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ヤマレコ

記録ID: 1161400 全員に公開 ハイキング中国

岡山県総社市 福山〜軽部山 タンチョウ親子&古墳&花

日程 2017年06月05日(月) [日帰り]
メンバー
 Machapuchare(記録)
, その他メンバー1人
天候晴れ
アクセス
利用交通機関
車・バイク
 倉敷ICから県道469号線を3.5km北東方向に進むと、歴史広場<写真46〜53>の南約100mの所に駐車場<写真07>があります。20台程自動車を停めることができます。歴史広場には3台分程のスペースがあります。
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地図/標高グラフ


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コースタイム [注]

日帰り
山行
3時間0分
休憩
24分
合計
3時間24分
Sスタート地点(駐車場)13:4013:45歴史広場前(福山登山口)14:27福山14:3614:59浅原峠15:0015:16軽部山登山口15:22軽部山登山口(2回目)15:36軽部山15:3816:15軽部神社16:2116:54歴史広場17:0017:04ゴール地点(駐車場)G
コースタイムの見方:
歩行時間
到着時刻通過点の地名出発時刻
総社市南東部の史跡や風物詩を楽しむコース
歩行距離8.5km、歩行時間3時間、歩行数15.200歩
コース状況/
危険箇所等
 福山の登山コースはよく整備され道標もついています。今回は現地で急遽福山登山を決めたので下調べなしでしたが、地形図とコンパスだけでも行けました。ただし、1234段コースの登山口を間違え、コンクリート道を上って行き止まりになり引き返しました。下山の南尾根コースは、雨が降ると水が流れ滑りやすくなるかもしれません。
 軽部山のほうは鉛筆型の白い道標やピンク色のテープ、赤や黄色のビニールテープ、白いビニールひもなどが目印になります。ただし、浅原峠側の登山口は草地の奥にあり、少しわかりにくいです。頂上三角点<写真37>より西は、下草がまばらでどこでも歩けそうなのでかえってわかりにくいところや、左右に背丈を超えるササが生えて足元が草で見えにくいところがありました。
 
 福山の上りで利用した1234段コースは、歴史広場<写真46〜53>向かいの登山口からずっと丸太と土の階段が続きます。今回は古墳を見にちょいちょいコースを外れました。古墳の周辺にも植物が生えて足元が見えにくくなりつつあり、踏み跡が消えかかっています。古墳を見学するのは冬場までお預けになりそうです。
 下山の南尾根コースは、かたい粘土にところどころ石が埋まっており、雨で掘れたような溝状の道がしばらく続きます。雨が降ると水が流れ滑りやすくなるかもしれません。途中にある農園周辺からは砂利道で歩きやすくなり、ほどなくアスファルト道になります。

 軽部山は、浅原峠から少し北上し、クララ<写真33>撮影地点辺りから入口にチェーンのあるアスファルトの林道に入ります。コマツナギ<写真36>撮影地点からもう少しだけ進むと、道沿い(ウツギ<写真35>撮影地点の西)に草地があり、右(北側)奥の木の枝にピンク色のテープが見えますが、もう少し先かとスルーしてしまいました。砂利道になった道をさらに少し進んでからやっと引き返したので数分ロスしました。登山口のピンク色のテープの下には「かるべ」と書かれた鉛筆型の白い道標が取り付けられています。
 浅原峠側の登山口から軽部山頂上三角点<写真37>までは、木々の間の細道で、落ち葉が積もってはいるものの、歩きやすいです。たまに赤や黄色のビニールテープや鉛筆型の白い道標があり、道もはっきりしています。
 軽部山頂上三角点<写真37>からは「軽部神社」と書かれた道標に従い西へと進みましたが、標高190m辺りの白いビニールひものところで道がわからなくなりました。下草がまばらな木々の間はどこでも歩けそうだったので、南方面に向かって少し上り、登山道に復帰しました。標高200mを過ぎた辺りから南西寄りに進路を変えればよかったようです。
 しばらく西に進み、南寄りに進路を変えて標高200mの小ピークに行きかけましたが、引き返して「軽部神社」と書かれた道標から西に進路を戻しました。どちらも道ははっきりしています。標高130mまで下ると涸沢に出て右折、対岸に廃屋が見えました。ここから北西の軽部神社<写真39>までは一本道です。涸沢沿いは少し草が生えていますが、わかりやすい細道で、2回程対岸に渡りました。左右に背丈を超えるササが生えて足元が草で見えにくいところがありますが、標高50mを過ぎるとまた歩きやすい細道になりました。
その他周辺情報 福山の北東数km先に「サンロード吉備路」があります。国民宿舎協会が発表する全国国民宿舎利用率ランキングでオープン以来11年連続で全国第2位の公共の宿です。地域の旬味を味わえる充実の食事(ランチバイキング1,350円等)や、和風の岩風呂と洋風の大理石風呂が日替わりで楽しめる天然温泉(露天風呂・サウナ付)もあります。
 そして、すぐ隣には国の特別天然記念物に指定されているタンチョウの保護と繁殖を目的とした施設「きびじつるの里」があり、放し飼いスペースにいるロード(♂)とキビノ(♀)のつがいを柵の外から見ることができます。この日はまだ生まれて1週間程度しか経っていない2羽のヒナの観察ができました。
過去天気図(気象庁) 2017年06月の天気図 [pdf]

装備

個人装備 長袖シャツ ズボン 靴下(厚手) 手袋(防水加工) 軍手 雨具 日よけ帽子とフード 雨用帽子 登山靴(防水加工) 靴ひも予備 サブザック ザックカバー 地形図 コンパス マップケース 筆記用具 携帯 時計(防水) タオル カメラ 飲料水(スポドリ&茶) 水筒(保温) 非常食(栄養補助食品) スマホ(山使用可能) eTrex30(GPSナビゲーター)

写真

01タンチョウヒナ
     泳ぎトレその1
「きびじつるの里」で5月28、30日にタンチョウのヒナが生まれました。放し飼いスペースの柵の外から見られます。この日はキビノ母さんが生後1週間前後のヒナを連れて、自立していくための子育ての真っ最中でした。
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01タンチョウヒナ
     泳ぎトレその1
「きびじつるの里」で5月28、30日にタンチョウのヒナが生まれました。放し飼いスペースの柵の外から見られます。この日はキビノ母さんが生後1週間前後のヒナを連れて、自立していくための子育ての真っ最中でした。
4
02タンチョウヒナ
     泳ぎトレその2
先にキビノ母さんが水の中に入り、ヒナたちに餌を見せています。この後、彼女は向きを変え、対岸に渡りました。
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02タンチョウヒナ
     泳ぎトレその2
先にキビノ母さんが水の中に入り、ヒナたちに餌を見せています。この後、彼女は向きを変え、対岸に渡りました。
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03タンチョウヒナ
    泳ぎトレその3
ヒナたちも水の中に飛び込み、必死に後を追って泳ぎ切りました。水深はごく浅く、泳いだ距離は1m程ですが、ヒナたちにすれば大変なことだったのでしょう。
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03タンチョウヒナ
    泳ぎトレその3
ヒナたちも水の中に飛び込み、必死に後を追って泳ぎ切りました。水深はごく浅く、泳いだ距離は1m程ですが、ヒナたちにすれば大変なことだったのでしょう。
3
04タンチョウヒナ
     泳ぎトレその4
よくがんばったご褒美に餌をもらっています。これらの一連のシーンは動画にも撮りました。キビノ母さんはヒナたちを餌で釣って歩行や水泳訓練をもっとやりたかったようです。しかし、途中から子供に甘いロード父さんがやってきて、せっせと餌を与え始めました。結局、ヒナは満腹になり、うずくまってしまったので、この日の観察はこのくらいにしておきました。
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04タンチョウヒナ
     泳ぎトレその4
よくがんばったご褒美に餌をもらっています。これらの一連のシーンは動画にも撮りました。キビノ母さんはヒナたちを餌で釣って歩行や水泳訓練をもっとやりたかったようです。しかし、途中から子供に甘いロード父さんがやってきて、せっせと餌を与え始めました。結局、ヒナは満腹になり、うずくまってしまったので、この日の観察はこのくらいにしておきました。
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05フリージア
きびじつるの里に咲いていた黄色のフリージアです。花言葉は「無邪気」です。まさに、あどけなく、可愛らしいタンチョウのヒナにぴったりの花でした。
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05フリージア
きびじつるの里に咲いていた黄色のフリージアです。花言葉は「無邪気」です。まさに、あどけなく、可愛らしいタンチョウのヒナにぴったりの花でした。
06オオキンケイギク
この時期、旭川沿いなど各地に群生します。繁殖力が強く、在来種の野草などの生育場所を奪い、周りの環境を一変させてしまうため、平成18年に特定外来生物に指定されました。
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06オオキンケイギク
この時期、旭川沿いなど各地に群生します。繁殖力が強く、在来種の野草などの生育場所を奪い、周りの環境を一変させてしまうため、平成18年に特定外来生物に指定されました。
07幸福の小径駐車場
最初に歴史広場<写真46〜53>に自動車を停めようとしましたが、空きがなく、少し南下した幸福の小径駐車場を利用しました。20台程停めることができます。月曜日の午後でしたが、6割程埋まっていました。
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07幸福の小径駐車場
最初に歴史広場<写真46〜53>に自動車を停めようとしましたが、空きがなく、少し南下した幸福の小径駐車場を利用しました。20台程停めることができます。月曜日の午後でしたが、6割程埋まっていました。
08コノテガシワの実
平面状の葉が子供の手のひらに似ることからコノテガシワと呼ばれています。淡灰青色のコノテガシワの実(球果)は、角がある独特の形をしています。
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08コノテガシワの実
平面状の葉が子供の手のひらに似ることからコノテガシワと呼ばれています。淡灰青色のコノテガシワの実(球果)は、角がある独特の形をしています。
09ヘメロカリス
花が短命で一日でしおれてしまうのでデイリリーとも呼ばれます。ヘメロカリスの名前はギリシア語で一日を意味するへメロと、美と言う意味のカロスの2語から来ています。園芸品種ですが、半野生化しているようでした。
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09ヘメロカリス
花が短命で一日でしおれてしまうのでデイリリーとも呼ばれます。ヘメロカリスの名前はギリシア語で一日を意味するへメロと、美と言う意味のカロスの2語から来ています。園芸品種ですが、半野生化しているようでした。
1
10歴史広場越しに軽部山
福山1234段コースの階段を上り始めると程なく、東屋の前から南西方向に歴史広場越しに軽部山が見えました。新緑でなかなかきれいでした。
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10歴史広場越しに軽部山
福山1234段コースの階段を上り始めると程なく、東屋の前から南西方向に歴史広場越しに軽部山が見えました。新緑でなかなかきれいでした。
11峠35号墳
福山の西斜面には、6世紀後半〜7世紀中ごろの群集した古墳が数群あり、このうち、最南端に位置する67基からなる古墳群を峠古墳群と呼んでいます。丸太と土の階段の南側にところどころ墳丘や名札が見えます。最初に発見したのは35号墳でした。この西にも墳丘らしきものがありましたが、名札が見つからず引き返しました。
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11峠35号墳
福山の西斜面には、6世紀後半〜7世紀中ごろの群集した古墳が数群あり、このうち、最南端に位置する67基からなる古墳群を峠古墳群と呼んでいます。丸太と土の階段の南側にところどころ墳丘や名札が見えます。最初に発見したのは35号墳でした。この西にも墳丘らしきものがありましたが、名札が見つからず引き返しました。
12峠35号墳石室内部
35号墳の石室内部です。長さは約4m、古墳の床にも石が敷かれていた可能性があるそうです。
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12峠35号墳石室内部
35号墳の石室内部です。長さは約4m、古墳の床にも石が敷かれていた可能性があるそうです。
13峠66号墳
66号墳の石室入口に蜘蛛の巣がありました。何狙い?開口部は狭く、石室の大きさは不明です。
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13峠66号墳
66号墳の石室入口に蜘蛛の巣がありました。何狙い?開口部は狭く、石室の大きさは不明です。
14峠46号墳
浅原峠への道との分岐点をスルーしてすぐにありました。
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14峠46号墳
浅原峠への道との分岐点をスルーしてすぐにありました。
15峠46号墳石室内部
少し東に上ったところに53号墳と54号墳がありましたが、開口部が見つかりませんでした。
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15峠46号墳石室内部
少し東に上ったところに53号墳と54号墳がありましたが、開口部が見つかりませんでした。
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16峠61号墳
墳丘は径6m、高さ2.5mです。
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16峠61号墳
墳丘は径6m、高さ2.5mです。
17峠61号墳石室内部
近くにあった60号墳には開口部が見つかりませんでした。
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17峠61号墳石室内部
近くにあった60号墳には開口部が見つかりませんでした。
1
18峠57号墳
開口部が狭く、石室の大きさは不明です。
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18峠57号墳
開口部が狭く、石室の大きさは不明です。
19峠62号墳
天井石または側壁の一部が露出となっています。これは石室の開口部ではないのでしょうか。
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19峠62号墳
天井石または側壁の一部が露出となっています。これは石室の開口部ではないのでしょうか。
20峠64号墳
峠古墳群の東端辺りです。墳丘は径8m、高さ2mです。
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20峠64号墳
峠古墳群の東端辺りです。墳丘は径8m、高さ2mです。
21ヤマツツジ
幸山への道との分岐、浅原峠への道の分岐をスルーし、道沿いに大きめの石が見える奥に咲いていました。このさらに奥の方は花数も多く満開でしたが、木々が茂って見えにくくなっていました。
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21ヤマツツジ
幸山への道との分岐、浅原峠への道の分岐をスルーし、道沿いに大きめの石が見える奥に咲いていました。このさらに奥の方は花数も多く満開でしたが、木々が茂って見えにくくなっていました。
22テイカカズラ
道沿いに平らな岩があり、その三方を囲むようにテイカカズラがびっしり生えていました。満開で見応えがありました。
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22テイカカズラ
道沿いに平らな岩があり、その三方を囲むようにテイカカズラがびっしり生えていました。満開で見応えがありました。
23福山頂上三角点
1234段の階段を上り切り、標高302.4mの福山頂上三角点に到達しました。
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23福山頂上三角点
1234段の階段を上り切り、標高302.4mの福山頂上三角点に到達しました。
24福山ピーク標
福山頂上のモミジの木にピーク標が設置されていました。背景に高梁(たかはし)川沿いにある総社の山々が見えます。
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24福山ピーク標
福山頂上のモミジの木にピーク標が設置されていました。背景に高梁(たかはし)川沿いにある総社の山々が見えます。
25福山合戦説明板&狛犬
建武3年(1336年)後醍醐天皇方の新田義貞軍の先鋒隊大井田氏経は5月14日に福山に到着し城を包囲しました。足利直義の率いる軍20万人に対し、大井田軍はわずか1,500人。籠城軍はよく奮戦し、足利軍は2万の死傷者を出したましたが、抗しきれず17日には火をかけられ落城しました。狛犬の近くには鳥居の柱のようなものもありました。かつては神社があったのでしょうか。
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25福山合戦説明板&狛犬
建武3年(1336年)後醍醐天皇方の新田義貞軍の先鋒隊大井田氏経は5月14日に福山に到着し城を包囲しました。足利直義の率いる軍20万人に対し、大井田軍はわずか1,500人。籠城軍はよく奮戦し、足利軍は2万の死傷者を出したましたが、抗しきれず17日には火をかけられ落城しました。狛犬の近くには鳥居の柱のようなものもありました。かつては神社があったのでしょうか。
26福山城址の石碑
福山城は福山山上に存在した山城です。南北朝時代に『太平記』に記された福山合戦(足利軍VS新田軍)の舞台となった所です。国の史跡に指定されています。
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26福山城址の石碑
福山城は福山山上に存在した山城です。南北朝時代に『太平記』に記された福山合戦(足利軍VS新田軍)の舞台となった所です。国の史跡に指定されています。
27福山城門跡
福山城は一の段、二の段、三の段が連なって配されていました。現在の遺構として一、二の段の間に城門跡の石垣が確認できます。
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27福山城門跡
福山城は一の段、二の段、三の段が連なって配されていました。現在の遺構として一、二の段の間に城門跡の石垣が確認できます。
28福山城址より
    東方面景観
福山城址より東方面を望むと、倉敷市や岡山市北区の山々が見えます。
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28福山城址より
    東方面景観
福山城址より東方面を望むと、倉敷市や岡山市北区の山々が見えます。
29福山城址より常山
福山城址より南東方面を望むと、玉野市の常山(常山城址)が見えます。1573年の女軍の戦いで城主上野氏は毛利氏に滅ぼされました。心霊スポットとしても有名です。
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29福山城址より常山
福山城址より南東方面を望むと、玉野市の常山(常山城址)が見えます。1573年の女軍の戦いで城主上野氏は毛利氏に滅ぼされました。心霊スポットとしても有名です。
30福山寺堂跡
福山頂上付近には古代より山岳仏教の寺院・福山寺があり、山頂部には平坦化された寺域と礎石が見られます。草が茂って見えにくくなっていました。
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30福山寺堂跡
福山頂上付近には古代より山岳仏教の寺院・福山寺があり、山頂部には平坦化された寺域と礎石が見られます。草が茂って見えにくくなっていました。
31ネズミモチ
アスファルト道沿いにたくさん生えていました。トウネズミモチよりも花筒が長く、秋に楕円形の実をつけます。咲き始めが多く、これから花数が増えそうです。
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31ネズミモチ
アスファルト道沿いにたくさん生えていました。トウネズミモチよりも花筒が長く、秋に楕円形の実をつけます。咲き始めが多く、これから花数が増えそうです。
32クリ大木
真っ白な花穂をたくさんつけ、遠目にも目立ちました。花はカルキのようなにおいがするので、学校のプールを思い出します。
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32クリ大木
真っ白な花穂をたくさんつけ、遠目にも目立ちました。花はカルキのようなにおいがするので、学校のプールを思い出します。
33クララ
白っぽいクリーム色の花をたくさん咲かせていました。ノササゲはもっと黄色っぽい花です。軽部山登山口がある林道入口にはチェーンがかかっており、少し草が茂っていたので、すぐ北の草地から回り込みました。
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33クララ
白っぽいクリーム色の花をたくさん咲かせていました。ノササゲはもっと黄色っぽい花です。軽部山登山口がある林道入口にはチェーンがかかっており、少し草が茂っていたので、すぐ北の草地から回り込みました。
34ミヤコイバラ
林道沿いにたくさん生えていました。花や葉はノイバラよりも少し大きめで、若い枝はうっすら赤みを帯び毛のような細いトゲがたくさんあります。下の方に大きく写っているのは別の植物の葉です。
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34ミヤコイバラ
林道沿いにたくさん生えていました。花や葉はノイバラよりも少し大きめで、若い枝はうっすら赤みを帯び毛のような細いトゲがたくさんあります。下の方に大きく写っているのは別の植物の葉です。
35ウツギ
花はほとんど散っていました。花期が早いヒメウツギよりも毛深く、花柄や葉裏に毛があります。
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35ウツギ
花はほとんど散っていました。花期が早いヒメウツギよりも毛深く、花柄や葉裏に毛があります。
36コマツナギ
林道沿いに並んでたくさん生えていました。かつて緑化に利用されたトウコマツナギよりも樹高が低く、1m程度です。また、より密に花がつきます。
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36コマツナギ
林道沿いに並んでたくさん生えていました。かつて緑化に利用されたトウコマツナギよりも樹高が低く、1m程度です。また、より密に花がつきます。
37軽部山頂上三角点
標高244.0mの軽部山頂上三角点です。点名は「黒田」で、南の谷を下った所に清音黒田集落があります。軽部山は登山口から下山口の軽部神社まで全く展望が効きませんでした。
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37軽部山頂上三角点
標高244.0mの軽部山頂上三角点です。点名は「黒田」で、南の谷を下った所に清音黒田集落があります。軽部山は登山口から下山口の軽部神社まで全く展望が効きませんでした。
38軽部神社拝殿内部絵馬
軽部神社拝殿内には安産や母乳の出を願うため乳房を型取った手作りの絵馬が数多く奉納されており、女性達の信仰を集めています。 のぞいた瞬間、無数の目玉ににらまれているように思えてドキッとしました。
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38軽部神社拝殿内部絵馬
軽部神社拝殿内には安産や母乳の出を願うため乳房を型取った手作りの絵馬が数多く奉納されており、女性達の信仰を集めています。 のぞいた瞬間、無数の目玉ににらまれているように思えてドキッとしました。
39軽部神社拝殿&本殿
氏子らによる別称を王子の宮(王子様)といい、また乳房にまつわる乳神様(垂乳根の桜)を信仰対象とすることから「おっぱい神社」という愛称もあります。
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39軽部神社拝殿&本殿
氏子らによる別称を王子の宮(王子様)といい、また乳房にまつわる乳神様(垂乳根の桜)を信仰対象とすることから「おっぱい神社」という愛称もあります。
40軽部神社サツキ
この2種類で、満開に近い状態でした。もう少し西の登山道を外れた所に「梵字岩」があり、2つの岩の間に白い標柱があるそうですが、わかりませんでした。今度またゆっくり探してみようと思います。
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40軽部神社サツキ
この2種類で、満開に近い状態でした。もう少し西の登山道を外れた所に「梵字岩」があり、2つの岩の間に白い標柱があるそうですが、わかりませんでした。今度またゆっくり探してみようと思います。
41垂乳根の桜の根株
境内にあった枝垂れ桜で、四方に広がった枝は地面まで達し、風で揺れるたびに境内を掃き清めるほどの大木だったそうです。根株は建物の軒下に取り込まれ、現在も残っていました。2代目が近くに生えているそうです。鳥居の近くに桜の木があったような気がします。
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41垂乳根の桜の根株
境内にあった枝垂れ桜で、四方に広がった枝は地面まで達し、風で揺れるたびに境内を掃き清めるほどの大木だったそうです。根株は建物の軒下に取り込まれ、現在も残っていました。2代目が近くに生えているそうです。鳥居の近くに桜の木があったような気がします。
42軽部川&たらちねばし
軽部神社の鳥居を出ると、高梁(たかはし)川の支流の軽部川が流れており、川に架かるたらちねばし(垂乳根橋)を渡り、川沿いを歩きました。
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42軽部川&たらちねばし
軽部神社の鳥居を出ると、高梁(たかはし)川の支流の軽部川が流れており、川に架かるたらちねばし(垂乳根橋)を渡り、川沿いを歩きました。
43アジサイロード沿い
        アジサイ
軽部川沿いにはたくさんのアジサイが植えられており、アジサイロード(旧名称フラワーロード?)という土道の向こうにずっと見えています。残念ながら、色づき始めたばかりでした。この木はよく色づいていたほうで、肉眼ではピンク、青、紫ともっと色がはっきりと鮮やかに見えました。
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43アジサイロード沿い
        アジサイ
軽部川沿いにはたくさんのアジサイが植えられており、アジサイロード(旧名称フラワーロード?)という土道の向こうにずっと見えています。残念ながら、色づき始めたばかりでした。この木はよく色づいていたほうで、肉眼ではピンク、青、紫ともっと色がはっきりと鮮やかに見えました。
44アジサイロード沿い
       ガクアジサイ
ガクアジサイは本数が少なく、やはり色づき始めがほとんどでした。川沿いにある転落防止の柵のてすり上にツバメが何羽か止まっていました。気づかずに数十cmまで近づいて驚かせてしまいました。やたら翼を振り回し止まるのが下手だったので、巣立ったばかりの幼鳥だったのかもしれません。
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44アジサイロード沿い
       ガクアジサイ
ガクアジサイは本数が少なく、やはり色づき始めがほとんどでした。川沿いにある転落防止の柵のてすり上にツバメが何羽か止まっていました。気づかずに数十cmまで近づいて驚かせてしまいました。やたら翼を振り回し止まるのが下手だったので、巣立ったばかりの幼鳥だったのかもしれません。
45アジサイロード沿い
     カシワバアジサイ
北米原産で葉の形がカシワに似ています。ここだけ2,3本ありました。白いのできれいに見えます。
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45アジサイロード沿い
     カシワバアジサイ
北米原産で葉の形がカシワに似ています。ここだけ2,3本ありました。白いのできれいに見えます。
46峠3号墳第2石室
峠古墳群は総社市指定の埋蔵文化財で、1〜3号墳が保存のため、ここ歴史広場に移築されています。3号墳第2石室は、長さ2.7m、幅0.76mの小規模な横穴式石室です。ちなみに、以前にあった現地説明板では、石室の長さ1.4m、幅45cmになっています。石室の内法だと思います。第1石室よりも後につくられたようです。
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46峠3号墳第2石室
峠古墳群は総社市指定の埋蔵文化財で、1〜3号墳が保存のため、ここ歴史広場に移築されています。3号墳第2石室は、長さ2.7m、幅0.76mの小規模な横穴式石室です。ちなみに、以前にあった現地説明板では、石室の長さ1.4m、幅45cmになっています。石室の内法だと思います。第1石室よりも後につくられたようです。
47峠3号墳第1石室
3号墳は6世紀後半頃につくられた径約10mの円墳と考えられていますが、円弧を描かず直線的で鈍角にとがることから、多角形墳の可能性もあります。
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47峠3号墳第1石室
3号墳は6世紀後半頃につくられた径約10mの円墳と考えられていますが、円弧を描かず直線的で鈍角にとがることから、多角形墳の可能性もあります。
48峠3号墳第1石室内部
3号墳の第1石室内はきれいに整っていました。石室の長さは5.5mだそうです。
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48峠3号墳第1石室内部
3号墳の第1石室内はきれいに整っていました。石室の長さは5.5mだそうです。
49峠1号墳
1号墳は7世紀前半頃の径約11mの円墳で、墳丘の築造には人頭大の石を多く使っていたことがわかりました。
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49峠1号墳
1号墳は7世紀前半頃の径約11mの円墳で、墳丘の築造には人頭大の石を多く使っていたことがわかりました。
50峠1号墳石室内部
奥深い石室に入ってみました。長さは7mちょっとあります。高さは1.6m足らず、連れが少し膝を曲げて立っています。
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50峠1号墳石室内部
奥深い石室に入ってみました。長さは7mちょっとあります。高さは1.6m足らず、連れが少し膝を曲げて立っています。
51峠2号墳
2号墳は径約9mの円墳で、1号墳と同じく7世紀前半のものですが、より新しい段階のものです。内部には木棺を載せる台となる石があったそうです。
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51峠2号墳
2号墳は径約9mの円墳で、1号墳と同じく7世紀前半のものですが、より新しい段階のものです。内部には木棺を載せる台となる石があったそうです。
52峠2号墳石室内部
長さは6mちょっと、これもなかなか奥行きがありそうでした。
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52峠2号墳石室内部
長さは6mちょっと、これもなかなか奥行きがありそうでした。
53歴史広場全景
峠1〜3号墳は移築して、築造当時の姿に復元し、この場所を歴史広場として公開しています。9号墳が元々この辺りにあったそうなのですが、よくわかりませんでした。全体はオオキンケイギクの黄色とヒメジョオンの白に彩られたお花畑できれいでした。
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53歴史広場全景
峠1〜3号墳は移築して、築造当時の姿に復元し、この場所を歴史広場として公開しています。9号墳が元々この辺りにあったそうなのですが、よくわかりませんでした。全体はオオキンケイギクの黄色とヒメジョオンの白に彩られたお花畑できれいでした。
54ナナフシモドキ♀
ゴールし、マイカーのドアで出迎えてくれたのはナナフシ?…ナナフシとは元々、七節、つまり節くれだった木の枝を指し、それに似ている昆虫にナナフシモドキという和名が与えられたようです。それが短くなってナナフシと呼ばれました。メスだけで増える単為生殖を行うため、黒っぽい褐色のオスはとても珍しいそうです。
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54ナナフシモドキ♀
ゴールし、マイカーのドアで出迎えてくれたのはナナフシ?…ナナフシとは元々、七節、つまり節くれだった木の枝を指し、それに似ている昆虫にナナフシモドキという和名が与えられたようです。それが短くなってナナフシと呼ばれました。メスだけで増える単為生殖を行うため、黒っぽい褐色のオスはとても珍しいそうです。

感想/記録

 総社市の「きびじつるの里」で5月28、30日にタンチョウのヒナが孵ったというニュースを聞きつけ、山行前に見に行くことにしました。
 タンチョウは東アジア中心に世界でも3,000羽程しか生息しておらず、国の特別天然記念物に指定されています。岡山城主が後楽園で飼育していた縁で、岡山県内には飼育施設が数か所ありますが、ここのロード(♂)とキビノ(♀)のつがいが一番よく繁殖に成功しています。ちなみに、和気町の岡山県自然保護センターでも6月6日にヒナが1羽誕生しました。放し飼いスペースでのお披露目はまだ先だそうです。
 孵化したヒナは褐色の羽毛に覆われており、2〜3日すると巣から離れ、親の後について歩き回り始めます。子育ては夫婦一緒に行われ、主にオスが周りの外敵を警戒して家族を守り、メスが子供たち に餌を運びます。
 今回は、ロード父さんが白いサギ(以前にも見たことがあるチュウサギ?)を追い払った直後から観察を始めました。最初は仲間のいるケージの前を行ったり来たりしていました。飼育スタッフの方がそこから放し飼いスペースに入ってこられることがあるので、知らない人間の出入りを警戒していたようです。しばらくするとキビノ母さんたちと合流しました。
 キビノ母さん(左足に足輪)は神経がこまやかで、ヒナの口に合う大きさの餌をじっくり吟味し、口に入れるまでしっかりくわえて待っています。餌を持ってくるまでに時間がかかるので、あまり子育てに熱心ではないようにも見えます。しかし、ただでは餌を与えず、無事泳げたら餌を与えるなど、しっかりと自立できるように子育てを行っています。また、ときには厳しく、寝ている子をたたき起こして食べさせていたこともあります。
 一方、ロード父さん(右足に足輪)は「メシは質より量」で、見つけた餌は大きさに関係なく手当たり次第に食べさせようとします。明らかに長すぎるミミズに気づいたキビノ母さんが、慌ててひったくって食べてしまったこともあります。今回の動画には、彼に大きな餌をもらったヒナがなかなか呑み込めずにいるシーンが映っています。餌をヒナの足元に放り投げるクセは多少治ったようですが(過去には生きた小魚を放り投げ逃がしてしまうという大失敗も・・・)、何度もヒナが餌を落としているのも見ました。せっせと餌を食べさせる彼のおかげで、ヒナは体格差もほとんどなく育つのですが、キビノ母さんに言わせると、立派なイクメンではなく、ちょいダメ親父なのかもしれません。彼が今後、どこまで父親として成長するのかにも注目したいと思います。
 この日はこうした子育て真っ最中のシーンに出くわし、ほっこりとした気分になりました。この後、約100日で親と同じ大きさと模様になるのでしょう。あと、50年ぐらい生き続けてほしいものです。

 福山は『太平記』に描かれた福山合戦(足利尊氏軍VS新田義貞軍)の舞台となった場所で、頂上には国指定史跡の福山城址があります。また、三因(みより)千塚と呼ばれる古墳群は、「峠」67基、「常屋敷」29基、「万貫(まんがん)」32基、「天神」73基の4支群、約200基からなる国内有数の古墳密集地です。今回は峠古墳群のある歴史広場向かいを登山口とし、1234段の階段を上って福山頂上(城址)に到達しました。頂上に至るまでの間、古墳時代から戦国時代まで、約1000年の歴史の変遷を垣間見ることができました。

 軽部山は史跡が多く道が整備された福山と異なり、地形も景観も素朴で登山をする人が少ない山です。また、道が不明瞭な所もあり、地図やコンパス、GPSなど位置情報の確認ができるツールを頼りに進んでいきます。どこでも歩けそうな雰囲気なので、行き当たりばったりに進み探検隊気分を味わうこともできそうです。ゴールの軽部神社は乳神様(垂乳根の桜)を信仰対象とすることから、おっぱい神社と呼ばれ、拝殿内部をのぞくと刺激的な光景?が見られます。スタートからゴールまでサプライズの連続でした。軽部山はこうした刺激を求める人には程よいフィールドです。




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