2009年の記録:15時間の行動「谷川岳一ノ倉沢のヴァリエーションルート3本の継続登攀」
コースタイム
指導センター3:10→一ノ沢右壁左方ルンゼ→一・二ノ沢中間稜→東尾根→15:00オキノ耳→18:00指導センター
天候 | 御前:晴れ 午後:雪 |
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過去天気図(気象庁) | 2012年09月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 自家用車
・駐車場:ロープウエー山麓駅 |
コース状況/ 危険箇所等 |
・谷川岳遭難防止条例による危険区域の登攀になるので、雪の締まる3月に入ってから、入山禁止になる間の2週間ほどが、登攀可能期間。雪崩の巣窟を通過するルートなので、それ以前もそれ以降も危険。 ・入山届の提出が必要。詳細は「谷川岳登山指導センター」のホームページ参照 http://www6.ocn.ne.jp/~tozan-ce/jyourei.htm ・登攀可能期間中の、気候条件に恵まれた1日を、捉えられるかどうかが、生きて帰れる必要最低条件。 ・登攀に必要なスキル&体力 客観的な(自然の)危険を見て取れる力、ダブルアックスでの氷壁登攀、基本的なロープワーク、雪のナイフリッジを歩くバランス、継続して14〜15時間行動できる体力。 |
写真
感想
谷川岳一ノ倉沢:三つのヴァリエーションルートの継続登攀
<一ノ沢右壁左方ルンゼ→ 一・二ノ沢中間稜→東尾根>
by mizuki
◇一ノ沢右壁左方ルンゼ・・・ 一・二ノ沢中間稜に青氷を連ねて登り上げるアイスルート
◇一・二ノ沢中間稜・・・ やせ細った急峻なナイフリッジ
◇東尾根・・・ 一の倉沢を俯瞰しながら国境稜線へ抜ける豪快なスノーリッジ
この3つのヴァリエーションルートの継続登攀が、私のかねてよりの夢であった。積雪期の一ノ倉沢は厳しい。トレーニングを重ね万全の体制で臨んでも、微細なミスがたちまち死を招く。それ以前に、天候のご機嫌一つで、人間の命なんて翻弄されてしまう山域なのだ。雪と天候の安定した日を捉えられるか・・・、これがこのルートを通過させてもらえるかどうかの鍵を握る。
3月12日の入山者は遭難した。(14日は荒天のため捜索中止。まだ見つかってない。)この日、夜半から降った雪は天神平で65cm。17日以降、気温が急激に上昇する予報だ。この間の15日〜16日の天候次第だ。願わくば、低温・快晴の15日、そしてほどほどの寒さと快晴の16日を・・・。
15日は望み通りになった。16日は15:00〜から天候が崩れだすとの予報。15時には国境稜線へ抜け出て、その日の内に下山できれば安全度は高くなる。私たちは入山を決めた。
下山後、指導センターのホームページで、谷川の危険区域が23日から入山禁止になることを知った。一番良い気候条件を得て、2年越しの念願が叶ったことになる。天に感謝。
1、日時 2009年3月16日(前夜土合入り)
2、ミズキ、T、A
3、コースタイム
指導センター3:10 → 一ノ沢右壁左方ルンゼ → 一・二ノ沢中間稜 → 東尾根 → 15:10オキの耳:国境稜線 → トマの耳:谷川岳山頂 → 西黒尾根 → 18:00指導センター
4、記録
【3月15日】
・久々に土合の長い階段を登った。学生の頃、夜行で到着すると駅舎のよい仮眠場所を求めて、この階段を駆け上ったものだ。
・土合山の家に前泊。労山の会員証で10パーセントの割引。ありがたい。豪華な夕食を頂き、ゆったりとお風呂に入って明日のハードな一日に備える。明日の天気予報は、水上で午後3時から雨との事。山では風雪になるだろう。それまでに国境稜線に抜ける事だ。
【3月16日】
◆一ノ沢右壁左方ルンゼ
・2時15分起床。持参の朝食をとり、身じまいをして出発。
3時10分指導センター。ここまでは除雪されているが、車止めの先からは結構な積雪だ。
・思ったより気温が高い。左方ルンゼ取り付きまでの雪崩状態が心配だ。真っ暗な林道を、ヘッドランプを頼りに歩く。出合のトイレは雪に埋もれていて使用不可能。ここで、個人装備をつける。
・出合いから一ノ倉沢に入る。早速、衝立前沢からの雪崩の舌端部に遭遇。そのデブリの端を回りこむようにしてルートを取る。数日前の積雪でトレースは消されているが、さほどもぐりこまないで通過できる。一ノ沢左稜を過ぎた辺りまでこんな状況だ。
・一ノ沢に入る。ここも両側の尾根からのでぶり。少し空が明るくなって尾根上部の状態が見えるようになってくる。雪庇が発達している。明るくなる前に、左方ルンゼに入ってしまいたい。
・一ノ沢を詰め上がる。傾斜が増してくる頃、一・二ノ沢中間稜から青氷の詰まったルンゼが落ちているのが見えてくる。氷壁はさらに傾斜を増しながら青く空まで駆け上っている。
「一ノ沢右壁左方ルンゼ」だ。
一ノ沢から見えるのはF1〜F4まで。通過して分かったことだが、それぞれが独立した氷瀑になっているのではなく、少し傾斜が緩んだ部分に雪が載って、4つの氷瀑が露出しているのだ。下からはF4の傾斜がきつそうに見える。
・F4の両側の岸壁を朝日が赤く染め始めた。ルンゼに陽光が入り雪が柔らかくなる前に、中間リッジに達したい。さあ、急がなくては。
・F3までの氷瀑はノーザイルでもこなせるグレードだった。でも、傾斜がきつい。安全第一でスタカット登攀をする。適当に立ち木があり、しっかりした支点を作れる。
・陽が高くなるにつれ、ルンゼの表面を絶えず塵雪崩が走り始める。ザザーザザー、ザザーザザー・・・、一際その音が大きくなり、雪煙が空を覆うように広がったと思うと、私達めがけて落ちてきた。
「雪崩れだー。体を壁に押し付けて〜。」と叫んで、自分も氷壁に体を押し付ける。雪は頭やザックをダダダダっとたたいて落ちていく。アックスが氷から剥がれないかと恐怖が体を走る。
・音が小さくなったので、恐る恐る上を見上げる。まだ、粉のような雪が落ちているが、全員、無事だった。小規模の乾いた雪の雪崩だったこと、雪壁の傾斜がきつい所に居たこと等が幸いして、押し流されないで済んだのだ。
・ルンゼの左岸側に陽が当たり始める。絶えず表面を高速で雪が滑り落ちている。日陰の右岸にルートを取ってF4を登攀。取り付きから見た通り、ヴァーティカルアイスだ。
・F4の上は、急傾斜の雪壁が明るく開け、右上方に、F5のチムニー滝が見えている。氷が薄く、岩が出ている。「非常に、悪いなあ〜。」と言いながら、Tが取り付く。左側をミックスで登る。結構、力が要る。
・F5の上からは、完全に陽の光にさらされた急雪壁だ。本によると、中間稜まで200mの高度差である。私達は雪崩を回避するために、右岸の日陰の部分を出来るだけ登り、三分の一ほど登った所から、雪壁を斜め上にトラバースした。雪の下は熊笹のようで、蹴り込んだ雪面に体重を移すと、ズズーっと滑り落ちる。あえぎながら空を見上げる。両側からそそり立つ岸壁に挟まれるように青空があった。午後からの崩れが信じられないほど、澄んで高い。
◆一・二ノ沢中間稜
・ルンゼから中間稜とのコルに登り上げ、反対側を覗いて身がすくむ。足元が無い!
・足元が無いどころか、此処からは信頼できる支点を作るものも無かった!
・中間稜のコルから右手の岩を回りこんだ先には、足の置き場も無いやせ細ったスノーリッジが、アップダウンを繰り返して連なっている。足の幅も無いのだ。でも、もう、いくしかない。
・しばらく誰も入ってないようで、トレースは全く無い。Tが慎重に一歩を踏み出す。リッジの上を通過できないところは、両アックスをリッジの真上に突き刺し、雪面に正対して切れ落ちる雪壁にツアッケを蹴込んで通過する。踵まではステップが入らず、足先半分ほどのスタンスを作りながら蟹歩きだ。
どうにかリッジの上に乗れるところは、アイゼンを引っ掛けないよう、綱渡り。谷を見ると目がくらむので、足元のみに集中する。
・下りは、Tに確保してもらい、私が先頭となる。確保といっても既存の支点など無いのだ。スノーバーを真横に埋め組む幅も無いリッジに立ち、スタンディングアックスビレイ・・・。私が滑り落ちればひとたまりも無いだろう。一蓮托生。
・雪は腐り始めている。でも、白蛇のようにリッジはまだ続く。ランニングビレーもほとんど取るものが無いが、露出した岩角、雪から出ている細い枝を束ねて・・・と、使えるものは何でも使い、リッジを右へ左へと回り込んで通過する。
・3人が一緒に立てる雪面のところで、一休止。初めて水を飲み、あたりの景色を見渡す。
・右手には一ノ倉岳がそそり立ち、その下部には冬でも雪を寄せ付けず、黒々とした衝立岩がその存在を誇示している。左側の烏帽子奥壁には、日本最高難度の「烏帽子大氷柱」が岩を噛んで上部雪田まで達している。ものすごい景観だ。
・Tが、今通過してきたピークを指し、「チャレンジ!アルパインクライミングの裏表紙の写真はあそこだよ。」と、教えてくれる。本当に、そうだ! よくまあ無事で通過できたことよ!
・一の沢を見下ろすと、シンセンノコルからでも下降してきたのだろうか・・・、3人Pが後ろ向きになって下降している。彼らの背後に聳えるように連なるのが、東尾根だ。岸壁上に雪庇を載せて、こちらも、ごつごつとつらなりながら、せりあがっている。東尾根上部は大きな雪のピークとなり、中間稜を吸い込んでいる。そこに2人パーティーが見える。
・両足を置けるぐらい広くなった中間稜をしばらく通過し、東尾根上部のピークへの鞍部で、コンテ登攀に切り替える。長い長い雪壁を登りきり、やっと東尾根との合流点に到着した。
◆東尾根→オキの耳
・合流点からは、東尾根を登攀していた先行Pのトレースを拾う。トレースの状況から、2人だと分かる。それじゃあ、先ほど一ノ沢を下降していた3人Pはどこから来たのだろう? シンセンノコルから戻ったのだろうか?
・第一岩峰を右から回り込む所に大きなシュルントが口をあけていた。その後も、ヒドウンシュルントに片足が落ち込んだり、気が抜けない。
・風が吹いてきた。稜線が近づいている。空がにわかに曇りだし雪がちらつき始める。疲れを感じる。
・巨大な雪庇を胸に抱くようにして左から回り込むと、国境稜線であった。3時10分。
◆オキの耳→トマの耳→西黒尾根→登山センター
・山頂で、今日初めてのまともな食事をして、記念撮影。
・西黒尾根上部は、雪庇の重みで亀裂が入り始めている。雄大な景色を眺めながらその日の内に下山。
・指導センター着18時。15時間の行動を終えた。
ハードな山行は人を謙虚にさせる。巷では、完登(誰かの造語。こんな言葉は無い。)だ、勝利だと、いろいろな言葉が使われるが、おこがましい。自然の中に潜む幾つもの危機を運よくすり抜けて、楽しませてもらっているだけだと感じた。
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