分整っていると思われるのだが、一株のモウセンゴケも見られなかったのは不思議だった(湿原の中までは入っていないので、単に見逃しているだけの可能性はあるが)。湿原内にはシカの足跡や食痕がかなり見られたので、もしかしたら踏み付けでやられてしまったのかもしれない。他の山域と同じく、奥美濃では近年シカの増加とそれに伴った食害が深刻だが、この山上に隔離された湿原も例外ではなく、このまま事態が進行すれば、サギスゲなどの貴重な植物も消えてしまうかもしれない。
今回、不動山・千回沢山という、奥美濃の大好きな山の隠れた一面に触れることができた気がして、個人的に特別な一日になった。藪山は、その背丈を越える藪の向こうのどこかに、秘密を隠している。そんな秘密の楽園に、ある日藪をかき分けていると、ひょっこり飛び出してしまう。そう何回もあることではない。それでも、そんな瞬間の訪れをどこかで期待しながら、笹藪に目を突かれ、転んで泥まみれになりつつも、人は性懲りもなく藪山に登りつづけるのではないだろうか。
池ハンターのもんりでした(笑)
もんりさんも池ハンティングとは
しかも、そこの池でしたか!
よく到達しましたね〜 青々した草原まで広がっていて、何だかいいところ?
池記号があると気になりますよね〜
閉ざされた場所ならなおさら…
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