企救山系縦走(砲台山・妙見山・足立山・戸の上山) ※あの屈辱は忘れない。今年の内に汚名返上せねば年は越せない。
- GPS
- 04:15
- 距離
- 9.5km
- 登り
- 1,066m
- 下り
- 1,072m
コースタイム
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2006年12月の天気図 |
アクセス |
写真
感想
今年もいろいろあったが、いよいよ今回の山行が最後となる。実は、最後の山はずっと前から足立山と決めていたのだ。足立山には今年の7月30日、メモリアルクロスから小文字山経由のルートで登頂したものの、35度を超える猛暑と湿度に持って行った水分が間に合わず、脱水症状により意識が朦朧、危うく熱中症により死にかけるという失態を犯してしまった。しかし何より屈辱的なのは成彬の制止を振り切り、落ちていた麦茶を飲んでしまったことである。日頃、「落ちているものは食うな飲むな!」と教えているオレがこのザマである。この屈辱的事件はオレの心の中に深く刻まれ、必ずや今年中に雪辱戦を行うと誓った。まさに、「今年の汚れ、今年のうちに♪」である。
伯耆大山の素晴らしい山行の後、足立山に登る機会を窺うが、師走の土日はいつも天気が悪く、クリスマス時期までのびのびとなってしまった。山行前夜はついに雪辱戦が行える喜びと、しかも今回は戸ノ上山までの企救山系完全縦走を目指す興奮で体がフワフワしていた。山行当日、ヨメに登り口である妙見神社まで送ってもらい、山登りがスタートした。
妙見神社の階段を登り終え境内でウロウロしていると、住職が来て「山登りかい?だったらあっちだよ。フォッフォッフォッ。(笑)」と暖かく導いて頂いた。まずは妙見山を目指して登っていくが、メモリアルクロスから出発した時のような激急な登りではない上、気温も10℃前後と絶好の登山日和、淡々と登っていける。砲台山に軽く寄ってから、ようやく妙見山に着いた。ここには妙見神社の上宮があるが、標識などは全くない。後から調べてみると、この上宮こそが頂上のしるしなのだそうだ。
妙見山を後にし、足立山へ向かうが途中の上りはかなりきつい。足がパンパンに張り、息を切らしながらようやく足立山に着いた。足立山は穏やかな表情でオレを迎えてくれた。ここで軽くおにぎりをほおばり小休憩とした。既に山頂には2人のおじさんが楽しそうに話している。聞くと戸ノ上山にまで足を伸ばしたいが、2人とも行ったことがないので、どれだけ時間が掛かるのか等を話している。ちょうど足立山山頂から戸ノ上山山頂まで6キロあり、「4時間近く掛かるのでは?そんなに掛からないだろう。」などなど。すると、「兄ちゃんは戸ノ上山まで行ったことある?」と聞いてきた。いや、今回初めて挑戦するつもりである旨答え、結局3人が別々のタイミングで戸ノ上を目指すことになった。オレとしても、いきなり知らない人間と一緒に行くのはゴメンだ。ペースも違えば、会話にも気を遣う。2人目が行った後、得意の健脚で追い付かないよう、しばらく時間をあけて出発した。
途中、もの凄い激急な下りがあり、注意して下っていく。おじさんにはすぐに追い付くだろうと、高をくくっていたが、やつらもなかなかの健脚、なかなか追い付かない。アップダウンを繰り返しようやく、大台ヶ原に着いた。どうやらおじさんたちは2人そろって仲良く歩いているのを確認した。この大台ヶ原は企救山系最大の展望を誇る場所で、関門海峡をもちろん、下関や小倉市街、八幡地区まで一望である。ちょうどそこに、関門海峡を航行するデッカいフェリーを発見、早速写真を撮る。写真も十分撮り終え、いよいよ休憩だ。
今回はヨメが作ってくれたホットミルクティーを大展望を見ながら飲んでみた。「あま〜い」展望がいい分、風が強く少し寒い。こんな時のミルクティーは最高だ。休憩後、戸ノ上山に向かっての最後の登り、既に足がパンパンである。気合で登り戸ノ上山に着いた。山頂にはおじさん2人がオレを待っていたかのように声を掛けてくれた。3人で足立山からの山行を報告し合ったほか、色々な事を話すうちに意気投合し、3人で一緒に下山することになった。3人で話をしながら寺内バス停に到着、バスに乗り電車を乗り継ぎ帰ってきた。
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