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更新日:2020年06月18日 訪問者数:243
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日本の山々の地質;第2部 北アルプス、2−10章 薬師岳 〜複雑な生い立ち〜
bergheil
薬師岳付近の地質図
中央が薬師岳山頂、

・薄いベージュ色;火砕流堆積物(火山性岩石)

・赤色;花崗閃緑岩(マグマ由来の深成岩)

・薄い茶色;手取層群(礫岩層)
・ミントグリーン;手取層群(砂岩、泥岩層)
薬師岳カルデラ火山の復元図
文献1)「超火山 槍・穂高」、p134 より引用
原山 智氏 作図
薬師岳東面、手取層群
文献1)「超火山 槍・穂高」、p130 より引用

文献1の本文の説明によると、カールより下、中腹部に斜め右に傾いている線状構造が、「手取層群」の露出している場所。
薬師岳山頂とその東面のカール
北薬師岳山頂より撮影
 北薬師岳の山頂部にある黒っぽい岩(火山性の火砕流堆積物)が手前に写っている。
(筆者撮影)
薬師岳山頂付近
岩が多いことが良く分かる。(火砕流堆積物)

(筆者撮影)
2−10章 薬師岳 〜複雑な生い立ち〜
2−10章 薬師岳 〜複雑な生い立ち〜

この章では、薬師岳の地層、地質について説明します。

 薬師岳は、(広義の)「立山山脈」の中ほどに位置し、北アルプス第一とも言える大きな山体で、その存在感を示しています。
 また標高も2926mと、2900mを越えています。(広義の)「立山山脈」では、立山(3015m)が唯一の3000m峰で、二番目が剣岳(2999m)ですが、2926mの薬師岳は、標高でいうと第三位にあたります。
 また地形的には東面に大きなカールを3つも持っているのが特徴です。

 さて、薬師岳の地質ですが、「地質図」を見ると、3層(4地質)で構成されており、意外と複雑な構造、歴史を持っている山です。

 まず土台部(第一層)を作っている地質は、深成岩の一種である花崗岩類です。但し、生成時代が異なる花崗岩類2ゾーンで出来ています。
 山体の東側は、白亜紀末期(約6700〜6500万年前)に地下深くのマグマ溜りで固結した花崗岩でできています。これは、常念山脈北半(常念岳、燕岳など)を形成している花崗岩「有明花崗岩」の続きになります。黒部峡谷の上流部に多いため「奥黒部花崗岩」と名付けられていますが、「常念山脈」北部や「後立山山脈」南部(野口五郎岳、烏帽子岳など)を作っている花崗岩と同類、同時代のものです。
 後述の第三層(カルデラ式火山に起因する火砕流堆積物)と密接に関係しています。
 一方、山体の西側は、同様の花崗岩類(正確には、花崗閃緑岩)ですが、前期〜中期ジュラ紀(2.0億年〜約1.7億年前)にできた花崗岩類です。「立山山脈」の南部である黒部五郎岳、三俣蓮華岳などを作っている花崗閃緑岩の続きにあたります。

 深成岩(ここでは花崗岩類)は、その当時の地下のマグマ溜りの痕跡であり、ひいてはその地上部で火山活動があったであろうことを示します。よって北アルプスを含む一帯は、ジュラ紀前期〜中期(2.0〜1.7億年前)と、白亜紀末期(約6700〜6500万年前)の2つの時期に火成活動(火山活動)が盛んであったことが推定されます。
またこれらの深成岩類と対応するように、ジュラ紀の付加体(丹波―美濃帯、および秩父帯)、白亜紀の付加体(四万十帯)が、日本列島の大洋側に存在することを考えると、これらの時期に、海洋プレートの活発な沈み込み活動があり、沈み込み帯付近では付加体が生成するとともに、少し内陸側ではマグマが地下に溜まって火山活動が盛んであったことが、想定されます。

 これら花崗岩類の上には、第二層として、ジュラ紀の淡水性堆積層である「手取層群」が乗っかっています。地表に露出している部分は、薬師岳東斜面の中央部、太郎平からの尾根筋の途中まで、また西側斜面の一部にも存在しています。この「手取層群」については、「2−9章 北の俣岳」で詳細を説明しているので詳細は略しますが、その続きになります。
(文献1)によると、雲の平や水晶岳付近から薬師岳東面を見た場合に、その中腹部に見える帯状の構造が手取層群だ、とのことです。

 さらに、その上には第三層として、古第三紀初期(暁新世(ぎょうしんせい);6500〜約6200万年前)に生成した火砕流堆積物(デイサイト〜流紋岩質)が乗っかっており、薬師岳山頂、そこから北への稜線部、および東側斜面の上部に分布しています。
 火砕流堆積物の存在は、その当時、このあたりに大きな火山があったことを示しています。
文献1)によると、薬師岳から、黒部川をはさんで東側にそびえる赤牛岳(標高;2864m)まで含む、幅 約10kmの大きなカルデラ式火山があったと想定されています。同時期には、笠ヶ岳の元となったカルデラ式火山も活動しており、両者は兄弟的な存在です。
 ただし、この薬師―赤牛カルデラ火山は相当古い火山であるため、火山体のほとんどが浸食によって失われ、薬師岳の頂上部などの一部にその痕跡を残しているだけです。

 薬師岳は近隣の山から見ると、北アルプスの山の典型のように全体に白っぽい色をした明るい山で、縦走路に沿って歩いても、花崗岩的なザレ、ザクが多い印象の山です(私も地質図を細かく見るまでは、全山が花崗岩類でできていると思っていました)。
 しかし、一見、単調な地質でできていそうな山ですが、実はなかなかに深い歴史と地質を持った山でした。


文献1)「超火山 槍・穂高」 原山、山本 著、山と渓谷社 刊 (2003)
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この記録へのコメント

登録日: 2015/8/1
投稿数: 341
2020/6/23 21:35
 南岳を境に縦走路が変わる?
bergheilさん、こんばんわ。
bergheilさんの膨大な知識量にただただ唖然としております。
槍穂高連峰の質問なのですが、どんどんお話しが進みタイミングが遅れてしまいました。すみません。

自分が槍穂高の稜線を歩いたのは40年ほど前のことで、もし記憶が間違っていましたらお詫びいたします。
南岳を境にして縦走路の形態が全くと言っていいほど異なっていたと思います。
南岳から南は一言で言えば岩稜で南岳から北は穏やかな(高原のような)縦走路だったと記憶しています。
地質に両者で差はなく、いったいこの違いは何が原因なのでしょうか。
浸食や風化も同様に受けるはずで、なぜあれほど差があるのか、教えていただければ幸いです。
登録日: 2011/5/3
投稿数: 381
2020/6/23 22:31
 Re: 南岳を境に縦走路が変わる?
fujikitaさん、こんにちは。北アルプスについて言えば、実は原山先生の著作(文献1)の受け売りですよ(笑)。

さて、槍穂稜線のうち、南岳から大喰岳(オオバミダケ)までの稜線は確かに、険しい岩稜ではなく、緩い尾根ですね。
槍ヶ岳から四方に伸びる稜線のうち三方は、北鎌尾根、東鎌尾根、西鎌尾根という名がつく険しい岩稜なのに、南は「南鎌尾根」とは言いませんね。

ちょっと考えて見ましたが、槍穂カルデラ火山内に降り積もった火砕流堆積物のうち上下方向で、どの深さの層が露出しているか? という視点で考えると良いのかも知れません。

カルデラの中心部が奥穂高岳辺りだと想定されるので、奥穂高岳辺りは火砕流堆積物の層厚が最大で、現在表面に露出しているのは、底の方で凝結度が強い(=硬い、侵食されにくい)ので、険しい岩峰ができた。

一方、大キレットより北はカルデラの縁(北の縁は、基盤岩である結晶片岩が露出している、飛騨乗越辺り)に近いので、火砕流堆積物の層厚も薄くなっており、凝結度の低いものが堆積したので、侵食に弱くて、岩峰ではなくザレたユルい稜線ができた。

と、考えて見ました。ひとつの仮説ではありますが・・・

原山先生の書かれた(文献1)に、南岳〜槍ヶ岳辺りの断面図も載ってますので、そちらもご覧下さい。
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