〔(維盛の後を追って)舎人武里も同じくいらむとしけるを、聖とり留めければ、力およばず。
「いかにうたくても御遺言をばたがへ奉らんとするぞ。下臈こそなほもうたてけれ。今はただ後世をとぶらひ奉れ」
と泣く泣く教訓しけれども、おくれ奉るかなしさに、後の御孝養もおぼえず、舟底にふしまろび、をめきさけびける有様は・・・〕
[武里]八島へ戻り、維盛の弟[資盛(すけもり)]に手紙を
〔(資盛)「あな心憂。・・・池の大納言のやうに頼朝に心をかよはして、都へこそおはしたるらめとて、大臣も二位殿も、我等にも心をおき給ひつるに、されば那智の奥(おき)にて身を投げてましますごさんなれ。」〕
*[ごさんなれ]=・・・であるようだ。
大臣殿(宗盛)も二位殿(時子/清盛の妻)も、いまさらに嘆き悲しまれた。(疑っていた)
📺昼のニュースで「梅雨、明けた模様」と
(記録的早い時期です梅雨明けは、ゲリラ豪雨なければいいが)居彷人
【写真】今日の空と、今朝のカズラ
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