また山に行きたくなる。山の記録を楽しく共有できる。

Yamareco

HOME > ヤマノート > 日本の山々の地質;第8部 北海道の山々の地質、8-3章 北海道の地質の概要(その3)「日高帯」
更新日:2021年07月20日 訪問者数:173
ジャンル共通 技術・知識
日本の山々の地質;第8部 北海道の山々の地質、8-3章 北海道の地質の概要(その3)「日高帯」
bergheil
日高山脈中北部の地質図
1)右側のゾーン 「中の川層群」
 ・黄緑色;砂泥互層
 ・薄い黄色;砂岩
 ・薄い水色;泥岩

2)中央部;「日高変成帯」
 ・薄いベージュ;花崗岩
 ・紫色;閃緑岩
 ・あずき色;ハンレイ岩
 ・オレンジ色;泥質片岩(日高変成岩)
 ・濃い朱色;片麻岩、角閃岩等(日高変成岩)

3)日高変成帯の左側の幅狭いゾーン
  「ポロシリオフィオライト帯」
  ・こげ茶色;苦鉄質片岩、角閃岩など
  ・くすんだブルー;変成ハンレイ岩

4)さらに左側のゾーン
   「イドンナップ帯」
  ・グレー;メランジュ相付加体
  ・くすんだブルー;玄武岩質付加体

5)もっとも左側のゾーン
  「空知ーエゾ帯」の各地層群

▲印は、主な山


※ 産総研「シームレス地質図v2」を元に、筆者加筆
日高山脈南部の地質図
1)右手のゾーン;「中の川層群」
 ・黄緑色;砂泥互層
 ・薄い黄色;砂岩
 ・薄い水色;泥岩

2)中央の暖色のゾーン
  「日高変成帯」と「ポロシリオフィオライト帯」
 ・オレンジ色;泥質片岩(日高変成岩)
 ・薄目の朱色;トーナル岩など(深成岩)
 ・濃いめの朱色;片麻岩、角閃岩(日高変成岩)
 ・濃い赤紫色;ハンレイ岩
 ・濃い青紫色;カンラン岩(幌満カンラン岩体)

3)左手のゾーン;「イドンナップ帯」
 ・グレー;メランジュ相付加体
4)最も左手のゾーン;「空知ーエゾ帯」の各地層群

▲印は、主な山


※ 産総研「シームレス地質図v2」を元に、筆者加筆
日高山脈の地質概念図(東西方向断面図)
・緑色;日高変成帯」中の変成岩類
・点々ありの赤色;「日高変成帯」中の深成岩類

・青色;「ポロシリオフィオライト帯」

・(左手の)薄いオレンジ色;「イドンナップ帯」
・(右手の)こげ茶色;「中の川層群」

・赤い線;衝上断層(HMTとHWT)

※ (文献1−b) 図4.3.2
   「日高山脈の東西模式断面図」を元に、
   着色    
「日高変成帯」の垂直方向構造模式図
・最上部の茶色;「中の川層群」(非変成堆積層)
・緑色;各種変成岩類
・赤色;深成岩類(トーナル岩、ハンレイ岩など)
・最下部の黒色;カンラン岩(上部マントル部分)

・23km部の赤い線;HMT断層に相当する。
(この線より上部が、「日高変成帯」として日高山脈に露出していることを意味する)

※ 文献1−b)図4.3.1「日高変成帯の模式柱状図」に着色
日高山脈から夕張山地までの地下深部構造概念図
・右手の緑色部分(左上がり部):千島弧の上部地殻
・右手下の緑色部分(左下がり部);千島弧の下部地殻
・右手下のピンク色部分;上部マントル(千島弧)

・青色(中央のわずかな領域);「ポロシリオフィオライト帯」
・右手の茶色部分;「中の川層群」
・中央上部の茶色部分;「イドンナップ帯」

〇千島弧の西進運動により、東北日本弧と衝突し、千島弧がワニ口形に裂け、間に東北日本弧地殻下部が存在していることを示している。

※文献6の図2「日高衝突帯ならびに前縁褶曲・衝上断層帯の地下構造断面図」を元に着色
「日高帯中部」地域の地質図
〇「日高帯中部」地域の白亜紀〜古第三紀始新世 付加体型地質(青い線で囲んだ部分)
・中央部のグレー部分;メランジュ相付加体

・周辺の黄色、オレンジ色;新第三紀、第四紀の火山岩類

赤い▲は、主な山

※産総研「シームレス地質図v2」を元に筆者加筆
「日高帯北部」地域の地質図
〇「日高帯北部」地域の、白亜紀〜古第三紀始新世 付加体型地質(青い線で囲んだ部分)
・グレー;メランジュ相付加体
・くすんだ薄いブルー;泥岩
・黄緑色;砂泥互層
・薄い黄色;砂岩

〇サロマ湖内陸側の黄緑色;砂泥互層(湧別層群)

赤い▲は主な山、◎印は主な都市、町

※産総研「シームレス地質図v2」を元に筆者加筆
(はじめに)
 前の第8−2章では、「空知―エゾ帯」の地質について説明しました。
 この第8−3章では、「空知―エゾ帯」の東側にあり、「空知―エゾ帯」と共に、北海道中軸部を構成している、「日高帯」の地質について説明します。

 さて、「日高帯」は、(文献1)でも書かれているように、どこまでを「日高帯」とするかという東西の境界問題、さらに、「日高帯」をどういう地質ゾーンとして考えるか?という点で、いまだコンセンサスが得られておらず、なかなか説明も難しい「地帯」です。

 ここでは、(文献1)で書かれている地帯構造区分の「日高帯」を基本として説明します。
 
 また、(文献1)における「日高帯」は、前の「空知―エゾ帯」と同様、由来や形成過程が異なると思われる複数の地質体を、便宜上まとめたような「地帯」です。
 そこでこの章では説明の都合上、「日高帯」を、以下の4つの「亜帯」に分け、それぞれの「亜帯」毎に説明します。

  ・「日高帯」を構成する「亜帯」(注1)
    a)「日高変成帯」 
       (従来、「日高変成帯主帯」と呼ばれていた「亜帯」(文献1−a、1−b))
    b)「ポロシリオフィオライト帯」
       (従来、「日高変成帯西帯」と呼ばれていた「亜帯」(文献1−a、1−c))
    c)「中の川層群」
       (従来、「日高累層群」と呼ばれていた「地帯」の一部(文献1−d))
    d)「日高帯北部」地域
       (従来、「日高累層群」と呼ばれていた「地帯」の一部
          (文献1−e)、(文献1−f))
       (「日高帯中部」地域も、ここに含めて説明します)


 注1)この章で分類した「亜帯」は、「亜帯」の名称も含め、必ずしもオーソライズ
    された区分、名称ではありません。
    この章での説明のために、(文献1)を参考とし、筆者(私)が
    便宜上分けたものです。
1)日高変成帯
1−1)「日高変成帯」の名称、範囲について
 「日高変成帯」という「地帯」名称は、従来は次節の「ポロシリオフィオライト帯」も含めた「地帯」(もしくは「亜帯」)に付けられていた名称で、日高山脈に沿って帯状に南北に分布する、変成岩類の分布域の総称でした。
 
(以下この部分を、説明のために「旧・日高変成帯」と書くことにします。なお文献1−a)、1−b)、1−c)では この部分を「“」付きで「”日高変成帯“」と表記しています。)

 文献1−a)によると、「旧・日高変成帯」については、1990年代に、日高山脈の稜線よりやや西側に沿って延びる断層(かつ地質境界線)である、「日高主衝上断層」(ひだか・しゅ・しょうじょう・だんそう:”Hidaka Main Thrust”、略称は “HMT”)によって、二つの由来が異なる「亜帯」に分ける考え方ができ、HMTより東側(日高山脈主稜線を含む)を「日高変成帯主帯」と呼び、HMTより西側(日高山脈の西側山腹部の、幅 約1-4kmの細長い地質体部分)を、「日高変成帯西帯」と呼ぶようになりました(文献2)

 現在入手可能な成書、各種文献でも、上記の「日高変成帯主帯」、「日高変成帯西帯」という表記は、良く使われています。
 が、(文献1)においては、(文献3)、(文献4)などを元に、「日高変成帯西帯」を「ポロシリオフィオライト帯」と表記し、「日高変成帯主帯」を、(狭義の)「日高変成帯」と表記しています。

この章でも、上記の表記法に従います。
1−2)「日高変成帯」を構成する地質とその層序
 「日高変成帯」は、日高山脈のうち、南北に延びる主稜線部、その東側(十勝側)山腹・山麓部、および主稜線の西側の一部(HMTまでの範囲)に分布している、高温型変成岩を主体とし、一部に深成岩類を含む「亜帯」です。

 「日高変成帯」を構成している地質(岩石類)のうち、深成岩類を除く地質は変成岩類であり、かつ東側から西側に向かうに従い、変成度が増していく傾向が認められています。
 また変成岩の分類上は、高温型(高温低圧型、あるいは低P/T型)変成岩に分類されています。

 特に「日高変成帯」の中部(カムエク岳、ペテガリ岳、ヤオロマップ岳、神威岳付近)では、東側(十勝側)から西(石狩側)へと順に、低変成度の堆積岩、中変成度である結晶片岩類(主に泥質片岩)や片麻岩、高変成度である角閃岩、グラニュライトが、割ときれいに並んで分布しており、変成岩の詳しい研究も、この日高変成帯中部の岩石を元に進んでいます(文献1−b)。
 この分布状況は、産総研「シームレス地質図v2」でも良く確認できます。
 
 なお、「日高変成帯」では高温型変成岩類以外に、深成岩類として、トーナル岩が部分的に分布しています。トーナル岩は、地下深くで珪長質マグマができ、「日高変成帯」中の衝上断層に沿って、そのマグマが貫入してできた岩石だと推定されています。

 さらに「日高変成帯」の北部(ピパイロ岳から日勝峠付近)、及び「日高変成帯」の南部(楽古岳〜襟裳岬付近、およびアポイ岳付近)には、苦鉄質深成岩であるハンレイ岩や、超苦鉄質岩(=マントル由来の岩石)であるカンラン岩類(カンラン岩、蛇紋岩)が比較的広範囲に分布している一方、変成岩類の分布が限られています。これらの苦鉄質岩、超苦鉄質岩類と、日高変成岩類との関係は、必ずしも明確にはなっていないようです。

 「日高変成帯」中の変成岩の(変成作用を受ける前の)原岩としては、東側の低〜中変成度領域は、泥質、砂質の堆積岩が主で、西側の高変成度領域は、苦鉄質岩が主だと推定されています(文献1−b)
1−3)「日高変成帯」の形成と露出のメカニズム
 この「日高変成帯」を構成する変成岩類は、そのきれいな帯状の分布、東から西側へと累進的に変成度が上がるという特徴、および変成岩の推定変成条件を元に、元々は島弧の地殻を構成していた岩石だったものが、おそらく千島外弧の西進運動により、圧力を受けて、めくれ上がったような状態になっている(=島弧の地下断面が地表に現れている)、と推定されています(文献1―b、文献5−a、文献6 ほか)。

 最も変成度の高い、HMTに近い部分(もっとも西側部分)に分布するグラニュライト類は、圧力でいうと約700MPa、深さに換算すると、約20-23kmに相当すると推定されています(文献1−bの、図4.3.1)。

 つまり、本来は地表から地下深く(マントルとの境界であるモホ面まで)までを構成している島弧地殻のうち、地表部から深さ約23kmまでの部分の断面が、現在、地表に現れている、ということができ、日本列島の地質の中でも、非常に珍しい地質構造が地表に現れている、と言えます。

 なお、その島弧とは、現在の千島弧であると考える学説が多いようです(例えば、(文献5−a),(文献6))。
 一方、(文献1−b)では、白亜紀末から古第三紀初頭にかけ、「日高島弧」というものが存在し、その「日高島弧」が横倒しになって、島弧断面を表している、と考察しています。
 ただし「日高島弧」とはそもそもどのような状況下で形成され、どのような地史を持つ島弧なのか?という点は、(文献1−b)では明確にされていません。
 
2)ポロシリオフィオライト帯
 2−1)ポロシリオフィオライト帯の概要
 「ポロシリオフィオライト帯」という「亜帯」は、「日高変成帯」の西側(石狩側)に沿って、幅が約1ー4km、長さは南北に約60kmと、紐のような細長い形状で分布している「亜帯」です。
  西側の「日高変成帯」との境界は、日高主衝上断層(HMT)という断層で区切られています。また東側は「イドンナップ帯」と、日高西縁衝上断層(略称:HWT、Hidaka West Thrust)という断層で区切られています。
 本稿では「ポロシリオフィオライト帯」について、(文献1−c)を元に、説明します。

 なおここで、「ポロシリ」という名称は、日高山脈最高峰、かつ百名山の一つでもある「幌尻岳(ぽろしりだけ:2052m)に基づくと思われ、実際、幌尻岳を含む地域は、この「ポロシリオフィオライト帯」に含まれます。

 また「オフィオライト(Ophiolite)」とは、玄武岩、ハンレイ岩、超苦鉄質岩類を主な構成要素とする複合岩体が、島弧や大陸中に分布しているものを意味し、海洋地殻(もしくは海洋プレート)の断片だと考えられています。 注2)、注3)

 この「ポロシリオフィオライト帯」を構成している岩石類は、後の変成作用により、ほとんどが、変成岩の一種である結晶片岩や角閃岩に変化しています。
 産総研「シームレス地質図v2」では、この「亜帯」の構成岩石を、苦鉄質片岩、苦鉄質グラノフェルス、角閃岩、変成ハンレイ岩、変成カンラン岩と記載しています。

 この「亜帯」の岩石のほとんどが、変成岩化していますが、化学組成分析などにより、原岩が復元されており、玄武岩、ハンレイ岩、カンラン岩類が原岩と推定されています(文献1−c)、(文献4)。

 このことより、この「ポロシリオフィオライト帯」は、海洋地殻(もしくは海洋プレート)がトラップされたのち、変成作用を受けたものと推定されています。
 いずれにしろ、西側にある島弧起源とされる「日高変成帯」とは、由来が異なります。

ーーーーーーー
(以下 注釈の項)

注2)「海洋地殻」とは、海洋底を構成する岩石のうち、マントルより上の部分を意味し、
   主に、上部が玄武岩類、下部がハンレイ岩(玄武岩の深成岩相に相当)により
   構成されています(岩石の化学組成による定義)。
    海洋地殻を構成する玄武岩、ハンレイ岩はともに、鉄やマグネシウム含有量が
   多いことが特徴であり、岩石分類上は「苦鉄質岩」と呼ばれます
    (文献7)、(文献8)、(文献9)。

    一方「海洋プレート」とは、「海洋地殻」に加え、マントル上部の一部を含んだ、
   剛体的な力学的性質を持つ、板状の部分を意味します(力学的、物性科学的な定義)。
    海洋プレートに含まれるマントル上部は、カンラン岩類からなると
   推定されています。

    カンラン岩類は地殻内や地表では、水分(H2O)と反応して蛇紋岩へと変化する
   ことが多く、日本列島の中でも、マントルを構成していたカンラン岩が
   そのまま変成せずに地表に現れているのは、北海道のアポイ岳付近
   (「幌満カンラン岩体」)と、四国の東赤石岳付近(「東赤石カンラン岩体」)
   程度です(文献7、文献8、ほか)。

   一方、蛇紋岩は、北アルプスの八方尾根、東北の早池峰山など、
  日本列島の各所に分布しています。
   カンラン岩類は「苦鉄質岩」よりさらに、鉄やマグネシウム分が多いのが特徴で、
  日本語では「超苦鉄質岩類」と呼ばれます。(文献8)、(文献9)。


 注3)「オフィオライト」については、日本におけるオフィオライト研究の第一人者、
    ともいえる石渡先生が作成した、文献10)に詳しい説明があります。
     ここで説明した「ポロシリオフィオライト」の他、日本列島内では、
    近畿地方北部にある「夜久野(やくの)オフィオライト」や、
   「大江山オフィオライト」が有名です。
2−2)「ポロシリオフィオライト帯」の起源、地史について
 「ポロシリオフィオライト帯」の起源や地史は、必ずしも明確にはなっていないようです。そもそも「島弧」起源の「地帯」と、「海洋プレート」起源の「地帯」とが隣接していることが、非常に不思議なことに思われます。

 文献1−c)、文献4)(いずれも同じ筆者)によると、「ポロシリオフィオライト帯」は、白亜紀中期に形成された海洋プレートがその起源であり、何らかのテクトニックな活動によって、その一部が島弧の一部に取り込まれ、その後、地下深くの高温高圧下の条件下で変成作用を受け、さらにその後、上昇に転じて現在、地表に現れている、と推定されています。

 ただし前述のとおり、この「ポロシリオフィオライト帯」の西側にある「日高変成帯」との間は衝上断層(HMT)で、東側にある「イドンナップ帯」との間も衝上断層(HWT)で区切られており、両側の地質体(「亜帯」)との地史的な関係、関連は不明です。
   
3)中の川層群
 「中の川層群」とは、日高山脈の東側(十勝側)の山麓部に、日高山脈の延びる方向と
 同じく、南北に分布する、堆積岩よりなる地層群の名前です。
  東西方向の幅が10―20km、南北方向の長さが約60kmの細長い地層群です。
  また以前は、4)項の「日高帯北部」地域や「日高帯中部」地域の地層群と共に、
 まとめて「日高累層群(ひだかるいそうぐん)」と呼ばれていた地質群です。

  「中の川層群」の西側は「日高変成帯」に接しています。東側は十勝平野にある
 「広尾断層」という断層で、さらに東側の新第三紀の地質と接しています。

  産総研「シームレス地質図v2」においては、日高山脈の十勝側山麓に沿って、
 「砂岩、泥岩、砂岩泥岩互層;後期白亜紀−始新世付加体」と表記されている
 地質ゾーンが、ここでいう「中の川層群」に相当します。

 「中の川層群」は、ここでは(文献1)に基づいて、「日高帯」の一部として説明しますが、
 その東側の「地帯」である「常呂帯(ところたい)」に含む、という学説もあるようです。

 「中の川層群」については、細かく調査、研究した論文類も少ないようで、(文献1)の中でも、その扱いは2ページ程度とわずかです(文献1−d)。

 (文献1−d)によると、「中の川層群」を構成する地質は、主に、砂岩、泥岩、砂泥互層です。(文献1−d)ではこれらをまとめて「タービタイト相」(の地質)と記載しています。
 また一部には「メランジュ相」(混在相)を含み、「メランジュ相」域では、玄武岩類、火山性砕屑岩、チャートなどの、海洋プレート起源と思われる岩体が含まれます。

 このような地質学的特徴から、一般に「中の川層群」は、付加体性の地質体と推定されていますが、(文献1−d)では、その点は明確に説明されていません。

 この「中の川層群」(付加体?)の形成時期(付加年代)は、含まれる放散虫化石より、白亜紀後期(約100〜66Ma)〜古第三紀 暁新世(ぎょうしんせい:66〜56Ma)の年代が推定されています。

 「中の川層群」は、西側の「日高変成帯」へと向かい、累進的な弱い変成作用をうけており、このことから元々、「中の川層群」と「日高変成帯」は一体のもので、東側の「中の川層群」が、地殻上部の非変成から弱変成相、西側の「日高変成帯」が、地殻中部〜下部の変成相である、と考えられています。

 ※ ”Ma”は、百万年前を意味する単位
4)「日高帯北部」地域など
(文献1)の北海道の「6地帯区分法」に基づくと、「日高帯」は、日高山脈付近だけでなく、その北方延長部として、北海道中央部から東北部(オホーツク海側の沿岸部)も「日高帯」の領域とされています。
 
 この領域には、白亜紀の年代を示す堆積岩ゾーンが大きく2か所あります。
一つは、北海道中部(大雪山系、十勝連峰の東側の山地部分)、もう一つはオホーツク海沿岸部から内陸にかけて(紋別市、滝上、白滝、天塩岳付近)、です。

 それ以外に、産総研「シームレス地質図v2」を見ると、道北の音威子府(おといねっぷ)の東方 約20km付近に、白亜紀の付加体性地質体が孤立して分布しており、また、更に北方の浜頓別(はまとんべつ)付近にも、白亜紀の付加体性地質体が孤立して分布しています。

 この第4節では、このうち、北海道中部の地質体(4−1項、「日高帯中部」地域)と、北海道北部の地質体(4−2項、「日高帯北部」地域)について、(文献1−d)および産総研「シームレス地質図v2」に基づき、以下、多少詳しく説明します。
4−1)「日高帯中部」地域
 北海道中部の中生代堆積岩ゾーンは、(文献1−d)では、「上支湧別(かみしゆうべつ)―十勝川上流地域」と呼ばれており、東西に約40km、南北に約70kmのかなり広い範囲に分布しています。ここではこの領域を、「日高帯中部」地域と仮称します。

 産総研「シームレス地質図v2」を見ると、十勝平野の北部の丘陵から、十勝川上流域に沿って、ニペソツ岳(2013m)、石狩岳(1932m)、武利岳(ぶりだけ:1878m)付近へと、北北東−南南西の走向を持つ地質体が分布しており、「混在岩(メランジュ相)、 後期白亜紀―始新世付加体」との説明書きがあります。
 この領域が、(文献1−d)で言うところの、「上支湧別(かみしゆうべつ)―十勝川上流地域」(=「日高帯中部」地域)に該当すると思われます。

 (文献―d)によると、「日高帯中部」地域における堆積層の厚さは、最大で3400mにも及びます。
 また、構成する主な岩石としては、(文献1−d)によると主には砂泥互層で、部分的に泥岩、砂岩、玄武岩類を含みます。まれにチャート、石灰岩の岩塊を含む、とされています。
 産総研「シームレス地質図v2」では、「混在岩(=メランジュ相)」との説明書きがあります。

 堆積年代は、放散虫化石年代として、白亜紀後期(カンパニアン期;83-72Ma)の値が得られていますが、全領域での詳しい化石年代測定はされていないようで、明確な堆積年代は不明です。
 なお玄武岩類は、海洋プレート起源ではなく、現地性の火山活動による噴出物と推定されています。

 (文献1−d)では、この「日高帯中部」地域の堆積岩層を、「前弧海盆堆積層」ではないか? としていますが、産総研「シームレス地質図v2」では、「付加体」としており、どちらの見解が正しいか? はっきりしていないようです。

 ※ ”Ma”は、百万年前を意味する単位
4−2)「日高帯北部」地域
 北海道のオホーツク海沿岸部から、内陸部の北見山地の中部から南部にかけても、「日高帯中部」地域と同様の、主に中生代堆積岩からなる地層群が、南北に約40km、東西にも約40kmの範囲で分布しています。
 この領域は、(文献1−d)では、「日高帯北部」と呼ばれています。ここでもその呼称を使用します。

 産総研「シームレス地質図v2」を見ると、旭川から遠軽(えんがる)へと続くJR石北本線のラインより北側(=北見峠より北側)の、いわゆる「北見山地」に、泥岩、砂泥互層、メランジュ相地質体(形成時代はいずれも白亜紀後期〜古第三紀初期)が分布しており、これが、(文献1−d)でいう「日高帯北部」地域に該当すると思われます。

 (文献1−d)によると、「日高帯北部」地域を構成する主な岩石は、前述の北海道中部のものと類似し、砂岩、泥岩、砂泥互層、礫岩、玄武岩質火山岩類です。

 「日高帯北部」の地質の形成時期は、(文献1−d)によると、放散虫化石年代として、前期白亜紀〜古第三紀 始新世まで及んでいます。

 (文献1−d)では、「日高帯北部」領域は、結局のところ、どういう堆積環境で堆積した地質なのか? (=すなわち、付加体性の地質体なのか? 前弧海盆堆積層のような非付加体性の地質体なのか?) 明確にされていません。

 一方、産総研「シームレス地質図v2」の地質解説では、この「日高帯北部」地域のうち、白亜紀〜古第三紀にかけての堆積岩類(泥岩、砂泥互層、混在岩(メランジュ相))を、「後期白亜紀-始新世 付加体」とし、付加体性の地質体であると明記しています。

 また、(文献1−d)によると、「日高帯北部」領域のうち、紋別(もんべつ)―湧別(ゆうべつ)の間を境界とし、湧別側の堆積岩類よりなる地質群(湧別層群:ゆうべつそうぐん)は、「日高帯」ではなく、東隣りの「常呂帯(ところたい)」に属する、という考え方も述べられており、「日高帯」、「常呂帯」という「地帯」の定義や、テクトニックな位置づけにも関係し、コンセンサスが得られていないようです。


 そもそも、狭義の「日高帯」は元々、日高山脈に分布する変成岩類(日高変成帯)を意味していたのではないか?と思われますが、日高山脈から数百kmも離れたこの地域、かつ変成岩ではなく堆積岩分布域を、同じ「地帯」として良いのか?という疑問もわきます
 (この段落は私見です)。

 また、日高山脈の東部(十勝側)に分布する堆積岩層である「中の川層群」(本章 第3節)との関連も、明確ではありません。


 なお、「日高帯中部」地域にある主な山は、石狩岳(標高:1932m)ぐらいですが、隣接する地域には、第四紀火山であるニペソツ山(2013m)、ウペペサンケ山(1848m)などがあります。

 また、「日高帯北部」地域にある主な山は、北見山地に属する、北見富士(標高:1306m)、天塩岳(1558m)、ウエンシリ岳(1142m)などです。
(参考文献)
文献1)日本地質学会 編
 「日本地方地質誌 第1巻 北海道地方」 朝倉書店 刊 (2010)

    文献1−a)
      文献1)のうち、第4部「日高衝突帯(日高山脈)の地質と岩石」
        4―1章 「概説」の項
         
    文献1―b)
      文献1)のうち、第4部「日高衝突帯(日高山脈)の地質と岩石」
         4−3章 「日高変成帯」の項
          及び 図4.3.1「日高変成帯の模式柱状図」
             図4.3.2「日高山脈の東西模式断面図」

    文献1−c)
      文献1)のうち、第4部「日高衝突帯(日高山脈)の地質と岩石」
         4−2章 「ポロシリオフィオライト帯」の項
          及び 図4.2.2「ポロシリオフィオライトの原岩層序」

    文献1−d)
      文献1)のうち、第2部「中生代〜古第三紀収束域の地質体」
         2−2−4節 「日高帯の付加体」の項のうち、以下の各項
          b)項 「大樹(たいき)―広尾(ひろお)地域」の項
          c)項 「上支湧別(かみしゆうべつ)―十勝川上流地域」の項
          d)項 「中部〜南部 北上山地地域」の項

    文献1−e)
      文献1)のうち、第2部「中生代〜古第三紀収束域の地質体」
         2−2−4節 「日高帯の付加体」の項のうち、
          d)項 「中部〜南部北見山地地域」の項


    文献1−f)
      文献1)のうち、第4部「日高衝突帯(日高山脈)の地質と岩石」
         4−4章「日高帯北部の深成岩類」の項


文献2)小松、在田、宮下、前田、本吉
   「日高変成帯西帯と主帯の境界」
      日本地質学会 第86年会 講演要旨、p289 (1979)
   (※ 本論文は、インターネット上に論文本体はアップされていないもよう)

文献3)Miyasita,S and Yoshida,A
    “Geology and petrology of the Shimokawa ophiolite (Hokkaido Japan)
     Prec. 29th IGC Ophiolite Symposium , part D , pub., Netherland,
      p163-182,(1994)
  (※ 本論文は、インターネット上に論文本体はアップされていないもよう)

文献4)宮下、足立、田中、中川、木村
   「ポロシリオフィオライトの生成場:微量成分組成からの検討」
      地質学雑誌、第113巻、p212-221、(2007)

  https://www.jstage.jst.go.jp/article/geosoc/113/5/113_5_212/_pdf

文献5)小畦(※)、野上、小野、平川 編
   「日本の地形 第2巻 北海道」東京大学出版会 刊 (2003)

   文献5−a)文献5のうち、 
     1−3―(2)節「北海道の地質発達史概要」の項
     及び、図1.3.5「日高衝突帯及び前縁褶曲・衝上断層帯の地質と地下構造」
        
    ※注;「畦」の字は、本来は旧字体


文献6)伊藤
  「日高衝突帯−前縁褶曲・衝上断層帯の地殻構造」
     石油技術協会誌 第65巻 p103-109 (2000)

  https://www.jstage.jst.go.jp/article/japt1933/65/1/65_1_103/_pdf

文献7) 西本 著
   「観察を楽しむ 特徴がわかる 岩石図鑑」ナツメ社 刊 (2020)

文献8) チームG 編
   「薄片でよくわかる岩石図鑑」 誠文堂新光社刊 (2014)

文献9)榎並 著、(大谷、長谷川、花輪 編集)
   「現代地球科学入門シリーズ 第16巻 岩石学」共立出版 刊 (2013)

文献10)
   金沢大学 石渡研究室のホームページのうち、「オフィオライトのページ」の項

  http://earth.s.kanazawa-u.ac.jp/ishiwata/ophiol_J.htm

                        2021年7月 閲覧
お気に入り登録-
拍手した人-
訪問者数:173人

※この記事はヤマレコの「ヤマノート」機能を利用して作られています。
どなたでも、山に関する知識や技術などのノウハウを簡単に残して共有できます。 ぜひご協力ください!

詳しくはこちら

コメントを書く

ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。
ヤマレコにユーザ登録する

この記録へのコメント

まだコメントはありません
ページの先頭へ