筑波山 曉の山頂へ



- GPS
- 02:40
- 距離
- 6.1km
- 登り
- 695m
- 下り
- 717m
コースタイム
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2018年02月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス タクシー
|
コース状況/ 危険箇所等 |
山頂の直下あたりではしばらく前の雪が氷となって残っており、特に下りでは慎重を要する。岩場も多いので軽アイゼンは装着せず。 |
その他周辺情報 | 筑波山神社の脇にある江戸屋旅館に温泉あり。宿泊していたので下山後に入浴可能であったが、日帰り入浴は11時半から |
写真
感想
今回は筑波への出張である。私と同行する部下二人、長崎の金比羅山に共に登った二人をあわせて、四人と共に筑波山に登る運びとなった。
私の実家からは最も近い百名山であるが、近くて手頃な山と思うと登らないままに時が過ぎてしまった。山頂直下までケーブルカーやロープウェイで容易に登れてしまうというのも登頂意欲を削ぐ要因となる。登るならこうした乗り物の恩恵を享受した観光客が山頂に顕われる前がいい。
投宿は筑波山神社の門前の温泉旅館、江戸屋に予定し、京都は北山の奥座敷のイチゴ谷山に登ってから秋葉原まで移動してところまでは順調だったものの、ここでお気に入りのラーメン店に立ち寄ったばかりにつくば発の最終のバスに間に合わなくなる。タクシーに乗ると既に深夜料金の時間帯であり、なんと2割増。予定外の大枚を叩く羽目になった。一杯のラーメンに、その10倍以上の代価を払うというのは、何とも愚かしい限りである。
翌朝は5時に筑波山ケーブルカーの宮脇駅前に集合の予定だが、私の部下達と共に集合場所に着いたのは5時をわずかに1〜2分遅れる。もう二人の姿が見えないので、メールを数本打つが、返信はない。15分間ばかり待つが、この黎明の登山においてはわずか10分、15分は非常に大きな意味を持つ。諦めて登り始めると、我々が来ないものと思われ先に登り始めていたとのこと。
暗闇の中、ケーブルカーの脇にの登山道を登り始めると、岩が多いもののかなり道幅が広い。京都の愛宕山もそうであるが、古来より庶民的な信仰の対象として、多くの人々が往来した山道であるからなのであろう。随所に整備された階段があるが、暗闇の中に浮かび上がる階段は上部が溶暗し、さながら無限階段のようである。部下の一人が体調不良を訴え始め、遅れはじめる。彼はワンゲル部上がりであり、心配ないだろう。もう一人の持久走同好会の部下と共に先を急ぐ。
御幸が原に到着した頃には空はかなり明るくなっていた。東の空の紅みが消えないうちにとまずは男体山山頂を目指す。ここからは山頂に至るまで、溶け残った雪が氷となっており、慎重に足場を決めて登る。山頂では残りの二人と合流。頂上からは鮮やかな淡紅色を含む曙色のグラデーション。私の部下は「これが関東平野ですかと」雄大な眺望に感激の様子。
まだ女体山があるので長居は無用。踵を返して下降を開始する。登山道の氷が滑りやすく、下りは一層の慎重を要する。山頂までの傾斜は緩やかであるが、女体山山頂の方が岩場が多く、また南側に位置するため、関東平野の展望はさらに広大だ。東京の方角に目を向けると、スカイツリーが朝靄の海に突き出た灯台のように周期的な光のパルスを放つ。北側には冠雪した日光の男体山がモルゲン・ロートに染まり、薄墨色の靄の彼方に壮麗な姿を見せる。残念ながら御来迎の方角に雲がかかっているが、雲の合間から洩れいずる紅の光がなんとも幻想的である。
折しも山頂に居合わせた男性が我々一行の写真を撮ってくれるが、春節の御来迎を拝みに来られたモンゴル人であった。まもなく単独で登って来られた男性と感激しつつ聞きなれぬ言語で会話を始めた。遊牧民である彼らの国では、このような山は珍しいのだろうか。やにわに遠吠えをはじめたが、我々が山頂を辞した後にも、延々とリフレインされているのだった。
女体山からの頂上直下は岩場の急降である。まもなく奇岩の名所が連次々と現れ、すっかり観光モードである。旅館の朝食の時間があるのであまりゆっくりもしていられない。尾根筋からの下山路はやはり非常に広い。非常に大きく堂々たる樹々が多いことに気がついた。暗闇の中を登ってしまったが、登りの御幸ヶ原コースも明るくなってからは立派な大樹達を楽しめたことであろう。
旅館に戻ると立派な朝食に、いつになく食が進む。この日は日本海側は再びかなりの大雪であったが、翌朝のつくば市の朝は雲一つない快晴である。また筑波への出張がある折には今度こそ山頂からの御来迎を目指して登頂したいものである。
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