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ヤマレコ

記録ID: 1824596 全員に公開 ハイキング関東

多摩川( 登戸〜立川) 〜用水と渡しを巡る〜

日程 2019年05月03日(金) [日帰り]
メンバー
天候晴れ
アクセス
利用交通機関
電車

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地図/標高グラフ


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コースタイム [注]

日帰り
山行
6時間51分
休憩
8分
合計
6時間59分
S登戸駅09:4310:43二ケ領上河原堰10:4512:21大丸用水雁追橋跡13:07大丸堰(多摩川右岸)13:31是政橋13:3213:40多摩川左岸32km14:05多摩川左岸34km14:42多摩川左岸35km14:4314:57多摩川左岸36km15:35多摩川左岸38km15:58府中用水取水口16:0216:41立川駅16:42ゴール地点G
コースタイムの見方:
歩行時間
到着時刻通過点の地名出発時刻
コース状況/
危険箇所等
大丸用水は、遊歩道部分を除き、路地をたどる上、分水も多く、わかりにくいところがある。

写真

JR南武線登戸駅からスタート。
2019年05月03日 09:43撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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JR南武線登戸駅からスタート。
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多摩川堰堤に。天気も良く、サイクリングを楽しむ人が多い。
2019年05月03日 09:46撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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多摩川堰堤に。天気も良く、サイクリングを楽しむ人が多い。
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多摩水道橋
2019年05月03日 09:53撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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多摩水道橋
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ナヨクサフジ。河原土手のあちこちで見られた。
2019年05月03日 09:54撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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ナヨクサフジ。河原土手のあちこちで見られた。
赤つめ草。花言葉は、「勤勉」
2019年05月03日 10:02撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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赤つめ草。花言葉は、「勤勉」
対岸は、前回歩いた次大夫堀の取水口跡附近。
2019年05月03日 10:12撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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対岸は、前回歩いた次大夫堀の取水口跡附近。
気持ちの良い流れだ。コイを釣る人にも出会う。朝から3匹釣ったが、リリースとのこと。
2019年05月03日 10:12撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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気持ちの良い流れだ。コイを釣る人にも出会う。朝から3匹釣ったが、リリースとのこと。
なぜか河原にひなげしの花。
2019年05月03日 10:13撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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なぜか河原にひなげしの花。
すがすがしい花だ。
2019年05月03日 10:22撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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すがすがしい花だ。
中野島の渡し跡。明治18年から昭和10年代まで使われた。
2019年05月03日 10:32撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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中野島の渡し跡。明治18年から昭和10年代まで使われた。
二ケ領上川原堰。釣り公望がぐるりと輪になって。
2019年05月03日 10:41撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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二ケ領上川原堰。釣り公望がぐるりと輪になって。
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二ケ領用水取入れ口付近。近くに川崎市の上水道の取水施設がある。
2019年05月03日 10:48撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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二ケ領用水取入れ口付近。近くに川崎市の上水道の取水施設がある。
二ケ領用水路。
2019年05月03日 10:51撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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二ケ領用水路。
この辺り、シロサギの天国。
2019年05月03日 11:04撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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この辺り、シロサギの天国。
京王相模原線の鉄橋。
2019年05月03日 11:09撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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京王相模原線の鉄橋。
上菅の渡し跡。昭和10年に廃止された。
2019年05月03日 11:20撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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上菅の渡し跡。昭和10年に廃止された。
左、多摩河原水道橋。
2019年05月03日 11:31撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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左、多摩河原水道橋。
住宅地を流れる大丸用水。
2019年05月03日 11:42撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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住宅地を流れる大丸用水。
旧川崎街道沿いの馬頭観音。
2019年05月03日 11:51撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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旧川崎街道沿いの馬頭観音。
傍らに道標。右川崎道、左八王子道の文字。
2019年05月03日 11:51撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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傍らに道標。右川崎道、左八王子道の文字。
この辺り、遊歩道として整備されている。
2019年05月03日 12:20撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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この辺り、遊歩道として整備されている。
雁追橋跡。
2019年05月03日 12:21撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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雁追橋跡。
用水のあちらこちらで分水されている。
2019年05月03日 12:32撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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用水のあちらこちらで分水されている。
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多摩川右岸32Kの標柱。
2019年05月03日 13:00撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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多摩川右岸32Kの標柱。
大丸用水堰。
2019年05月03日 13:07撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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大丸用水堰。
是政橋からの多摩川(上流方面)。
2019年05月03日 13:29撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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是政橋からの多摩川(上流方面)。
府中郷土の森付近の河原は、バーベキューを楽しむテント村になっていた。
2019年05月03日 13:47撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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府中郷土の森付近の河原は、バーベキューを楽しむテント村になっていた。
京王線の鉄橋。
2019年05月03日 14:45撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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京王線の鉄橋。
一の宮渡し跡。明治13年から関戸橋開通の昭和12年まで使われた。
2019年05月03日 14:52撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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一の宮渡し跡。明治13年から関戸橋開通の昭和12年まで使われた。
河原管理境界の標識。多摩川河口から37K。
2019年05月03日 15:10撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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河原管理境界の標識。多摩川河口から37K。
五本松。下堰の松と呼ばれた防水林の名残り。
2019年05月03日 15:10撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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五本松。下堰の松と呼ばれた防水林の名残り。
西府用水下堰水門跡の碑。昭和52年建立とある。
この辺りの用水の様子については、以下参照。
https://tokyoriver.exblog.jp/29599677/
2019年05月03日 15:12撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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西府用水下堰水門跡の碑。昭和52年建立とある。
この辺りの用水の様子については、以下参照。
https://tokyoriver.exblog.jp/29599677/
こちらは現役の取水口。四谷本宿用水堰。水利権者は、府中市西府用水組合。
2019年05月03日 15:38撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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こちらは現役の取水口。四谷本宿用水堰。水利権者は、府中市西府用水組合。
万願寺の渡し跡。17世紀の半ばに開設され、しばらく甲州街道の渡しとして使われた。大正15年に日野橋の架設により廃止。
2019年05月03日 15:51撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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万願寺の渡し跡。17世紀の半ばに開設され、しばらく甲州街道の渡しとして使われた。大正15年に日野橋の架設により廃止。
府中用水の取水口。七ヶ村組合用水とも呼ばれた。
2019年05月03日 16:01撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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府中用水の取水口。七ヶ村組合用水とも呼ばれた。
貝殻坂。17世紀の後半、丘陵部を通ってきた甲州街道から満願寺の渡しにと下る道であったという。
2019年05月03日 16:08撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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貝殻坂。17世紀の後半、丘陵部を通ってきた甲州街道から満願寺の渡しにと下る道であったという。
多摩都市モノレールが見え、緑道も終わる。
2019年05月03日 16:25撮影 by Canon PowerShot SX700 HS, Canon
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多摩都市モノレールが見え、緑道も終わる。

感想/記録

 初夏の多摩川を登戸から立川まで歩く。今回も水と人の暮らしについていろいろと啓発された。
‖燭の渡しは、明治10年代に開かれたようだが、昭和10年代までの橋の架設で、その役割を終えることになった。今、その痕跡を訪ねるのはむつかしい。また、甲州街道の渡しは、年代により街道の付け替えで、「石田の渡し」、「万願寺の渡し」、「日野の渡し」と上流方向に変遷しているが、保全と安全の費用から合理的選択だったのが、体感できた。
江戸の初期に開かれた用水で、二ケ領用水、大丸用水など遊歩道整備がされているところもあるが、流路は変われども灌漑用水として今も多摩川の水が活用されていることが垣間見られ、印象深かった。
8什漾河原は、少年野球場やサイクリング道など多面的に活用されているが、ところによっては豊かな自然をそのまま残すところもあり、興味をそそられた。
 流域遡行は、視野を広げて歩くと面白い。次回は、さらに上流部を目指したい。

(参考)春の多摩川・次大夫堀〜宿河原駅から多摩川駅〜
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1759799.html
訪問者数:49人
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この記録へのコメント

登録日: 2016/10/5
投稿数: 40
2019/5/8 22:43
 いつか多摩川を全域確認してみたいと思いながら先延ばしにしています
個人的には立川より上流部しか身近に感じていない状況ですが、平均的な河川の傾斜が確認出来て興味深かった。これから上流方向での具体的な傾斜変化も楽しみです。
街道の付け替えで上流方向に変遷しているとのことですが、保全と安全の費用から合理的選択であるという説明がすんなりと理解できませんでした。
立川上流で玉川上水・野火止用水なども分流するかと思います。それによって多くの武蔵野の原野が潤ったことかと思います。かつて多摩湖方面に廃線跡トンネルがあり多摩川から堰堤の石を運んだとのこと、鉄道の敷設も考えてみれば納得した記憶がありました。
おもいつくままに
登録日: 2018/8/1
投稿数: 15
2019/5/9 11:10
 Re: いつか多摩川を全域確認してみたいと思いながら先延ばし...
 渡しの位置は、時代によって場所が変わることが多いようです。「木曽のかけはし 太田の渡し 碓氷峠がなくばよい」といわれた中仙道の3大難所の一つ太田の渡し(岐阜県の木曽川)も少しづつ変わっているようでした。
 甲州街道の多摩川を渡る位置については、石田の渡し、万願寺の渡し、日野の渡しと上流に少しづつ変遷しました。万願寺の渡しのところにある国立市教育委員会の解説は、以下の通りです。
 『「万願寺の渡し」(谷保の渡し)は, 現在の 国立市谷保と 日野市石田(万願寺)を結ぶ「甲州街道」の重要な渡しでした。
 この渡し場は, 慶安年間(1648〜1652)に開設されたといわれ, それまではここより下流の「石田の渡し」(府中市三屋〜日野市石田)が使われて いました。
 「甲州街道」は, 慶長年間(1596〜1615)に 徳川家康 が開設したものであり, 当初は段丘下を通っていましたが, たび重なる多摩川の洪水により, 貞享元年(1684)の改修で 現在の甲州街道に近いものになったと伝えられます。 このときの改修により, 渡しも上流の「日野の渡し」が使われるようになりました。
 その後, 万願寺の渡しは, 近隣住民の足として 長い間利用されましたが, 大正15年(1926)に 日野橋ができたことにより廃止されました。
          平成5年3月   国立市教育委員会』

 今継続して行っている多摩川散歩は、武州御岳山頂にある御岳ビジターセンターで購入した「多摩川散策絵図〜源流から河口まで」を参考に、若干ネットで調べたりしながら歩いています。笠取山の源流部に行く時は、是非ご一緒したいものです。
登録日: 2016/10/5
投稿数: 40
2019/5/10 14:42
 Re[2]: いつか多摩川を全域確認してみたいと思いながら先延ばし...
なるほど「甲州街道」は, 慶長年間(1596〜1615)に 徳川家康 が開設したものなのですね、旧来武田信玄は馬の活用に長けていたのでいろんなルートで関東にアクセスしていたような気がします。奥多摩の笹尾根・浅間尾根などを含め甲州道がと銘打った径を多く見かけていました。

最近NHKの歴史秘話ヒストリアで「板垣退助」を取り扱っていました。甲府城を幕府軍より先に懐柔し併せて近隣の農民などを集めて幕府軍と対峙したというものです。以下Wikipediaによる説明などと対応します。
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戊辰戦争では土佐勤王党の流れをくむ隊士を集めた迅衝隊総督として土佐藩兵を率い、東山道先鋒総督府の参謀として従軍した。天領である甲府城の掌握目前の美濃大垣に向けて出発した慶応4年(1868年)2月14日が祖先・板垣信方の没後320年にあたるため、「甲斐源氏の流れを汲む旧武田家家臣の板垣氏の末裔であることを示して甲斐国民衆の支持を得よ」と、岩倉具視らの助言を得て、板垣氏に姓を復した。
新選組を撃破
この策が講じて甲州勝沼の戦いで大久保大和(近藤勇)の率いる新選組を撃破したばかりではなく、その後に江戸に転戦した際も、旧武田家臣が多く召し抱えられていた八王子千人同心たちの心を懐柔させるのにも絶大な効果があった。
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