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Yamareco

記録ID: 5175796
全員に公開
ハイキング
奥多摩・高尾

相模原の養蚕の面影 〜八王子絹の道から大島・田名〜

2023年02月12日(日) [日帰り]
 - 拍手
体力度
3
日帰りが可能
GPS
08:42
距離
33.1km
登り
222m
下り
250m
歩くペース
標準
1.11.2
ヤマレコの計画機能「らくルート」の標準コースタイムを「1.0」としたときの倍率です。

コースタイム

日帰り
山行
8:37
休憩
0:13
合計
8:50
8:55
49
9:44
9:52
13
10:05
10:06
6
10:12
10:15
72
11:27
11:27
90
12:57
0:00
57
六地蔵交差点道標
13:54
0:00
45
上大島の諏訪明神
14:39
0:00
77
大島の漸進社跡
15:56
0:00
41
高田橋
16:37
0:00
67
田名の蚕影山神社
17:44
17:45
0
17:45
ゴール地点
天候 晴れ
過去天気図(気象庁) 2023年02月の天気図
アクセス
利用交通機関:
電車
コース状況/
危険箇所等
特に問題はないですが、事前の調査と地図が必要です。
本日は、JR片倉駅からスタート。
2023年02月12日 08:54撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
1
2/12 8:54
本日は、JR片倉駅からスタート。
慈眼寺には、一昨日の雪が残っている。
2023年02月12日 09:11撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 9:11
慈眼寺には、一昨日の雪が残っている。
トトロの倉庫があったて、思わず「いいね」。
2023年02月12日 09:16撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
7
2/12 9:16
トトロの倉庫があったて、思わず「いいね」。
ちょっとコースを外れたらしい。高台に登り軌道修正。
2023年02月12日 09:43撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
3
2/12 9:43
ちょっとコースを外れたらしい。高台に登り軌道修正。
大塚山の道了堂跡に出た。
2023年02月12日 09:45撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 9:45
大塚山の道了堂跡に出た。
鑓水商人の大塚五郎吉が中心となって、浅草花川戸から道了尊を勧請して明治7年(1874)に創建。
2023年02月12日 09:46撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 9:46
鑓水商人の大塚五郎吉が中心となって、浅草花川戸から道了尊を勧請して明治7年(1874)に創建。
八王子の糸商人らによって明治13年に建てられた「築礎碑」。峠を通る旅人や村内の安全のために大いに役立ったことなど記されている。
2023年02月12日 09:46撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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八王子の糸商人らによって明治13年に建てられた「築礎碑」。峠を通る旅人や村内の安全のために大いに役立ったことなど記されている。
境内に色々建物があったようだが、今は、道了堂の礎石のみ残る。
2023年02月12日 09:48撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 9:48
境内に色々建物があったようだが、今は、道了堂の礎石のみ残る。
古道の雰囲気を残す道をたどる。
2023年02月12日 09:55撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 9:55
古道の雰囲気を残す道をたどる。
絹の道の入り口まで下りてきた。
2023年02月12日 10:05撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 10:05
絹の道の入り口まで下りてきた。
絹の道資料館。生糸商人・八木下要右衛門の屋敷跡に建てられている。

2023年02月12日 10:07撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 10:07
絹の道資料館。生糸商人・八木下要右衛門の屋敷跡に建てられている。

書院で、訪れてきた外国人をもてなした。明治時代の横浜居留地の外国人はこの辺りまで自由に来られた。
2023年02月12日 10:08撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 10:08
書院で、訪れてきた外国人をもてなした。明治時代の横浜居留地の外国人はこの辺りまで自由に来られた。
当時の鑓水の風景と地名の由来を紹介していた。写真は、ベアドのものである。
2023年02月12日 10:10撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 10:10
当時の鑓水の風景と地名の由来を紹介していた。写真は、ベアドのものである。
慶応元年(1865年)に建てられた御殿橋のたもとにある道標。東面に「此方はら町田 神奈川 ふじさわ」とある。
2023年02月12日 10:22撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 10:22
慶応元年(1865年)に建てられた御殿橋のたもとにある道標。東面に「此方はら町田 神奈川 ふじさわ」とある。
永泉寺。明治17年(1884年)に本堂が火事で焼けたため、八木下要右衛門が母屋を寄進した。
2023年02月12日 10:29撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 10:29
永泉寺。明治17年(1884年)に本堂が火事で焼けたため、八木下要右衛門が母屋を寄進した。
養蚕農家だった小泉家屋敷。入母屋造り、茅葺きの建物は明治11年(1878年)に再建されたもの。
2023年02月12日 10:37撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 10:37
養蚕農家だった小泉家屋敷。入母屋造り、茅葺きの建物は明治11年(1878年)に再建されたもの。
藁ぶき屋根には残る雪。
2023年02月12日 10:36撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 10:36
藁ぶき屋根には残る雪。
新しく開発された住宅地を越えていくと、小山内裏公園の脇に出た。
2023年02月12日 10:56撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 10:56
新しく開発された住宅地を越えていくと、小山内裏公園の脇に出た。
町田街道をしばらく相原方面に歩く。
2023年02月12日 11:22撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 11:22
町田街道をしばらく相原方面に歩く。
境川。武蔵の国と相模の国の境の両国橋を渡る。
2023年02月12日 11:27撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 11:27
境川。武蔵の国と相模の国の境の両国橋を渡る。
牛久保家長屋門。昔、橋本宿があったこの辺り、面影を伝える屋敷がいくつかある。
2023年02月12日 11:29撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 11:29
牛久保家長屋門。昔、橋本宿があったこの辺り、面影を伝える屋敷がいくつかある。
香福寺山門近くに徳本念仏塔。徳本上人は、江戸時代後期に伊豆や関東の各地に念仏を広めた僧。
2023年02月12日 11:35撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 11:35
香福寺山門近くに徳本念仏塔。徳本上人は、江戸時代後期に伊豆や関東の各地に念仏を広めた僧。
香福寺本堂と樹齢400年の高野槇。
2023年02月12日 11:37撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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香福寺本堂と樹齢400年の高野槇。
大山街道を歩いていく。
2023年02月12日 11:41撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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大山街道を歩いていく。
IR横浜線の「大山街道踏切」。
2023年02月12日 11:46撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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IR横浜線の「大山街道踏切」。
リニア新幹線の神奈川県駅(仮称)の工事で大山街道歩きは迂回。
2023年02月12日 11:55撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 11:55
リニア新幹線の神奈川県駅(仮称)の工事で大山街道歩きは迂回。
ようやく見つけた「橋本の棒杭」(安政2(1855)年)。正面に「右大山みち」、右側に「北八王子道」、左側に「南あつぎ道」。
2023年02月12日 12:26撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 12:26
ようやく見つけた「橋本の棒杭」(安政2(1855)年)。正面に「右大山みち」、右側に「北八王子道」、左側に「南あつぎ道」。
国道16号を渡り、しばらく歩いていくと河岸段丘崖の坂。大山が望める。
2023年02月12日 12:53撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 12:53
国道16号を渡り、しばらく歩いていくと河岸段丘崖の坂。大山が望める。
下りきった六地蔵の交差点に道標。南方面に「漸進社」名が見える。昭和3年の御大典記念に地元の青年団によって建てられた。
2023年02月12日 12:57撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 12:57
下りきった六地蔵の交差点に道標。南方面に「漸進社」名が見える。昭和3年の御大典記念に地元の青年団によって建てられた。
上九沢の梅宗寺。ここにも、地元の名主だった笹野家の屋敷にあった蚕影堂が移築されている。
2023年02月12日 13:11撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 13:11
上九沢の梅宗寺。ここにも、地元の名主だった笹野家の屋敷にあった蚕影堂が移築されている。
新興住宅地を抜けて大地の畑に出たところ。住宅地の拡張か、この辺りはかつて桑畑が広がっていたはずだ。
2023年02月12日 13:17撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 13:17
新興住宅地を抜けて大地の畑に出たところ。住宅地の拡張か、この辺りはかつて桑畑が広がっていたはずだ。
かつて桑畑であった畑の中をたどって、上大島の交差点に出る。
2023年02月12日 13:31撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 13:31
かつて桑畑であった畑の中をたどって、上大島の交差点に出る。
上大島の集落のはずれにある諏訪明神。
2023年02月12日 13:54撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 13:54
上大島の集落のはずれにある諏訪明神。
本殿の裏に蚕影堂がある。
2023年02月12日 13:55撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 13:55
本殿の裏に蚕影堂がある。
一番低い段丘のへりを歩いていくと「大島中ノ郷のヤツボ」。
2023年02月12日 14:20撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 14:20
一番低い段丘のへりを歩いていくと「大島中ノ郷のヤツボ」。
ヤツボとは、河岸段丘崖の湧水を溜めた場所のこと。飲料の取水や洗い場として利用されていた。
2023年02月12日 14:22撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 14:22
ヤツボとは、河岸段丘崖の湧水を溜めた場所のこと。飲料の取水や洗い場として利用されていた。
大島の交差点北西角のコンビニの立っているところに、「漸進社」があった。漸進社は、日本最初の農民資本による共同生糸揚 返・共同販売のための製糸工場と言われる。
2023年02月12日 14:42撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 14:42
大島の交差点北西角のコンビニの立っているところに、「漸進社」があった。漸進社は、日本最初の農民資本による共同生糸揚 返・共同販売のための製糸工場と言われる。
コンビニの隣に漸進社の創業記念碑があるというので、声をかけて案内してもらった。
2023年02月12日 14:41撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 14:41
コンビニの隣に漸進社の創業記念碑があるというので、声をかけて案内してもらった。
漸進社の創業記念碑。 明治19 年6 月3 日に大貫友八氏ら 16名が発起 人となり大島村製糸漸進社の設立を神奈川県令宛に願い出たことが刻まれている。
2023年02月12日 14:39撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 14:39
漸進社の創業記念碑。 明治19 年6 月3 日に大貫友八氏ら 16名が発起 人となり大島村製糸漸進社の設立を神奈川県令宛に願い出たことが刻まれている。
日々神社。時間がなく、お参りせず。御神体は近くの崖地にある俗称「かがみの滝」の水底から出たとされる1枚の鏡だそうだ。
2023年02月12日 14:47撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 14:47
日々神社。時間がなく、お参りせず。御神体は近くの崖地にある俗称「かがみの滝」の水底から出たとされる1枚の鏡だそうだ。
大島水場のヤツボ。
2023年02月12日 15:01撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 15:01
大島水場のヤツボ。
ヤツボには祠があり、竜が剣に巻き付いた倶利伽羅竜王がまつられている。
2023年02月12日 14:58撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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ヤツボには祠があり、竜が剣に巻き付いた倶利伽羅竜王がまつられている。
日々神社のご神水。
2023年02月12日 14:58撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 14:58
日々神社のご神水。
大島・古清水上組のヤツボ。
2023年02月12日 15:08撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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大島・古清水上組のヤツボ。
現在はヤツボの保護と安全のために石が敷かれて水深が浅くなっている由。
2023年02月12日 15:09撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 15:09
現在はヤツボの保護と安全のために石が敷かれて水深が浅くなっている由。
木の間から相模川。
2023年02月12日 15:17撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 15:17
木の間から相模川。
ここも一面の桑畑だったろう。奥に2段目の断崖壁が整備されているのが見える。
2023年02月12日 15:23撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 15:23
ここも一面の桑畑だったろう。奥に2段目の断崖壁が整備されているのが見える。
川岸近くまで下ってきた。「滝の渡し」跡。戦後、両岸にロープを張り、それを手繰りながら渡る針金渡しになり、昭和47年まで運航された。
2023年02月12日 15:33撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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川岸近くまで下ってきた。「滝の渡し」跡。戦後、両岸にロープを張り、それを手繰りながら渡る針金渡しになり、昭和47年まで運航された。
烏山用水。この地を治めていた烏山藩が新田開発のため計画。地元で水車業を営んでいた江成久兵衛が完成させた。
2023年02月12日 15:36撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 15:36
烏山用水。この地を治めていた烏山藩が新田開発のため計画。地元で水車業を営んでいた江成久兵衛が完成させた。
用水は再生されて、散策できるよう整備されていた。
2023年02月12日 15:39撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 15:39
用水は再生されて、散策できるよう整備されていた。
田名八幡宮。1689年(元禄2年)の再建という社殿は立派だ。
2023年02月12日 15:41撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 15:41
田名八幡宮。1689年(元禄2年)の再建という社殿は立派だ。
高田橋に出てきた。大山街道はここで相模川を渡った。
2023年02月12日 15:52撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 15:52
高田橋に出てきた。大山街道はここで相模川を渡った。
九所の渡しの石柱と鮎供養塔が橋のたもとにあった。昭和35年(1960)頃まで、観光用の鵜飼いが行われていた。
2023年02月12日 15:56撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 15:56
九所の渡しの石柱と鮎供養塔が橋のたもとにあった。昭和35年(1960)頃まで、観光用の鵜飼いが行われていた。
望地弁財天。明治11年(1878年)南光寺の森恵力師が、望地河原の一画に「望島殿」を設けて江島神社にあった本像を譲り受けて、養蚕守護としたという。昭和20年現在の地に再建。
2023年02月12日 16:10撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 16:10
望地弁財天。明治11年(1878年)南光寺の森恵力師が、望地河原の一画に「望島殿」を設けて江島神社にあった本像を譲り受けて、養蚕守護としたという。昭和20年現在の地に再建。
南光寺山門脇に出羽三山供養塔。
2023年02月12日 16:21撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 16:21
南光寺山門脇に出羽三山供養塔。
田名堀之内の蚕影山神社。明治末期に筑波の蚕影 神社から分霊を勧請したものという。
2023年02月12日 16:37撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 16:37
田名堀之内の蚕影山神社。明治末期に筑波の蚕影 神社から分霊を勧請したものという。
ご神体の舟に乗った金色姫の木像がうかがえる。
2023年02月12日 16:38撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 16:38
ご神体の舟に乗った金色姫の木像がうかがえる。
説明板。この地区では、養蚕開始の4月と終了する10月に金色姫の和讃を唱える行事が続けられている。
2023年02月12日 16:38撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 16:38
説明板。この地区では、養蚕開始の4月と終了する10月に金色姫の和讃を唱える行事が続けられている。
近くに、養蚕農家の建物を活用した田名の民家資料館。
2023年02月12日 16:43撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 16:43
近くに、養蚕農家の建物を活用した田名の民家資料館。
上溝に向かう途中の道路脇に二十三夜供養塔など。
2023年02月12日 16:57撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 16:57
上溝に向かう途中の道路脇に二十三夜供養塔など。
JA相模原市の上溝支店の駐車場にある蚕影社(左)と蚕供養塔。創建は、大正年間か。
2023年02月12日 17:28撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 17:28
JA相模原市の上溝支店の駐車場にある蚕影社(左)と蚕供養塔。創建は、大正年間か。
この農協敷地には、かつて組合製糸の工場があったと言われる。
2023年02月12日 17:29撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 17:29
この農協敷地には、かつて組合製糸の工場があったと言われる。
黄昏の境川を渡り、上溝駅へ急ぐ。
2023年02月12日 17:41撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 17:41
黄昏の境川を渡り、上溝駅へ急ぐ。
JR上溝駅で終了。足が棒のようだ。
2023年02月12日 17:48撮影 by  TG-6 , OLYMPUS CORPORATION
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2/12 17:48
JR上溝駅で終了。足が棒のようだ。

感想

 江戸時代から明治初期の相模原は、雑木林やススキが支配する原野が広がり、大半の地域は水利が乏しかったので、そこに暮らす人々の生活は貧しかった。しかし、時代は変わり、幕府や明治政府によって養蚕奨励が行われ、この地域の農家でも次第に副業としての養蚕が行われるようになり、相模川の河岸段丘の台地は桑畑が広がることとなった。
 私が最も興味が引かれたのは、日本最初の農民資本による共同生糸揚返・共同販売のための「漸進社」が明治19年高座郡大島村(相模原市緑区大島)に設立されたことだ。
 このあたりの農家は、蚕を育て、繭をとり、座操で糸をつむぐ自家製糸を行っていた。漸進社は各自が製糸した生糸を持ち寄り、共同揚返しを行って品質の統一と定量化を図り、共同で有利に販売するものだった。つまり、地場の生産方式にマッチしたやり方で、大規模化を図ろうとしたのである。(注:揚返しとは、座繰りされた糸が固着しないように、大枠に巻き戻し、輸送など扱いやすくすること)
 その後、生糸の取り扱い範囲を拡大し、大正 2 年頃には所属揚返所142 ヶ所、出資社員 1050 人、加入製糸者数 1万2千人、年生産量 195,000kg に達したという。しかし、第一次世界大戦による生糸の暴落、関東大震災の被災、昭和初期の金融恐慌など次々と押し寄せる荒波にのまれ、昭和 12 年に解散して約 50 年の幕を閉じている。
 今回、やっとの思いで訪ねあてた漸進社の創業の地には、わずかに民家の裏に創業記念碑のみが残されているばかりであった。これだけ、広域にわたって地域振興に尽くした事績だけに、寂しい思いがした。
 前回横浜の瀬田や泉の養蚕、製糸の跡を訪ねた時に巡り合った和泉町の「蚕御霊神塔」にも「霜害のために桑が枯れて、蚕を育てることができなくなり、蚕を地中に埋めた」との記載があった。蚕の豊穣を願う気持ちは、養蚕農家の切なる思いであったであろう。今回も、できるだけ養蚕信仰の跡もめぐってみたたが、田名の堀之内地区の蚕影山神社では、春はその年の蚕の豊作を祈願し、秋は豊繭を感謝する「蚕影山和讃」を唱える行事が地域の人々によって復活している由、素晴らしい話だと思った。
 なお、この機会に八王子・鑓水を通る絹の道(浜街道)も歩いてみた。外交官のアーネスト・サトウも写真家フェリックス・ベアドもトロイの遺跡を発見したシュリーマンもこの道を歩んだのかと感慨深かった。

(参考資料)「相模原の養蚕・製糸の全盛期から消滅まで【世界トップの生糸輸出国を支えた相模原】」
https://sagami-weekly.jp/2022/11/08/486/

(参考)「横浜養蚕・製糸物語 〜瀬谷・泉をめぐる〜」R.5.1.30
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-5136021.html


 

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