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更新日:2022年01月09日 訪問者数:2121
ジャンル共通 技術・知識
日本の山々の地質;第2部 北アルプス、2−10章 薬師岳 ー複雑な生い立ちー
ベルクハイル
薬師岳付近の地質図
中央が薬師岳山頂

・薄いベージュ色;火砕流堆積物(火山性岩石)

・赤色;花崗閃緑岩(マグマ由来の深成岩)

・薄い茶色;手取層群(礫岩層)
・ミントグリーン;手取層群(砂岩、泥岩層)

※産総研「シームレス地質図v2」を元に筆者加筆
薬師岳カルデラ火山の復元図
文献1)「超火山 槍・穂高」、p134 より引用
原山 智氏 作図
薬師岳東面、手取層群
文献1)「超火山 槍・穂高」、p130 より引用

文献1の本文の説明によると、カールより下、中腹部に斜め右に傾いている線状構造が、「手取層群」の露出している場所。
薬師岳山頂とその東面のカール
北薬師岳山頂より撮影
 北薬師岳の山頂部にある黒っぽい岩(火山性の火砕流堆積物)が手前に写っている。
(筆者撮影)
薬師岳山頂付近
岩が多いことが良く分かる。(火砕流堆積物)

(筆者撮影)
(はじめに)
 この第2−10章では、2−9章で説明した北ノ俣岳から更に稜線を北上したところにある、薬師岳(やくしだけ;2926m)の地質、地形について説明します。

 薬師岳は、(広義の)「立山山脈」の中ほどに位置し、北アルプス第一とも言える大きな山体で、その存在感を示しています。百名山の一つでもあります。

 また標高も2926mと、2900mを越えています。(広義の)「立山山脈」では、立山(3015m)が唯一の3000m峰で、二番目が剣岳(2999m)ですが、2926mの薬師岳は、標高でいうと第三位にあたります。

 薬師岳は近隣の山から見ると、北アルプスの山の典型のように全体に白っぽい色をした明るい山で、縦走路に沿って歩いても、花崗岩的なザレ、ザクが多い印象の山です(私も地質図を細かく見るまでは、全山が花崗岩類でできていると思っていました)。
 しかし、一見、単調な地質でできていそうな山ですが、実はなかなかに深い歴史と地質を持った山です。
 以下の節で、具体的な地史を説明します。

 また地形的には、東面に大きなカールを3つも持っているのが特徴で、その地形的特徴についても簡単に説明します。
1)薬師岳の地質(1)基盤岩としての花崗岩類
 薬師岳を構成している地質ですが、産総研「シームレス地質図v2」を見ると、3層(4地質体)で構成されているようで、意外と複雑な構造、歴史を持っている山です。

 まず土台部(第1層)を作っている地質は、深成岩の一種である花崗岩類です。但し、生成時代が異なる花崗岩類の2つのゾーンで出来ています。

 山体の東側は、白亜紀末期(約6700〜6500万年前)に地下深くのマグマ溜りで固結した花崗岩でできています。これは、常念山脈北半(常念岳、燕岳など)を形成している花崗岩「有明花崗岩」の続きになります。黒部峡谷の上流部に多いため「奥黒部花崗岩」と名付けられていますが、「常念山脈」北部や「後立山山脈」南部(野口五郎岳、烏帽子岳など)を作っている花崗岩と同類、同時代のものです(文献1)。
 後述の第3層(カルデラ式火山に起因する火砕流堆積物)と密接に関係しています。
 
 一方、山体の西側は、同様の花崗岩類(正確には、花崗閃緑岩)ですが、前期〜中期ジュラ紀(2.0億年〜約1.7億年前)にできた花崗岩類です。「立山山脈」の南部である黒部五郎岳、三俣蓮華岳などを作っている花崗閃緑岩の続きにあたります。

 深成岩(ここでは花崗岩類)は、その当時の地下のマグマ溜りの痕跡であり、ひいてはその地上部で火山活動があったであろうことを示します。よって北アルプスを含む一帯は、ジュラ紀前期〜中期(2.0〜1.7億年前)と、白亜紀末期(約6700〜6500万年前)の2つの時期に火成活動(火山活動)が盛んであったことが推定されます(文献2−a)。

 またこれらの深成岩類と対応するように、ジュラ紀の付加体(丹波―美濃帯、および秩父帯)、白亜紀の付加体(四万十帯)が、日本列島の大洋側に存在することを考えると、これらの時期に、海洋プレートの活発な沈み込み活動があり、沈み込み帯付近では付加体が生成するとともに、少し内陸側ではマグマが地下に溜まって火山活動が盛んであったことが、想定されています(文献2−a)。 
2)薬師岳の地質(2)第2層 ー手取層群ー
 前節で説明した、基盤岩としての花崗岩類の上には、第2層として、ジュラ紀の淡水性堆積層である「手取層群」(てとりそうぐん)が乗っかっています。(文献1)、(文献2−b)。

 産総研「シームレス地質図v2」を見ると、地表に露出している部分は、薬師岳東斜面の中央部、太郎平からの尾根筋の途中まで、また西側斜面の一部にも存在しています。この「手取層群」については、「2−9章 北の俣岳」で詳細を説明しているので詳細は略しますが、その続きになります。

 (文献1)によると、雲の平や水晶岳付近から薬師岳東面を見た場合に、その中腹部に見える帯状の構造が手取層群だ、とのことです。
3)薬師岳の地質(3)第3層 ーカルデラ式火山の痕跡ー
 (2)節で説明した 第2層としての手取層群の上には、さらに第3層として、古第三紀初期(暁新世(ぎょうしんせい);6500〜約6200万年前)に形成された、火砕流堆積物(デイサイト〜流紋岩質)が乗っかっており、薬師岳山頂、そこから北への稜線部、および東側斜面の上部に分布しています。

 火砕流堆積物の存在は、その当時、このあたりに大きな火山があったことを示しています。

 (文献1)によると、薬師岳から、黒部川をはさんで東側にそびえる赤牛岳(標高;2864m)まで含む、幅 約10kmの大きなカルデラ式火山があったと想定されています。同時期には、笠ヶ岳の元となったカルデラ式火山も活動しており、両者は兄弟的な存在です。
 ただし、この「薬師―赤牛カルデラ火山」は相当古い火山であるため、火山体のほとんどが浸食によって失われ、薬師岳の頂上部などの一部にその痕跡を残しているだけです。

 
4)薬師岳の地形的な特徴、東面のカール群
 薬師岳は地質学的にも結構複雑な構成をもった山ですが、地形学的にも興味深い山です。
具体的には、薬師岳の東面には大きなカールが3つもあります。その見事な形態から、「特別天然記念物」に指定されているそうです(文献3)。
(なお、文献3の地形図によると、薬師岳の西面にもカール地形が確認されています)

 これらのカール群の形成時期は明確ではありませんが、最終氷期(約10〜約1.2万年前)の中で形成されたものと考えられます(文献3)、(文献4)。
 
 雲の平や、水晶岳など、薬師岳の東側から薬師岳の山腹を望むと、きれいな形状をしたカール群は良く見えます。

 また、カールの底の部分には、モレーンと呼ばれる氷河堆積物の高まりがあり、山頂からも見えるそうです(文献3)。
(参考文献)
文献1)原山、山本 共著
   「超火山 「槍・穂高」」 山と渓谷社 刊 (2003)
    のうち、第2部、ステージ2章「薬師岳、笠ヶ岳」の項


文献2)日本地質学会 刊
   「日本地方地質誌 第4巻 中部地方」 朝倉書店 刊 (2006)

   文献2−a)文献2)のうち、
    10−1章「白亜紀ー古第三紀深成岩類、概説」の項
    及び 図10.1.2 「中部地方の白亜紀〜古第三紀火成岩類の分布」
  
   文献2−b)文献2のうち、
    4−4章「折立峠の手取層群の扇状地堆積物」の項
    及び 図4.1.1 「富山県南部の手取層群分布域の地質図」


文献3)小泉、清水 編
    「山の自然学入門」 清水書院 刊 (1993)
     のうち、第36章「薬師岳」の項


文献4) 町田、松田、海津、小泉 編
   「日本の地形 第5巻 中部」 東京大学出版会 刊 (2006)
    のうち、4−6章「中部山岳(日本アルプス)の氷河地形」の項
【書記事項】
初版リリース;2020年6月18日
△改訂1;章立ての見直し、変更。文章見直し、一部、加筆、修正。
     (4)節「薬師岳の地形的な特徴 東面のカール群」の項を新設、文章記載。
     参考文献の項を設置、文献を追加。
     山名データを追加。書記事項の項を新設、記載。
      (改定日:2022年1月9日)
△最新改訂年月日;2022年1月9日
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コメント

南岳を境に縦走路が変わる?
bergheilさん、こんばんわ。
bergheilさんの膨大な知識量にただただ唖然としております。
槍穂高連峰の質問なのですが、どんどんお話しが進みタイミングが遅れてしまいました。すみません。

自分が槍穂高の稜線を歩いたのは40年ほど前のことで、もし記憶が間違っていましたらお詫びいたします。
南岳を境にして縦走路の形態が全くと言っていいほど異なっていたと思います。
南岳から南は一言で言えば岩稜で南岳から北は穏やかな(高原のような)縦走路だったと記憶しています。
地質に両者で差はなく、いったいこの違いは何が原因なのでしょうか。
浸食や風化も同様に受けるはずで、なぜあれほど差があるのか、教えていただければ幸いです。
2020/6/23 21:35
Re: 南岳を境に縦走路が変わる?
fujikitaさん、こんにちは。北アルプスについて言えば、実は原山先生の著作(文献1)の受け売りですよ(笑)。

さて、槍穂稜線のうち、南岳から大喰岳(オオバミダケ)までの稜線は確かに、険しい岩稜ではなく、緩い尾根ですね。
槍ヶ岳から四方に伸びる稜線のうち三方は、北鎌尾根、東鎌尾根、西鎌尾根という名がつく険しい岩稜なのに、南は「南鎌尾根」とは言いませんね。

ちょっと考えて見ましたが、槍穂カルデラ火山内に降り積もった火砕流堆積物のうち上下方向で、どの深さの層が露出しているか? という視点で考えると良いのかも知れません。

カルデラの中心部が奥穂高岳辺りだと想定されるので、奥穂高岳辺りは火砕流堆積物の層厚が最大で、現在表面に露出しているのは、底の方で凝結度が強い(=硬い、侵食されにくい)ので、険しい岩峰ができた。

一方、大キレットより北はカルデラの縁(北の縁は、基盤岩である結晶片岩が露出している、飛騨乗越辺り)に近いので、火砕流堆積物の層厚も薄くなっており、凝結度の低いものが堆積したので、侵食に弱くて、岩峰ではなくザレたユルい稜線ができた。

と、考えて見ました。ひとつの仮説ではありますが・・・

原山先生の書かれた(文献1)に、南岳〜槍ヶ岳辺りの断面図も載ってますので、そちらもご覧下さい。
2020/6/23 22:31
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