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鴨沢を7時30分に出発し、長い道のりを必死に歩いて、11時30分に山頂に立ちました。体力不足でヘトヘトになりました。30分休憩して、12時に下山開始しました。雪解けの道を雲取山荘に下り、大ダワまで順調に進みましたが、そこで目にしたのは何と大ダワ林道通行止めの表示!「えっ?」となりました。気を取直して山頂まで戻ろうと思いましたが、雪解けのグチャグチャ道を歩くのが嫌で(今なら当然巻き道を使いますが当時はその巻き道を知りませんでした)昭文社の地図を見て、何を思ったか、長沢背稜から天祖山を越えて、日原林道に下ろうと決断したのです。三峰神社へのルートも全く知りませんでした。
これが間違いの始まりで、芋ノ木ドッケへの急登で脚を使い、長沢山までは順調に進みましたが、その先で北側に巻く所を尾根通しに進んだのか定かではないのですが、なかなか天祖山への分岐に着きません。道標を見逃したのかと思い、少し戻ってみたのですが、そうでもなさそうでした。
ここからが最大の失敗なのですが、天祖山の分岐に着かない事にシビレを切らし、右側に下りて行く踏み跡を辿ってしまったのです。途中までは順調に下れたのですが、だんだん踏み跡が怪しくなり、とうとう道が消えてしまい、物凄い急斜面を滑り下りていました。これはマズイと思い戻ろうとしましたが、登り返す力が無く、諦めて下り続けました。
すると、とうとう小川のような細い沢にぶつかってしまい、これは絶対にヤバイと思いました。ここで左上に恐らく天祖山に向かっているであろう稜線が見えたので、そこを目指してグズグズの斜面を、30分以上かけて死にものぐるいで這い上がりました。途中で、やっちゃったかな?と思いました。
何とか稜線に這い上がり、幸運にもきれいな登山道に出ることができ、梯子坂ノクビレの道標を見た時は、助かった!と思いました。
喜んだのも束の間、とうとうバテて脚が止まってしまい、そこからは10m進んでは休むの繰り返しで、時間だけが過ぎていきます。東日原の最終バスに間に合うか、怪しくなってきました。
やっと天祖山の手前まで来た時に、ついに日が暮れてしまい、前に立ちはだかる天祖山を見て、呆然となりました。ここで諦めたら生きて帰れないと思い、最後の力を振り絞って天祖山山頂に登り着きました。
会所に泊まっても良かったのでしょうが、下山を決意。ヘッドランプもなく、月明かりを頼りに、足元だけを見ながら、ソロリソロリと下りました。
どの位歩いたか、やっと八丁橋に辿り着いたのが19時30分、スタートから12時間経っています。水と食料は余っていて、多めに持ってきて良かったと思いました。
バスは無いし、携帯の電波が圏外なのでタクシーも呼べないから困ったな〜と、日原林道をトボトボ歩いていたら、何と後ろから車が来たのです。その車に乗せてもらい、奥多摩駅まで送って戴きました。運転手さん、その節はたいへんお世話になりました。本当にありがとうございました。
というわけで、結果的に事無きを得たのですが、天候に恵まれた事、滑落等しなかった事、何と言っても車に乗せて戴けた事、多くの幸運に助けられたと思っています。
まだ話の続きがあるのですが、また次回にしたいと思います。下手クソな文章、恥ずかしい限りです。お許し下さい。
はじめまして。
失敗談ほどためになる記事はありません。
しかし凄い体力です。
天祖山の下りでは過去にお二人の方が滑落死しています。
ご無事で何よりです。
文章は読みやすいです。
次をお待ちします。
borav64mさん、うれしいコメントありがとうございます。
実は今年のGWに、9年前の失敗の検証をしたんです。その話は次回の日記に書きますので、お楽しみに。
9年前の事にも関わらず、部分的には鮮明に覚えているんですが、何故か天祖山からハ丁橋の間の事は、ほとんど覚えていないんです。今回歩いてみたところ、滑落したら、まず助からないような危険箇所がありました。月明かりがあったとはいえ、よくぞ生きて下りてきたと、空恐ろしくなりました。
この他にもいくつか失敗談があるので、日記にて紹介させていただこうと考えています。それではまた。
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