2012年燃え尽きた(かった)夏☆サバ街道根来坂超えルート一回戦敗退、昔の人は偉かった
- GPS
- 32:00
- 距離
- 38.2km
- 登り
- 866m
- 下り
- 545m
コースタイム
23時前小浜駅出発
7時10分小入谷登山口
9時40分過ぎ大宮神社
10時事件発生、連絡その他
11時半終焉の地渓流センターにてゲームオーバー
13時半救助隊到着
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2012年07月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス 自家用車
終焉の地、京都市と高島市の境の渓流センター |
コース状況/ 危険箇所等 |
小浜あたりは田舎なのか原発お膝元なのか、街頭はついてなくて、国道沿いも真っ暗 山道のサバ街道は整備されてていい道ですが、道幅の狭いところ苔などあり真っ暗での歩行は危険 |
写真
感想
京は遠ても18里
4月末に計画してたサバ街道リーダーの都合が悪くなりで中止になる。
「下見なしで本番もきついし、来年や!」といってたのに、日本で一番暑い一週間で峠道の下見とのこと。
そのあと、涼しくなってから本番といってたのに。。。。なぜかぶっつけ本番となる。
でも、以前の話しから峠の30キロを土曜日歩くくらいだと思ってたので、日曜は岡山へ桃狩りの予定を入れてしまう相変わらずおちつきのない私です。
なので、いきなり本番といっても、時間なし、「じゃあどうせ暑いし夜から歩きはじめよう」と私の時間にあわせていただき小浜駅最終に合わせて、集合。
リーダーが我が家にきて、そこからもう一人のメンバーの家へその後奥さんに亀岡駅まで送っていただく。舞鶴経由で22時過ぎに小浜駅着の予定
今回は、熱中症、夜中の初めての山道、また、ネット検索しても同じルートを歩いてる人がいなくて、資料に困った。コンビニ、自動販売機も田舎の林道や山道にないだろうし。。。
取りあえず、必要最小限といってもハイドレに2ℓ、行動食大袋のパン2袋、ランチパック、おにぎり3つ
塩アメ、熱中症予防の0S-1ペットボトル500ml、ゼリー1つ、アミノバイタルゼリー1つ、アミノ酸系ゼリー1つ。
へっでん、予備電池、冷えピタ、皮膚保護用ワセリン、救急セットなどで、コロンビアの15リットルザックはパンパン
結構重いんですけど。。。
電車の中では結構眠いけど、私は夏の甲子園にかける高校球児なみに楽しみにしてたので、結局ねれず、のりかえも多いので、結構疲れ気味で小浜到着
行きの電車でパン、おにぎり食べてたけど、小浜についたら、これからの過酷になるであろう長旅の英気を養うために美味しいものたべようとリーダーにいわれていた。
私が空腹になると機嫌がわるく凶暴になるので、絶対になにかを食べさせておかないといけないとゆうことをロングウオークを何回かおつきあいいただいてるので学習したようです。
でも、予想どおり22時すぎたらどこも店はあいてない、真っ暗。スナック、居酒屋くらいです。
いずみ商店街でとりあえずサバ街道資料館の写真とかとるもまっくらでうつらず
駅の近くで閉店間際の個人商店でおにぎりなど買って道ばたで食べる。駅前までかえってきて
さあ、長い旅のはじまりです
「前は車で来たけど、まさか、夜中にこんなとこ歩かされると思わなんだ。」と言われる。道も新しくなっており、リーダーもよくわからないと
あんまり涼しくなく湿気もあり、月は赤いし気持ち悪い
最初は結構いいペースでコース予想時間よりよかったんですが、一回目の休憩のときに眠くなり、トイレ休憩で石のベンチで寝転がったらいい気分。
これがきっかけで、瞼がくっつき、半目状態で足だけ機械的にうごかす、また次の休憩。
神社の前で、もう一人のメンバーも眠いと連発。30分寝ようとゆうことに。。。。
最初、神社の階段付近で体操すわりで寝ようとおもったが、あまりの睡魔に、どうでもよくなり、ザックをまくらに、地面に直に寝そべってねる。
リーダーはみんなが寝たらおきれないとタバコなどすって起きているが、私の女を捨てて大股開きでねてる様子が笑えるとなんか写真をとられてる気配が。。。。
30分でおこされ、また車道をあるく、街灯はまったくなく、車ももちろんはしってない、お化け的怖さが普通ならあり、緊張するが、半目で足だけうごかしてる私はどうでもよくなっていた。
たまに鹿の鳴き声、獣くさい匂いがして、いつなにが出てきてもおかしくない感じだけど、それすらどうでもいい感じ。家にいるときはこの時間おきてるんだけど、なんで歩きながら眠たいのかわからない。やっぱり軽い熱中症なのか気合いがないのか。。真っ暗だけど温度も結構あり、湿度も高いので汗がふきだし、やっと上根来の集落まできた。
みんな疲れていて、ここから登山道に入るので、真っ暗だし、そのまま林道をあるくか、明るくなるまでまた車道でねるかというので、夜明けまで寝ることに。。。お墓の近くでもちろん電気もなくて普通なら薄気味悪いけど、眠いからもうどうでもしてって感じ。。。どこにいったんでしょう、高校球児のやる気は。。。
一回地面で寝たら、どうでもよくなってる、女もすてて、文化人もすてました。車道のアスファルトにねっころがります。車にひかれるにも、一台もみてない。
結局、ここで1時間爆睡する。4時頃「マロンちゃんそろそろおきろ」とリーダー。。。「まだ暗いですよ。ほへ、ふえ、はへー」と奇声をあげながら仕方なく起きる。
「行く前に何かたべとき!」まったくお腹すいてない。
だって夜におにぎり3つパン1つ食べてる。
でも、ばてたら困るので、ランチパックを食べようと袋から取り出すが力が抜けて下に落とした。ヘッデンもつけず確認もせずに、3秒ルールーに基づき、拾ってすぐほうばると、「じゃり?」ナヌ〜?
アスファルトに落としたと思ったら砂利の上だった、あわててヘッデンでみたら、砂で真っ黒。。。。へこたれず、めぼしいものをとりのぞき、残りを食べる。我ながら、ちょっとひどい。砂利がついてなくとも、へんな菌はついてるでしょうが、「3秒ルールで大丈夫」とたべるところが、これまた眠いしどうでもよいと大阪人根性で拾い食いまでしてしまった。もちろん、この1時間の爆睡中も車道で寝る原始人の衝撃映像をとられている。
あとで、知ったんですが、私が寝てるのは、バテて、体調不良だと思われていたようで、峠を超えた針畑地区の車道は日も照って17キロあり4時間半を見てるので熱中症対策に、コミュニティーバスを利用して次の登山道まで時間の短縮、体力温存しようと話してたらしい。
ちょっと寝ても寝起きなんで、体がおもうように動かない、サバ街道登山口までやっと来た。ここから急な斜面。ヒーヒーいいながら高度をあげる。標高800mくらいまできたらやっと風がながれてきた。朝日もあがってきた。感動してる場合じゃないここから暑さとのたたかいです。
峠を超えて、高島トレイルの交差のとこまできたら、滋賀県です。
虫もおおいけど、出町柳まで、あと56キロの看板。
焼尾神社に説明書きに、傲慢を戒めるお地蔵さんと書いてある。
そうそう、私も根性叩き直すために気合いで来てるわりに、まったくここまで頑張ってない。
でも下りは得意なんです。やっと眠いのもさめた。
下りは石の上に苔もはえてるし、登山道の幅もせまく、結構あぶない、暗かったら滑落とかしそうなんで、明るくなってからとおってよかったと思う。
やっと登山口までおりてきた。
このあたり、日本じゃないような景観です。開拓時代のような簡素だけどノスタルジックな家が多い。
さて、ここを出発する市営バスが10分前に出発したらしい、私からするとサバ街道制覇はバスとか使わないんじゃないの?と「歩きましょうよ」といっていたが、前述のとおりの理由だったようです。次のバスは2時間後、乗り過ごした分、歩けます。
いい田舎の景色を歩いていたら針畑ルネッサンスという地域復興の地元名産品加工をつくってる建物がみえる。トイレもあり、お借りするのに、まだ7時過ぎなのに出勤されてる方がいっらっしゃって、「インスタントで良かったらコーヒーでも飲んで行ってください」と言っていただく。。。。
袖ふれあうのも人の縁、笑う門には福きたる?ちがうか
とにかく、こんな地面でねるようなきたない私らに優しいお声をかけていただき、お言葉に甘える。
この方もUターンで京都で40年暮らしていたけど、ここの素晴らしい自然をみんなにしっていただくようにサバ街道の整備や地元の名産を開発したりしてるとのこと。小一時間ほどコーヒーいただきお話しし、ここでつくってるという、へしこ、みょうがの柴漬けをかう。
私はサバ街道の出発地点である小浜でサバを買えなかったので、ここで、まさか、真空のへしこを買えるなんて。。。。魚きらいでも、記念に買えてよかった。
でも食べる方法をきいていたら、薄くスライス、あぶってお茶漬けで食べるらしい。美味しそう。
すっかり元気になり歩けるとおもったけど、まだ道中ながいので、隣にある神社の日陰で9時過ぎのバスを待つことに、、、また一時間バスまであるので、本日4回目の車道寝です。
さすがにこのあたり車もあるので轢かれると困るので鳥居の下の砂利の上で寝るという罰当たりなことをしてしまいます。
リーダーも「もう、畳では寝れんやろ?この写真公開したら、みんながびっくりするで」と。。。そんな上品と思われてないから大丈夫
「我が人生、まさか路上で寝るなんて。。。。ないわ〜」とカマトトぶってたら
あった、あった、旧石器時代の星野阪神のリーグ優勝の日。
なんでも77円で解放してたお店の巨大スクリーンでドンペリとか酔っぱらって飲み干し大騒ぎしたあと御堂筋の路上で寝転がってたらあやうく機動隊に捕獲されそうになったことがあった。
やっぱり、昔から上品とはかけ離れた生活を送ってました。
この辺りのバス、バス停じゃなくとも手を挙げたらとまってくれるらしく、「こんな格好でねてたら大丈夫やろ」と。。。今まで寝なかったリーダーも緊張の糸がきれたのか、寝息ですやすや。。。
バスが来た。クーラー涼しい〜現代って感じって喜んでいたのもつかのま、歩くと4時間半の道を20分ほどで下る、でも歩道もなく対向車がきたらよけるような狭い道で、歩くと結構あぶない感じだった。
バスのルートと目指す登山口への分かれ道で下りた瞬間。リーダーが財布、貴重品を入れたウエストポーチをバスの中に落としてきたことに気づく、すぐに電話するも、次のバスは2時間後、しかもおりたところじゃなく、バス停までもどって待つようにと、それまでのやり取りで落とし物は朽木の支所にあるからといわれ梅木に向かって無駄に炎天下を歩き、また2時間後のバスでもってきてくれるとのことで同じ道を4キロ半ほど歩く。
「おなじルートなのでバスをみたらその場で待機して受け取ればいいのに、なんでバス停まで戻るの〜」と炎天下で疲れてきてる私は思うが、やっとバス停のある渓流センターまでもどってきた。ここから、また歩いて1時間バスを下りたとこまでいき、さらに林道をくだって登山口にもどるもんだと思っていたけど、どんどん2人に引き離され、まったく姿がみえず、あれ?一本道なのにどこにいった?また同じ道を戻るんだから迷子になる前に日陰でとまろうか?電波の通じるとこで電話すると先をあるいてるらしい。
でも何分あるいてもバス停もなく2人の姿もなく。不安になってたところにバス停が見えたが2人がいない、川をみると休憩してる2人。。。。よかった。脇道にでもはいってるかと思った。
まあ、バス道だし、渓流釣りの車が結構とおってるので、いざとなったらヒッチハイクかと思っていた。
川までおりると、バスがきて財布をうけとったら、もう一人のメンバーの奥さんがここまで迎えにきてくれるとのこと。つまりここがゲームオーバー
今日のうちにもどるには、ここからまた登山口まで歩いて登っても、暑いし、どこでばてるかわからず。
どうせ救援よぶには、無駄に体力つかうよりここで終わりにしようと。。。。
がーん。さっきの灼熱アスファルト1時間は疲れたけど、76キロ歩くつもりだっただけに30キロでは、限界どころか、途中寝てるし、通常の山より疲れてない。
でも、この先の山道でバテルと救援もよべないし、これで良かった。
奥さんを待つ間、渓流センターのレストハウスで冷たいものでも買いたかったが、中にはいるだけで入場料さらに電波が通じないからと駐車場でまってたら、センターの人に私有地だからでていけといわれる。車上荒らしとかの危険をかんじたのかしら?でも、この炎天下、日陰があって電波のあるとこまで、またとぼとぼとアスファルトを歩いてもどる。
家が立ってるところで奥さんが登場。仏様に見えました。車にのったとたん、涼しい〜
しかも、ご自宅から対向車ギリギリの峠超えで76キロも運転して迎えにきてくれたんです。
もう、ご迷惑かけっぱなし。。。。
このサバ街道、私は話しのっただけと思っていましたが、私にそそのかされたということになってるので、今後はサバ禁句といわれる。
「はい、承知しました。自分一人でリベンジなんてあんな幽霊のでそうな道、燃え尽きたかったけど無理です」
でも、リーダーが悔いがのこってるようで
「今度は夏はやめ、やっぱり朝に家をでて、小浜に昼ちゃく、峠夕方、つぎの峠の前に明るくなるまで待機、もしくは、このルートでなく、若狭街道のサバの道か?」
など、計画をねっています。
「マロンだけ歩かして、北陸のサポーターがリーダー、京都、滋賀側のサポートはもう一人のメンバーでリベンジや!」
「じゃあ撮影部隊は?」
「適当なんつけるわ、、、。」え?そうなんですか。。。
やっぱりロングウオーキングは綿密な計画で下見必要ですね。
今回、峠の道の状態、自販機の場所、トイレの場所などわかった。
「次回春なら水も少なくできるだろうしずいぶん歩きやすいやろ」
とのこと。サバ禁句じゃなかったの?
救援の奥さんが迎えにきてくれた道でも凄い峠ばかり車でこんな道?やっぱり歩いては無理だったらしい。
お宅までいって、私が昨夜お土産にお渡ししてた冷えたチーズケーキまでいただき、帰宅しました。
うーん、自分超えは厳しいです。
そして100キロの練習とおもいましたが本日歩行距離30キロ、バス待ち含む途中睡眠3時間。。。
大会では寝ないので練習になったかどうかという感じです。
でも、今年の夏、は燃え尽きました。甲子園の砂(終点の出町柳駅までのサバをかついでの記念撮影)が持ち帰れなかったのが残念。
コメント
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夜中出発がまずかったのか?
仕事の疲れた体と眠気、24時間なら京都到着深夜?
帰宅にお金がかかる
OS1は小豆島か六甲全走でも使える?来年までも保存は可能でしょうし。
炎天下の歩きには日傘は大変有効です。もう遅い?
イメージと変わったか六甲全走でお会いしましょう
お疲れ様でした、
追伸
去年の100kmより山越え(二上山竹内峠)は大きなハンディーです。
一回しかでてないのに生意気ですが、卒業しました。前回強制参加だったのでノルマはたしましたから。今回はボランティアさんで。また、間の日ならお会いできないので、大会にでてください
旗ふって応援します。
100キロは、小豆島です。なんか100キロのなかでは、高低差が激しいので、いちばんきついらしいですね。
こんな根性なしで大丈夫かな?
maronさん、Long Walkお疲れ様でした。
感想読んでると、街道道で夜を過ごすこととか
炎天下の舗装路歩きとか、とてもシビアですが
でも山より疲れてないというの
やはり色んな経験をしているマロンさんならではですね。
*すみません、ミスタイプ訂正しました。
(下から2行目)
3939さん、こんばんわ。桃狩りから帰ってきました。
山も私は自分一人でいかず、イベント参加なので同じ山にはなるべくのぼらないのです。
だから、どんなしんどさかとかいつもわからず、先が見えないのでしんどいのですが、今回は最初から76キロバスとかなしで歩く気でいってますから、しんどくないというよりリタイヤで精神的に気がぬけたというか。自分が熱中症や怪我でリタイヤ宣言してないから余計。
車の運転でもそうです。
営業で長距離500キロを一日で走ったとしても、いつもの道なら疲れるけどなれてるから大丈夫、
でも、違う路線だとすごく遠い感じがします。
私の縄張り内だとどんなに深夜でも精神的に安心ということでしょうか。
高校生の頃、こういうの年一回の行事でやりました。長野善光寺→大町への峠越えとか、伊那高遠の杖突峠とか、木曽路鳥居峠越えとか。夜中に車道でゴロ寝しました。ゲタのやつもいました。朝日に向かって走ったり。懐かしいです。オッサンになってもやってる皆さん、若いですネ。
私も生まれかわったら男子で希望します。
もしくは鳥
いつも虫さされない私も車道で寝たらいろいろ虫食いが。
オッサンとゆうか、すでにお仕事卒業されてる年齢で、私にそそのかされ、おバカ巡業をしてることになってるらしいけど。
面白がって付き合ってくれてありがたいです。
ここんとこ、毎週のように通ってます。
勿論、車ですが
小浜から…確か出町柳までですよね
確か、私の叔父が歩いた事あったって聞いたことが…
車でも2時間は掛かる行程
とてもじゃないですが、私には歩けそうも無い…
とにかくお疲れ様でした。
あの道を車で運転するほうが、大変。
何本かルートがあるみたいですが、私が歩いた登山道の横の道はすごい峠で対向車きたらぶつかりそうな細い道。
かなりドライブテクニックが。。。
昔の人はえらかったですね。
途中たちよった朽木村の方のお父さんも、小浜で大工修行してて、盆、正月に小浜から朽木まで6時間かけて歩いてもどってきたとか、もちろん最短距離の山道でしょうが、すごいですね。
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