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囚われた[重衡(しげひら)]鎌倉に着きました。
〔兵衛佐(頼朝)、いそぎ見参して申されけるは、・・・〕
「南都を滅ぼしたのは故太上入道(平清盛)殿の仰せか?」と。
重衡「故入道の成敗でもなく、私の発起でもありません。
不慮の出来事です。」
そして、「昔は源・平競い合って朝廷の警護をしていましたが、源氏は衰運となり、平家は・・・この二十年の繁栄は言葉では表しきれません。
しかし、今、運が尽きてしまいました。
すみやかに首をお刎(は)ねください。」と。
頼朝〔「平家を別して私のかたきと思ひ奉る事、ゆめゆめ候はず。
ただ帝王の仰せこそ重う候へ」〕
と、重衡の身柄を伊豆国住人狩野介宗茂(かののすけむねもち)に預けます。
〔狩野介なさけある者にて、・・湯殿しつらひな(ン)どして御湯ひかせ奉る。〕
その世話を[千手前]が女の童と共に。
千手前、漢詩を朗詠して重衡を慰めます。
重衡も心慰められ、一晩中琵琶を鳴らし、朗詠を吟じていたという。
頼朝〔「誠に優なる人にてありけり」〕
重衡はその後[南都(奈良)]へわたされることに。
(テレビでは「父の仇」と頼朝も。「ゆめゆめ無い」と、読むかぎりでは)居彷人
【写真】クサタチバナ(5/21六甲高山植物園で)
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