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休日で自分のために使える時間はなく、山に行けない日々。
たまらず子どもたちに、一緒に大文字登らへん?と提案したものの、母の想いは1対2で否決された。
仕方なく私の思いは封印し、それでもとにかく外に連れ出したかったこともあり、提示した出町柳の鴨川べりランチ案はなんとか受け入れてもらう事ができた。
けど、兄弟たちはケンカばかりのわがまま放題。中学生になるお姉ちゃんには、なんでそんな事がわからないの⁇って事やらで、、イライラを超えて悲しくなり。
そして母の目に映る子どもたちの姿は全部自分に返ってきて、後悔なのか至らなさなのかやるせないぶつけようのない負の感情に支配されそうになり。。
こりゃだめだマズイ…というタイミングで下の子のお友達が遊びにきていたらしく、いつの間にか合流して遊びだした。
チャンバラごっこやおにごっこ、ただただ芝生の斜面を転がったり亀石を行ったり来たり。体いっぱい使って遊ぶ様子に、とりあえず子どもたちにとってはよい一日になったとホッとした。
帰りにタネゲンに寄った際、トマトや大葉、ハーブの種に土を買おうとしていたところでおばさまに声をかけられた。「若いのにどこで育てるの?」(若いのに植物を育てて偉いわね、という意味だったみたい)
仕事にも子育てにも何もかもに打ちのめされてるダメダメ人間です…と思いつつも、何故か少し心を軽くしてもらった。
山に登り始めてからは、山が私を癒し明日への活力を与えてくれた。山に行けなくても、山に繋がるモノや事が日々の生活の動機となって、それがないと自分を取り戻せなくなり、山に出会う前は何で自分を鼓舞していたのかがもう思い出せないくらい。
皆一体どうやって子どもたちの気持ちを掴んでるんだろう。どうやったら一緒に山に向かえるんだろう。
今にも花開きそうな蕾と少し遠慮がちに咲きだした桜の花びら越しの大文字に想いを馳せる。
自分の為の時間、正直いってないです
些細なことで楽しみを持ちたいって思います
会社で朝の珈琲の一口目が美味しいとか
そんなことですけれど
正社員で働きながら双子を育てている最中は5分あれば寝れると思うようにしていましたし、無事に一日を過ごせ夕飯を食べれること、家族の健康が一番大事だと言い聞かせていました
自分で選んだ道だとはいえ無我夢中に一生懸命に過ごすことは疲弊し、それらが蓄積しますから無理矢理、連れて行きました
小学生の最高学年になるとついては来なくなりましたけれど
そして今でも一日の終盤は疲れて眠くなります
今、下の双子が大学生になりましたが苦難の連続でした
そして漸く子育ての先が見えたら健康人生の終わりも近づいていることに気付かされます
人類皆、時間だけは平等なので今、少し力を抜いた開放を得るべきだと思います
子供は元気があり親の苦労なんて知る由もないです
かつての私がそうであったように
私の親のしたいこと≒私のしたいことではありませんから
何か良い言葉がかけれると良いのですけれど浮かびません
桜の咲く京都
出町ふたばの豆餅が食べたくなりました
はじめまして🍀
返事が遅くなってしまいましたが、コメントくださりありがとうございます。
「会社での珈琲の一口目が美味しい」…とてもよくわかります!私もその一瞬に癒されながら、なんとかその日一日を乗り越えているような感じです。
でも皆も外からは見えない色々な苦労を抱えながら、一日一日を過ごしているんですよね。
少し先を歩かれている方の子育ての経験をお聞きすると、自分だけではないんだと思えて心が少し軽くなります。
今京都はまさに桜満開で、街は白や淡いピンクに彩られています。
そんな風景に皆ちょっとの癒しと元気をもらっているのかななんて思いながら自転車を走らせていました。私も癒してもらいました😊
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