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昭和50年代の広島カープ黄金期を支えた投打の柱、北別府が白血病を告白・・・。カープを初優勝に導いた山本 浩二までガン告白・・・。
一緒に病と戦います‼ あの闘志を信じます。 私的にコロナより重要命題・・・絶対的なカープ投打のヒーロー「神」。。
2人の新三大を独断と偏見ながら振り返る。
その1:昭和50年10月15日、後楽園球場でカープ初優勝を果たし山本 浩二も古葉監督もファンも皆、涙涙涙。。このシーンを置いて他にないでしょう。
私は4歳だったため、おぼろげな記憶ですが、中日:井上とのデッドヒートを制し(初)首位打者 & セMVP。初優勝の3試合前、ヤクルト:安田投手から放ったレフトスタンドへの先制HRが球団初の優勝マジック「3」を灯してくれました‼ カープの歴史を山本 浩二抜きでは語れません。
※引退会見で「一番印象に残った一打」。
その2:「針に糸を通すよう」と言われた北別府 学の精密なピッチング。自信を持って投げ込んだ後、「ボール」と言われた球審に「どこがっ!」っと鬼の形相で睨みつけていたのが印象に残っています。「愚直」にピッチングの「真髄」を追い求めた結果、球団唯一の(日本のみ)200勝投手となりました。
その3:忘れられない試合、昭和61年10月18日:vs西武ライオンズとの日本シリーズ第1戦(広島市民球場)。何故か日本シリーズでの白星に縁が無かった北別府が渾身の投球を繰り広げます。伏兵:ブコビッチに痛恨の一打を浴びましたが、気迫のこもった素晴らしいピッチング👍。現在のピッチャーに見習って欲しい投球術を随所に披露しました。
0−2で迎えた9回裏、後がないカープの攻撃。相手は歴戦の強者:東尾。1アウトから小早川が目の覚めるようなライトへのHR。1−2。
ここで引退を発表していた山本 浩二。全盛期の力は無いことをファンも感じていましたが、スタンドが壊れるのではないかという「かっとばせ〜コージ‼」の大絶叫。カウント1ストライク1ボール(現在と逆)から東尾の伝家の宝刀:外角低めスライダーをライト方向に一閃。・・・ライト:ブコビッチが差しだすグラブをかすめるように同点ホ〜ムラ〜〜〜ン‼
当時、私は高校生でした。バイトで中国新聞の夕刊配達をしていました。
このシーンを配達直前にみたため、しばらく頭が真っ白で動けず、遅刻(笑)。。
西条の町を新聞配りながら、街角のTVで延長戦:津田 恒実 vs 渡辺 久信が投げ合うシーンも垣間見ながら・・・、忘れられない試合です。。
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