(はじめに)
前章で紹介した鹿島槍ヶ岳の山頂からは、北に五竜岳の大きい姿が望めます。端麗な鹿島槍ヶ岳とは違い、ごつごつした感じの男性的な山です。「武田菱」とも呼ばれる山頂付近の雪形から御菱(ごりょう)岳と呼ばれたのが五竜岳に転じた、あるいは、後立山連峰にあることから「後立(ごりゅう)山」と呼ばれ、さらに五竜岳に転じたとも言われますが、五竜岳という強そうな名前がぴったりの山で、日本百名山の一つでもあります。
この章では、鹿島槍ヶ岳との境目ともなっている八峰キレット付近から主稜線、山頂付近の地質、および、山頂から東へ長く伸びる遠見尾根と、その先の仁科山地の地質、地形について説明します。
この章では、鹿島槍ヶ岳との境目ともなっている八峰キレット付近から主稜線、山頂付近の地質、および、山頂から東へ長く伸びる遠見尾根と、その先の仁科山地の地質、地形について説明します。
1)八峰キレットから五竜岳山頂にかけての地質、岩石
さて、産総研「シームレス地質図v2」を見ると、八峰キレット付近に地質の境目があります。八峰キレットは、稜線がV字型に切れ込んた場所ですが、岩もしっかりしているし鎖も整備されているので、思ったほどの難所ではありません。この場所の岩石はがっちりしており、未風化の「黒部川花崗岩」と思われます。
八峰キレットを越えると、それ以降は、爺ヶ岳の章で説明した、「爺ヶ岳火山噴出物」のゾーンになります。産総研「シームレス地質図v2」(20万図)ではそれ以上細かいことが解りませんが、文献1)、文献2)にはもう少し細かい記載があるので、ここでは文献1)をベースに説明していきます。
キレットを越えて少し上り返した当たりで、稜線上の地質(岩石)は、「北俣溶結凝灰岩(きたまた ようけつぎょうかいがん」と名付けられた、溶結した凝灰岩になります。凝灰岩はそもそも、火山灰が降り積もってできる地質(岩石)ですが、火砕流などで高温の火山灰が噴出すると、降り積もった後で、自らが持つ高温により溶結して、硬い岩石となることがあります。この溶結凝灰岩層は、五竜岳の手前までの稜線を覆っています。
五竜岳は、山頂とその南側の稜線に、たくさんの岩峰があり、G0からG7までの名前がついています。特にG3、G4、G5は鎖場もあり、かなり険しいアップダウンを強いられます。この険しい岩峰群は、「五竜流紋岩」と名付けられた流紋岩質の溶岩でできています。流紋岩は火山岩のなかでも珪長質(シリカ分が多い)で、割と硬い火山岩(色はやや白っぽい)です。この流紋岩の性質のため、五竜岳の岩峰群が今でも険しい山稜を形成しているものと思います。
標高2814mの五竜岳山頂からは東北方向に登山道が続いており、岩がちの山頂部から下ってゆくと、途中からややなだらかとなり、白岳(しらたけ;2541m)の近くに五竜山荘があります。 五竜山荘の手前付近は非溶結の凝灰岩でできており、「シラタケ沢凝灰岩」という名前がついています。先に説明したように、溶結していない凝灰岩は、言ってみれは火山灰がただ積もっただけなので、比較的柔らかい岩質で、そのために五竜山荘付近はなだらかな山容になっていると思われます。
「北俣溶結凝灰岩」、「五竜流紋岩」、「シラタケ沢凝灰岩」 いずれも、約160-170万年前に活動した「爺ヶ岳火山」の噴出物です。注1)
注1)文献1)は1989年発行(地質調査時期は1985-87年)とかなり古いため、
地質(岩石類)の形成年代に関する記述が、現代の知見と大きく相違します。
そのため、地質(岩石類)の分布、種類については参照しましたが、形成
年代の記載内容に関しては、ここでは採用していません。
八峰キレットを越えると、それ以降は、爺ヶ岳の章で説明した、「爺ヶ岳火山噴出物」のゾーンになります。産総研「シームレス地質図v2」(20万図)ではそれ以上細かいことが解りませんが、文献1)、文献2)にはもう少し細かい記載があるので、ここでは文献1)をベースに説明していきます。
キレットを越えて少し上り返した当たりで、稜線上の地質(岩石)は、「北俣溶結凝灰岩(きたまた ようけつぎょうかいがん」と名付けられた、溶結した凝灰岩になります。凝灰岩はそもそも、火山灰が降り積もってできる地質(岩石)ですが、火砕流などで高温の火山灰が噴出すると、降り積もった後で、自らが持つ高温により溶結して、硬い岩石となることがあります。この溶結凝灰岩層は、五竜岳の手前までの稜線を覆っています。
五竜岳は、山頂とその南側の稜線に、たくさんの岩峰があり、G0からG7までの名前がついています。特にG3、G4、G5は鎖場もあり、かなり険しいアップダウンを強いられます。この険しい岩峰群は、「五竜流紋岩」と名付けられた流紋岩質の溶岩でできています。流紋岩は火山岩のなかでも珪長質(シリカ分が多い)で、割と硬い火山岩(色はやや白っぽい)です。この流紋岩の性質のため、五竜岳の岩峰群が今でも険しい山稜を形成しているものと思います。
標高2814mの五竜岳山頂からは東北方向に登山道が続いており、岩がちの山頂部から下ってゆくと、途中からややなだらかとなり、白岳(しらたけ;2541m)の近くに五竜山荘があります。 五竜山荘の手前付近は非溶結の凝灰岩でできており、「シラタケ沢凝灰岩」という名前がついています。先に説明したように、溶結していない凝灰岩は、言ってみれは火山灰がただ積もっただけなので、比較的柔らかい岩質で、そのために五竜山荘付近はなだらかな山容になっていると思われます。
「北俣溶結凝灰岩」、「五竜流紋岩」、「シラタケ沢凝灰岩」 いずれも、約160-170万年前に活動した「爺ヶ岳火山」の噴出物です。注1)
注1)文献1)は1989年発行(地質調査時期は1985-87年)とかなり古いため、
地質(岩石類)の形成年代に関する記述が、現代の知見と大きく相違します。
そのため、地質(岩石類)の分布、種類については参照しましたが、形成
年代の記載内容に関しては、ここでは採用していません。
2) 遠見尾根の地質、岩石
遠見尾根は、五竜岳から東の方向へと長く伸び、末端部はスキー場となっています。スキー場のゴンドラが夏場でも運行しているので、五竜岳への良いアプローチルートとなっています。
五竜山荘のすぐ裏手に、白岳(しらたけ;2541m)という丸っこいピークがありますが、白岳付近は、安山岩質の溶岩で出来ています(これも「爺ヶ岳火山」の噴出物です)。
白岳から南東へとやや急な斜面を下っていくと、小さいコルに出会い、そこから遠見尾根の主要部が始まります。ちょうどこのコルのあたりに地質の境界があり、そこから東は、「有明花崗岩」のゾーンになります。
「有明花崗岩」は、常念山脈北部の項などで何回か説明しましたが、白亜紀の花崗岩であり、北アルプスでは、常念山脈北部や裏銀座コースの山などを形成しています。この遠見尾根付近はその北限近くになります。
「有明花崗岩」はどこの地区でもかなり風化が進んで、ザク、ザレの多い地形を形成していますが、遠見尾根を形成している「有明花崗岩」も、他の地区と同様に風化が進んでいるようで、西遠見山、大遠見山(2106m)、小遠見山(2007m)といったピークも、ゆるいピークです。
小遠見山まで行くとその先、登山道は東北方向へと急な下りとなり、地蔵の頭という小ピークに至ります。地蔵の頭付近は、冬場はスキーヤー、夏場はハイカーが訪れる場所です。地蔵の頭の少し手前に、また地質境界があり、地蔵の頭から五竜スキー場を含むゾーンは、超苦鉄質岩類(ちょうくてつしつがんるい;このゾーンでは、かんらん岩)でできています(文献1、2)。
次の唐松岳、八方尾根の章で詳しく説明する予定ですが、超苦鉄質岩類というのはマントル由来の岩石であり、鉄分、マグネシウム分が多いのが特徴です。そのために樹木が育ちにくく、逆にその地質に適応した高山植物が多いという特徴があります。
そのことを知ってか知らずか? 地蔵の頭付近から五竜スキー場のゴンドラ乗り場までは「高山植物園」となっており、(おそらく、人が植えたものが多いと思われますが)、夏場は、外国産の高山植物を含む、色とりどりの高山植物を鑑賞することができます。
五竜山荘のすぐ裏手に、白岳(しらたけ;2541m)という丸っこいピークがありますが、白岳付近は、安山岩質の溶岩で出来ています(これも「爺ヶ岳火山」の噴出物です)。
白岳から南東へとやや急な斜面を下っていくと、小さいコルに出会い、そこから遠見尾根の主要部が始まります。ちょうどこのコルのあたりに地質の境界があり、そこから東は、「有明花崗岩」のゾーンになります。
「有明花崗岩」は、常念山脈北部の項などで何回か説明しましたが、白亜紀の花崗岩であり、北アルプスでは、常念山脈北部や裏銀座コースの山などを形成しています。この遠見尾根付近はその北限近くになります。
「有明花崗岩」はどこの地区でもかなり風化が進んで、ザク、ザレの多い地形を形成していますが、遠見尾根を形成している「有明花崗岩」も、他の地区と同様に風化が進んでいるようで、西遠見山、大遠見山(2106m)、小遠見山(2007m)といったピークも、ゆるいピークです。
小遠見山まで行くとその先、登山道は東北方向へと急な下りとなり、地蔵の頭という小ピークに至ります。地蔵の頭付近は、冬場はスキーヤー、夏場はハイカーが訪れる場所です。地蔵の頭の少し手前に、また地質境界があり、地蔵の頭から五竜スキー場を含むゾーンは、超苦鉄質岩類(ちょうくてつしつがんるい;このゾーンでは、かんらん岩)でできています(文献1、2)。
次の唐松岳、八方尾根の章で詳しく説明する予定ですが、超苦鉄質岩類というのはマントル由来の岩石であり、鉄分、マグネシウム分が多いのが特徴です。そのために樹木が育ちにくく、逆にその地質に適応した高山植物が多いという特徴があります。
そのことを知ってか知らずか? 地蔵の頭付近から五竜スキー場のゴンドラ乗り場までは「高山植物園」となっており、(おそらく、人が植えたものが多いと思われますが)、夏場は、外国産の高山植物を含む、色とりどりの高山植物を鑑賞することができます。
3)仁科山地について
遠見尾根は、白岳から東へと延び、小遠見山で尾根としては終わっていますが、稜線としては、南東方向に分岐があり、その先は南へと延びる低い山並みが続きます。
この南北方向の低い山並みは「仁科山地」と呼ばれており、その東側は仁科三湖および、JR大糸線、国道が通る谷状地形となっています。またその西側も南北に延びる谷状地形となっており、鹿島川とその支流が、後立山連峰主脈との間を隔てています。
この山地自体はあまり登山対象とはなっていないようですが、地形的、地質的には興味深い点があるので、ここで多少説明します。
まず地形的には、南北方向に幅狭く続く形状から類推できますが、東側、西側とも南北走向の断層があり、それらの活動により地塁状になっていると思われます(文献1)。
東側の断層は、神城断層(系)と呼ばれる活断層(現在の活動センスは、東上がりの低角逆断層)です(文献3)。神城断層は、2014年に活動して地震を引き起こし(M;6.7)、白馬村付近を中心に被害がでました(文献4)。
仁科三湖を通るラインは、神城断層系の断層でもあり、第一級の地質境界線でもある、「糸魚川―静岡構造線」(糸静線)が走っている場所でもあります(文献1、文献3)。
なお山地西側の断層は、文献1)によると、「仁科西断層」と名前がついていますが、活断層かどうか?また活動センスがどうか?は不明です。
また地質的には、この山地は、古い堆積岩(主にペルム紀、ジュラ紀)および変成岩でできており、火成岩(火山岩、深成岩)で出来ている後立山連峰主脈とはかなり異なります。この山地は、次章で説明予定の「蓮華帯」に属する地質群の一部であり、その南端部にあたります。
この南北方向の低い山並みは「仁科山地」と呼ばれており、その東側は仁科三湖および、JR大糸線、国道が通る谷状地形となっています。またその西側も南北に延びる谷状地形となっており、鹿島川とその支流が、後立山連峰主脈との間を隔てています。
この山地自体はあまり登山対象とはなっていないようですが、地形的、地質的には興味深い点があるので、ここで多少説明します。
まず地形的には、南北方向に幅狭く続く形状から類推できますが、東側、西側とも南北走向の断層があり、それらの活動により地塁状になっていると思われます(文献1)。
東側の断層は、神城断層(系)と呼ばれる活断層(現在の活動センスは、東上がりの低角逆断層)です(文献3)。神城断層は、2014年に活動して地震を引き起こし(M;6.7)、白馬村付近を中心に被害がでました(文献4)。
仁科三湖を通るラインは、神城断層系の断層でもあり、第一級の地質境界線でもある、「糸魚川―静岡構造線」(糸静線)が走っている場所でもあります(文献1、文献3)。
なお山地西側の断層は、文献1)によると、「仁科西断層」と名前がついていますが、活断層かどうか?また活動センスがどうか?は不明です。
また地質的には、この山地は、古い堆積岩(主にペルム紀、ジュラ紀)および変成岩でできており、火成岩(火山岩、深成岩)で出来ている後立山連峰主脈とはかなり異なります。この山地は、次章で説明予定の「蓮華帯」に属する地質群の一部であり、その南端部にあたります。
(参考文献)
文献1)加藤、佐藤、三村、滝沢
「大町地域の地質」
(地域地質研究報告 5万分の1地質図幅 金沢(10)第31号)
(旧)地質調査所 刊 (1989)
https://www.gsj.jp/data/50KGM/PDF/GSJ_MAP_G050_10031_1989_D.pdf
文献2) 佐藤
「地質で語る百名山;五竜岳」 産総研のホームページ
(作成年度、ネットアップ年度不明)
https://www.gsj.jp/Muse/100mt/goryudake/index.html
文献3) 町田、松田、海津、小泉 編
「日本の地形 第5巻 中部地方」 東京大学出版会 刊 (2006)
のうち、第4部「中部山岳(日本アルプス)」の、
4−9−(2)節 「松本盆地と神城・北城盆地・姫川谷」の項
及び 4−9章内のコラム「佐野坂丘陵と仁科三湖」の項
文献4) 気象庁HP内の記事。
「平成26年11月22日22時08分頃の長野県北部の地震について
(第3報)」
https://www.jma.go.jp/jma/press/1411/23c/201411231155.html
「大町地域の地質」
(地域地質研究報告 5万分の1地質図幅 金沢(10)第31号)
(旧)地質調査所 刊 (1989)
https://www.gsj.jp/data/50KGM/PDF/GSJ_MAP_G050_10031_1989_D.pdf
文献2) 佐藤
「地質で語る百名山;五竜岳」 産総研のホームページ
(作成年度、ネットアップ年度不明)
https://www.gsj.jp/Muse/100mt/goryudake/index.html
文献3) 町田、松田、海津、小泉 編
「日本の地形 第5巻 中部地方」 東京大学出版会 刊 (2006)
のうち、第4部「中部山岳(日本アルプス)」の、
4−9−(2)節 「松本盆地と神城・北城盆地・姫川谷」の項
及び 4−9章内のコラム「佐野坂丘陵と仁科三湖」の項
文献4) 気象庁HP内の記事。
「平成26年11月22日22時08分頃の長野県北部の地震について
(第3報)」
https://www.jma.go.jp/jma/press/1411/23c/201411231155.html
(旧)地質研究所による地質研究報告書
このリンク先の、2−1章の文末には、第2部「北アルプス」の各章へのリンク、及び、序章(本連載の各部へのリンクあり)を付けています。
第2部の他の章や、他の部をご覧になりたい方は、どうぞご利用ください。
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【書記事項】
初版リリース;2020年8月9日
△改訂1;文章見直し、一部加筆修正。
山のデータ追加。2−1章へのリンクを追加。
書記事項の項を新設、記載。
△最新改訂年月日;2022年1月17日
△改訂1;文章見直し、一部加筆修正。
山のデータ追加。2−1章へのリンクを追加。
書記事項の項を新設、記載。
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