西沢渓谷〜氷の造形を訪ねて〜
Junjapa
その他2人 - GPS
- --:--
- 距離
- 8.8km
- 登り
- 367m
- 下り
- 356m
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| 天候 | 快晴 |
|---|---|
| 過去天気図（気象庁） | 2012年02月の天気図 |
| アクセス |
利用交通機関：
自家用車
(復路)道の駅みとみ=勝沼IC=(中央高速)=調布IC=東伏見 |
| コース状況／ 危険箇所等 |
全般に指導標もありトレースもあって大きな問題のあるところはありません。ただし、渓谷の登山道は氷化している部分もありますので、アイゼンをつけることをお薦めします。出会った登山者もほとんどがアイゼンを装着していました。なお、七つ釜から奥の周遊路は閉鎖されています。 |
写真
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田部重治の文学碑があります。彼がこのあたりを渉猟していた時代、山深い雰囲気が支配していたと思います。碑にはこうあります。『見よ! 笛吹川の渓谷は狭り合って見上ぐるかぎり上流の方へ峭壁をなし、その間に湛へる永の紺碧の色は、汲めども尽きぬ深い色をもって上へ上へと続いている。流れはいつまでかくの如き峭壁にさしはさまれているだろうか。』「山と谿谷」の中の「笛吹川を遡る」の一節です。
胎内淵という名前がついている�碍蝓�なかに大きな石がはまっていましたよ。
東沢山荘・不動小屋ドライブインとあります。
突然来たひとには不動小屋が何のことだかわからないでしょうね。
感想
H2O氏からお誘いがあり西沢渓谷に出かけた。ここのところ例年にない厳しい寒さが続いていて、日本海側ではたいへんな豪雪となっている。渓谷の滝もきっとピカピカに凍っているに違いない。わくわくの出発だ。今回は、Oさんと3人のパーティーということなので賑やかな山行になりそうなのもいい。ナンといっても山は景色と仲間(とお酒)なのだ。
早朝の道の駅は閑散としていた。クルマから下りると、しびれるような冷たい風が吹いてきて早くも気持ちがめげそうになる。自分を励ましながら装備をつけ始めるがすぐに指の感覚がなくなった。H2O氏が温度計をみながらこりゃ、寒いわけだ、零下7度だぞ! なんて叫んでいる。
8:05発。目の前にはギザギザのかっこいい鶏冠尾根が見える。いつかは行きたいな、あそこに。さかんに来いよ!とも言われているように感じる。
雁坂トンネルへの国道140号を分け西沢渓谷への道へと入っていく。このワクワク感がいい。道はところどころ凍っていて注意が必要だ。初めてここに来た時は東沢山荘はあいていた。そこのオバサンが運動靴姿の観光客に「そんな格好じゃ、西沢渓谷は行けませんよ!」。運動靴姿は、あ、そうなんすか!とひとこと。思わず、むふむふと笑ってしまったものだ。
今日はまだ東沢山荘が開いておらずしんとしている。ひょっとしたら今日の西沢渓谷は貸し切りなんじゃないの? なんて話をしながらも誰もいない道を進んでいく。
今日は立春。「春は名のみでいつも寒いですね…」なんて毎年同じことをいっている。当たり前だ・・・冬なんだからとみんなで笑った。寒いのが当たり前なものをナんで昔のひとは”春立ちたり”なんていったんだろう。
白い雪原となった河原を笛吹川の翠色の流れが一条の帯になって下っている。林道はその左岸を進みながら渓谷入口まで四本の沢を横切ることになる。堰堤がある青笹川をやりすごすとナレイ沢だ。ナレイの滝が忽然と姿を現す。氷を身にまとって豪華な姿。ここナレイ沢から西沢渓谷の開発は始まった。昭和37年のことだ。当時、この先に道はなく、ノミで岩に穴をあけ、鉄棒を叩きこみ、木をわたして橋をかけていった。大型の工作機械は入れず作業はすべて人力で行われた。
完成には大変な苦労を要したと聞くが何となくレトロでいいなんて無責任なことも思ったりする。というのも最近の道路工事は大規模で直線的だから景観とあまりにもアンマッチな気がするからなのだ。
ヌク沢は古い橋脚が二本ばかり残っている。昭和時代(昭和8年〜43年)に珪石を採取していた時に使っていたものだ。当時この上をトロッコが渡っていったのだ。茶川龍之介ならぬ芥川龍之介の「トロッコ」を脈絡なく思い出したりする。
進んでいくとやがて西沢山荘が姿を現す。依然、休業中だ。山が近くなるのにつれて、古き良き山小屋がなくなるのはちと淋しい気がする。甲武信岳から汗びっしょりになって下りてきたとき、小屋の前は多くの登山者で賑わっていた。あの和やかな雰囲気は安堵感と重なってとても心地よかった。
小屋の前に田部(たなべ)重治の碑が建っている。文学家にして登山家。こよなく奥秩父を愛した。彼が『笛吹川をさかのぼる』を著したのは、もう70年以上も前になる。
『汽車で甲府平を通る人は、だれでも笛吹川の荒涼たる流れの姿を見て、渾然(こんぜん)としてうるおいに満てるその源流のおもかげや、その人爲の跡の入りこんだことのない完全さを、想像し得るものがおそらくはあるまい。
かつて中村君、木暮君と、金峰山から雁坂峠までを縱走した時、秩父の範囲で最も私たちをひきつけたのは、鷄冠山の異樣な風姿と、そのふもとにいやが上に深くくいこんでいる笛吹川の流域に立ち並ぶ、溶けてしたゝりそうな、からまつやしらかばの五月の色彩であった。
甲信の國境にきっ立つ尾根からこの風貌を見おろした時、私たちの願いは期せずして、いつかは笛吹川の溪谷に分け入りたい、そして、谷をさかのぼって甲信の國境によじ、更に信州梓山に拔けてみたいということだった。その翌々年の五月の末つかた、自然はまたも渾然とした色彩をもって現われるに至って、三人は、今度こそ、昨年果たさなかった笛吹川行きをぜひ決行しようということになった。
新宿の停車場へ三十分も早く行って待っていると、藝術家氣分がようやく満ちかゝって來た中村君の衝動が、今までの決心をひるがえしはしないかとの心配で、氣が氣でなかったが、しばらくして元氣よくやって來た。待ち遠い汽車がやがて來て、木暮君が鍾馗(しょうき)のような顔を汽車の窓から出している。
國分寺あたりからねむけがしきりに襲って、八王子と呼ぶ駅夫の声がおぼろげに聞える。初鹿野、笹子を夢の中に過ぎて、勝沼で二人がしきりと歓声をあげているので目を覚ますと、夜はすでに明けはなれて、南アルプスが斑々(はんぱん)たる雪はだを甲府平に表わしている。それから金峰山、それから秩父山脈と、なかなかいそがしい影どうろうの中を、汽車は塩山に着いて、私たちはおりた。
私たちを祝福してくれる五月の天候、どこを見てもみずみずしい緑のうるおいある色彩があふれて、もう心は甲信國境にかけるのみである。(以下、略)』
奥秩父の美しさ、田部の山への想い、仲間との交流。
国語の教科書にも載っていた美文だ。
簡単に山にアクセスできるようになったことは良いことだけれど、一つ一つの山を丁寧に登って得られる熟成感のようなものは消えていったのかなと思ったりする。
小屋前よりいよいよ登山道だ。Oさんがアイゼンつけますか?と聞くが、良さそうなのでそのまま行く。すぐに二俣吊橋で東沢を渡る。眼前に鶏冠尾根がドカンと姿を現わす。ギザギザが格好いい。う〜ん、確かに自分を誘っているぞ。いつかは。Oさんは昔登ったことがあるらしいが岩の根をつかんで登る経験者向けのルートだ。
吊橋を渡りきるとトタン板の桟道を登り鶏冠山への分岐を過ぎる。やがて道が氷化してきたので、三重の滝に降りる場所に小平地を見つけてアイゼンを付けることにした。見るとOさんのアイゼンは鍛造タイプのもの。年期ものだが持ってみるととても軽い。前後がネジで繋がっていて長さを調整できるようになっている。自分のものは、この前買ったばかりの12本刃のグ○○ルだが、けっこう重い。山道具は技術の発達で軽くなるけれど、アイゼンの場合は違うのかい?と複雑な気分。
三重の滝も氷で覆われていて素晴らしい。いくつかの滝をすぎる。ガマ石やらウナギの寝床やら、人面洞やらとやたらと名前を付けられているあたりやはり観光地だ。対岸にある大きな瓶穴の「胎内淵」が興味を引いた。穴に閉じ込められた石が川の流れでくるくる回り周囲の壁を引っかいているうちに大きくなったものだ。
やがて方杖橋を渡りいよいよ七ツ釜五段の滝だ。
ここが本日の目的地。
急登をひと登りで滝を見おろす橋にでた。通行止めだがロープをくぐって先に進むのだ。ひとりのカメラマンが無心に写真を撮っていた。ここまでにもふたりのカメラマンに会ったし、こんな季節にも来る人もいるのだから趣味の世界というのは奥深い。
五段の滝は文句なくすばらしい。写真を撮りまくる。いちばん下の滝ツボまで行ってみた。トレースを下っていったら・・・アイゼンをスパッツの穴にひっかけて前に転倒! そして一回転! 一瞬にして指の爪の端っこが欠けてしまい、カメラは雪まみれ! さぼらずスパッツの穴はきちんと補修をしておかなくてはと反省した。
写真を撮り、かりんとうで腹ごしらえをしたら来た道を戻る。山ガールを含む7〜8人に会った。やはり貸し切りではなかった。でも彼らを含むわれわれが独り占めだった。そう考えれば貸切だ。太陽の角度があがってくるとこの深い谷にも陽射しがあふれるようになった。意外に暖かい。東沢出合では、ヘルメットをかぶってバイルをもった3人パーティーにもあった。
帰る途中で西沢渓谷の観光看板を見ると「不動小屋跡」とあった。ちょうど七つ釜の上流の場所だ。西沢渓谷の上流にかつては営業小屋があったのだ。
昔泊まったことがあるとH2O氏が言った。小屋には温泉もしっかりあった。今はクルマで簡単にアクセスできて日帰りになっちゃうからこういう山小屋も潰れちゃうんだよなぁなんてガラにもなくつぶやている。
そのとき、不動小屋のオヤジさんは天ぷらのウンチクを延々と垂れながら、山菜やシャクナゲの若葉の天ぷらを揚げてくれたらしい。不動小屋から尾根を超えて東沢に出る道もあった。その不動小屋も尾根越えの道も今はない。こんなふうに山がたどってきた話を聞くと、変わらないように見える山も気が付かぬうちに確実に変化していることがわかる。そんな山が変わった歴史を聞くのも楽しい。
西沢渓谷の入口に戻ってふと見上げると「不動小屋ドライブイン」とあるのを見つけた。かつての不動小屋が西沢渓谷入口に下りてきて営業を続けているのかも知れない。
なんだかほっとしたような気分になった。
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